グレイの実験(2)
霊障を患った所長の回復を待ち、グレイへの憑依実験は再開することとなった。中断の間、ヴィクトールは思案する。幽体でグレイに触れようとした時と、所長に触れようとした感触はまるで違う。例えるならば所長の方はエアカーテンのような空気の壁。羽虫は入れなくとも人間ならば子供でも容易に突破できる壁だ。グレイの方はというと、まさに物理的な壁。コンクリートか金属か。どちらにしろ生身の突破は不可能で、重機を使用しなければ突破できない強固な壁だとヴィクトールは感じた。実体のない幽体での感覚なので例えは正確ではないが、他人にわかりやすく例を出すならばこのような表現になるだろう。
幽体でグレイのオーラを突破する重機に代わるようなものは何か。自分のオーラを強くする?全くイメージができない・・・いや、超能力なら可能か。それもESP能力ではなくPK能力ならば。
超心理学研究に於いて、ESP能力はかなりの深度で科学的に解明されてきた。体内の霊子をエネルギーとして操ることにより、ESP能力を発揮するのである。ユリとリリーはESPのスペシャリストと言えるが、彼女たちがESP能力をフルに発揮できるようになったのはアカデミーに入学してから。つまり後天的にESP能力を会得したと言える。彼女たちがESP能力を科学的理論に基づいて構築してくれたおかげで、ヴィクトールもESP能力を体得できたようなものだった。
一方のPK能力は体内の霊子エネルギーを反霊子化させることにより発揮されると考えられていた。ナノレベルの反霊子による対消滅エネルギーを駆使するのだという。しかしPK能力を発揮できる者はESP能力者に比べると著しく少ない。世界最先端であり、数多の超心理学研究者が結集する「ノヴァ・サイキック・アカデミー」に於いても、PK能力を持つ者は一人もいなかったのである。故にPK能力についての科学的理論については、全て推測若しくは思考実験によるものでしかない。未だに実証実験することもできてはいなかった。
背景としてPK能力そのものが歴史上、人類にとって畏怖の対象となっていたというのも大きい。PK能力はどれも人知を超えた能力であり、機械を使っても真似できないものも少なくないのだ。中世で「魔女狩り」が起きたように、人知を超えた能力というもの得てして周囲の人々に賞賛よりも畏怖や恐怖、嫌悪を抱かせてしまうのである。賞賛するのは裏社会ぐらいであろう。必然的にPK能力者は自分の能力をひたすら隠すか、裏社会に潜んでしまい表舞台に立つことは皆無だ。超心理学やスピリチュアル学が科学として立証された25世紀でも、それはほとんど変わらない。
ヴィクトールには通説や慣習、迷信など、古来より理由もなく変わらないものが許せなかった。新しい時代を切り開くには邪魔にしかならないのだから。
故にヴィクトールは何としてでもグレイを覚醒させたかった。グレイを裏社会から抜け出させ、表舞台を堂々と生きるようにさせたかった。ヴィクトールが後ろ盾となり、超心理学やスピリチュアル学を世間に認めさせ、人類に認識を改めさせた上で、来るべき宇宙時代を共に切り拓いていきたいのだ。
ヴィクトールは覚悟を決めた。