グレイの実験(1)
元助教授の説明によれば、グレイは何者かに憑依されたことにより霊子が活性化し目覚めたのだという。しかしグレイのPSC(Psycho Strands Code)の49%はまだPNG(Psycho Nucleus-Gray)のままであり、完全に目覚めたという訳ではない。ということは誰かがグレイに憑依すれば、グレイのPSCは100%の状態に戻るのではないか。ヴィクトールは実験してみることにした。
「妖精」の研究室。元助教授と所長が立ち合いの元、ヴィクトールはグレイに憑依する実験を開始する。最新鋭のPGC(Psycho Genome Capture)デバイスにより、リアルタイムでヴィクトールとグレイの魂の状態を観察できるようにしてあった。
ヴィクトールは幽体離脱をして、グレイに近づいていく。グレイは霊視能力を身に着けていないため、ヴィクトールの幽体を確認することはできない。なので目を瞑り両手を広げて、ヴィクトールを迎え入れる体勢を取った。PGC(Psycho Genome Capture)デバイスにはヴィクトールの幽体がしっかりと映し出されている。ヴィクトールはこれまでにホムンクルスも含めたクローンへの憑依は何度も経験があるが、魂の入った人間に憑依を試みたことは一度もない。何が起きるかは未知の領域だった。
幽体のヴィクトールはグレイの体に手を触れてみようとするが、グレイの周囲に見えない壁があり触れることもできなかった。
《総帥様、グレイの霊子エネルギーに阻まれています。一般的には『オーラ(aura)』と呼ばれているものですが、グレイのオーラはかなり強いようです。無理はしない方が》
元教授がテレパシーでヴィクトールに警告する。元教授は超心理学を専門に研究しているため、テレパシーは体得していた。幽体は声どころか音を聞くこともできないので、ヴィクトールへの指示はテレパシーでしか術がない。
《グレイの代わりに所長で試してみましょうか》
「所長、グレイの隣に立ってください」
「わかりました」
各種計器類やモニターを観測していた所長が、席を外してグレイの隣へと向かった。ヴィクトールが所長に触れようと幽体の手を伸ばす。多少の抵抗感はあったものの、手はす~っと所長の体の中へと吸い込まれていった。そのまま所長の体の中を通過すると、所長はぐったりとしてしゃがみこんでしまった。検証とデータ分析のために、ヴィクトールは体に戻る。
「PGCデバイスの解析によると、総帥様に霊子量が若干ではありますが増えています。所長の元データを採取していないので、所長の霊子が総帥様に移ったかどうかは不明ですが」
「所長の具合が悪くなったのは、霊子が減ったせいではないのですか?」
「超心理学と関連性が深いので、私はスピリチュアル学も齧っているのですが。おそらく所長は軽い霊障を患ったのかと思います。少し休めばすぐに治ると思いますよ」
「そうですか・・・よかったです」
ヴィクトールは心の底からほっとしている。超心理学にしろスピリチュアル学にしろ、科学として認められてから日が浅いために、実験は初見のものが多く未知の危険も伴う。
「覚悟を決めなければなりませんね」