事変(3)
「クワメ・アビオラ、刺される」
ISCO内部だけでなく加盟の国家、企業、団体に激震が走った。
臨時としてCUEO代理が立てられたものの、役割はクワメ・アビオラCUEOとは大きく違う。CUEO代理の役割は各国家、企業、団体間の調整のみ。幸いにしてISCOとして当面果たさなければならないプロジェクトの多くはすでに立ち上がっているので、すぐに決断しなければならない案件はほとんどなかった。数年に渡る猶予がある中で、彼が決めなければならないのは「CUEOを誰にするか」ではない。CUEO(Chief Unified Executive Officer=最高統一責任者)という立場には誰でもなれるわけではないのだ。世界広しと言えども、クワメ・アビオラより他にCUEOになるべき人間はいないのだから。
「確かにアビオラ氏の代わりは、ここにいる我らの誰一人として務まるまい」
「アビオラ氏は中世の『専制君主』のような方でしたからな」
CROUN(Clone-based Replication Operations Union Network=クローンによる複製オペレーション連合ネットワーク)でも緊急会議が招集された。CROUNはエクセル・バイオを中心とした、クローン転生事業を主とする企業の垣根を越えた合資グループだ。ISCO加盟の名だたる企業グループが資本参加しているため、アビオラの喪失というのは出席者全員の懸念事項でもある。
「アビオラ氏が『王』であるならば、クローネル殿もまさに『女王』と言えよう。いっそのことISCOも牛耳ってしまわれてはいかがですかな?」
「私は『女王』などという器ではありません。『エクセル・バイオ』という先祖代々から引き継がれた身内のような企業だから、トップでいられるのです。地球の海千山千の猛者が巣食う国家を相手にするなど、さすがに荷が重すぎます」
「う~む・・・国家・・・か」
ISCO、というよりクワメ・アビオラは地球上の国家を上手いことあしらってきた。「地球のことには口を出さない代わりに、地球に宇宙のことは口を出させない」という大義名分を掲げ、地球上の国家から多額の負担金を供出させつつも口を出させない構図を作り上げた。CROUNのメンバーが宇宙開発の中心的存在でいられるのも、クワメ・アビオラが地球に対する「壁」となっていたからだ。アビオラという重石が無くなった今後は、地球側からの圧力が強くなるだろう。この機に乗じて国家がISCOを掌握しようとしてくることは間違いない。
「アビオラ氏の凶事も、どこぞの国家の仕業やもしれぬな」
会議場の空気が張り詰める。無言の肯定。
「反霊子の実用化に目途が立ったのも大きいかと」
「権謀術策は古代から国家の得意技ですな」
「いつの世でも『力』を欲しがる馬鹿はいるということです。『力の大小が物事の優劣を握る』と信じる馬鹿が」
「未だに地球上から戦争は無くなりませんしね」
「まさか宇宙にまで凶行に及ぶとは思わなんだ。余程切羽詰まっておるのやもしれぬ」
「アビオラ氏の件ですが、私どもに任せてもらえませんか?」
ヴィクトールが静かに立ち上がる。
「私ども『エクセル・バイオ』は各国の大半の食糧事情を担っています。それなりに各国に伝手はあります。解決させるとは申しませんが、どこが表立って我々に敵対しようとしているのか、情報ぐらいは掴んで見せましょう」
ヴィクトールの目が冷酷に光って見えた。
「さすが・・・ですな」
「代わりと言ってはなんですが、ISCOの今後についてはお任せします」
ヴィクトールはいち早く会議場を後にする。
ヴィクトールの姿が見えなくなって暫くの後、誰かがボソッと呟いた。
「一番敵に回したくないのは、あなたですよ・・・」