霊子論シリーズ
QP(グラビサイエンス・量子幻影研究所:GraviScience Quantum Phantom Research Institute)の所長の夢は、ナディヤ・カザンスカ博士の著書「霊子論(Spiriton Theory)」の実証だ。「魔女」と呼ばれたノーベル文学賞受賞者のナディヤ・カザンスカが2228年に刊行した「霊子論(Spiriton Theory)」は、「霊子(Spiritron)」を思考実験による仮説で並べた論文調の文芸本である。200年以上も前の著書ではあるが、未だに人気も根強く科学者たちのバイブルの一つでもあった。
霊子(Spiritron)と幽子(Spectron)を「ゴーストマター」と呼んだのはナディヤ・カザンスカの処女作「幽霊の科学(Ghost Science)」だが、ゴーストマターが「サイコゲノム(Psycho Genome)」という学術用語の一分野とされた後でも実証されていない仮説は多い。特に霊子(Spiritron)をアンチマター化させた「反霊子(Anti-Spiritron)」の実用化が喫緊の課題でもあった。
反霊子の実証実験には危険が伴う。何か安全に検証できる反霊子の実験は無いか、QPの所長は様々な文献を読み漁った。目を引くのが晩年のナディヤ・カザンスカが立ち上げたMFS(Mystery Forscience Society¬=ミステリー・フォーサイエンス・ソサエティ)が手掛けた「霊子論シリーズ」だ。「霊の謎:霊子論の解明(The Enigma of Spirits: Spiriton Theory Unraveled)」や「ヴェールの向こう側:伝承の中の霊子(Beyond the Veil: Spiritons in Folklore Lore)」など科学専門ではない文芸本ばかりなのだが、ナディヤ・カザンスカが監修しただけあって科学的見地も十分な読み物でもあった。世界的ヒットにはならなかったため、初めて目にする本も多い。QPの所長は童心に返ったように、時間を忘れて読み続けた。
反霊子に関する書籍は多くない。その中で「呪われた領域:霊子と超常の動物たち(Haunted Realms: Spiritons and the Paranormal Menagerie)」という本の内容が目に留まった。MFSが刊行した本ではあるがナディヤ・カザンスカ没後で彼女の名前が無かったこともあり、全くと言っていいほど売れなかった本でもある。人間がモンスターに変身するプロセスを「人間の中の霊視が反霊子となり、反霊子の作用によりモンスター化する」としていた。「霊子論」のような科学的根拠は乏しかったが「モンスターに銀の弾丸が有効なのは、銀が反霊子の働きを阻害するから」との表記があった。
「ふむ・・・銀ねぇ・・・」
その後、QPではとある実験が行われた。まず超純水の代わりに超純仕様の希釈した「硝酸銀水溶液」に霊子を貯蔵させる。銀は水には溶けないので硝酸銀を使用するのだ。超純水ほどではないものの、十分な量の霊子を貯めることができた。この「硝酸銀霊子水」に反霊子化させる重力波を当てて、変化するかどうかの実験である。人的被害がないように遠隔操作で行われた実験は、結果として硝酸銀霊子水が反霊子化しないことが証明された。次に硝酸銀霊子水から一滴取り出し、電気分解により銀だけを除去し、反霊子化させる重力波を当てた。こちらは反霊子化し、任意に宇宙空間で対消滅を起こすことに成功したのである。