男性クローン
エクセル・バイオが有するクローン研究施設「冒険者(Cloning Explorer=クローニング・エクスプローラー)」には佐藤洋子たち「ホムンクルス計画」用のクローンの他、CROUN(Clone-based Replication Operations Union Network=クローンによる複製オペレーション連合ネットワーク)出資者たちのクローンも育成されている。男性が90%を占めているが、臓器移植などに利用されるのみで転生実験はまだ実施されていなかった。理由は単純。女性のクローン転生に比べると、男性のクローン転生には失敗のリスクが高いからだ。
オリジナルの体細胞の核を人の除核卵に移植したヒト胚(人クローン胚)を生成することを「胚生成クローニング」といい、これを体外培養カプセルで成体まで育成したものが、エクセル・バイオの定義する「クローン」となる。女性は自らの卵子を除核卵にすることで100%の自身のクローンを作ることが可能だが、男性は卵子を作れないので他人の除核卵を使うしかない。当然100%のクローンにはなり得ず、転生失敗のリスクとなるのだ。
エクセル・バイオの「冒険者」で育成されている男性クローンのVSC(Void Strand Code=空糸符)を調べたところ、オリジナルのPSC(Psycho Strands Code=魂糸符)との一致率は平均で80%前後。憑依することは可能だが、転生するには魂の緒(Psyche-Soma Linking Thread)がクローンとオリジナルの魂との間に繋がらなければならない。ホムンクルスになる予定のクローンの中でも、佐藤洋子のクローンはPN-O型を多く持つため、憑依者とのPSC適合率は80%近くにもなる。それでも憑依者との間で魂の緒が繋がらないのは、他人というよりも適合率に問題がありそうだった。
検証をしたくとも簡単にはできない。魂の緒が霊視で確認できるのは幽体離脱をしたときのみ。魂の緒がつながっていない状態で幽体離脱をしてしまえば、魂は肉体に戻れずに天に召されるか、幽霊として彷徨うことになる。男性の転生実験が未だにされていない理由としては十分だろう。
しかし実験を待っていられない状況が訪れた。臓器移植によって生きながらえていた男性が危篤に陥ったのだ。彼は軍需企業Aテック(Astral Technologies Corporation=アストラル・テクノロジーズ)の初代会長。高齢で移植手術をする体力もなく、残る手段は体全部の移植。つまりクローンへの憑依転生しか残されていなかった。
DDPS-POPCER System(Device for Detaching the Psyche-Soma Linking Thread, Projecting it from the Original, Possessing the Clone, and Ensuring Rebirth System=魂の緒を切り離し、オリジナルから射出し、クローンに憑依し、再生を確実にするための装置)によるクローンへの憑依転生自体は一応成功した。問題なのはこの後だ。魂の緒が繋がれていなければ、憑依転生の成功とは言えないのだから。
15歳の体に転生したAテック初代会長は一週間後の朝、目を覚ますことがなかった。原因不明。肉体に病状の痕跡もないまま植物人間のように意識を取り戻すことはなかった。医学的に原因不明だったとしても、スピリチュアル医学界から診れば原因は明らかだ。
睡眠中の幽体離脱による「魂の喪失」である。魂の緒は繋がれていなかったのである。




