ゼー(2)
終始不機嫌な表情のゼーであったが、実験及びゼーの分析には協力的だった。ヴィクトールのゼーに対する一番の疑問点は「ゼーが佐藤洋子と同一人物か否か」というところだ。あそこまで性格が違うということが同じ魂であり得るのか。または背後霊のような別の魂によるものなのか。ヴィクトールはゼーのPSC(Psycho Strands Code=魂糸符)を解析した。PSCとは4種類のPN(Psycho Nucleus=魂核子)が128個並んだ魂情報であり、4の128乗(無限大を越える)通りの組み合わせとなるために、魂に於ける個人を特定できるのだ。年齢や経験により人の性格は変わり、同様にPSCも多少変化するものの、最大でも変化は10%以下でしかない。ゼーと佐藤洋子のPSCを比べれば、同一人物なのか他人なのかが魂レベルで科学的に判明するのである。
エクセル・バイオ内のサイコゲノム専門の科学者同席のもと、ゼーのPSC解析が行われた。
「これはさすがに別人としか言いようがないですね。佐藤洋子様のPSCの特徴としてPN-Oが全体の75%を占めるのですが、それにしても配列が違いすぎます。PNのA、B、C、Oの比率は両者同じですが、別人と断定して間違いないでしょう」
科学者の言葉に納得がいかないのか、ヴィクトールは佐藤洋子とゼーのPSCを並べたモニターを食い入るように何度も何度も見比べていた。
「ふう・・・やっとわかりました。二人は同じ魂です」
「そんな、バカな!!」
「では、ゼーのPSCの37番目を先頭にして、128番目の後に1~36番を繋げてみてください」
科学者がキーボードを操作して、モニターに映る画像を変えていく。
「あっ!!」
佐藤洋子とゼーのPSC配列が一致した。
「巡回置換が起きたようですね」
巡回置換とは物事が循環的に配置される場合の並べ方の数え方の一つである。例えば「A→B→C→D」と並ぶ配列を「B→C→D→A」や「C→D→A→B」などに置き換えることを言う。
「PSCは環状にはなっていませんが、いくつものPSCが長く繋がっていたり、中途で切れているPSCも魂の中では存在します。巡回置換によって別人の魂とも言える別人格を作り上げたのではないでしょうか」
「こ、これは精神医学界にとって、大発見になりますぞ!!」
「あくまでも仮定ですが、一人の魂の中に全くの別人が発生するのは、科学的に説明が付きません。すでにあるものが変化した方が、理論上では説得力があるとは思いませんか?」
「はい!!まったくのそのとおりで!!早速、他の機関と連携を取り、解離性同一性障害を解明、治療へと研究します!!」
しかしヴィクトールは科学者の意気込みとは真逆のことを考えていた。
佐藤洋子の解離性同一性障害を治療されては困るのだ。ゼーを失うわけにはいかない。ヴィクトールとしては、佐藤洋子とゼーを二つの魂に分けたいのだ。同一魂の別人格では使い勝手が悪い。実用的ではない。
とはいえ、早急に解決すべき事案でもない。ヴィクトールにとってすべきことは山ほどある。まずは佐藤洋子とゼーの人格を明確にすることだ。ゼーの存在を佐藤洋子が受け入れてしまうと、ゼーの人格が佐藤洋子に吸収されてしまう恐れがあった。
ヴィクトールはゼーの人格を維持するために、ゼーに一つの提案をした。睡眠時は無意識に幽体離脱をすることがある。佐藤洋子の睡眠時にゼーとして幽体離脱をして、佐藤洋子のクローンに憑依転生して過ごしてもらうのだ。睡眠時ならば佐藤洋子のオリジナルの脳も肉体も休めることが出来るし、ゼーもクローンの肉体を気に入っている。これもまた実験であった。
その後、佐藤洋子のクローンが「冒険者」内を夜な夜な徘徊する姿が、職員により数多く目撃されることとなる。