ホムンクルス計画(1)
エクセル・バイオ・グループに於けるヴィクトール・クローネルの立場は「総帥」である。総数1000を超えるグループ企業のトップであり、組織全体を指揮していた。所属的には「エクセルシオン・バイオメディカル本社」になるのだが、本社には「社長」も存在するのでヴィクトール自身が本社にいることはほとんどない。
現在のエクセル・バイオ・グループの注力先は、来るべき宇宙時代を見据えての宇宙進出事業とCROUN事業となる。必然的にISCO本部に出向くことが増えるため、ヴィクトールの拠点は宇宙にある「冒険者」となっていた。
CROUNの定例会議を終えたヴィクトールは「冒険者」へと無事に帰還していた。CROUN定例会議の結果「ホムンクルス計画」は宇宙開発事業の一環として、ISCO主導の開発計画に位置づけされたのである。ヴィクトールは帰還早々に研究開発に携わる責任者を集めて、具体的な方策を決める会議を開いた。計画を細分化して必要事項を取り纏め、大まかなスケジュールを確定、予算の割り出し、外部委託条項や、必要研究資料の項目洗い出し、実験計画などを一気に暫定ながらも確定させた。
《お疲れ様でした、総帥様》
ユリからのテレパシーがヴィクトールの脳裏に届く。
《少々長い会議でしたが、決めるべきところは決められました》
《お疲れのところ申し訳ないのですが、お時間いただいてもよろしいですか?》
《ヨーコのことですね。わかりました。このままテレパシー会議としましょう》
二人のテレパシーにリリーと佐藤洋子が参加してきた。
《ヴィクトール総帥、お願いがあります。私の・・・私のクローンをホムンクルスとして、使ってください。お願いします!!》
《・・・その前に決まったばかりの『ホムンクルス計画』について、少し話をしましょうか。ホムンクルスがどういう存在となり、どう扱われるか》
《え?そのまま『仮初の体』として使われるんじゃないんですか?》
佐藤洋子の疑問の声と同じことを双子の姉妹も思っていた。
《詳細まで話すことはできませんが『ホムンクルス計画』は宇宙開発事業の一環として位置づけされました。過酷な宇宙空間での作業を担うのがホムンクルスという訳ですが、人間のまま運用するのでは効果が薄いという話が出ました。宇宙には空気はありませんから、船外作業をするには生命維持装置が必須となります。ホムンクルスの改造が必要となったのです》
《サイボーグ化、ですか?》
サイボーグ(cyborg)とは、サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)の略で、広義の意味では生命体(organ)と自動制御系の技術(サイバネティックス=cybernetics)を融合させたものを指す。SF世界ではお馴染みの技術ではあるが、未だ人間の能力を大幅に上回るような性能を発揮するには至っていない。サイボーグ技術は主に医療用の発展が目覚ましく、機能強化型サイボーグ技術は生体との融合に難があった。倫理的問題もあり、人間の体を機械にて改造するには限界があるからだ。医療用としての義手義足ならば、人間の手足と比べても遜色ないレベルまで発展しているが、SFに見られるような超人的能力は持ち得なかった。
《確かにクローンは人間ではないので、倫理的問題も発生せずにサイボーグ技術を超人レベルまで発展させることが可能になるでしょう。ですが『ホムンクルス計画』の目的はサイボーグ化ではありません。人体を機械によって強化するのではなく、機械に人体組織を組み込むのです》
《・・・と、言いますと?》
《具体的に言えば、大型の人型ロボットにホムンクルスの人体組織を融合させることになります。人間のような繊細な感覚を備えた大型ロボットに憑依し、作業者の体技術をそのまま生かす。それが『ホムンクルス計画』の全貌となります》