笑顔
ユリとリリーは引き籠りがちな佐藤洋子を、ほぼ強引に「冒険者」内の娯楽施設を連れまわした。3,000人もの社員が様々な業務に携わり常駐しているとはいえ、宇宙空間に浮かぶ研究施設だ。それほど多くの娯楽施設が整っているわけではない。1日2日ならいいが、3日目ともなると新鮮味のある施設はなくなっていた。
3人は遊びの疲れを癒すため、無重力スペースに設置された露天風スチーム型サウナを訪れていた。大きな強化ガラスの天井窓には青い地球が大きく見える、冒険者の社員にも人気のスポットでだ。3人は水着姿で蒸気の中をふよふよと浮かびながら、汗を流し漂っている。
「ヨウコさん!!今日も楽しかったですね!!」
ユリは「楽しかった」を強調して、佐藤洋子に同意を求めた。
「二人とも歌が上手いのね。日本の懐メロを歌うからびっくりしちゃった。双子のデュエットって反則じゃない?」
「ヨウコさんこそ、ずっとマイク離さないで、歌いまくってたじゃないですか!!」
「ハハハ・・・最近、太ってきちゃったからカロリー消費したくて・・・二人みたいにスリムになりたいよ・・・」
「何言ってるんですか!!私たちこそ、ヨウコさんみたいな豊満な胸が欲しいです!!」
「ハハハ・・・私はウェストも豊満だけどね」
笑顔の佐藤洋子だが、どことなく表情に暗さがある。
「ヨウコさん!地球がきれいですよ!もっと近くに行きましょう!」
リリーが佐藤洋子の手を取り、腰のベルトを操作する。プシュッ、プシュッと小さな圧縮空気が腰のベルトから噴射され、3人は天窓へと近づいた。蒸気でぼんやりと見えた地球が、はっきり見えるようになる。
「・・・何度見てもきれいですよね」
「・・・帰ろっかな・・・地球に」
ボソッと呟く佐藤洋子の声に、双子の姉妹はギョッとした。驚く二人を見て、佐藤洋子は取り繕うような笑顔を見せる。
「アハハハ・・・だって、ここにいる意味ないじゃない?私のクローンは役立たずで、もう作る意味ないし」
「ヨウコさんはテレパシーだって幽体離脱だって、できるじゃないですか!!私たちと同じ仕事をすればいいです!!」
「アハハハ・・・同じじゃないよ。ユリもリリーも、テレパシーとか倫理的?あ、論理的か。何か難しい言葉でちゃんと説明できるじゃん。私はできるけど、何でできるかよくわかってないもん」
ユリとリリーは「霊子通信システム確立プロジェクト」のメンバーであり、自らのテレパシーを分析及び解析しレポートを提出していた。さらに幽体離脱に於いても「ホムンクルス計画」の研究メンバーとして「DDPS-POPCER System」をホムンクルス憑依用に改造するためのシステムレイアウト構築資料作成を行っていた。
「私がエクセル・バイオに居られる理由は、ホムンクルス用クローンの母体だからなの。そのクローンがホムンクルスになれないんじゃ、ここに居られるわけないじゃない?」
佐藤洋子の笑顔は、今にも泣きそうだった。ユリはヴィクトールに「ヨウコが生きることが私の幸せ」だと言ったが、間違いに気づかされた。ユリが望む幸せは「ヨウコが生きること」ではなく「ヨウコが笑顔で生きること」だったのだ。笑顔が泣きそうにしか見えないヨウコを見るのは、心が引き裂かれそうになる。ユリの望む幸せではない。
「ヨウコさん・・・実は総帥様と話をしました。総帥様は『ヨーコが望むのであれば、私はヨーコの意志を尊重します』とおっしゃいました。ヨウコさんの望むことは何ですか?」
佐藤洋子の顔色がパーッと明るくなる。
「私は・・・私はヴィクトール総帥の役に立ちたい!!私のクローンをホムンクルスにしたい!!」
ユリは気付かされた。ユリが望む幸せは、こんな風に明るい表情で生き生きとした佐藤洋子と共に居ることなのだと。