他人のクローンへの転生実験(5)
ヴィクトール、ユリとリリー、佐藤洋子の4人は、9体の「他人からの転生用クローン」に次々と憑依していった。実験結果は上々で、招待した3人の母体者にも影響は無い。佐藤洋子の場合は高すぎる霊能力とESP能力が災いしたのだろう。退職した6名に関してどのような影響を及ぼしたのか定かではないが、彼女たちは霊能力、ESP能力のどちらも「ある」という噂すらない。悪影響はないだろう。もっとも退職の際に多額の退職金と共に誓約書も交わしてあるので、仮に何らかの悪影響が出たとしてもエクセル・バイオが責任を負う必要はないのだが。
「まだまだ検証は必要ですが、当初の狙いとは別にしても実用化はできそうです。まずはこの『他人からの転生用クローン』の名称を『ホムンクルス』と名付けます」
ホムンクルスとはルネサンス期(14世紀~16世紀)の錬金術師パラケルススの著作に出てくる人造人間のことである。近代の創作物では「魔術師が作り出した仮初の体」として用いられることが多い。ヴィクトールは「仮初の体」という意味で「他人からの転生用クローン」に「ホムンクルス」と命名したのである。
「この『他人のクローンへの転生実験』を『ホムンクルス計画』として、αテスト、βテストへと移行させます。至急、9名のホムンクルスの増産体制を整えましょう」
「あの・・・」
佐藤洋子が恐る恐る手を挙げた。
「私のクローンはホムンクルスとして使えないんでしょうか?」
ヴィクトールは静かに首を横に振る。
「惜しいですね・・・親和性というか、一番憑依しやすいのがヨウコさんのクローンなのに・・・」
「母体に負担をかけてしまうのなら、本末転倒です。商品にはなりません」
「そうですか・・・」
落ち込む佐藤洋子を見て、ユリは話題を変えようとした。
「総帥様、当初は他人のクローンに転生するための実験でした。魂の緒が繋がらず、転生はできないのに『ホムンクルス計画』として進めるのは何故ですか?」
ユリの質問にヴィクトールは微笑を浮かべる。
「仮初の体だからこその需要があると考えています。例えば宇宙開発。近年は宇宙での建設ラッシュが始まっていますが、宇宙でのちょっとした事故は、即座に作業員の『死』へと繋がります。作業員がホムンクルスを使えば、より安全に高度なテクニックを持つ作業者の命を守ることになると考えています」
「なるほど。総帥様はそこまで瞬時に判断なされていたのですね」
ヴィクトールの本音は別にある。「作業員」を「兵隊」に置き換えれば・・・軍事目的として有用だとわかれば、需要は爆発的に跳ね上がる。ホムンクルス1体にかかる費用は決して安くはない。それでも特殊技能を持つ兵隊を育てるよりは、遥かに手軽になるはずだ。ホムンクルスがあれば、高い技能を持つ兵隊を惜しげもなく最前線に投入できる。そう考える軍事関係者は、決して少なくないだろう。
「「お前が行く道は、人の道を外れた『外道の道』だぞ。さらにその先には大量の血を流す『修羅の道』が待っている。それでもお前は『自分の道』を進むのか?」」
ヴィクトールの脳裏に初代リオネル・クローネルの言葉が反芻された。初代はまだ背後霊としてヴィクトールの肩にいるのだろうか?それとも呆れて見放しただろうか?ヴィクトールは無意識に自分の肩を見やる。初代には何が視えていたのだろうか?
「修羅」にさせない覚悟。
ヴィクトールはあらためて決意を胸に秘めた。