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1 ツバキが落ちてくる

どぼっーーーん


気づいたら、私の体は頭を下に落下していた。

何かを掴もうとじたばたしても、手は空を切るばかり。

まるで大きな紐で引っ張られるような急加速で、大きな水音と共に私の体は水中に落ちた。


空気を吸おうにも、どちらが水面なのかパニックに陥った頭では考えられない。

水の中をバタバタと手足を動かしてなんとか水面に出ようとした。

もがいても、もがいても、空気を吸えない。空気がない。

周りには水しかない。


くるしい、空気・空気がないっ!!

あぁ、私、このまま死んじゃうのかなぁ。。

意外に人って冷静になれるんだなぁ、こういうときも。



ザバァーーーンッ



水音と共に私は力強い腕に引っ張られて水面に引き上げられた。そのまま、何かを掴まされる。

私沈まないよう、必死に、その何かを掴み続けた。


はぁはぁはぁはぁはぁはぁ


荒い呼吸が止まらない。

息が苦しくて苦しくて。

びしょ濡れの重い体で、何かに掴まりながら、落ちないように生きるために息を吸い続けた。


はぁはぁはぁはぁ


呼吸が落ち着いてきた。呼吸が少し落ち着いたら、頭が少し冴えてくる。


うん? ここどこ? 

どういう状況?? 

なんで水に落ちてるの?


なんか、すごい嫌な予感がする。

一生懸命 掴まっているものをみると、どうやら船のへりらしい。


うん?? 

船??  

なんで? 

キッチンで料理してたのに。


さらに頭が冴えてあたりを見渡そうと横を見ると。

同じように船のへりに腕を回して、水の中にいる男が隣にいた。



!!!!! だれ ??!!



片方の腕で船のへりを掴み、もう片方の腕は私の腰に手が回っている。

どうやらパニックで溺れないように体を掴んでくれているようだ。

目をまんまるにして、口を半開きにしたまま、私は彼に聞いた。


「ここ、どこ?あなた、誰?」


『・・・何を言っているかわからん。お前は誰だ。どこから来た。空から地上へ落ちてきた理由を言え』


?????

な・に?!

何言ってるか、さっぱりわかんない。

言葉が理解できない。

私が知ってる言語じゃない!?


「ごめんなさい。冗談やめてもらえますか?ホントに今、不安なんです。わかりますよね?私の言葉」


『言葉が通じないのか・・・はぁ面倒だな』


「ちょ。ちょっとため息やめてください。何を話したんですか?私の言葉ホントに理解できませんか?・・・・お願いします、、、わかるってゆってよ!!!」


『はぁ・・・ったく、メンドクサイナ』


男は私の両手を船べりにしっかりと掴ませると、腰に当てていた手を離した。


「待って、待って!どこいくの??何するの??」


再びプチパニックになった私は、思わず男の腕にしがみつく。けれど、あっという間に手を引き離され、次の瞬間バシャンの水音と共に彼は船にあがった。そして私のニの腕を掴むと勢いよく持ち上げた。

気づけば船の上に寝転がっている。


体は水浸し、着ている服も、髪も、水を帯び、疲れも伴ってとてもだるいし重い。

正直 自分が直面している状況が飲み込めなくて、言葉もわからず、自然と涙が頬を伝って流れてくる。

男は私のその様子に意も介さず、オールを使って船を進め始める。

どうやら陸に向かって進んでいるようだ。

その姿をぼーっと眺めながらも、頬を伝う涙は止まらない。


うん。冷静になろう。

うん。

これは夢だね。

明日になれば、日常に戻ってるから大丈夫だよ、大丈夫。

ダイジョウブ・・・だよね???


陸に着いた後はどうなるんだろう。この人を信用していいのかな。

でもここがどこだかわからない以上、置いて行かれるのはもっと困る。

ここが湖なのか、川なのか、はたまた海なのか。

遠くに陸が見える。日本の距離で言えば、1キロ近くはあるだろうか。

知らない言語を話している以上、自分が持っている常識・知識が同じとは限らない。


この距離をその二本のオールで進むのかしら。水にも流れがあるようだし、漕ぐのは大変そう。


公園の池や湖でよく見かける手漕ぎボートはなかなかに、腕の力がいる。陸に着くまで時間かかるだろうなぁと思っていたら、男のひと漕ぎがとても力強く、ひと漕ぎでだいぶ距離が進む。

水の上を滑るように進んでいく。

あっと言う間に陸までの距離が狭まり、遠かった陸が大きなる。


「はぁぁぁぁぁ」


ため息をついて、男の顔と流れる景色と陸までの距離が縮んでいくのをずっと見ていた。


『降りろ』


「???」


言葉を理解できないでいると、男は私の体をひっぱり、船からおろし陸にあげた。

私はペタンと座り込んで、見動きが取れなくなった。まるで磁石でくっついたみたいに。

男の顔を見上げると、私の顔を全く見ずにボートをひょいと持ち上げ、歩いていく。

軽々と、軽いものを持ち上げるように。


ちょっ!ちょっとまって、置いてくの?

こんなところで一人にされても困るっ!!

ボートって一人で持ち運びできるモンじゃないだけど!?


私は慌てて後を追いかけようと立ち上がろうとした。でも立ち上がれなかった。

二本の足にまったく力が入らない。


「っまって、まって!言葉がわからないの、置いていかないで!!」


焦りながら怒鳴るように彼に向かって日本語で話しかけると、ボートを持ちながら首を私の方に向け、何か話している。話しているけど、何を話してるのかさっぱり理解ができない。

必死にハイハイのような形で少しでも彼との距離が縮まるように、歩を進める。

砂浜に落ちている石や木片・貝殻が、ふくらはぎや膝に、擦れて痛い。


痛いけど、置いて行かれるのはもっといやっ!!


距離はどんどんと離されてい行く。必死に手足を動かしても、歩いている彼には届かない。

振り返りもせず、さらに距離が開いていく。

私は進むのを止めた。


この光景、YouTubeの動画でみたなぁ。

飼い主に捨てられた犬が、一生懸命 飼い主の車を追いかけて、やがて姿が見えなくなるっていうショートの動画。

こんな、気分だったんだろうな、あのワンちゃんも。


なんて、呑気な考えが頭に浮かぶ。


だめ、泣かない。泣いても何も解決なんてしない!

泣かない!落ち着いて考えて。どうしたらいいのか。

考えよう、考えて家に帰ろう。

家族がいる私の家に。


そう自分に言い聞かせても、不安だし、怖いし、助けてくれるかもしれない人はいなくなるし。

成すすべがないこの状況に諦めるしかない気がした。

先ほどよりも空はだんだんと暗くなってきている。このまま夜になれば、街灯もないこの辺りは、真っ暗闇に包まれるだろう。唯一明かりが取れるとすれば、空に浮かんだ星だろうか。

その星さえも出るのかどうかもわからない。


頭はだんだんと下がって、このままでは砂に顔がつく、と思ったとき、グイっと腕を引っ張られた。

引っ張られた方を見ると先ほどの男が立っている。


戻ってきてくれたんだぁ。。。


唯一知っている人間が見捨てなかった喜びに、私はいい年をして、大声で泣きじゃくった。

泣いて、泣いて、泣いて。

砂が付いた顔に涙と鼻水も溢れて、きっとどうしようもない汚い顔だと思う。

それでも安心して、ホッとして。

気づいたら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を彼に押し付けて、抱き着いてワンワン泣いてた。

ほんとに小さな子供みたいに。


彼は何の感情もあらわさず、自分の両腕を真っすぐ下に下ろし、私に抱きつかれていた。私が落ち着くのを待っているかのように、言動に現さずジッとしている。


慰めてくれてるつもりなのかな?


号泣って疲れるね。

精神のリミッターが外れて、気持ち的には随分楽になる気がするけど、喉は渇くし、すごい体力が奪われる。

私は泣くために閉じた瞼を再び開ける力もでず、、、

するずると彼に倒れこむような形で寝入ってしまった。


『はぁぁぁ・・・寝てる!完全に・・・どうすんだ、これ!!』


盛大なため息とともに、男は女を抱き上げると、少し先にある家に連れ帰った。



「おかえり~ どうだった? あ、やっぱり連れて帰ってきちゃったんだぁ~あはははは」


「っるっさい!!」


男が家に帰ると、少年のような声で話しかけられた。予想通りのコメントに怒りを隠しきれない。


「まぁまぁそんな怒らないでさぁ。どうすんのぉ、それぇ」


男が抱き上げている少女をさし、終始にこやかに笑顔をまき散らす声色で言った。

いつも通りの声色にもかかわらず、今はそれが癇に障る。


「・・・様子を見る」


「へぇ。そうなんだぁ?面白くなってきたねぇ」


「言葉が・・・通じない」


「仕方ないんじゃないのぉ?違う世界からきてるんだから。それで?絆されちゃったぁ?」


「違う」


「ふぅぅん、それなら、それでいいけどぉ。でぇ?びしょ濡れの状態 どうするのさぁ」


男は、質問を無視し、女を風呂場へと連れて行き、服を脱がせ、体をふいて自分の衣服を着させた。

女は思った以上に若く、子供だといっても通用するほど幼い感じがする。

なるべく、裸体を見ないようにしつつも、時折ちらりと目線が向いてしまう男のサガと戦いながら、衣服を着させた。体躯のいい男の服は小柄な女には大きすぎてブカブカだったが、ほかに着せるものなどこの家にはない。


ため息をつきながら、女をベッドへ運び、自分はリビングにある小さいソファーに横になる。


「ほーら、絆されてるじゃん。ベッドまで提供しちゃってさぁ」


「・・・・・寝ろっ」


「こっわっ!」


男の仕事は傭兵だ。

店舗を構えていて、あまり集客もなく売り上げもない万屋だが、依頼はこの万屋を通し、訪れた依頼主から受けている。

人知れず知れ渡っているため、宣伝などしなくても依頼は後を絶たず、利益とすれば、こちらの仕事が断然高い。

人に言えない仕事がメインのため、依頼主がこちらの言い値で金を払う。

楽な仕事ばかりではないが、嫌な仕事は決して引き受けないし、ぼろ儲けだ。


人殺しから失せもの探し、害虫駆除、屋敷の警護や旅の警護、報酬に納得すれば引き受ける。

戦争でもあれば傭兵の依頼もあるが今は比較的平和で、最近は便利屋がメインだ。


今回、この依頼をしたのは、この街を牛耳っている、叩いたら埃だらけの男からだ。

「町の権力者」だから引き受けたのではなく、依頼内容に興味をもったからだった。


忌月(いみづき)の1日  空から落ちてくるモノを消してほしい。知っている通り、今、この国は、最後の聖女が他界したあと、聖域決壊が起こり、国中にモンスターが溢れて始めた。王家の預言者によれば、この世を破滅へ導くモノらしい。そのモノを消すことがお前の仕事だ。簡単だろう>


落ちてきたモノは、男の想像とは全く違った。


・・・破滅に導くモノ

・・・モノとは、妖獣や魔物の類ではなかったのか。


厄介な仕事に手を出したな・・・

面倒ごとに巻きまれるのは、ごめんだ。


男は今後のことを考え、ひどく憂鬱になった。




目が覚めると私は知らない部屋で寝かされていた。あまり寝心地の良くない大きなベッド。

マットレスは固いし、床ですか?ってくらい。

最低限の家具しか置かれてない質素な部屋を見渡しても、ここがどこだか見当もつかない。


やっぱり、戻ってない・・・

家族は、、、みんなどうしているだろう。

娘がよく読んでた異世界漫画の展開によく似てる。

まさか?! まさかねぇ。

あれは作品として人気があるだけで、現実にそんなことありえるわけない!


体を起こして自分を見ると、着替えさせられてて、ぶかぶかの服を着ている。

服を着ているとは、とても言えない。

大きすぎる服は寝ている間にはだけ、首周りから肌がエロい意味で露出してた。


おぅふっ!

下着つけてないっ!!

真っ裸に男性物のぶかぶかの服。

はぁいったい、どんな嫌がらせですか?!

私が着用していた下着と服はどこに、、、、


キョロキョロとあたりを見回すも見当たらない。濡れててもいいから、早く自分に合った洋服に着替えたい。こんなスカスカの風通しまくりの服では、落ち着くものも落ち着かない。


さて。どうしよう。

頭は昨夜より落ち着いているけど。

昨日の彼を探してみようかな。

言葉は通じなくても、なんとか意思疎通は出来る、、、ハズ。


部屋の扉をそっと開けた。目の前には左右に伸びる廊下があり見渡すと、私がいた部屋以外にもいくつか部屋があるのか扉がある。廊下は右手が行き止まりに見えるため、左へと歩きはじめた。


声が聞こえる。

何を話しているかわからないから、やっぱりここは日本じゃないのかもしれない。


私は音を立てないように、そっと。その声の方へ歩いていく。廊下の先にはテーブルと椅子が見えた。

よく聞くと声の主は二人。


一人は昨日の彼だろうけど、もうもう一人は?

強盗のアジトってことは、、ないよね?


状況が状況なだけに私の心臓は早鐘のように鳴っている。静かにしなくちゃいけないのに、緊張から呼吸も荒くなっていくのを止められない。


『・・・起きたようだねぇ。そこに立ってこっちを伺ってるねぇ。気づいてるでしょぉ?』


『知っている』


足音が近づく気配を感じてると、昨日の彼が私の目の前にやってきた。

昨日は余裕がなくてよく見ていなかったけど、身長は高いし、私の頭3つ分は高い感じ。

カオだって整っていて、鼻筋高く、かなりカッコイー!と騒がれるモテルタイプの顔だ。


年齢は、そうね、息子と同じ大学生くらいかしら?

私がもっともーっと 年齢が近かったらドキドキ胸が高鳴ったかもしれない。


なんてことを頭で考えながら、二人とも無言で互いの顔を見入ってる。

どちらが先に口を開くか、お互いに考えてるみたいに。

沈黙が耐えられなくて私から先にお兄さんに先に話しかけてみることにした。

言葉が通じないとわかっていても、居心地が悪くこの沈黙は耐えられない。


「昨日はありがとうございました。あの・・・ここはどこでしょうか?日本という国をご存じですか?」


『何をいっているか、わからん』


「あの!私の名前は佐伯 椿といいます。椿、ツバキです。ツバキ、ツバキ」


思わず自己紹介をしたものの、言葉が通じなかったらわかってもらえない。それでも名前を連呼して、名前がわかるように伝えたつもりです。


でも、お兄さんは、踵を返して奥の部屋に戻っていく。

やっぱり理解してもらうのは難しいみたい。

どうしていいかわからないまま、私も後を追いかけた。

先ほど見えたテーブルと椅子があって、やっぱりここは、ダイニングテーブルだ。先ほどの部屋と同じように、ここも殺風景。引っ越し間近なのかもと思えるほど、簡素で、人が居住している気配が微塵も感じられない。質素倹約を好む人なのかもしれない。


先ほど二人で会話をしているように思っていたけど、この部屋には、お兄さんの姿しかみえない。

もう一人はどこへいったのかしら?

そう思ってたら。


『あれぇ?昨日よりも元気になったみたいだねぇ』


少年のような高い声が右側から聞こえ、私はそちらへ向き直った。

でも。そこには、やっぱり誰もいない。

でも。

人の姿がないけど、1本の剣が目に入る。

鞘の先端は平ではないのに、どうして立っているんだろう。

よく見ると壁に立てかけてあるようには見えない。

明らかに単独で立ってるんだけど??


「ん?どういう仕組みで立ってるのかな?」


『仕組みなんてないよぉ。僕は特別な剣だからねぇ。自分で立てるんだよぉ』


「剣がしゃべったっ?!」


さっき聞いたもう一人の声と、全く同じ。

こんなことが日常であるはずがないのに、驚くところなのに。


<そうだよね、剣もはなすよね> と妙に納得してしまう自分が怖い。


やっぱりここは、異世界的な?世界で、喋る剣が存在するなら魔法もあるのかしら??


「あっ!話してることがわかる!!」


少し遅れて、会話が成立したことにビックリしてしまった。

剣が話すことよりも会話ができたことの方が今の私には驚きで。

思わずじーっと剣を見つめてしまった。


『言ったでしょぉ。僕は()()()()だって。君はだぁれ?』


特別。。。

うん。それはわかりました、でも私がここにいる意味がわかりません。


特別だと自分でいう剣と、その隣に立つお兄さんを交互に見る。お兄さんは複雑な顔をしてる。


お兄さんは、私と剣の会話が成り立ってること、わかっていらっしゃらない??

会話出来てることにビックリしてるのかも。

剣の持ち主は・・・お兄さんで間違いないのよね?


「あ・あの。私、私、名前 佐伯 椿です!佐伯が名字で、椿が名前です。ツバキ・ツバキといいます!日本から突然ここに落ちて?きたんですけど、ここはどこですか?夕飯を作ってるときに、急にここへ落ちてきたんです。帰り方ご存じでしたら教えてもらえませんか?」


自己紹介をしながら、帰れる方法を聞いてみたけど、剣は顔がないから表情が読めなくて。

何を考えてるのか、さっぱりわからない。

剣の反応がすぐに帰ってこないってことは、、、

やっぱり、そういうことなのかも。。。


最悪の答えが頭によぎるけど、最後まで希望は捨てきれない。


『・・・・・僕の名前はぁ、アスカロン。そこに立っているのはぁ、カイラード・ルクセンハイム。カイラード、この子の名前は、ツバキっていうみたいだよぉ』


『ツバキ。。。あぁさっき、何度も言っていたのは名前か』


『彼女、帰りたいみたいだよぉ。帰してあげたらぁ??』


『・・・俺が知るわけがないだろう』


『そぉだよねぇ?ツバキぃ。キミ、帰れないみたいだよぉ』


「・・・・・・」


<ツバキぃ。帰れないみたいだよぉ>


頭の中に、剣の言葉がリフレインする。

何度も なんども ナンドモ。


カエレナイ・・・


目を大きく見開いて、膝から力が抜け落ちて、崩れるようにペタンと床にすわりこんだ。


予想はしていたけど、衝撃が大きくて、頭がまっしろ。

頭の中には何も思い浮かばない。


ドウシヨウ・・・

コレカラ、ドウシヨウ・・・

カエレナイ・・・


同じフレーズが何度も頭の中でリピートする。頭がうまく動かなくて、視点も動かせなくて、剣から目が離せない。

でも視界に映っているは、剣ではなくて。


私の旦那様と愛する子供たちの姿が見える。

その姿がだんだんとぼやけていって、私の瞳に涙が溜まっていることに気づいた。

涙が一粒流れると、家族の姿も見えなくなって、私は慌てて家族を探して見渡すけれど。

ぼやけて見えるのは、殺風景な部屋だけ。


「・・・・・・玄関は、・・・・どこ・・・ですか?」


『んー?だいじょうぶぅ?玄関は、左の扉だよぉ』


それを聞いた途端、私の体が動き出した。


扉を開いて外に出る。外は晴れているけど、周囲には何もなく、近隣の家も建ってない。

家の中と同様に殺風景な外の景色。

昨日落ちた場所の、あたりをつけると、そこへ向かって走り出した。

方角が違ってたら、また探せばいい。

私はこの場所にいたくなくて。

落ちた場所に戻れば、また家族のもとに帰れる気がして。

無我夢中で走った。


『おいっ』


後ろでお兄さんの声が聞こえるけど、関係ない。やみくもに走ったけど方角はあっていて、すぐに昨日の湖が見えてきた。


ここだっ!

きっと落ちた場所に戻れれば、きっと帰れる。

絶対に帰れる!!

もぅすぐ、きっと帰れる!!!


私はそう信じてさらに走るスピードを上げた。泳ぎの邪魔にならないよう、ブカブカで邪魔な洋服を走りながら脱ぎ捨てる。

素っ裸になって抵抗がなくなり、走りやすいし、泳ぎやすい。

裸を見られる恥ずかしさなんて、頭から抜け落ちていて。

カイラードさんに見られてることも、全く気にならなかった。


バシャバシャと水音を立てながら、水面に入っていく。

昨日より水が冷たく感じるのは、私の体温が上昇しているせいかもしれない。

後ろからカイラードさんが追いかけてきてるとわかっていても、泳ぐのを止めなかった。

徐々に深さが増して足がつかなくなったとき、泳ぐスピードがグンと上がった。


クロールで息継ぎをしながら沖へ沖へと泳いでいく。

ちゃんと昨日落ちた場所に向かって泳げているのか、ぜんぜんわからない。

でも不安で不安で泳ぐのをやめられない。


止めたら、本当に家族に会えない気がして。


もともと泳ぎが得意だったから1キロくらいの、水泳は楽勝だ。

普段から温水プールで週二回泳いで体力もある!


私が泳いでいる方角があってると確信して、ただひたすら、泳いだ。


グイッ!


急に足の片方を何かに掴まれて、水の中へ引き込まれた。それなりの距離を泳いでいたから、息があがった状態で引き込まれ、残った酸素もすべて吐き出してしまった。

苦しくて、酸素をとりいれようと口を開けると、空気の代わりに大量の水が入ってくる。

それでも息を吸いたくてまた口を開けるど、入ってくるのは水ばかり。

その間も、私の体はすごい勢いで底に引っ張られる。


くるしい、、、もぅだめだ・・・・・・・・・・・

い・き、できない・・・・・



『来いっ、アスカロンッ!!!』


カイラードは泳ぎながら、剣であるアスカロンを呼ぶと、次の瞬間にはアスカロンを手にしていた。



『はぁぁぁぁぁ!!!!』




水中にもかかわらず、陸上と変わらない様子で大きくアスカロンを振り上げ、水中に向かって剣を振り下ろした。

その瞬間、大量の水が二つに割れた。

水がなくなった割れた部分から、湖底が見える。


『ケルピーかっ!!なんでここにっ』


ケルピーはツバキの足に食いついたまま、湖底から地上を見上げている。ケルピーは水辺に生息し、獲物と思ったものは逃がさない。食らいついて湖底に引きずり込み、呼吸が止まった獲物をゆっくりと味わいながら食す中級の魔物だ。


カイラードは、湖底にいるツバキの姿をみつけ、躊躇することなく、割れた空間へ飛びだした。


水がない場所は、もはや崖。

落下スピードはすぐさまあがり、湖底が目前に迫る。カイラードは左右に分かれた水壁へ剣を刺すと、落ちるスピードを減速させた。

ケルピーは獲物であるツバキを咥え、引きずりながら水に向かって動いている。

咥えられている足からは血が滴り、血の跡が線のように染みていく。


『再び水中に入られたら、やっかいだ!』


剣に長けたカイラードといえ、水中戦では分が悪い。

水が割れている、この瞬間に決着をつけなければツバキの体力が持たない。

時間がない。


カイラードは水壁から剣を抜き落下速度を上げ、水壁に足をつけ跳躍した。計算されたその跳躍で、カイラードの体は水壁からだいぶ離れ、ツバキの真上に移動した。

剣先を湖底のケルピーの腹部分に照準を合わせ、そのまま突き刺した。

瞬間、ケルピーの咆哮が湖底に響き渡る。腹の急所を狙ったため、ケルピーは一撃で絶命した。

ツバキの足から咥えているケルピーを引きはがし、血だらけのツバキを抱き上げると、階段を上るように水壁を駆け上がっていく。


最後のひと蹴りで水面にでる、というタイミングで、「アスカロン!っ」と再び剣を呼んだ。

水面に足がつくかどうかで、カイラードの足の下にアスカロンが滑り込み、水中に沈むのを阻止した。そして、滑るように陸へ進んでいく。

カイラードは、片足を水面の上に置き、水の抵抗をうまく操作しながら、バランスをとった。

抱えたツバキを落とさないよう、しっかりと抱きとめて。


後ろではゴゴゴゴゴゴゴという音と共に、二つに割れた水が元の状態へと戻っていく。

岸辺へあがり、砂の上にツバキをおろした。


『うぅーん、傷はぁ結構深いねぇ。』


『治せ』


『えぇ?人使いが荒いと思うけどぉ』


『治せ。もとはと言えば、お前が原因だろう』


『・・・・そうだよねぇ。ぼくだよねぇ。ごめんねぇ、つばきぃ』


アスカロンが、傷口に剣先をつけると、傷口が光り、みるみる閉じていく。

ケガなどしていなかったように、跡形もなくきれいに。


『はぁぁぁ。ツバキはぁ、スタイルぅ、いいんだねぇ』


ツバキの裸体をマジマジ見ながら、同意を求めるようにカイラードに向かっていった。


ドカッ


カイラードは思い切りアスカロンの(つか)を蹴り飛ばした。蹴とばされたアスカロンは数メートルほど吹っ飛び『いたいじゃないかぁ。ひどいょぉぉ』と騒いでいる。

自分のシャツを脱ぐと、すぐさまツバキに着せ、裸体を隠した。

皆様、最後までお読みいただきありがとうございます!


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