小さき路と大きな変化
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーらくんは、パラレルワールドを信じているかい?
現在とはきわめて近いが、何かしらの結果、選択が異なったために生じた世界。
こうしている間にもそれらは無数に生まれ、広がり続けながら、ひとつの世界に交わることはないとされている。
それら、時の流れは果たして我々の力で生み出しているのだろうかね?
自身の力を信じたい、人間の根源的な欲求は理解できる。そこに働く大いなる力の存在を認めるかも、意見が分かれるところだろうさ。
わたしも昔は自分の力を信じる派の人間だった。
当時は勉強好きで、周りにテストの点数で負けまいと闘志を燃やしていたからね。
保身、ごまかしなどで、しばしば正当に評価してくれないのが人間。
それに対し、自分の頑張りを数字でダイレクトに反映してくれるテストという存在が、私はいたく気に入っていたんだ。
――自分の力こそが、この結果を支えてくれているんだ。だから自分はすごいんだ。
その心地よさに酔いしれている中で、私は不可解な体験をしたんだよ。
耳に入れてみないかい?
その日の小テストは、いつもにまして会心の出来だと自負していた。
意気揚々としながらも、皆ほどテスト勉強から解放された楽しみを持たない私。
これまでのうっぷんを晴らすかのように、校門を飛び出していく他のみんなをしり目に、ゆったり足を運んでいたよ。
と、踏み出した一歩の足裏が、わずかにころりと滑るような気配。
倒れこそしなかったが、その違和感は足を止めさせるに十分。よじったひもを踏んだような感覚に、私はてっきり校庭をトラック代わりに扱えるよう楕円形にうずめた、ロープの一部を踏んでしまったかと思ったんだ。
しかし、ほぼ校庭中央に渡されたロープに対し、私はすでに校門よりのところまで来ている。
鉄棒や砂場はあれど、ロープまでは何十メートル離れているか。
いぶかしげに見下ろす私は、ほどなくその目を丸くすることになる。
社会の教科書で、都のつくりなどにたとえられる碁盤の目。
それと同じものが足元に広がっていたんだ。
小指ほどの細さでもって渡されるそのひもみたいな赤い線は、縦横ともに9路を成す。どちらも十歩ほど先まで伸びていた。
その線たちの中。左下から右4つ、上2つ目の交点を私は踏んづけていたんだ。
あわてて反射的に足をどける私だが、交点部分はみごとに乱れ、砂をかぶせられて元の線の在り方は、もはやうかがいしれない。
しかも、私がいくらかまばたきしたのち、その地面のひもはぱっと影も形もなく消えてしまったんだ。
足でいくらほじくろうとも、あのひもの一部がのぞくことはなかったよ。
足裏に残った感触は、下校後になっても薄れることはない。
私は柄にもなく、入浴中や布団の中で踏みつけた右足の裏を、丹念にもんだり押したりとマッサージをしてしまう。
一度眠りをはさんだためか、ひもの感触は記憶の向こうへかたされつつあったが、学校は別の形で私を出迎えてくれた。
テストの結果だ。
会心の出来のはずのテストは、ほぼ0点となって私に戻ってきた。
解答欄のずれが原因だ。最初の一問以降で、私は書く答えを見事にひと枠ずつずらしたままで提出してしまっていた。
普通、ずれたのなら妙な空欄が生まれて違和感を覚えるだろうに、ぱっと見でそれはない。
欄はきっちり埋まっている。最後の問題に問2の答えが突っ込まれ、あとはいもづるかところてんのように、ぐいぐい押されて壊滅……といった具合だ。
普段より、私としのぎを削るライバルたちは、私の点数を見て驚き、その原因を知って「あるある」といった顔を浮かべる、現金な反応。
それへ適当に相槌を打ちながらも、私はどうも今回の件が腑に落ちない。
第三者が見て、あのようなミスをするとしたら、考え途中の答えを枠内に書いたままにしていたために、ずるずる間違えた……と想像するだろう。
だが、私はその手の考えごとは、余白を使う派。これまでのテストでも、ずっとそれを徹底してきたんだ。
今回に限ってそのような例外を起こすとは思えないし、そもそもこの小テストはそれほどの問題でもなかったはず。
ケアレスとはいえ、ミスはミス。
私は自分の頑張りが素直に反映されなかったことに、その日の授業はむくれっぱなしだったな。
だが、これは始まりに過ぎなかった。
その日はどうも、あと一歩が足らない事態が多すぎる。
ちゃんと目で見ているにもかかわらず、階段がまだ一段あるつもりで足を出し、あやうく踏み外しかけたこと多数。
体育でも、受け止めるべきボールが紙一重で指先を逃げていき、身体全体で当たらなくてはいけなくなってしまう。
さらには廊下を歩くときも、余裕をもってすれ違える幅と思いきや、十中八九で向かってくる人にかすってしまうんだ。
ついには給食の時間に、配膳係が出してくれる皿をトレイで受け損ねて、大惨事を引き起こす始末。
優れた存在でありたいし、そうであると自信を持つ私に対し、今日は恥の上塗り……いや、恥の上染め状態に、怒りさえ覚える時間だったよ。
――誰かが自分を……いや、みんなが、取り巻くすべてがそろいもそろって陥れようとしている!
妄想だろうが、そう心の中をたぎらせなければ、今にも取り返しのつかないことをしてしまいそうなほど、私の中は殺意でいっぱいだったさ。
それから、どうにかこの一歩違いに対処していく私。
すれすれで対処をせず、余裕をもってことに臨む。時間も距離も道の幅も、何もかもだ。
おかげで午前中のような失態も減り、帰りの時間にこぎつける。
横断歩道を渡る時も、余裕をもってだ。青信号になってもすぐには渡らず、右左を確かめたのち、余裕をもって渡る。
その間も、せっせこ渡る人は渡ってしまい、接触する恐れも減る。こうも順応してしまうあたりに、人間の器用さを感じてしまったが問題は自宅の前まで来たときだ。
結論から言おう。親に追い払われた。
家の前を竹ぼうきで掃いている母親の姿があったんだ。それそのものは、普段からしばしばみることだから、おかしいとも思わない。
けれどただいまと何気なく声をかけたら、母親が怪訝そうな顔で「どちらさま?」と返してくるもんだ。
「ただいま」が返ってこない。すでに私の中で、空気と同じくらい当たり前すぎることになっていた、「ただいま」が。
意表を刃物でずぶりと突かれたショック。あのひとつずれのテストを受け取ったときに、勝るとも劣らない。
目と耳を疑ったさ。これはおふざけかどっきりかと思って、そのまま家の門をくぐろうとして。
出し抜けに突き出されたほうきが、一瞬ゴールラインのごとく私の前へ横一線に立ちふさがるや、ぐいっと胸板に当てられて、押しのけられたんだ。
「なに勝手に入ろうとしてるんですか。次やったら警察呼びますよ」
私に母が敬語を使って、よそよそしく接してくるなど一度もなかった。しかも、ほうきで押しのけるほどになんて。
母はもう私になど関心がないように掃除を始めてしまい、私はそのそっけなさに、おのずと視界が歪み始めるのを感じ始め……。
「あんた、こっちに」
ぐいっと、誰かに手を引っ張られる。
あまりに突然だったから、私も振り向くのに数瞬要してしまったが、その時にはもう戸を開ける音とともに、建物の中へ連れ込まれていた。
隣の家の勝手口。
回覧板を回すとき、こちらの方が都合がいいと指定されているドアの中だと分かった。
手を引いてくれたのは、隣のおばさん……と認識はできたが、安心はできない。
なぜなら、本来敷かれているはずのフローリングがそこになく、代わりに浮かぶのは昨日ぶりに見る、あの碁盤の目を思わず9路の線を引いた地面だったのだから。
左下から右4つ、上2つの交点は消えたように途切れている。昨日、私が踏みにじったそのままの形。単なる偶然じゃない。
「早く、返してあげな」
頭を必死に動かそうとする私の足を、おばさんは両手で持ち上げると、あの途切れた交点へハンコをするように押し付ける。
あの時と同じ、足の裏でごりっと滑るような感触。
ひねりかけたかと思う足を持ち上げられたとき、あの赤い9路は元通りの交点になっていたんだ。
その状態を見せつけるかのような数瞬ののち、またあの時と同じように碁盤の目のひもらしきものは消えてしまう。代わりにフローリングが戻ってきた。
先までそばにいたおばさんの姿はない。が、ドアは開いている。
キツネに包まれたような心地で家の前へ戻ると、母の姿はそこになく、私はいったんは追い返された門をくぐって玄関へ。
「おかえり」を返し、家の奥から出てくる母を見て、つい心配されるくらいの尻もちを、そこでついてしまったよ。
後日。隣のおばさんに事情を尋ねたけれど、あの時に私を引き入れたこと含めた一連のことはまったく知らない素振りだったよ。
私が母に追い返されたときと同じような、打って変わりようだった。
あのとき、私がパラレルワールドに迷い込んでいたかは分からない。ただあの交点という小さな一点を乱したための体験であることは、疑いないだろう。
糸のようにか細くささいなことで、取り巻くすべてはひと息に変わる。そこにおいては個人の頑張りはたいしたことがないのかもしれない。
でも、いつまたそのような事態に巻き込まれても大きなショックを受けずに適応できるよう、私が広い分野に興味を持つきっかけとなってくれたんだ。