第1話:空を飛んでも世間はキビしい
浮足立つ、と表現するのが適切だろうか。
何か期待に胸が膨らんでいるような
ワクワクムズムズするような、そんな感覚である。
これは特に修学旅行の夜やテスト終わりによくみられる現象だ。
夜更かしの魔力やテスト後の開放感によって、引き起こされる。
とにかく、私はそのときふわふわと浮くような感覚で商店街を歩いていた。やっと8時間労働が終わった。
開放感からくる浮遊感。歩いているだけなのに楽しい。
本当に空は飛んでいないけれど、こんな感覚になれるならこれはこれでいい。
と、
最初は思っていた。何やらおかしい。
私はどうやら、本当に浮いていたのである。
------------------------------------------------------------------------------
【河北新報】
このたびは、新聞の貴重なスペースに私の文章を載せていただき、ありがとうございます。
私は2ヶ月ほど前から空を飛べるようになった前川といいます。幾つか皆様にお伝えしたいことがあり、新聞社の方のお力添えで載せていただきました。
まずは私のことを酷く罵ってらしたワイドショーのS上氏にお伝えします。
私は決して金儲けのために動画を上げている訳ではありませんし、航空会社の株価は私のせいで暴落したのではないと思います。
続いて私の動画に卑猥なコメントをしている方々にお伝えします。
いくら私の飛ぶ姿を地上から撮っているからといって、私の足をジロジロと眺めていいわけではありません。今後は足にモザイクをかけることも検討したいと思います。
最後に、私は飛びたくて飛んでいるわけではありません。いつ飛ぶかも分からず、いつも大変な思いをしています。
スカートも履けなくなったし、手提げバッグも落としそうだから持てなくなりました。いつもズボンにショルダーバッグで生活しています。
これは一種の難病だと思いますので、皆様私の苦労をご理解頂けないでしょうか。
------------------------------------------------------------------------------
空を飛べるようになったのは夏の終わり、9月下旬であった。
バイト終わりの私がクリスロード商店街を歩いていたとき
勝手に体が浮き、アーケードの天井に頭をぶつけてしまった。
人間、本当に驚くと何もできないものだ。
私はただ、いつ落ちるのかという恐怖に怯えながら天井に1時間ほど張り付き、やがて消防隊に救出された。
それから数ヶ月生活してきて、大体1日に1回は浮遊してしまうことが分かった。
毎日決まった時間、という訳ではないけれど。
1回浮遊すると数十分は浮いたままで、やがてゆっくりと落ちてくる。
それだけの時間があれば結構な高さに行ってしまい、最悪凍え死んでしまうだろう。
だから屋外で浮き始めたときの私は必死だ。
1度、道を歩いているときに発症したのは大変だった。
ちょうど周りに掴まるものがなかったから、近くの小学生女児に掴まった。
右手で女児の脇に腕を絡めたが、重さが足りず一緒に浮き上がってしまった。
左手で別の女児を捕まえたから助かったものの、事情の分からぬ子供たちは私を変態呼ばわりした。