06 予言と小惑星
ルーシーは、その数日後に再びフランクリンに会い、例の予言の話を聞かされる事となる。
彼女には、その手の話に興味はないが、これから行く火星の施設で聞かされるよりは、地球で聞いておいた方が余裕があるとの打算的行動だった。
フランクリンの方にしてみれば、ライナスと話し合った結果、全貌を何も聞いていない彼女に多少でも前知識を与えておくべきとの配慮だ。
勿論、ブラフとして他の話も混ぜるが。
フランクリンの話は、おおよそ以下の様な内容だった。
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ノストラダムスの予言
中世フランスの学者ノストラダムスの残した多くの予言の一つ。
『1999年7の月、空から恐怖の大王が来るだろう』
この予言では滅ぶとか、どの様なものかの記述はない。
マヤ暦の終末
今は滅んだマヤ文明の使っていた暦の一つである長期暦は、その周期13バクトゥン=187万2000日で終わり、新たな周期を繰り返す。
ある計算の結果、今の周期の終わりが2012年に来ると予測されていた。
マヤの世界観が破滅と再生の周期を持っていたとされている為に、この周期の終わりに何らかの破滅が来ると、当時の人達は恐怖した。
ヒトラーの予言
第二次世界大戦時、ドイツの総統だったアドルフ・ヒトラーが残したとされる予言。
1989年以後、支配階級の明確な二極化と宇宙からのカタストロフィが接近。
2039年、『超人』達が現われて世界を支配する。
2039年1月に既存の人類は地球からいなくなるが、滅びるわけではない。人類の一部はそのとき、更なる『神人』に進化する。
そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械的生物だけの世界が出来上がる。
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一応は話の内容を頭に入れ、軽く流す為に簡単な感想を返す。
「フランクリンさん。結局、予言は全て外れて、人類は滅びなかったって事ですよね?」
「実は、そうとも言い切れないんだ」
ルーシーは首を捻る。
「でも、私達は生きてるし、そんな大惨事が起きた歴史はないですよね?『超人』とかも現れてないですし、世界征服も成功していない」
「そうだね。でも、天文学を噛じった君なら知っているかも知れないが、1989年以降の数年に地球へ大きめの小惑星がニアミスしていたんだよ。それも三度」
「ちょっと待って下さい」
天文関係の話に興味が沸いたルーシーは、携帯端末で検索する。
この施設からは、ネットワークへの書き込みは出来ないが、読込みや検索は出きる様になっている。
「あっ、本当だ。1989年3月23日に直径1kmの小惑星:仮符号1989FCと75万kmのニアミス。1991年以降も小惑星1991BAなどと15万kmのニアミス?」
地球と月の距離は38万kmだから、天文学的には、かなり近い。
後半は完全に月より近い場所を通過している。
「十分に『宇宙からのカタストロフが接近』だろ?『衝突』とかじゃない所が微妙な表現なんだよ。更には1999年に」
「何か接近したんですか?」
「惜しい。その年の5月に発見され、7月から撮影に成功した小惑星1999JM8は、7kmの大きさの上、将来的に地球へかなり接近するらしい」
「7kmって、恐竜を絶滅させた隕石に近いじゃないですか!それが『恐怖の大王』って話ですか?まだ『来ている途中』ってだけで」
「そう見る人達も居るって話ではあるんだけどね」
なぜか、この小惑星1999JM8の情報は、ネットワークには発見当初の事しか掲載されておらず、フランクリンの言うように地球に接近する様な話は検索できなかった。
たぶん、マニアの間での妄言だとルーシーは思った。
「こじつければ、何でもソウ見えるってのが、昔からの予言商法ではあるんだけどね」
「商売ですか?」
「本とか売れるし、その手の映画も複数作られてきている。予言の年が過ぎたら『計算間違いでした』って延長するのが、マヤ暦を筆頭に結構つかわれたみたいだよ。何回も」
「何ですか?そのイイカゲンな計算は。でも、さすが財界関係者のフランクリンさんですね。興味が有るものすら商売目線とは」
「ははははは、性分だね」
予言の話など面白くないと思っていたルーシーだったが、意外な所で小惑星や商売の笑い話へと展開して行ったのは楽しめた。
「俺は、天文学はピンポイントの知識しかないんだけど、ルーシーは詳しいんだよね?」
「部活で楽しむ程度ですが」
「じゃあ、判る範囲で良いんだけど、『仮に』地球から火星に行くとして、途中には小惑星帯って無数の小惑星が飛び交う空間が有るんだよね?ロケットにぶつかったりしないの?」
ルーシーは彼が、今回の宇宙飛行に不安を抱いている事を感じた。
「まぁ、どういうルートで行くかにもよりますが、定期的にくる火星との最接近の時に向かえば、問題は少ないですよ」
「それは何で?」
「まず聞きますが、フランクリンさんは、飛行に乗った事は有りますよね」
「うん。何度も有るよ」
「『小惑星帯』と言っても、小惑星が見えるほど密集している訳では無いんです。飛行機で鳥とぶつかる位の遭遇率と思っていただければ」
「あー、そんなにまばらなの」
確かに濃淡や小さい物はあるが、そうそう遭遇はしない。
「更には、地球も小惑星も火星も、ほとんど同じ方向に公転してますから、ロケットから見れば、ほぼ止まっている状態なんですよ」
「それは、避けやすいって事かな?」
「はい。20世紀から主だった小惑星の位置は追尾していますから、よほどのイレギュラーがない限りは、危険地帯を避けて飛行する筈です」
「イレギュラー?」
ルーシーは、端末でハレー彗星の映像を出した。
「2061年のハレー彗星以降、軌道が変わった小惑星が幾つも有りますから、軌道計算が複雑になっているみたいで。ただ、スターレインを引き起こす様な大きい塊は、優先的に調べられていますが」
ルーシー達の様な、学生のクラブでも分かるように、その手の情報が開示されている。
「つまりは、心配いらないって事かな?」
「つまりは、そう言う事ですフランクリンさん」
いくぶんか安堵の表情を見せたフランクリンに、ルーシーも笑みを浮かべた。
ただ、実際の航空機にも鳥が当たる事故がある様に、その様な事故が存在しない訳では無い。
アポロ13号の事故は、宇宙ゴミ/スペースデブリか、小惑星の破片がぶつかったのが原因と考えられている。
比較的に浮遊物などが少ない地球と月の間にでも、この様な事故が起きているのが現実だ。