05 訓練と予言と
登場人物の名前が、スヌーピーで有名な『ピーナッツ』のキャラクターと似ているのは、偶然か著者の趣味かの、どちらかです(笑)
食堂で青い顔をしているルーシーに、声をかける青年がいた。
「君がルーシーだね?姿勢制御の訓練で吐いた女性が居ると聞いてね」
「・・・・ううぅ、どなたですか?」
テーブルから顔をあげたルーシーの視界に、どこかで見た様な人物が飛び込んできた。
「はじめまして・・・かな?私はライナス。サバラスの娘だろ?パーティで会った記憶が無いんだが?」
ライナスと言う名前に、若干の記憶があったルーシーは、目を見開き、姿勢を正した。
「えっと、大統領の息子さんでしたよね?」
「ああ。だけど、ここで親の役職名は口にしない方が良いよ。軍の兵士には、口の軽い奴もいる。下手に勘繰られると軍規を無視するかもしれない」
「確かに・・・・」
たぶん、彼も火星組なのだろう。
漏れれば国際的なスキャンダルとなる火星行きを、下手に勘繰られる火種は漏らさないに越したことはない。
「ここでは、名前で呼び合う様にするのが、最善だよ」
「そうなんですね?わかりました。ありがとうございます」
ルーシーは、疲れた顔で礼を言った。
「教育担当に、飲食を控える様に言われなかった?」
「コーヒーくらいは大丈夫だろうと思っていたんですよ。対G訓練までは頑張ったんですが、何ですか?あのグルグルは?」
宇宙飛行士に必須の訓練として、回転する小部屋で身体に掛かる高い重力や遠心力を体験する『対G訓練』と、姿勢制御を失った時に、グルグルと自転した時の対応をする『姿勢制御訓練』がある。
対G訓練は、心肺機能が悪いと耐えきれないので、体質や日頃の運動量に左右されやすい。
姿勢制御訓練は、筋力や年齢、性別や体格ではなく、平衡感覚や意思力と、慣れで拾得するしかない。
ルーシーは、初めて体験した二つの訓練に、嘔吐してしまったのだ。
「これが、週3回もあるなんて、地獄だわ!」
「あればっかりは、慣れらしいからね。あれを平気な人間は、現役の宇宙飛行士にも居ないだろう」
「そういう物なんですね?ライナスさん」
そう、二人が話している所に、ライナスの後ろから割り込む人間が居た。
「なんだなんだ?ゲロの先輩が後輩にレクチャーか?」
「割り込むなよ!フランクリン」
見知らぬ青年が茶化し、ライナスが反発している。
「あの~、この人は?ライナスさんの知合い?」
「ルーシーは面識が無いかもな?彼は財界からの参加者で、名字は聞かない方が良いよ」
「フランクリンとだけ覚えておいてよ」
ショートカットの黒人青年が、握手の手を伸ばしてきた。
「ルーシーです、よろしく。で、先輩後輩って何ですか?」
握手を交わしながら、ルーシーはフランクリンと名乗る青年に聞いてみた。
「先輩って、コイツも一年前にアレでゲ・・・」
「余計な事を言うなよオバマ」
「だから、違うと言ってるだろ!殴るぞ!ライナス」
「二人とも止めて~」
近くに居た三人の教育担当が、席を立った音で、二人の取っ組み合いはタイムストップした。
「この話題は無し!いいですね?ライナスさんもフランクリンさんも!」
「OK!」
「了解した」
ルーシーの仲裁に、何とか同意した二人だった。
「ほんとにモー!疲れてるんですから、やめてくださいよ」
「ゴメンゴメン!しかし、週3は大変だな。流石は中途組だ」
「ライナスさん達は違うんですか?」
「俺らは週1だから。まぁ、出発まで間がないし、諦めて慣れるしかないよ。それに、畜産研修やリサイクル研修では、精神の方にくる体験が出きるよ」
「あっ、そっちはやらない様ですよ、フランクリンさん。私、看護師の資格を持っているんで、そっちの研修に重点をおくみたいで」
「クソッ!医療成金め!」
「ライナスさん、うちが政治家って知ってますよね?」
「ははははは、何の事かな?」
三人の間に、笑いがこぼれた。
「でも、同行するお医者さんから、向こうで意思免許取らせるとか何とか言われてまして・・・永住でもさせるつもりなんですかね?」
ルーシーの言葉に、ライナスとフランクリンが、一瞬固まる。
「あれっ?ルーシーって『ノストラダムスの予言』って知ってる?」
「半世紀以上前に、東洋で流行ったって言うのに、そんな名前のが有った様な?無かった様な?それが、何なんですか?」
ライナスとフランクリンは、再び顔を見合わせる。
「ああ、いや、なに。このフランクが、そう言った物に詳しくてね?暇潰しの話題にどうかって思ったんだよ」
「そう言うのって、昔は流行ったらしいですね。私が知っているのは、聖書の黙示録くらいですよ」
「ああ、あれは年代設定がないからね~」
「年代設定がある予言なんて、有るんですか?フランクリンさん」
「昔は、けっこう有ったんだよ。ノストラダムスの予言とかマヤ暦の終末とか、ヒトラーの予言とか」
「ごめんなさい。私、そっちの方は不得手で。天体とか、そっちの方なら詳しいんですけど」
「今となっては、けっこう笑えるからさ、今度、暇潰しに聞いてよ」
「じゃあ、暇な時に・・・」
ルーシーは、そう言って、またテーブルに頭を倒した。
既に、精根尽き果てたのだろう。
ライナスとフランクリンは、彼女のテーブルからドリンクサーバーへと向かった。
そして二人は、ユーグレナドリンクを手にして人並みから離れていく。
「おい、ライナス。彼女は政府のキャストだろ?何でアレを知らないんだ?」
「わからないよフランク。あれの父親が、もう一つのプロジェクトに自信を持っていて、告げてないのかもしれない」
「まぁ、あっちのプロジェクトが成功できれば、それに越したことはないんだが・・・」
「あっちか成功すれば、MoAは表の予定通りに公表されるだけだからな。失敗した時に、後から知っても大差ないさ。いや、女性の場合は、知らされない方が良いかもしれないな」
二人は自分の両親の事を思い出す。
「下手に行かないとか、帰りたいとか騒がれるより、親としては騙したまま行かせた方が幸せだろうからな」