04 ルーシー火星行き
ルーシーは、父からの突然の言葉にビックリした。
『驚くのも無理はない。このプロジェクトは、一般には伏せられてきたからな』
「MIT/マサチューセッツ工科大学へ行けって言っていたじゃない?なのに、なぜ火星なの?」
『MIT行きは隠れ蓑だ。突然の長期間の音信不通は、誰かに勘繰られるかもしれない。勿論、MITとは話がついている』
ルーシーは、少し考え込んだ。
「でも、ダディ。なぜ、私の様な軍人でも科学者でもない者が火星に行くの?」
『話は少し遠回りになるが、お前もアメリカが前世紀から火星探査や、移住計画を行っている事は、習ったり聞いたりしているだろう?』
1997年にはアメリカのマーズパスファインダーと言う無人探査機が、火星地表の写真や調査データを人類にもたらしている。
「火星に大気を作るのが大変だとか、SFでも取り上げられていたわね。でも、まだ人類は降りたっていないはずでしょ?」
『いや、実際には、アメリカやロシアなど、幾つもの大国が基地を建造している』
驚愕の事実を知らされて、ルーシーは事の機密性を感じざるを得なかった。
「いつの間に、そんな物を?」
『百年くらい昔に、アポロ計画と言うのが有って、人類が初めて月に行った話は習っているな?』
「確か、半世紀くらい前にも、アルテミス計画とかで、再度、月に降り立ったって聞いたわ」
『アルテミス計画は2024年だ。その計画に紛れて、実は火星に物資と人員を運んでいたのだよ』
「なんか、壮大な話になってきたんだけど、まず、何で火星開発が秘密になっているの?」
火星開発もアルテミス計画同様に、国家事業として公表されなかったのを不思議に思わない訳はない。
『その辺りの思惑は、当時の文章も、担当者も行方不明になっていて分からないが、ある程度の目処が立ってから、火星移民の話を公表するつもりだったのかも知れない』
「でも、それに、なんで私が行かなくちゃいけないの?」
『火星の研究施設は、ある程度の完成度を達成し、長期居住の計画が立ち上がったのだが、安全性を懸念する者もいてな。賛成派の家族を送り込んで安全性を証明しろと言う話になった。本来の予定では、MIT入りと称して、そこで十分な訓練を積み、2067年の最接近に合わせて火星入りする計画だったのだが・・・・政治的に拒否権は使えない。人柱のような立場にしてしまって、申し訳ないと思っている』
確か2067年は、火星が地球まで5,934万kmに近付いたと騒がれた大接近の年であり、ケンブリッジで天文部に所属していたルーシーも、サリーと一緒に望遠鏡を覗いたものだった。
ルーシーの父は、その実力が認められ、幾人もの大統領の補佐官を任された、優秀な政治家だった。
彼女も、そんな父親の業績と責任を見て育ってきている。
父の失脚が、自分の家だけの問題に収まらない事を、子供としても知っていた。
「あ~っ!こんな家に生まれなきゃあ良かった。判ったわよ。火星でも土星でも、行けばいいんでしょう?」
そんな親子の会話に、第三者が割り込む。
『補佐官、そろそろ時間が・・・』
『あぁ、もう、こんな時間か。ルーシー、本当に済まないが、頑張ってくれ』
そう言い残して、画面は黒くなってしまった。
「あ゛~~嫌だぁ~!なんで、こんな事にぃ~」
頭を振って、脚をバタバタさせるルーシーを無視して、モニターは勝手に再起動し、ビデオ説明会が勝手に始まっていく。
「MIT行って、新しい教授に勝手に課題を押し付けられるよりは、ケンブリッジでの研究を火星で形にした方がポジティブなのかなぁ~」
ビデオ映像は、勝手にカリキュラムの紹介を続ける。
宇宙服の脱着や低気圧下での作業。植物プラントや室内放牧の実習など、父親から聞いた話に沿った内容だった。
「これ、いきなり見せられたら、混乱するよね」
移民計画の話を聞くと、ジュニアスクールの子供や老人が加わるのも理解が出きる。
移民に年齢制限があってはならないからだ。
恐らくは、政府高官の肉親なのだろう。
更には、その当事者以外には『火星』が機密になっていると思われる。
確かに、このカリキュラムは、月面基地を作る為の研修にも見える。
ガーランド中尉も閉め出されているのを考えると、知らせてはいけないのだろう。
ルーシーは、そんな事を考えながら、どの程度に誤魔化すべきか、悩んだ。
ビデオが終わると、背面の扉のロックが解除された音がした。
ルーシーは、ゆっくりと扉を開けて、見回した。
「御待たせしましたガーランドさん」
「終わりましたか?」
扉の前で待っていたガーランド中尉に声をかけ、予定表に有った施設の見学に向かった。
月面基地を想定した、人口の太陽光と閉鎖空間の施設は、現代科学の粋を集めたものと言える。
説明ビデオでは、1990年代に行われたバイオスフィア2と言うプロジェクトの成果を流用しているのだと言っていた。
「ガーランドさん。私の教育期間は、どのくらいなんですか?」
「通常は一年以上を掛けるのですが、簡略式にして2069年の頭だそうです」
「一年無いじゃないですか?」
「そうなんですよ。ミス サバラス。次の打ち上げ便に間に合わせる様にとの事で、他のクルーも略式教育で行われている人が居ます」
ルーシーの大学入りが2066年
前回の火星最接近が2067年9月26日
次回の火星最接近が2069年11月23日
明確に『月ロケット』は火星の最接近に合わせて発射されている。
ルーシーが父親の指示通り半年早く来ていれば、もっと余裕を取れたのだろう。
行き場の無いイライラが、ルーシーを襲う。
「どうしたのですか?ミス サバラス」
「あっ、いえ、そうそう、この『MoA』って何なんですか?」
ルーシーは、とっさに通路に有ったプレートを指差した。
通常は略式マークの下に、正式名称が記載されている物だが、このプレートには丸い天体のイラストと略称しか書かれていない。
「これは、俗称『モア』。『ムーンシティ オブ アメリカン』の略ですよ」
「やはり、最初のMは月なんですね」
躊躇なく答えたガーランド中尉に、ルーシーは返答したが、これで彼女が火星/マルスの計画を知らされていない事を確信した。
こうして見ると、窓の無い施設や隔壁、非常扉の類いは、真空や極低気圧下の施設を模しているのだろう。
この施設に慣れる事から、訓練は始まっていると言える。
----------
ノンフィクション部分
1960年代アポロ計画
1990年代バイオスフィア2
1997年マーズパスファインダー火星に到着
2024年アルテミス計画
2067年9月26日火星最接近
2069年11月23日火星最接近
次回の掲載は火曜日の12時になる予定です。