02 物語のはじまり
「あっ、いたいた!見つけたわよルーシー」
「あぁ、サリー。良かったわ、最後に会えて」
ここは、英国のケンブリッジ大学のキャンパス。
国内のオックスフォード大学と共に世界的にも有名な大学で、ハイレベルな教育機関として有名な場所だ。
二人の女学生が、御互いを探していたらしく、会えた喜びに浸っている。
「天文部が、今晩のスターレインに誘ってきたのに、一緒に見れないなんて残念ね」
「経度はそんなに変わらないんだから、同じ星空を見れるわよ」
「晴れてると良いんだけどね」
スターレインとは、雨の様に大量に降り注ぐ流星雨の俗称だ。
2061年のハレー彗星接近以来、地球では大量の流星が見られる様になり、平素でも5分に一つ以上は肉眼で確認できる程で、スターダスト現象とも呼ばれている。
スターレインは、その中でも周期的に来る大量の流星が見られる現象を指していた。
「いくら当初からの約束だからって、もったいないわね。せっかくケンブリッジに入れたのに」
「MITだって、立派な学校だけど、サリーと離れるのは辛いわね」
オックスフォードと違い、ケンブリッジは多くの留学生を受け入れている。
そう言った意味では、途中編入や転出が容易と言えなくはない。
「御嬢様、そろそろ御時間が」
眼鏡を掛けた、金髪のキャリア・ウーマンが、サリーをせかしている。
「わかってるわ、パティ。じゃあ、サリー。連絡するわね」
「元気でね、ルーシー。今晩待ってるわ」
サングラスをした、数人の男達がガードする車に乗り込むと、ルーシー・サバラスは、髪を止めていたゴムを外し、手櫛で整えた。
「飛行機の時間まで、あまり時間がございませんので、このまま空港へ向かいます。部屋の御荷物は係りの者が整理致しますので」
車の後部座席に座ったルーシーに、助手席に乗り込んだパティが伝える。
「まったく、ダディは急なんだから」
「御父様は、半年前から帰国する様に仰っていた筈ですが?」
「こっちには、こっちの都合が有るのよ!」
ルーシーの言動に、パティは眉間を押さえて溜め息をついた。
「今日にしたって、なぜ指定の場所で待っていないのですか?そもそも、推薦でMITに入る様に言われていたのを、御学友がイギリスに帰るからと、2年の約束でケンブリッジ行きが許されたと伺っていますが?」
「MITの推薦枠なんて、聞いた事がある?」
「そこはVIPなので・・・」
「その特別待遇が嫌で、必死に勉強してケンブリッジに入ったのよ」
親の七光りをひけらかす者も居れば、それを嫌悪する子供も少なからず居る。
走り出した車は、市街地から約3kmにあるケンブリッジ国際空港へと向かった。
空港では搭乗ゲートへ向かわず、直接滑走路へと向かう車に、流石のルーシーも窓の外を見回していた。
「パティ?どう言う事なの?」
「全ては、御父様の指示です」
ルーシーは、一瞬だけ誘拐を懸念したが、父の秘書のパティも、運転手も、顔見知りだ。
何より、父親から直接の電話があっての出迎えなので、間違いない筈である。
滑走路に停まる中型機に横付けされた車から降りたルーシーは、パティに急かされてタラップを登りながら、事の異常さを感じていた。
飛行機は、既にエンジン音を上げており、会話もろくに出来ない状態だ。
飛行機自体は普通の旅客機だが、勿論、他に乗客数が居る訳もない。
ルーシー、パティ、数名のボディガードのみを乗せて、飛行機は直ぐ様動き出した。
「ルーシー御嬢様。到着は11時間後。現地時間で22時の予定になります」
「時間が合わないわね?ケネディ空港じゃないの?」
「詳細は、目的地まで御話し出来ない事になっておりますので」
政府高官である父の秘書を勤めるパティには、実の娘にも話せない事があるのは、ルーシーも理解しているが、それでもいつもと様子が違う。
「自宅に向かわないのは、ダディのサプライズとかじゃないわよね?」
「プライベートではなく、むしろ御仕事の関係では有りますが、詳しくは・・・」
目を伏せるパティに、これ以上は無理だと判断し、ルーシーは携帯電話のソーシャルメディア(SNS)で、サリーに夜の連絡が取れないかも知れない事を伝えた。
飛行機は、すぐに雲の上へと抜けて、安定飛行に入る。
アテンダントが飲み物などを持ってくる代わりに、ベルトを外したパティがワゴンを持ってきた。
オレンジジュースを飲みながら、ルーシーは学園生活を思い出す。
学友であるサリーは、外交官の娘で、父親の帰国の都合で、一年間は母と二人暮らしでアメリカに残った。
だが、学校の卒業と同時に本国であるイギリスに戻る事となり、ケンブリッジ大学へと進学するらしかった。
ルーシーは父親の指定でMIT/マサチューセッツ工科大学への進学を予定されていたが、ルーシーが無理を言って、サリーと同じイギリスのケンブリッジ大学へと進学した。
MITもケンブリッジと言う地名の場所にあるが、場所は全然違う。
優等生のサリーとは違い、必死の勉強で入学できたが、たぶん父親のコネが働いていたのだろうと、ルーシーも感付いてはいる。
2年の限定でと、父親の許可をもらったのだから、これ以上の我が儘は言えない。
アメリカに戻ってからは、MITへの編入が父親との約束だった。
機内での昼食を終えて、映画を見たり、ニュースを見たりして、ルーシーは過ごした。
この国際線では携帯のネットワークも使えない。
珍しく、アメリカ用の携帯電話をパティが手配し損ねたと言うので仕方がないのだ。
いくら父親の秘書とは言え、パティの携帯やボディガードの携帯を借りる訳にはいかない。
映画や機内ニュースの合間を見ては、携帯のデータを選別しながらmicroSDに移行するくらいしか、やることがない。
父親の仕事の関係上、この様な長時間の無言移動は多々あったが、ここ2年は寮生活だったので、なんとなく手もちぶたさを感じるルーシーだった。
やがて、暗くなり始めた空に、幾つもの光る線が見えはじめる。
「雲の上を行くのに、天気なんて気にする必要は無かったわね」
「スターレインですか?御嬢様」
内側の席に座っていたパティが、後部の空席へと移動して窓の外を覗いた。
「昔は、流れ星が珍しかったって、本当?」
「御嬢様が物心ついた頃には、既にこんな状況でしたからね。以前は、少ない流れ星に願いを祈る風習もありましたが、それも昔話になってしまいました」
「ロマンチックだったのね。カレッジでは、スターダストに紛れてUFOが来てるかも知れないって言う学生も居たけど」
「それは、べつの意味のロマンを感じますね?」
「そうね・・・・」
笑いながら二人は、徐々に増えていく、星の雨を眺めていた。
次回は明日の12時に掲載します。