カナリアの国④
推敲していません。
山と家の境目に立ち、自分の服装が乱れてないから確認する。靴の先も土がついてないか見てから家に入る。それにしても残されたドレスはどうしようと腕の中を見た。
破いてしまったし、もう着ることはできない。
隠すのは安易で、外に出て庭で遊んでいたら破いてしまいました、も通じるとは思うけれども、なんとなく気に入っていたドレスなのに自ら壊すなんて早計だったかなあ、と抱きしめた。これも、誰かのお気に入りだったんだろう。
相変わらず人気がない『家』の中で、普通に歩き、普通に辿り着き、普通に扉をノックして、
「どうぞ」の声に私は扉を開けた。
もちろん、椅子に腰をかけて本を読んでいたケーレスの顔が笑う。そして、目を見開いて私の手元を見る。
「あ、ああ、これ、ごめんなさい。どうしても石を包む布がほしくて……ええっと、ほら最近は汗をかいて放置しちゃっていたから」
苦しい言い訳だと思う。自分からドレスを破いてしまうなんて、ちょっと危ない子になったような、そう言われると本当にイケナイ子になったと思う。
「……それは、処分されるのですか」
ケーレスから聞こえた低い唸り声にびっくりした。感情を面にださないケーレスが剣呑な瞳で私を、私の手元を見ている。
「しょ、処分……どうしようか迷ってて。でも箪笥にしまってもしょうがないし、新しいドレスをお願いしようかと、えーと」
私は完全にケーレスに圧されていて言葉に迷う。
「でしたら……わたしと庭に出て破いたということで預かってもよろしいでしょうか。メイオール様にはわたしから新しいものをと、お願いします」
絞り出すような声に逆らえず、私はケーレスに服を渡した。
受け取るケーレスは綺麗に畳み、畳むたびに瞳がゆらゆらとしているようで、わかる。この人も『神』と関わりがある人だから、このドレスに思い入れがあるのかもしれない。
でも、あれ、先代はガヴァネスが家庭教師で、今がケーレスなら、この二人は師弟関係のはずで、どくん、と心臓が鳴る。
聞いてもいいものか、聞かない方がいいのか。前の神と関わりがあったのですか、でもそれは私がガヴァネスと密通、てほどではないが出会っていると告白するもので、いや師弟ならいいんじゃ、でも蔵書庫について喋っているケーレスはガヴァネスがそこにいることを知らないみたいだった。
ドレスを畳み終わったケーレスは、何度か薄汚れた黄色を撫でつつ、にっこりと笑いかけてくる。とても嘘くさくて悲しい。
「次は、わたしがメイオール様をおさえる番ですね」
「ケーレスが?」
疑問に彼は頷いて、メイオールの監視はレガとマルケルが見ており何かあれば両名のどちらかが、この部屋へ連絡にやってくるというものだった。
「そろそろでます」
「まだメイオールは着ていないけれど」
それにケーレスは渋い顔をする。この人は、私が見ていなかっただけで顔に出やすい人なのかもしれない。
「レガから聞いていると思いますが、別宅へ」
ああ、と納得がいく。あの男をかこっているだかなんだかの。ではケーレスは、その家に行ったことがあるのだ。
「……ケーレス」
「なんでしょう」
「嫌ならメイオールに会わなくてもいいよ」
できるだけ真剣な目で見る。彼は、ずっと我慢していたように口を一文字に結んで歯を食いしばっているようだった。
「……すみません」
結局、ケーレスは喋らないまま部屋を出て行った。
右手には本を、左手には服を、どちらかというと服を大事そうに抱えながら彼の背中を見送る。
確かオネイロス側にメイオールの別宅があり、他の賢者の家もあるという話だけれどヒュプノス側に一つもないということはないはずだ。家を中心とした地図を完成しないと簡単には動けない。
少しの思考の間に扉をノックもせず開いたのはマルケルだった。
薄汚れた上着と履き物、焼けた肌は健康そのものだ。
「……ルルヤに習わなかったの」
「今は頭の悪い庭師ですから、か・み・さ・ま」
閉めた扉に背を預けながら、いちいち嫌みったらしくマルケルは言うけれど来たと言うことは、
「さくさくいくからな。一度で覚えろよ」
ふう、と一息いれてから調べたことを口に出す。
「レガ姉さんは賢者たちの様子を見ているから、オレの報告は他の使用人の動きについて。基本は二人一組。掃除番は早朝から朝食までには仕事を終えて騎士の館を掃除に行く。これは夕方近くまでかかるらしい、レガ姉さんが言ってた。その二、洗濯番は朝食後に各部屋を回り、汚れ物を回収。昼に井戸へ。この頃は騎士の館や、どこかに行く使用人が多い」
そこでマルケルが嫌な顔をする。
「こんな閉鎖されているところだもの」
自然に言葉がでてしまい手で口を塞いだ。
マルケルの瞳が見開いている。
「……続ける。調理番も基本、朝昼夕の炊き出しをしている。あまり外出せず食事の時間になったら自室から出てくるっていう簡単な仕事だな。これを持ち回りで月毎に変えていく。あとは姉さんに聞いたんだけど、前は神の監視役っていう役職があったらしい」
「らしい?」
おそらく消えてしまった仕事だ。
「これは執事の役目だったんだ。他の使用人たちが、ちゃんと働いているか不貞をしていないか。そういうのだったらしいけど、ルルヤさんがいなくなってポッカリと空いたのを使用人で埋めたらしいけど、すぐになくなった」
言わなくてもわかるだろ、という目で私を見るマルケルに同意して首を縦に振る。
「オレ的には見なくてもいいっていうよりもアソビを優先したんだろ。一応、真面目に働いている使用人はいるし」
「昨日は四人しか会わなかったけど」
「そんだけ仕事したら消えるヤツが多いってことだよ」
くだらない、そうマルケルは続けた。
「全員が騎士の館に行くの?」
「そこまではわかんねえ」
マルケルは肩をすくめた。
「今の時間、昼だな。は、人はいない。一番の薄手と言ってもいいけど」
「夜はどう?」
それに、またまたマルケルは嫌な顔をする。
「騎士やらあっち側にある家から戻ってくるヤツもいるし戻らないヤツもいる」
ああ、と納得した。最初に抜け出した日、あまりにも人がいなくて笑えた日に、どこかではお楽しみというヤツだったんだ。
「なら騎士たちの動きはわかる?」
立っているのが面倒になったのかマルケルは座る。
「これ、確認してねえからなあ。レガ姉さん待ち。ルルヤさんがいるころは数人の班で家の周りを警備してたらしいけど」
「……」
誰もが堕落した。ただ一人、ルルヤ・ホル・マティスという男性がいなくなっただけで、あっさり何もかもが崩れ去ったのだ。むしろルルヤを厭う人もいたかもしれない。
「父さんが言うように、もう神だなんて必要ない転換期ってやつかもしんねえ」
「てんかんき?」
聞き覚えのない言葉をマルケルに聞き返すと、彼と目が合う。
「この国は五百年近くえーと鎖国? してるんだって」
「さこく?」
また聞き返したことでマルケルは、どこか落ち込んだようだった。
「オレの父さん、外の国の人なんだよ。城下街に帰省してた母さんと出会って結婚しようとしたんだけど、外の人間を迎え入れるなんて大事に近くて、そん時にルルヤさんに助けてもらったんだ。だから姉さんもオレもここで働いてる」
使用人たちの不貞の数々には辟易したが、この話には疑問がある。
「まるで、格差があるみたいじゃない」
その言葉にマルケルは私を睨みつけた。
「ほっっんとに何も知らねえのな! 平等? そんなのとっくのとうになくなってんだよ! 家のヤツらがこんなんなのに下のヤツらも同じだと思うか!? 父さんは、そろそろ逃げようってルルヤさんに相談してた!」
「マ、マルケル落ち着いて」
感情を露にするマルケルに、私は椅子を降りて彼に駆け寄った。フーッフーッと息を荒くして少年は私を睨みつける。
目線を同じにしたせいかマルケルは私の襟を掴んで引き寄せた。
「神様なんてどうでもいいんだよ! どいつもこいつも目先のことで、お前がいりゃ安泰だって馬鹿みたいに言いやがって!」
「マ、マル、ケルッ」
揺さぶられて息が苦しい。
「五百年近く〝神様がいるから平和です〟なんてのは理想だけど空想なんだと! 人は欲があるから行動できるし、それを奪う神という宗教は長くは持たないって、そりゃ誰か人のせいにする時には『神様』は便利だよ! しかも魔法で傷を治せますってさあ!」
「マルケル!」
私より少しばかり大きい手を握り締め、どうにか抜け出そうと手を振り上げそうになる前に響いた音は私のものじゃない。
扉を開く音、頬を叩く音、レガに抱きしめられながら見えたのは頬を打たれたマルケルと赤く染まっていくレガの手で、まるで時が止まったように、ゆっくりとマルケルは倒れる。
無表情のレガが、赤く染まり苛立ちに似た怒りを顔に出していた。
私を含めて三人の荒々しい息継ぎが部屋で反響している。
頬を打たれたマルケルは体を起こすと脱兎の勢いで部屋から出て行ってしまう。
「……レ、ガ?」
後ろから抱きしめてくれるレガとは二日しか会っていないけれど、きっとこれは異常な気がした。ルルヤがいなくなってから、人は、心はどんどん変わったのだ。ルルヤという後ろ盾がいなくなった二人は、初めて会ったマルケルの『お前のせいで』はレガのことも含めて言ったんだ。
「もう、し、わけ……ございません」
レガは私の肩口に顔を擦り、泣いているような声で言う。
「……いいよ、私が世間知らずなせいでマルケルを怒らせた。みんな不安なんだ」
私以外にも不安でしょうがない人たちがいる。ケーレスもそう、苦しく不安で胸が締め付けられて焦り始める。冷静でいようとするほど心の底から何か黒いものが湧き出てくる。
肩が熱い、背が少しだけ熱い。抱きしめられている腕は細く、しかし力強く。それはレガ自身のようで、私はレガの頭を撫でて寄り添う。
「気づかなくて……」
ごめんなさい、は正しい言葉だろうか。
「レガ」
彼女は、きっと無表情な人ではない。感情を面に出さない為に顔を険しくしていたんだ。
互いの心臓が落ち着くまで、どれぐらい時間が経っただろう。開け放たれた扉から燦々と降り注ぐ太陽の光は、とても暖かく気持ちがいいのに部屋と廊下の境界線で空気が違う。
とても冷え切っていた。
「レガ、さこくってなに」
「……他の国との貿易、関わりを持つことを制限することです」
「てんかんきって」
「物事、もしくは国が変わる時期をさすそうです」
レガの表情は見えないけれど、後ろで呟く彼女は震えている気がした。口に出すのが怖いのではなくて、そこにある事実が怖い。
「レガは、なんで……この国は、私が変える。これが転換期だね」
私は太陽の光を受け止める庭の草花を見ていた。
「マルケルは、立派な自慢の弟です。弟なんです」
「うん、ねえ、レガ、今日は……」
休んでいいよ、の言葉をつぐむ。
「弟は父を尊敬して、同じようにルルヤさんを尊敬しています。わたくしも尊敬しています。城下街で暮らしていた時、父が外の国の人だということで周りには距離を置かれていました。どんなに秘密で遊んでも見つかって、子どもを街の大人が監視して、それ見逃す優しい大人を大人が監視して……賢者に伝える。そうすると言われるのです。神がいる国キュイモドスに相応しい人であってください、と。そして次の食糧配給では食べ物を少なくされました」
「……」
行き場のない感情が、昨日も感じた底の声の気配が、ゆらりとうごめく。
「ルルヤさんは、わたくしたちを家の使用人として招くことで、こうした不平等をなくてくれました。父も母も、とても心配してくれましたがルルヤさんがいたから、こんな気持ち悪い場所でも生きてこれた。貴女という存在が、とても憎たらしく気持ち悪くても」
「……」
――やはり、この国は消えるべきよね?
「でも貴女は立ち上がってくれた。無知を受け止めて行動してくれた。ルルヤさんを取り戻そうとしていた。わたくしは、あの夜、気絶したあの夜、苦しんでいる貴女を見て笑ったのです。罰が下ったのだと、貴女のせいではないのに」
――ひどい話。
「わたくしも、やはりこの国の人間なのです。不等なことがあれば神のせいにする。そんな呪いが蔓延りながら、神がいなくては成立しない国。逃げようとしました。家族で。しかし周りは、それを見逃すはずがありません。その年の配給は家族四人では、とても暮らせない、せいぜい二人分しかありませんでした」
――わたしのせいではない。
「父は、研究者です。この国の宗教……生きる人間を神とする国の研究しています。その答えが〝いつ崩壊してもおかしくない〟でした。五百年も保ち続けた方がすごいとも言っていました。現に六人の賢者たちは乱れ、城下街の人たちは六人の賢者に媚びる為に日々お互いを監視し合い、盲目的に貴女を信仰対象とすることで不満を押し込めています」
――もう、この国は終わっている。わかっていたことでしょう?
「ごめんなさい、ごめん、なさい……ああ、名前も知らない。なんで……」
「レガ、私は大丈夫だから。私は変えるって言ったけどやめる。私は、この国を壊す。底から難しいのはわかってる。レガが身に染みついてしまうほどなら、もっともっと私の知らない人たちは乱れ、苦しんで目をそらし続けないと生けていけない」
――呪われている。
「私は、とても運がよかった。いいえ、きっと壊す為に生まれてきたんだ」
――そう呪う為に。
「壊す為に、私は生きるよ」
――壊そう。
レガは私の肩で泣き、私は夕暮れ近くまで暖かい人肌に少しだけ泣いた。こんな風に抱きしめてもらったことはあったけ。こんな風に感情をぶつけてもらったことがあったっけ。それは、とても心臓が張り裂けそうなほど苦しいけれど、二人は長い間、叫びたいほどの不安を抱えていきてきた。
「……」
私の体からレガの腕が緩やかに落ちていく。振り向いたレガは目の周りを赤くし、うつむいていた。そんな彼女の頬を包み、目を合わせる。
はく、はく、とレガの口が動いた。
その言葉が何か私はわかる。
〝名前を呼びたい〟
「今日、私、疲れちゃった。レガ、また夜に報告をもらってもいいかな。マルケルのことも気になるし、レガだったらマルケルも落ち着けると思うから、行って」
レガを立ち上がらせると、横に並び、その背を押す。優雅な一礼、レガは中央へ駆けていった。きっと二人しか知らない場所があるんだ。
迷いのない追いかける背中を見ながら、私は息を思い切り吸い込み吐く。
現実が崩れた。焦り、不安、押し潰されそうな真実。それでも〝やると決めた〟
レガとマルケルたちと同じように苦しみ喘いでいる人がいるなら、その人たちの心が泥に飲み込まれないよう、私は――。
――壊さないといけないのです。
うん、と頷く。
洋服箪笥を開き、深緑の服を取り出して着替え、葡萄酒色のドレスの裾を裂いた。それで頭をすっぽりと覆い隠し、見える肌も布で巻き付けて発見されにくいように全身を覆う。そのまま外に出て靴を庭の土で汚した。包帯ぐらいに裂いた布を使って、靴と足首を脱げないように固定した。
その場で、トントンと脱げないのを確認して、私はオネイロス側の森に走る。
プロット
メイオールが仕事でいない間、神は家を探索しはじめる
噂などに聞き耳をたて情報を収集しながら
六人の賢者がどういう生活をしているのかを知る
疑問は増えた私は、どうにか蔵書庫のように遠くへいけないかと模索する
レガとの出会い
協力の申し出に家から出る際はレガが取り計らってもらえることになった
なぜならメイオールは使用人という立場から外れ豪遊三昧をし、男共の侍らしていたからだ
そして神の使徒たる人たちがいることを知った
レガが階級が下の騎士団に掛け合ってメイオールが常に私を監視できないようにする
オネイロス側山中を探す私は小屋を見つける
小屋には少女がいた。魔法を顕現したことにより両親が家に差し出したのだ
本物の神をみる少女は喜び、城下街やルルヤの話を持ち出す
会いに来たのはお忍びだと伝えて六人が何をするか見守ることにした
次の日、少女はもういなくなっていた
レガから聞くと六人の賢者が少女をケール湖に連れて行ったらしい
間引きを見る私。ベッドにこもり、終わり