カナリアの国②
推敲していません。たまったら一つにします。
ぱちり、うるさい胸の音と汗だくの体。本来の目的を忘れてベッドに入った私は、なぜか痛む体を起こして周りを見渡した。
記憶が曖昧で気持ちが悪い。周りを見渡せばありがたいことに夜は明けていない。
汗を吸い込んだ服を脱ぎ捨てて、私は初めて洋服箪笥の扉を開いた。
そういえば、選んだことがない。いつも選ばれて着ては似合うと言われ、照れくさそうに「そう?」なんて言う気持ち悪い私を思い出して、振り払うように箪笥を漁った。
色は豊富で、黄色のドレスを着ようと探すが見当たらない。昨日のことで洗いに出されてしまったのかもしれない。
仕方なく、夜に紛れそうな黒の、布地が薄いドレスを着る。
ドレスというには心許ない。どちらかというと寝間着のようで熱で火照った体が急速に冷やされていく。これは、誰のドレスだろう。
「……え?」
ついつい言葉がでてしまう。私は、なぜ〝誰〟だなんて思ったの?
ちらりと洋服箪笥を見る。服についてはメイオールが仕切り、私が選ぶということはなかった。だからこそ、今ここにあるものが、生を受けて家に来てから用意された服であるか私はわからなかった。
直感を信じるなら、これは〝誰〟の服?
背中に冷や水をかけられた。ぞわぞわとして目が閉じられない。
私は逃げるように部屋を出る。走り、走り、本当なら冷静にならなきゃいけないところなのに廊下を走り抜ける。外への縁まで着て、息を整える為に柱に体を預けた。
一昨日、いや、弟に出会ってから湧き出る違和感、不快感に気が狂いそうで、どうにか保てるのはやるべきこと、やりたいことがあるからだ。
目を閉じて、ゆっくりと開く。
監視、監視の騎士がいるはず。
自分の隠してくれそうな木に張り付いて耳を澄ませる。澄ませども靴、騎士なら金具の音だ。何も聞こえない。風もあまりない日だというのに遠くからも近くからも雑談さえも聞こえず、耳を豊かにするのは鈴虫の声だけだ。
騎士がいないのを確認した私は、木々を頼りに道からそれないよう歩く。本当はガヴァネスの元に行くつもりはなかったけれども、どうしても、寂しくなってしまった。
誰かにこのことを言い、何か言われたい。
不安がまとわりつき、私は泣きそうだった。
木々と足下の別けられた草たち、燦々とした月明かり、頼りない導を歩いて、歩いて、走ったときよりも時間をかけて、私はガヴァネスがいる蔵書庫の前に着く。
腕を上げて扉をノック、しようとした手を止める。
空を見上げ、月が欠けているのを見た。こんな夜中に起きているはずがない。だいたい眠気に負けてしまった私が勝手にしていることだ。
ああ、そういえば夜には来るなと言われていたかもしれない。
私は寂しい。
今、あの家で味方をしてくれるのはケーレスだけ。他の人は知らない。まだわからない。あんなに〝どうにかする〟と息巻いていた私は、枯れた花のように下を見てしまう。
帰ろうと踵を返すと、
「窓から、と言ったけれども」
鈴虫とは違う声に、びくりと心臓が跳ねた。
「ガ、ガヴァネス……」
起きていたの、と呟くと「窓」と一言だけ言われて、私は『出入り口』に向かう。
開口一番に言われたのは「感心しないな」だった。
「ごめなさい、ガヴァネス」
「……きみは、ぼくに対して何か謝罪するべきことがあったのかい?」
それに「え」と口に出す。夜中という人が寝る時間に訪ねるのは無礼ではないだろうか。口にすると「ふふ」とガヴァネスは笑う。
「まあ、ぼくの私生活をきみに教えたことはないからね。ぼくも驚いたし、きみも驚いた。そんなところかな」
窓辺にいるガヴァネスは月明かりに照らされ輝いて見える。それも絵画のようだった。
「あれから、家の中を探索したの。マルケルという庭師、使用人のレガ、二人に出会えたわ」
月明かりの麗人は目を細める。
「話したのはマルケルだけ。ルルヤの、執事見習いだった、て」
「そこなら、まま悪くないだろう」
で? とガヴァネスは私に聞いた。なんでここにいるのか。
「夜は危ないと思うが」
「そう、そうなんだけど……ガヴァネス、このドレスに見覚えはない?」
窓から一歩引いて見せつける。黒のすっきりしたドレス。裾を広げたら黒生地の中に銀糸が混ざっているのか、きらきらと輝いている。
「……見たことは、ないな。箪笥を自分で開けたのか」
「ええ」
贈られたものだと思っていたけれど何か違和感があった。それを私は正直にガヴァネスに話した。頭の痛みも、声も、不安も、全て話す。
「……痛みは医者に、声は、夢だ。不安は、今の状態を考えれば病気みたいなものだな」
「ガヴァネス」
「きみは馬鹿だ。防衛の騎士がいるのに」
その言葉に、私は目を開く。
「ガヴァネスが家庭教師のころは騎士たちがいたの?」
聞き返してきた言葉に、今度はガヴァネスが目を見開いた。
「……なるほど、そこまで阿呆になりさがったか。きみの歳を考えれば厳重に警備しないといけないところを」
ぶつぶつと呟きはじめたガヴァネスに、私は月明かりの下でドレスを見ることしかできなかった。
たぶん、初めて見るドレスだ。いや、あの箪笥には初めて見るドレスが多かった。私が好む黄色のドレス、白のドレス、橙色のドレス……その中に緑と青のドレス、桃色のドレス、赤のドレス、覚えている範囲では着ていないドレスが多い。
「……あのドレスは、これは、誰のもの?」
一人で呟いていたガヴァネスは、何を当たり前なことを、と言う。
「確認したいのか」
「ううん、私が思っていた以上に、この国は、この国は」
そこから声を出したくない。なぜなら、
『呪われていたのね』
まるで知らない声が、私の口から出た。
それに流石のガヴァネスも固まり、私を食い入るように見る。
「……」
私はガヴァネスの瞳を見ながら、ぽろり、と涙を流す。
「余計なことを聞いたな、謝罪する。きみは不安定なんだ。神という名前から解放され、名無しのまま数日経っている。神と呼ばれても、きみは〝それは自分ではない〟と自覚してしまっている」
涙が止まらなかった。知らない声は誰の声だったのだろう。ただただ心臓が痛い。
「ぼくを見るんだ。きみはきみだ。ぼくはきみを知っている。きみはぼくを知っている。いいかい?」
こくり、と頷いた。
「ぼくはきみの姿も声も知っている。何をしたいか、何を変えていくか、それをきみの口から聞いている。いいかい?」
こくり、と頷いた。
「大丈夫だ、きみはここにいる。そのドレスは先代、もしくはもっと上の神のドレスだと思う。確証のないことは言いたくない、けれども、きみの様子を察するに〝誰〟かのドレスだろう」
頷く。
「きみは、貴女は貴女じゃないんだ」
ぷつん、と糸が切れたように私は膝から崩れ落ちた。
「ガヴァネス……」
「こういう現象について、ぼくは懐疑的だ。……ああ、名前がないのは不便だ。不便だよなあ……弟のところに行くかい?」
私は首を振る。
「あちらへの道は、夜だと迷ってしまうわ。そう、それを聞こうと思っていたの」
「……明日、来るのか」
ガヴァネスの瞳は、水をためているようにゆるやかに笑い、幼子を見ているような瞳だった。その目に答えるために頷く。
「なら、手拭きで包める程度の石ころを拾っておいで」
「石?」
「きみが普段使っている布、手拭きがいい。それと石を混ぜ合わせて魔法をかける。簡単なものだよ。きみが近くにいくと光る石を作る。明日、きみが弟に会っている間にできる簡単な代物さ」
なんてこともないと昼間とは違う対応に私は、じっと彼女を見た。何故か辛そうだと思う。
「それを土に埋もれないぐらい、または細い糸で吊せるなら、そうして道沿いに埋める。もちろん、きみがわかる間隔で埋めてくれ。そうしたら夜でも、ぼくのところに来られるし弟にも会いにいけるだろう」
「でも、鍵は?」
当たり前の問いかけにガヴァネスは笑う。
「うん、それもどうかしよう。ああ、またお使いになるが細い糸をぼくにくれないか」
「それで、どうにかなる?」
はずだよ、とガヴァネスは窓の縁付近をトントンと叩きながら、にやりと口の端をあげた。
「ありがとう、ガヴァネス。明日の昼にまた来ます。糸以外に欲しいものはある?」
「豪華な食事かなあ」
息を吐くガヴァネスは憂いの、遠くを見ていた。私は過去のガヴァネスを知らない。なぜネモレに監禁されているかもわからない。
「……お肉を持ってきたいわ」
「いいね、久しく口にしていない。あのボケ老人はパンと水しかよこさなからね」
明日を楽しみにしているよ、とガヴァネスは言う。
もうこれ以上、話ことはない。その気配を二人で感じ、私は頭を下げるとガヴァネスはひらひらと手を振った。
私が後ろを向いたと同時に、窓の扉は閉められる。
心の中が少しだけ軽くなった気がした。
帰り道、そういえばケーレスの事情を聞けばよかったと肩を落とす。
人間関係が曖昧で瞳を閉じる。信じられるのは、今は自分だけだ。皮肉屋のガヴァネスや弟、ルルヤ、ケーレス、普通の人が、どれだけ信用するしているのかわからず、私は項垂れた。
さっきの口に出た言葉も、ガヴァネスの憂いの瞳も、この国のことも私は何一つわかってはいない。
月夜の月明かりは木々の葉に陰を落とさせ、こちらに歩いてきたときよりも鮮明で迷いなく進めた。
騎士の見回りなんて注意しなくていい。どこからも足音も気配もしない。
風が吹き、葉にさざ波を、黒のドレスをなびかせ、今日も見た家への出入り口についた。
「明日、もう一度、石」
ちらりと庭を見る。どのぐらいがいいだろう。手のひらより小さめ、私がわかる石、小さすぎても駄目だろうか。
しゃがみこんで手近な石を取る。
「……」
ガヴァネスは手拭き、と言ったけれど私の頭にはお気に入りのドレスが浮かんでいた。 あれに包もう。自然とそう思い、石を何個か庭の端に寄せる。明日はガヴァネスに会い、石を渡し、私は弟に会い、戻って魔法をかけられた石をもらう、そしてもう一度、弟への道へ石を埋める。また声をかけて、戻って、ケーレスに話を、マルケルの答えを聞かないといけない。
とぼとぼと部屋の前に着くと空を見上げて月を見た。満月にはならない中途半端な月は、こんなに輝かしく、誰かが美しいと呟いているはずで、それはとても素敵なことに思えるのに、私は、
「さみしい」
一言だけ呟いて部屋に入り、ベッドに埋もれる。着替えないといけないが言い訳なんていくらでも言える。
なにせ、私は愚かで馬鹿な小娘で神だから。にこにこ笑い、首を傾げて道化を演じていく。どれだけ演じていればいいんだろう。
温もりがないベッドの中で、目をつむり、朝を願った。
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溢れている。
閉じた窓のガラスを隔てながら月を見る。
神が双子であったことが、もう事実なのかもしれない。
若かったなあ、と笑う。気づいたときには遅すぎたのに、それを言葉にするのをやめられなかった。その探究心、いや不安で、自分は今ここにいた。悲しくはない、苦しくもない、好きな本に囲まれて嬉しいぐらいなのに。
きっとごまかしていたんだろう。
これの生き方、結末でいい、死のうと、諦めていた。
それが小さな子どもに諭されて、また生きようとしている。
自分が大人であると信じているからこそ、彼女の道を少しだけ歩きやすいようにしてやらないといけない。これが歴史の節目になるだろう。
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プロット
メイオールが仕事でいない間、神は家を探索しはじめる
噂などに聞き耳をたて情報を収集しながら
六人の賢者がどういう生活をしているのかを知る
そして神の使徒たる人たちがいることを知った
疑問は増えた私は、どうにか蔵書庫のように遠くへいけないかと模索する
レガとの出会い
協力の申し出に家から出る際はレガが取り計らってもらえることになった
なぜならメイオールは使用人という立場から外れ豪遊三昧をし、男共の侍らしていたからだ
レガが階級が下の騎士団に掛け合ってメイオールが常に私を監視できないようにする
オネイロス側山中を探す私は小屋を見つける
小屋には少女がいた。魔法を顕現したことにより両親が家に差し出したのだ
本物の神をみる少女は喜び、城下街やルルヤの話を持ち出す
会いに来たのはお忍びだと伝えて六人が何をするか見守ることにした
次の日、少女はもういなくなっていた
レガから聞くと六人の賢者が少女をケール湖に連れて行ったらしい
間引きを見る私。ベッドにこもり、終わり