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暗い底の夕方に

推敲してません

-・-- ・--・- --- ---・-

 神が家を出たあと、彼は椅子に座りうなだれていた。

 メイオールを抱きしめ、思ってもいない言葉を呟いき、連れて行かれた調理場には粥しかなく、彼女に確かめたのだ。

「今日のお食事は?」それにメイオールは笑いながら「昨日、気絶していたのよ。粥でいいでしょ、あんな子」と言ったのだ。

 前々から、それとなく分かっていたことだ。神がどんな扱いを受けていたのか、それでも師事していたガヴァネスのあとを継ぐ為に見ないふりをして彼女に会い、話し、笑い合い。死に別れた。

 本当に彼女は幸せだったのだろうか。

-・-- ・--・- --- ---・-

・-・・・ -・-・ -・・-- -・---

 体の感覚では、そんなに時間は経っていないというに太陽は高く昇り、そろそろ城下街に下りた六人が帰ってくるだろう。駆け足で森を抜けて『家』に入る。

 私は胸に手をあてて息をする。ふと下を見れば靴が汚れていた。

 ぞくりと体が震えた。基本、私は家と噴水広場や庭以外を歩くことはない。

 だからこそ、つま先にこびりついた泥に目を見張る。心が隠せと言う。

 周りを見渡しても布などない。いや、布で拭いても、その布が見つかれば怪しまれてしまう。ぐるぐると見渡して私が手を伸ばしたのは葉っぱだ。靴を脱ぎ、しなだれた大きな葉の裏でつま先部分を拭くと、前と同じにはならないが多少は綺麗になった。

 ケーレスには悪いけれども勉強の合間に庭へ連れて行ってもらったとでも言おう。

 家の様子を見るに、まだ六人は帰ってきてはいないようで私は動悸が治まった胸を抑え、自室の扉を開く。

「……ケーレス?」

 彼は、窓辺の光を浴びているというのに本を見ている姿は少し仄暗く、私の声に気づくと困った笑みを浮かべた。

「よく、お戻りになられました」

 私は扉を閉めてケーレスに近づく。もうあの仄暗さは消え、いつも通りのケーレスに戻っている。椅子に座り、

「会えました」

「よかった」

「でも、ちゃんと会話ができなかったから、何回か行きたいの。機会をつくれるかな」

 机に本を置いたケーレスは悩んでいるようで、とんとん、と本の表紙を打つ。

「この手は、何度も通用しないと思います。メイオール様はかまわないでしょうが、他の賢者様たちにいぶかしまれるかもしれません」

「そうよね、ルルヤがいたら、もっと変わっていたかしら……あ」

「どうされました?」

 味方がいれば物事はやりやすくなる。しかし、誰が味方で誰が敵、六人に通じているかがわからない。

「ケーレス、あなた以外の人で味方になってくれる人はいる?」

 その質問にケーレスは、また本の表紙を叩く。考え事をする時の癖なのだろう。

「正直に申し上げますと、わかりません。ここでは役割がしっかりと決まっていますので家庭教師であるわたしはメイオール様以外の方たちと接点を持ちえていません。使用人、執事、庭師、騎士、これだけの役割を持つ人々が、ここを住まいにしていますが、誰と誰がどのように繋がっているか」

 私は動揺した。自分が知る家のことを、何よりも『神』である自分が知らない。思えば六人と執事で何回か話したことのあるルルヤ、ケーレス、他の人たちを見かけても気にしなかった。

 顔も名前も知らない。元々私には何もなかったのだ。何も知らないなら知ればいい。でも調べていることが知られたら必ずあの六人は邪魔をしてくる。むしろ殺そうとしてくるかもしれない。ううん、絶対に後者だろう。

「私が調べにでるとして、六人は私を殺そうとしますか?」

「難しい質問です。お二人の力、今、分かることは二人で『神』として成り立っていること。この年月まで弟君が他の相手に魔法を顕現させているなら神を殺そうとするでしょう。しかし、一番に分かるのはあなたたちを殺さない理由です」

「双子だから?」

「いいえ、自分たちが神を殺めたとして次代の神が産まれるか分からないのです」

「でも、勉強の時」

「あれは言い伝えにしかすぎません。また今までの賢者たちが、こういう状況になったことがない、殺めたことがない、彼らが二の足を踏んでいるのは、そういう実績がないからです」

 私は考え込んだ。ある意味では、あちらも追い込まれている状況ではある。けれども目の前にある煌びやかな生活を捨てるつもりはない。

「……ケーレス、私が愚かでいるほど六人の隙はうまれますか?」

「それは」

 ケーレスは驚いた顔つきで私を見た。そして粥が入っていた皿を見て目を細める。

「……ありえる、かもしれません。しかし」

「私のことはいいの。今は無理に状況を変えず、変える時には万全の体制でいないと、あの六人、そして国民の不信感が拭えないのなら私の考えていることは一から無駄だっただけのことです」

「あなたは、強い」

 ため息を漏らすように「強い」と言うケーレスは拳を握り、我慢をしているようで目を伏せ、すぐに開く。

「わたしの方からも探ってみます」

「いいえ、ケーレスは六人の動向を監視してください」

 また驚いたようでケーレスは目を見開いた。

「私が自由に動ける為の人員はほしい、のは本当です。でも味方を作る為には六人の手の範疇がどれだけのものかを知らないといけない。ケーレスは、そちらを調べてください。私は愚かであれば愚かであるほど自由に動けます。特に家の中では」

 二度目の粥でわかることだ。メイオールたちは私を人形としている。何も考えず、何も思わず、従う操り人形。ぞんざいに扱ってもかまわないと思っている。それさえも疑問に思わない愚かな人形。……なぜ、そんな考えに至るのか、あ、カヴァネスのことをケーレスに聞こう。彼女は先代の家庭教師なのだから、ケーレスは知っているはずだ。

「ケー……」

 彼女は、何故、蔵書庫に閉じ込められている? それをケーレスは知らない。そしてケーレスも彼女について一度も口にしてない。

『ケーレスに聞け』

 ルルヤが家から去る前に言った言葉だ。メイオールと仲がよさそうではあったけれども、それは形だけで何者にも属さないからルルヤはケーレスに聞け、と言ったのだ。

 ここでガヴァネスのことを聞いても平気な、はずなのに、心の中でざわざわする。

「どうしましたか?」

「……ケーレスはメイオールをどうにかできる、のよね?」

「はい」

「……弟に会うのは夜にします。私が知る一番の隙がここだと思うから。昼間は勉強を見てもらいつつ部屋ではなく外に連れ出してください」

「夜は危ないです」

 こくり、と私は頷いた。家の中ならまだしも、夜の森は危険だ。

「また、できれば明日に、もう一度だけ、この状況をつくってほしいの。そこで弟に会う為の道をつくります」

「どうやって?」

「昔、教えてくれたでしょう? 糸をつたって迷宮をでるお話。証拠を残したくはないけれど糸か何かで道をつくります」

 ネモレと同じ道を行くならば、いつか足跡が見つかるかもしれない。蔵書庫にいける人間なんてネモレしかいないのに小さな足跡を見つければ私のものだとわかってしまう。

 その前に獣道であろうと何かしらの目印をつけて、無事にガヴァネスのところに行き、鍵を貸してもらい上へ登る。

 ガヴァネスには「夜に来る」と伝えなければいけない。

「騎士が見回りにくるでしょう?」

「みま、わり?」

 突然の言葉に私は聞き返してしまった。

「メイオール様からは、神が就寝後には騎士防衛たちが家を囲み、防衛にあたっていると聞いています」

「……防衛」

 初めて聞いた。いや、初めてだ。夜遅くまで起きていたことはあるが、そんな人たちが家の周りを歩いていたの? 靴音など聞いたことがない。

「今夜、確認してみます」

「わかりました。では、明日も同じ状況をつくります。席を外してもかまいませんか?」「大丈夫です」

 ケーレスの背を見送り。私は机に突っ伏した。まだお昼だというのにお腹がいっぱいだし、胸の中はどっしりと重い。やることをもう一度、頭の中で整理する。

 まずは弟に会いに行く為の道作り、あとはガヴァネスにケーレスのことを聞くこと。あとは公務時で愚か者を演じつつ『仲間』を見つけること。

 そういえば次の噴水広場は明後日だ。弟と外に出られる。

 少しだけでも触れ合えないだろうか。でもあんなに「帰れ」と言われて触れてもいいのか、わからない。

 寝てしまいたい。窓からはさんさんと光が入り込み、風は布を揺らして部屋の中に入ってくる。私の足を撫で、服の裾を揺らし、前髪を揺らした。

 たくさんの言葉が頭の中で、ぐらぐらと揺れ動いている。これを風に飛ばされるわけにはいかない。

 私はガヴァネスに会った。あそこに通うのはネモレだけ。ガヴァネスは牢屋の鍵を持っている。

 通う為には道を造る。ネモレが通っている道ではなく私の道を造る。夜になれば、どんなに近くても気を緩めれば迷子になる。その結果の直結は私と弟の死だろう。ガヴァネスは、どうなるのか聞いてみよう。

 まず、道を造るといっても、どうやって造るのか。紐で結ぶ? どこに木の枝に? 木々に目印を付ける? ネモレに知られなければいいけれど、他は? 防衛騎士たちに見つかったらどうする。まず本当に騎士たちがいるのか。……木の上に、穴を開けられないだろうか。そしてその穴の入り口部分を進む方向へ、それとなく向ける。穴は埋めて木と同じ色にする。方向の線だけだ。そして保険でネモレの道にある木の根に見えないよう傷を付ける。

 上は右、右は下、下は左、左は上。基本は一直線に蔵書庫だから問題ない。だからこれははったりだ。私ではなく「別の誰かが調べている」という風にする。ガヴァネス曰く「誰にも知られるのが怖い」みたいなことを言っているから、本当に鍵は一つしかないのだ。

 あ、と思いつく。この靴は駄目だ。汚れが目立つ。頭の中でもう一度ぐるぐる悩みが始まった。何か、何かないだろうか。使っても使用したことがバレずにすむもの。 

 素足は駄目。怪我をしてしまう。むむと行き詰まる。草で、造る? 草……そうだ、あの大きな葉の草、あれは山でちらほら見かける植物だ。それを等間隔に生やしたら? おかしくはない、と思う。

 あとは新しいのをケーレスに持ってきてもらって……部屋に隠しても平気だろうか。どちらにしても汚れたら駄目だし。何を考えてたんだっけ、またぐるぐると考えがまとまらない。

……一人でやると決めたんだ。今はケーレスがいてくれるけれども、もしケーレスが疑われれば、もしかしてガヴァネスのようになるかもしれない。だからこそ、ケーレスがいる内にやらないといけない、馬鹿なふりをしつつ、疑われず、天真爛漫で愚かな神様を演じて仲間を増やさないと。

 まずは、一日中と言っていいほど家をさまよっているメイオールたち、使用人を早く調べて仲間になってくれそうな人を探さないと。ぐずぐずしてはいられない。

 しばらくしてからケーレスとメイオールが私の部屋に来た。

 私は勉強していましたよ、と装い机の本を眺めていた訳だけれど、

「神よ、なんと敬虔たること。明日も勉学にいそしむとは」

 メイオールはにこにこと、とても嬉しそうだ。知っているかぎりメイオールとケーレスは仲睦まじいようだし、これは「ケーレスに会えるのうれしいです」なんだろうけど。

「はい、今日の授業がおもしろくて、薬学? というのだけれど、こういうのはヴォイスに聞いた方が早いかしら?」

 なんとなくカマをかけてみる。

「そうですわね。ヴォイス殿は城下街に診療所を設けておりますから、明日もこちらにはお見えになりません」

 なるほど、ヴォイスはいない、と。

「でも、こちらにヴォイスと懇意、弟子の方とかいるのでしょう?」

「その方もヴォイス殿の医術を学ぶ為にご一緒なんですよ」

 なるほど、なるほど。できれば、その弟子とかに話を聞いてみたかったけれども。

「そういえばヴォイス殿の弟子は、神と同い年だそうで……そのうち会えるかもしれませんよ」

 そう口にしたメイオールは、少しばかり悔しそうな顔をした。弟子がいないいるとか、会える会えないとか悔しいものだろうか。そういえばメイオールは使用人で直属の人たちがいるはずだけれど、見たことはあれ話したことはない。

「ありがとう、メイオール。この頃、ほかの賢者たちとお話ができていないから……明日でも顔を見たいと思っていたの。他の方々も会えないかしら」

 さびしいです、と顔に出す。その時、メイオールの顔が固まった。これだガヴァネスと同じ顔だ。

「ええ、皆様は忙しいですから明日もいらっしゃいませんよ。ご自分の家にいるかと」

 ご自分の家? 初めて聞いた。あの人たちは私とこの家に暮らしていると思っていたからびっくりしてしまった。その顔を出さずに「そうなの」とさびしそうに言う。

 メイオールの顔、なんとなくわかった気がする。

『何を言っているんだコイツは』という目だ。つまり馬鹿にされている。

「わかったわ。ふふ、明日の授業も楽しみね、メイオール」

 ケーレスを引き合いに出すとメイオールは頬を染めて「そうですわね」と言う。こんなにわかりやすい人だったとは、私の目は節穴だ。

 これなら注意深く他の五人を見れば、何を考えているかわかるかもしれない。

「では、メイオール様、わたしはこれで……裏門からでよろしいですね?」

 ケーレスが横やりするとメイオールは、きらきらと目を輝かせて「ええ」と答え、簡単に私へお辞儀すると、そそくさと出て行ってしまった。ぽそり、

「かなりの時間を稼げると思いますので、探索できるかと」

 と耳元でケーレスがささやいた。「ありがとう」と小さく返しケーレスの背中を見送った。

 さて、と私は椅子から降りる。

 この私を馬鹿だと思っているから口が滑ったというよりも答えたのだろう、メイオールから教えてもらった賢者たちの動向。まさか別邸を建てていたなんて知らなかった。

 考えてみれば彼らに会うのは大広間で、そこから噴水広場に行くくらいなのだから、なんら不思議ではないのだ。とりあえず、メイオールは家に住んでいるとして、使用人、執事、庭師、騎士の動向を窺わなければいけない。

 騎士のシルウァヌスは、確か新たなる『騎士』を育てるべくオネイロス側に『校舎』なる育成機関? があるらしいので、そちらにいるだろう。でも一応、気をつけよう。

 次に執事だけれども、私はルルヤ以外に見たことがない。使用人が全て女性だから、男性が執事という名前なのかも。これも調べないと。

 そして庭師。いることは知っていたけれど会ったことはない。

 家の中はメイオールが仕切っているのだから、彼女の傘下に入るのだろうか。むむ、と首を傾げていても仕方がない。

 私は扉を開けて左右を見た。誰もいない。というよりも足音さえ聞こえない。またまた考えてみれば使用人の数を把握したことがない。そこからだろう。

 部屋を出て左に、大広間に通じる道をてくてく歩く。庭師はいないだろうかと程々に見渡しながら「ただ散歩してます」風を装う。あとはメイオールを探していた、とかで誤魔化せばいいだろう。どれだけ使用人の中で報連相ができているか知らないけれど。

 逆に、おろおろとし、使用人に見つかってメイオールの報告が上がり彼女から一言あればメイオールが掌握している範囲はわかるというものだ。

 ゆっくりと歩きながら右に曲がれば大広間のところまで着く。誰とも出会わない。偽物であろうと国に必要な『もの』であれば警備は厳重にするべきではないだろうか。それとも家の前……そうかソヨトがいる。

 彼の守備範囲が、どれほどのものか、部下はいるのかはしらない。一応、騎士の一人ではあるし、家を護る為に部下たる人たちは家の周りを……ないな、今日の朝、簡単に出られたのだから正面の入り口にいるとしても左右後ろと居ないはずだ。

 決めつけはよくないので、これも気をつけないと。んん? ケーレスとメイオールは裏門から出て行くんだから、やっぱり居ないんだ。

 立ち止まり考えていると人の声がする。

 周りを見て隠れられそうな庭の木の背にへばりつく。

「…や…ず、今日はよかったわあ、たくさん食べた?」

「もっちろん、この家じゃ碌なもの食べれないし。いいわよねえ、他の賢者様たちは、自分の家をお持ちなのだから。きっとそこで豪華な食事を食べているわよ」

「ここでだって食べれるはずなのにメイオールはケチよね」

「駄目よ、あの人。ほら、ここから少しだけ離れた場所に家を持っているじゃない」

「そういえば、そうね」

「噂じゃあ、気に入った男性を連れ込んでるって話」

「うっそお、うわあ、賢者だからってやりすぎじゃない?」

「他の賢者様たちも同じようなもんでしょ。私たちは山を下りたら口封じで殺されちゃうけど、城下街の人たちより美味しいものは食べれているし」

「ほんと、何が平等なんだか」

「あーあ、ルルヤさんがいたときは、もうちょっと潤いがあったのに」

 くすくす笑いながら洗濯物を持った使用人たちが井戸へ向かっていった。

 どういうこと? 今日、城下街に下りたことで「ごちそう」を食べた? 他の賢者は別の家を持っていてメイオールも家がある。そしてなによりも。

 この国は掲げる『平等』は、どこにもない。

 ひょい、と木の裏から出て「殺されちゃう、ねえ」と呟いた。ここの使用人はメイオールや他の賢者の親戚やら弟子やら、息のかかった人たちだけれども六人の賢者を敬っているわけではなさそうだ。

 他の家を見てみたい、と思うが、私にずっと隠していたのだから見られたくないはずだ。しかも今の状態で行くのは危険すぎるし、元々の目的は家の探索なのだから、私は左へ曲がった。

 こっちは調理場や使用人の部屋があると思うのだけれど。

 家は小さい。正面に門、すぐ右手の建物が大広間、左手は庭と物置、そのまま真っ直ぐ行けば私がいる十字路。右に井戸や食料庫、左が私の部屋、真っ直ぐが調理室や使用人のはず。

 前、ルルヤに声をかけたのは、この十字路でのことだ。私が六人の賢者よりも何故か暖かいものを感じた人であったから相談したんだ。

 少し薄暗い廊下を進みながら、声がしないかと聞き耳を立てる。

 しかし何も聞こえずに一歩一歩と進んでいくと開けた場所に出て、左に庭があった。

 この庭を囲むように反対側にも通路がある。きょろきょろと周りを見た。

 庭師がいないかと思ったからだ。家の中は外かがわからないし、わかる範囲で探したが人影はない。

 しょうがなく右手にある扉を、ゆっくりと開いた。やはり調理場だ。誰もいない。

 じゃがいもや山菜の他にもたくさんの食材が並び、整えられた食器類がある。

「…でね」

 びくりと体を震わせた。さっきの使用人たちじゃない。他の使用人たちだ。

 隠れる場所は……見渡せどない。あの箱の後ろに隠れるか、一か八か私は素早く身を潜める、と先客がいた。悲鳴になりそうなのを先客が手で口を塞いだ。

「はあ」

「なによ」

「ほら、今日も男の人はメイオール様のご機嫌取りだったじゃない」

「それを言っちゃうと賢者全員よ?」

「でもさあ、私たちも使用人よ? 誰か声をかけてくれればいいのに」

「あはは、誰かと結婚したいわけ? 今より不自由よ?」

「そうだけど、メイオールとか見ているとなんだかなあって思うの」

「まあねえ」

「神様は子どもだし、なあんにも考えてないっていうか賢者たちの飾りでしょ。今日、見た? ていうか聞いた? 昨日、神様が気絶してたんだって」

「あれ、噂じゃないの?」

「でも、昨日も粥で今日も粥よ?」

「先代の神様も病気がちで、そればっかだったって母さんから聞いたけど」

「ええ? ほんと?」

「ほんと、ほんと。そんなんだから賢者からの扱いが酷かったって」

 もう目を見開くことではない。

 使用人たちは食材らしきものを置いて「これで終わり」「このあとどうする?」と言いながら調理室を出て行った。と同時に塞がれた口が解放される。

 後ろを振り向くと少年がいた。

「だ、だれ? かしら?」

「……神様、だよな? オレとおんなじ?」

「え?」

 男の子は、まじまじと私の顔を見ながら言う。

「たしかに、かみさまだけど」

「……なんで、こんなとこにいんだ? スープ飲みにきたってわけじゃねえだろ?」

「スー……プ?」

 私より同じか下か、男の子は箱を飛び越えて釜の中を見ている。

「げ、粥じゃん」

 と言ってから振り向いた。

「……で、おまえだれ」

「神様、ですけど」

 眉をひそめて男の子は、私を上から下までじっくりと見る。

「こんなところにいるわけねえだろ、あんな万年引きこもり」

 その言葉にカァっと体の熱が上がる。さっきの使用人たちが私の話をしていたけれど私はちっとも怒りがわかなかった。むしろ受け入れたというのに、この子の言葉は突き刺さり、しかも呆れ顔で私を見るから声を張り上げそうになった。それじゃあ気づかれる。

「……引きこもり、やめたの」

「おまえ、そんな口調なんだ。ほら、やれ、わたくしとか、そうですねとか綺麗ですねって感じだったじゃんか」

「だから、やめたの」

「ふうん」

 男の子は「粥でもいいか」と匙ですくうと何回か口にしたあと、私に向き直った。

「で、なんでここにいんの」

「……私は馬鹿だから家について調べてるの」

「自覚あんの」

 さらに体が熱くなる。

「昨日からだけど、私は神様を辞める為には知らないことが多すぎるから……あなたは誰?」

「……なんだ、普通じゃん。オレは庭師のマルケル・ガル」

「こんにちは、マルケル。あなたは……庭師?」

 同じような歳で執事とは思えない。可能性を減らしていけば『庭師』になるだろう。

「……そうだよ、執事見習いだったけど。誰かさんのせいで庭師になったんだ」

 その言葉に、今度こそ目を見開いた。つまり、ルルヤの弟子だったんだ。

「あ……ルルヤ、のことを恨んでいるの」

「……恨んでねえよ、ルルヤさんはどうしてもやりたいことがあるって……辛い思いをするかもしれないって出て行った」

 マルケルはそっぽを向いて調理台に腰を掛ける。

「ルルヤさんがやりたいことってなんだ? 誰かさんなら知ってるだろ」

 呟くように言うマルケルは辛そうだった。この家で執事がどんなことをしていたか私は知らない。だけれどマルケルが言うには辛い思いをさせるくらいなんだ。

「私は、知らないの。でもルルヤは、私がしようとしていることを手伝ってくれている」

 マルケルは、じろりとこちらを見た。

 彼にとっての私は、私のわがままでルルヤを家から追い出したに見える。

「聞く権利、あるよな」

「ええ、あなたにはある。でも聞いたら私に協力することになる」

「それはオレ次第だろ」

「いいえ、協力させる。ルルヤも、そう決めてくれたから。あなたがここで協力しないのであればルルヤを裏切ることになるけど」

「……」

 睨みつけられた。ルルヤを引き合いにされてマルケルは怒っているんだ。

 きっとルルヤを尊敬して執事見習いとして励んでいたのに『庭師』にされて心底、私を恨んでいるだろう。

 私ぐらいの歳だろうし、きっと私と同じくらいルルヤのことが好きだったはずだ。

「……聞く。でも」

「協力してもらうから」

 彼の言葉を遮り、私は事の顛末を話した。マルケルは、信じられないという顔をしたけれど受け止めるのが辛いのか肩で息をしながら唇を噛んでいた。

「……なんだよ、それ」

「今、知っているのはこれだけ。だからマルケル、教えて」

「なんだよ」

「私は六人の賢者やその従者に気づかれないように調べたい。そして弟を救うの。誰が誰と繋がって、誰なら信用できるか」

 マルケルは、ずるずると机から下りて床に座った。

 窓から入る光が日が沈む色になっている。メイオールの声が聞こえないということは、まだ引き留めてくれているかもしれない。

 膝を抱えたマルケルは固まったまま何も言わなくなった。

「また明日、こっちの様子を見に来る。そしたらマルケル、教えて。教えないなら、それでいい。調べるから。その分、私が調べやすくして」

「……」

 彼は、なにも言わない。少しだけ肩を震わせて行き場のない感情を、泣きわめたいのを我慢しているのかも、しれない。

 私は近づいてマルケルを抱きしめた。そんな資格はないかもしれないけれど、ルルヤにした時と同じように抱きしめてから調理場をあとにした。

 この場所は使用人が通る場所だからいっそう気をつけないといけない。扉に聞き耳をたてて靴音がしないのを確認してから、そっと扉を開けて、私はマルケルを置いて、来た道を戻る。

 明日はガヴァネスに会い、弟に会う。その途中で夜でも行ける算段を見つけよう。見つからなかったら……ガヴァネスに聞くのもありだ。

 今の私では、できないことが多いから。マルケルはメイオールにこのことを言うだろうか。わからないけれど彼が流していた涙は本物だと思うから、私は急いで部屋に戻った。

・-・・・ -・-・ -・・-- -・---

プロット

メイオールが仕事でいない間、神は家を探索しはじめる

噂などに聞き耳をたて情報を収集しながら

六人の賢者がどういう生活をしているのかを知る

そして神の使徒たる人たちがいることを知った

疑問は増えた私は、どうにか蔵書庫のように遠くへいけないかと模索する

レガとの出会い

協力の申し出に家から出る際はレガが取り計らってもらえることになった

なぜならメイオールは使用人という立場から外れ豪遊三昧をし、男共の侍らしていたからだ

レガが階級が下の騎士団に掛け合ってメイオールが常に私を監視できないようにする

オネイロス側山中を探す私は小屋を見つける

小屋には少女がいた。魔法を顕現したことにより両親が家に差し出したのだ

本物の神をみる少女は喜び、城下街やルルヤの話を持ち出す

会いに来たのはお忍びだと伝えて六人が何をするか見守ることにした

次の日、少女はもういなくなっていた

レガから聞くと六人の賢者が少女をケール湖に連れて行ったらしい

間引きを見る私。ベッドにこもり、終わり

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