国家運営
推敲してません
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エニュオは木製の講堂の中に作った長方形のテーブル、自分用の上座の椅子に座りながら外を見ていた。
前は大広間しかない『家』だが、あの横領贅沢六人組を追い出し、会議の場として一部の庭を移設してから資材管理担当のエレブと財産管理のリナの指導にもとづき造り上げた。
大広間は家へ来る民の為にとっておかねばならない。
そして新しい講堂は、会議もとい『神』を辞めたエニュオたちと六人の賢者の仕事を手伝う場になっている。そうエニュオは神を辞めて女王になるべくして進み始めたのだ。
窓の外を見ている。もちろん、積み上げられた紙、ケーレスに言わせると異国では書類というものと戦っていた。
騎士の再構築、医療部門と資材管理、外国との交易は、まだ早いので情勢を把握しつつ将来は外交の道をつくらなければならない。他にも財産管理、国民の財政環境の保全や、魔法の有無に対しての周知に教育の発展、変化に伴う反発を小さくまとめなければならない。
他にも、他にも考えることはいっぱいでエニュオの頭からは煙が立ち上る。
「姉様、大丈夫? 紅茶飲む?」
執事服を着た弟が、ひょこりと顔を出すものでエニュオは可愛い弟を抱きしめた。
「ケイアァ」
「わわわっ、姉様っ」
噴水広場ではエリス・ホル・マティスと名乗った青年は、元『神』の双子の弟ケイア・アリオス。この国で一番の魔法使いだ。そして本当の『神』だった子ども。
「抱きしめていると癒やされるぅ」
こうやって抱きしめていると二人で牢屋に入っていた時を思い出す。ルルヤが自分たちの両親を探し、名前が彫られた石のペンダント。それを月の光に照らした時に浮かび上がり、自分たちの名前を知ったあの日。肩を寄せ合い、私たちは人間なのだと初めて実感した。
今もペンダントは、二人の胸元で輝いている。
「姉様、ダメだって。恥ずかしいよぅ」
そんなことを言いながらケイアは最愛の姉を抱きしめて頬を赤く染めていた。
「紅茶よりケイアがいい。あれも他国での嗜好品だと聞いたけど、なかなか馴染めないよ」
そう言えるほどキュイモドスは閉鎖的な国だった。
いや、だたしくは鎖国していたのだ。
国家キュイモドス。
山の頂に、星が落ちてできたと言われるケール湖を中心になだらかな山で、見た目は台形で端と端、そして真ん中に合わせて三つの河がある。その河は下流へ向かい、小さな断崖を底辺にして先は滝になっていた。そして両端の河が国の境目である。
何カ所かに設けられた橋には門番、騎士の中で騎士警護という騎士の中でも格上の精鋭隊がおり行商人や旅行者の関門として管理していた。橋がない場所の管理は騎士の中で二番目手の騎士看守が見回っている。
そして河の名前こそ、左端ヒュプノス、真ん中のモーロス、右端のオネイロスの名で、山の中腹にある『家』は巨大な河である真ん中のモーロスの河中、浮島にあった。
無限に水が湧き出るケール湖を中心にしたキュイモドスは山の果実や野草に薬草、穀物と木綿を主にして細々とした暮らしをし、たまに訪れる行商人から交渉人の、今ならばリナが、資源の水や織物などの国産品を商品にして買い取り、キュイモドスは『金』という概念がない国だった。
収穫されたものは一カ所に集められ『神』の代理で資源管理担当のエレブが各家へ平等に配られ、同時に国民の健康を維持している。それでも、という場合は司祭であるシスンが訪れた国民の話を聞き、または定期的に行う噴水広場での説教から相談役して聴取する。それから各担当に伝えて管理するのだ。その伝令役は騎士の中で位が一番低い、国の防衛役の騎士防衛が『家』にいるケイアことエリスに伝え、エリスから各担当で適性がある人間を送る。
ここまでが今まで旧六人の賢者で行われていたキュイモドスという国家運営だったが、そこに家庭教師のケーレスや文字書きができる使用人、他を含めて大広間での『教育』が始まり、識字率を高めるという国営をエニュオは実行しはじめた。
すべては鎖国していた国の、何も教えないことで『神』だけを崇めて生きるという悪習が染みる、洗脳状態の『神』の国を変え、他国への貿易や交流をする際に手際よく移る作戦だけれども、それには色々と面倒がつきまとう。
まずは今まで、こうして『神』の国で生きてきた人々に柔らかく諭すこと、そして旧六人の賢者の動向を常に監視すること、国内外の敵対勢力の監視や解体に向けた取り組みに戦争を避ける為へ外国の穏健派と交渉する道筋。
エニュオの代で移り変われればいいけれども、五百年ほど続いていた鎖国の爪痕が痛い。一番の問題が『国内にあるレジスタンス』だった。彼ら、彼女らは全員、六人の賢者たちによって子どもを奪われた身なのだ。
魔法はケール湖からもたらせる。魔法が使えるのは『神』だけ。反対に考えればケール湖の水、河の水を飲んでいれば魔法は誰でも使えるのだ。潜在的にキュイモドスの住人は、生まれおちたその瞬間から魔法は使えるがやり方が分からない。
しかし偶然にも顕現できた子ども、または大人は『神の使徒』として賢者たちにより召し上げられる。魔法は、神以外に行使してはならない。
おぞましいことに旧六人の賢者たちは彼らを殺めてきた。
家族には『家』の働き手、神の傍に仕える者になったと嘘をついてきたのだ。
エニュオが、その事実を知ったのは十二歳の誕生日後ケイアを探す為に奔走していた時に檻に入れられた少女がいた。檻だというのに『神』に仕える為の儀式だと賢者たちに言われ、にこやかにエニュオに話しかけていた彼女がいなくなり、追いかけている内に遺体をケール湖に棄てる賢者を見たからだ。
そのおぞましさ、嫌悪、吐き気、感情を口にできずエニュオは彼らに気づかれまいと家に戻りベッドの中で泣いた。
このことが秘密裏にできようか、何も知らない騎士や使用人は城下街へ帰省した際に聞かれるだろう。
『うちの子はどうしてる?』と。そんな子どもはいない、大人はいない。そうすれば不信感を持つのは当たり前だ。手探りでたどり着いた真実はエニュオと同じ、殺されていた。
しかし、それを問い詰めようにも絶対権力を誇る六人の賢者に対抗するすべはない。なれば仲間を集めて復讐の機会を待つ。それが国内の反抗勢力だ。
もちろん、エニュオの死も望まれているだろうし、今回、エニュオの味方、国崩しと一から立て直す為の人々にも敵意が向いているはずだ。できれば城下街に降りた六人に矛先が行けばいいのだが、楽観視はできない。
根付いた悪習は、今も続いている。素直に子どもや大人が『家』に訪れる。それが当たり前だからだ。中には、どうにかレジスタンスが止めた魔法使いもいるはずで、その攻撃を受ければケイアがいない時、エニュオは無力になる。
ケーレスに「十年以上はかかります」と言われた。そうだろう、信じているものを「違います」とはねのけて、普通の生活だったのがおかしいのだと言われたら、人は壊れる。だからレジスタンスがいる。
エニュオが壊れなかったのはルルヤやケーレスに蔵書庫番をしていたガヴァネスのおかげだ。彼らがいなければエニュオはケイアとともにケール湖に沈んでいただろう。
考えることが、いっぱいある。
弟を抱きしめながら泣きそうになるのを我慢した。
「そこでいつまで抱き合っているのですか」
「ひっ、レガ!」
「わわ、レガさん」
レガ・ガル・センシル、使用人長。エニュオが十二歳の時に出会ったメイオールとは反対の性格の女性で、当時はただの使用人だった。今回の騒動でエニュオは使用人長に彼女を置き『家』での反対勢力の諜報員役を買って出てくれた。なので通常はエニュオの悪口を言ってくれる大事な女性な訳なのだが。
「そんなことをしているお暇があると、エニュオ様は働き者でいらっしゃる。そこにある紙の内容も覚えたことでしょうし、このレガが片付けましょう。あと本日はシスン様が城下街よりお戻りになりましたら、すぐにご案内しますね。ああ、そういえばセルディル様がお話をしたいとおっしゃっておいでですが、こちらにお呼びしてもよろしゅうございますね? ね?」
怖い。目つきは鋭く無表情で駄目だしを思いっきりされる。言っていることは正しいので、
「ごめんなさい、レガ、まだ覚えてない、です」
「良心的なお言葉、わたくしは感動いたしました。どうぞお椅子へ」
「……はい」
スパルタ。
ケイアへの拘束を解いて、いそいそと座る。
「どうぞ」
と、出されたは『紅茶』だ。これに砂糖を入れたり、ミルクなるものを入れたりするらしい。
「百聞には一見にしかず、という言葉があります。エニュオ様が経験されたことは全てに繋がります」
「……うん、わかってるよ、レガ」
知らないものを頭に入れていく。それと同じぐらい悲しいことを知っていく。
キュイモドスという国は、そういう国だ。
「エリス様」
「……はいっ」
「姉上様といるからといって気を抜かぬよう」
「はい」
ケイアは少し悲しそうにした。それでも姉弟という事実で私たちは繋がっている。今は寂しくとも、何年かかろうとも本当の名前と小さな家で暮らしたい。
「誰に見られるか、わからないのですから……この講堂は六人の賢者様が使用する、という名目です。エニュオ様、神がおられるのはおかしくありません。しかし」
「レガ、大丈夫」
「……はい。エリス様、セルディル様がお話をされたいこと」
「わかりました、行きます」
そう言ってケイアは真面目な顔をする。
まだ一歩しか進んでいない。
国崩しは始まったばかりだ。
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