祝宴のはじまり⑥-3
推敲なし、たまったら一つにまとめます。
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ルルヤの出奔から今まで、背に棒でも差しているようだったハルナの背中は落胆に染まっていた。
なぜ? と聞かれれば、突然のこととは言えどルルヤ本人に会えたからだ。
時系列に考えればルルヤが戻ってきたのは少女と出会ったあとだと推測できる。でなければ、あの少女が伝えないはずがないからだ。
情に厚そうな感触に絶対を持つ胆力。
顔合わせをすると決めた時に言わないはずがない。
だから、これは事故。誰も悪くない、悪い事故だ。
ハルナはルルヤの言いつけ通りに行動し、マティス家として数日間だけ働き、不審を抱く仲間たちを鼓舞し続けている。それがどんなに辛いことか。
形のない未来を語り、転げ落ちそうな希望を掬い上げ「大丈夫」という無責任な言葉を言う。
――おじいさまのことだから。
――まだ諦めるには早い。
悲嘆に暮れる仲間に、何度、口にしたことか。
内心、もうルルヤは賢者たちの手で葬られてはいまいか、その最悪の影が背後に迫り来る焦りが、孫娘のハルナがいるから大丈夫だ。
と、仲間たちは思っていたかも知れない。
ハルナより年上の傘下騎士は動揺を隠せなかった。今まで、どれだけの人たちが賢者たちによって秘密裏に殺されてきたか。その尻尾を切り落としてきたか。
確かに正義は、ここにあった。しかし、それを表にすることは叶わず、何年も何年も連綿と続いてきた。
変わらぬ矜持、変わらぬ状況、行動を起こせど始末される現実。
内通者はいても、何故か知られてしまう。なぜなら、自分たちよりあちらの方が強く、人も多く、欲に忠実だからだった。
目先の褒美ほしさに、問われれば答える人間は何人もいる。将来を約束されたなら尚更のことで、この国で『立派』に生きて行くには、どこかで『ずるい』ことをしなければならない。
それを指揮するのが六人の賢者たちだった。
唯一、そんな荒波という犠牲を出しながらも立ち続けていたのがマティス家で、最年長のルルヤがいなくなった。
ただ一人の家族であるハルナにだけ言付けを残して。
「ハルナさまぁ」
跡目の彼女より頭一つ大きな背は主人と同じように肩を落としつつ、幼いころの癖か、下から覗き込むようにハルナの名前を呼んだ。
「あぁ、大丈夫だ、エリン」
そうは言えど、声に覇気がない。それは体全てを見てもそうだ。
「大丈夫だ」
心配をするエリンにハルナは何度も「大丈夫だ」と繰り返し言う。
それを後方のメルイが殿の形で帰路についていた。
「大丈夫じゃないですよぉ、顔色も悪いですし」
遠回しに本音を聞き出したいエリンと何も言わないメルイ、気持ちを否定するハルナの三人は、ゆっくりとした足取りで道を歩き、時々、月に照らされて出来た影を踏みながら前に進む。
「……ハルナ様は、もっと怒ってもいいですよぉ」
ぽつり、とエリンは本音を口にした。
マティス家傘下で、ハルナと歳近い子らは自然と彼女のそばに寄り添うことが多かった。むしろ、そうであれとルルヤはしていた。世代を分けておくのだ。
もしも自分が捕まった時の後継者と傘下が生き残る為に。
「エリン、やめなさい」
正直者をたしなめるメルイの声音は低い。昼間に聞いてしまったハルナの本音を思えばこそ、ルルヤに対して怒りの感情が沸き上がってくる。
――どうして、もっと上手く伝えられなかったのか。
信用がないわけではないはずだ。でも言伝がなかったのは、少しでも『漏れ』を防ぐ為だ。
ルルヤ側の傘下たち、ハルナ側の傘下たち。どちらにも情報がなければルルヤの行動は予想できない。
それを知っているからこそ、ただ「任せる」と告げ、街に降りたのだ。
最善策にて最適解。
「いいんだ、エリン、メルイ。今はその時じゃないんだ」
二人の言葉にハルナは背を正す。
足を止めることなく、彼女はハルナ・ホル・マティスに戻る。
「エリンの言う通り、わたしは怒っていいんだろう。でも今は、その時じゃない」
何故なら、今、すべきことは六人の賢者の失格。その為の準備をしなければならないのだ。
今夜は遅い。ほら吹き男のシーシャと傘下の騎士は眠らずにハルナたちを待っているだろう。
命を拝したくらいしか伝えられないが、朝を迎えれば当初の計画について話せる。
世界を変えると伝えられるのだ。
「だから、ありがとう。大丈夫だ」
ハルナはエリンを見て笑い、後ろを向いてメルイに笑いかける。
「物事には順番があるんだ。わたしはわたしの任務を遂行させる」
――そして必ず、かのお方の望みを叶えよう。
「はい! エリンはハルナ様についていきます!」
「……はい」
元気よく返したエリンと静かに怒りを静めたメルイは、ハルナを見てから、頭に横切る少女の顔が見えた。
幼く語る姿は少女、しかし内包する感情は残酷で、どろりと恐ろしい。
自覚しているのだろう、微笑む姿は大人のそれであった。
そこまで追い込んだ今代は、きっと望まれた姿に違いない。
変わるべき時に居合わせたのは偶然でありながらも必然的に思えた。
何代も何代も重ねてやってきて、やっとのこと現れた少女は、あのケール湖の『澱み』に囚われつつも自我を保っている。
話してくれた事実は重く、もし自分が、と思うと壊れていただろう。
その重い責を支えるのは双子の弟がいたから、と少女は言った。
本当にそうだろうか、ルルヤを動かしたのは少女の言葉に他がない。
ここにいる三人の中で、少女に対して悪感情を持っていたメルイがほだされる程の人物なのだから、彼女は色々な意味で正しく清廉であり、人を惹きつける才能があるのだ。
「……笑ってくれていい、わたしは明日が楽しみでしかたないんだ」
ハルナは夜空を、月を見ながら言う。
「あの方が語る姿が脳裏に焼き付いてる」
祝福も恨みも、人ごとのように語る姿は〝少女〟という枠組みから離れているように思えた。だが、一縷の望みが、ここにある。
「わたしもです! わたしもです!」
エリンがはしゃぎはじめて「夜ですよ」とメルイが叱咤した。
奇妙な夜に浮ついた心が、ほんの少しだけある。
夢のような話が現実味を帯びていくには明日が必要なのだ。
「必ずや、あの方の願望を叶えてみせる」
ハルナは拳を作り、息を吐いた。
「はい」
冷静な言葉を受け取ったメルイは肯定し、エリンは頷く。
まだ怒りはある。もやもやとした気持ちもある。それでも浮かぶ少女の顔は、成すべき事を思い出させてくれた。
背を正したハルナの後ろに幼馴染みたちが続く。
仕込みは、程よく。万事とは言えないが、いい方向へと転がりつつある。
負けない、そう断言ができるぐらいには三人の思いは重なっていた。
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