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祝宴のはじまり⑤

推敲してません。一つにまとめました。


・-・・・ -・-・ -・・-- -・---


 ふむ、と私はカートの上と自分の机を見た。どうみても必要な分の皿が並ばない。

「私でしょ、レガでしょ、マルケル、ケーレスにルルヤにハルナ」

 指折り数えてカートを見る。机には二皿しか置けない、カートも私専用だから二皿しか置けない。いっそ、椅子に置くか。私の分なら、そんなにはしたなくないと思うけれど。

 と、レガを見るが能面である。というよりは、ぼんやりとしていた。

 食事の準備中はテキパキと動いていたけれど、今はみんなを待つ身、色々と考えてしまうことがあるのだろう。

 自分の皿を持ち、椅子に置くとレガの目が光り取り上げられた。

「いけません」

「えー、私の分だからいいじゃない」

「それでもいけません」

 レガは机の上に戻すと困った顔で私を見る。

 困惑しているのはレガのはずなのに。

「ねえ、ねえ、レガ、騎士とメイオールの使用人たちが持っていった食べ物って結構な量なんだよね?」

「在庫を確認しましたから、一週間ぐらいの量ですよ」

「ふうん」

 ちょっとだけパンの端っこを千切って口に入れたらレガに頬をつままれた。

 何かあったらって出入り口の扉を閉めているけれど……

≪起きてる?≫

≪起きてるよ≫

 部屋に戻ってきてからカメオを手に持ってうろうろしていたらレガが紐で首飾りにしてくれた。紐の端と端を合わせて輪を作り、それをカメオの天辺の穴に通す。そして端っこ二人を輪っかに通せばカメオを吊すことができた。で、端を結んで首にかければ出来上がり。

 胸に手を当てて弟に呼びかける。

≪あのね、魔法を使ってほしいんだけど……≫

 実際、私は魔法について知らないから使うと体力を消耗するとかわからない。

≪大丈夫! 姉様の為なら平気≫

≪本当? えっとね、家に私たち以外に……難しいなあ≫

≪姉様に悪いことしようとしている人ならわかるよ≫

 人と違った感じがするからと言ってカメオが熱くなる。

「どうしました?」

 突然黙ってしまった私をレガが見下げた。胸元を押さえているから、何をしているかはわかっているはずで。

「うんと、家に他の人がいないか聞いてる」

「そんなことが」

 私は弟がどれほどなのかわからないけれど、私を助けてくれて、今まで傍にいてくれたことを考えれば強い魔力を持っている。今、少しだけ怖い。

 大事なこの子が無理しないか。私の為って言って、もっと……。

≪姉様≫

「ん! うん!」

 あ、口にしちゃった。

≪いないよ。誰も姉様を傷つける人、あ、でも何か持った人たちが来る≫

「え!」

「どうしたのですか!?」

 複数人と聞いて扉を開ける。

 開ききったところで止まった。人たち? マルケルやケーレスの名前は知っているはずなのに、なんでそう言わないの?

 いけないかもと瞬時に扉から手を離して、前のめりになる体をレガが抱きしめる。そろそろ私の奇行はレガに把握されつつあるかもしれない。

「急にどうなさったのですか!」

「え、あ、いや」

「あー!」

 聞いたこともない高い声が、多分、家中に響いたと思う。

 レガは、私を抱えたまま腰に手を添えた。まさか、そこにもナイフあります?

 左を見ると、先ほど見た顔と見たことない顔が大きな板と大きな紙の筒を持ち、こちらにやってくる。

 叫んだのは重そうな板をガッシリと抱えた女性だ。

「はわああ、こんなに近くで見れるなんてカワイイイイッ!」

 見えた時は少し遠かったはずなのに叫ぶ彼女は、もう目の前にいる。そのまま板を廊下に音をたてながらレガの手から私を奪うと……人生で初めての高い高いをされて「うえっうえっ」と体から声がもれた。

「神様! お初にお目にかかります、エリンです! エリン・コート・ユルルと申します! ハルナ様と同じく騎士見習いをしておりまして、カワイイイイ!」

「ぐえっぐえっ」

 十二の子どもを軽々と持ち上げて踊るように回るのはいかがなものか。そういえば名前を聞いたことがある。

 確か、そう歩いてくるメルイの口から聞いた名前だ。それにしても速度が。

「うえうっ」

 激しい。とっても激しい。そしてメルイは笑っていないで助けてほしい。レガは突然のことで固まっているし。

「さあ、エリン、尊きお方が目を回していますよ」

「ハッ」

「えふッ」

 急に止まるから体の中のものが外に出そうになった。同時にレガが現実に戻ってきたらしくエリンから奪い返そうとしていたけど背の差で届かないらしく。

 手を伸ばすのはやめて、手を腰裏に、

「レガ、レガレガレガ!」

 血走る目のレガを止めたい一心に叫ぶ。

 でも、その前にエリンの手がレガの腕を掴み、落ちる私は慣れた手つきと言えばいいのか、彼女の肩には落ちずに腕にそって転がり、胸に納まった。

 たくまいし腕が背を支え、大きな手が太ももを支えている。

「おおう……」

 エリンの服を掴みながら、彼女が今まで見た女性よりも背が高く、しっかりとした安定感で、傍にある顔は愛嬌たっぷりでレガの殺意さえも受け流していた。

「くっ」

 レガは顔を歪ませている。掴まれた腕が動かないみたいでエリンを睨んでいた。

「わかる! わかるよ、レガちゃん! 私も同じことをされたら剣をぬいちゃうもん!」

 なら、なぜやるのか。

 私のうんざいり顔が見えていないはずのメルイが「もう、およしなさい」と言葉を投げる。

 エリンの肩から顔を出すと彼は扉の前に大きな筒紙を置いて、仕方がないというニッコリ顔で腕を組んでいた。

 騎士団というよりハルナの周りが濃い。性格が濃い。

 はあ、と息を吐いてドクドクな心臓を押さえつける。

「二人とも、どうしたの?」

 もっともな意見にメルイが一礼した。

「今晩の会議にて必要なものをお持ちいたしました」

「それ?」

 エリンが置いた木製の板と長い筒状の紙。

「はい、こちらの紙は古いものですがキュイモドスの地図です。板は組み立て机になります」

 大きめの板が二枚、二カ所に凹凸がありはめ込む、のだろう。四つの脚らしいのにもでっぱりがある。

「……作戦を計画するにあたって必要なものだと思いましたので」

 そうしてメルイは瞳を伏した。

 何故、彼が私の部屋に机がないと考えついたのかとか、地図のこととか、色々と気になる点はあるけれど、メルイの言葉は先ほどより重く感じる。

 マティス家の傘下というのは予想より根深い、のかもしれない。

「じゃあ、部屋の中にいれて。騎士団の方はどうなったの?」

 尋ねる声にエリンは反応して、地面に下ろしてくれる。見上げればエリンは、小さく困ったように微笑んでいた。そうしてメルイを見てから部屋の中に机を運んでくれる。

「騎士団の方は予定通りに。噂を流して、いえ、適切のほら吹き男がまき散らしたおかげで……大きな反応でした。使用人たちも動いたということは繋がりが深かったというのがわかりましたし、何より今回の騒動の怯えよう」

 メルイの顔から笑みが消えた。

「門番のソヨト・ヨグ・ミコンの動きだけがわかりませんでした。門前にいませんでしたから私邸にいると考えてはいるのですが、使者を何人か送っています。不確定要素があることをお許しください」

 一番の問題が残ってしまったことをメルイは悔しいのかもしれない。

「こっちに来る様子がなければいいよ。ありがとう、メルイ」

 近づいて手をとると「ふふ」と小さく頭の上から聞こえた。

「神様、メルイさん、組み立てましたよー」

 ドアから顔を出したエリンが言う。

 一緒に中へ入れば備え付けの机の横に長方形の、丈夫そうな机が並んでいる。

 その机の上には、どうしようと思っていた食事の皿が並んでいた。

 レガも渋々顔だけれど、前までご飯はどうするべきかという悩みが解決したのだから喜ぶべき、なんだろう。でもエリンにされたことを考えれば、あんな顔になるレガは正直じゃないなあ。

「……はあ、メルイ様とエリン様は同席なさるのですか?」

 何度かの深呼吸後にレガが言う。

 二人が目を合わせて「できれば」と応えた。

「私たちがいないことを気にする者はいないでしょう。ルルヤ様にも再会したく思いますし」

「いいじゃないですか! メルイさん! 騎士団の中じゃ下りていく騎士もいました!」

 確かメルイが騎士護衛役で、エリンが見習い。ハルナは「見習いは全てマティス家傘下」て言っていたし、人目を気にする必要はないんだろうけれど。

「……エリンは残ってください。私は、もう一度だけ門番のソヨトを探ってみます。終わりましたら、こちらに顔を出しますので」

「食事はいいの?」

 顎に手をやり悩みを口に出していたメルイに聞く。と、目を見開かれた。

「ほ、ほら! えーとえーとお腹がすくと力が入らない、じゃない? 力がないと調べるものも集中できないかなって」

「くっ、ふふ、ふっ」

 普通のことを聞いたつもりだったのだけれど、何がツボだったのか体を折り曲げてひとしきり笑うとメルイは目元を拭ってレガを見た。

「レガ様、もし宜しければ私の食事を用意していただけないでしょうか。もちろん、エリンの分もお願いします」

 レガは諦めきった顔で頷くと素早く部屋を出て行く。

 日は傾き、夜が降りようとしている。

 そんな光りの中に、私の全てが変わろうとしていた。もうすぐ、この部屋には『味方』の主要人物がそろうだろう。

 希望の光であるはずのそれは、暗がりの中にあるような気がした。

 まだ日が暮れないうちにレガがランタンの用意をし、メルイは「一回、様子を見てきます」と言って騎士団邸へと戻り、みなが集まるまで部屋には私とレガとエリンが残された。

「ねえ、エリン。他の見習いの人は大丈夫なの?」

「はい! 見習いは本邸宿舎……えっと三役ではないので小さな宿舎を与えられているんです。神もお気づきだと思いますが、わたしたちは騎士団の中でも位は下の下です、気にする人なんていないですよ~」

 出入り口近くの壁を背もたれにしてエリンは笑いながら言う。

『騎士見習い』なんて役、私は知らなかった。

「ハルナにも聞いたけど、マティス家に協力してくれてる人たちも大丈夫?」

 明日、騎士たちが必要な時というのはシルウァヌスを含めて協力関係のない騎士たちと全面的に対立してしまう状況になるなら、彼らを、彼女も入れて、この山の中で殺し合わせることになる。

「……ハルナ様の、マティス家はルルヤ様の代よりも前から六人の賢者に対抗すべく水面下で活動してきました。古くからはラスラ家とウラス家にマティス家で御三家とし、様々な役目を担いつつ……」

 エリンは目を伏せた。

「でも、賢者たちも他の人も街も、みんな監視をし合って、密告されて一家を取り潰しされたり、手込めにされたり、協力関係を断ち切らなければならない家もたくさんありました」

 ちらりと見るとレガも目を伏せて床を見ている。

 監視、密告、不平等な食糧配布、隠れなければならない生活、私の家族。頭の中に色々な様子が見て取れた。

「……血が濃すぎたのだわ」

「!」

 バッと口を塞いだ。これは私じゃない。レガも思ったのか私の肩を掴む。

「だい、大丈夫だよ、レガ、大丈夫だから」

 つい出てしまった言葉は誰だろう。

 私を頭からつま先までレガは何度も見る。それに首を振って応えると、ふうと息を吐き出した。

 その様子にエリンが驚いたようで「かみさま?」と口にする。

「みなと会議する時に話すから」

 ね、と首を傾げて笑う。エリンは何も言わなかった。最初に出会った時は打って変わる穏やかな笑み。

 彼女は憔悴していくハルナを見てきた人だ。私を恨んでいてもおかしくはないのにエリンは優しい。

 ぎゅ、と胸元の飾りを握る。あれから弟とは話していない。

 ただただ待つだけの時間が過ぎていく、それを破ったのはヒュプノス側を調べていたマルケルとケーレスだった。

「なんだこれ」

 扉を叩かずに入ったマルケルは設置された机に感想をもらし、傍に立っていたエリンに体を凍らせた。

「……びっくりさせんなよ! クソッ気配なかったじゃねーか」

 飛び退いて私の近くに来ると、むっすりとした顔が見える。レガと同じくルルヤに鍛えられた二人だから敏感なのだろう。

 続いて驚いた様子なのはケーレスだった。彼が困らないように私は言う。

「彼女はエリン。騎士団で見習いをしているの。ハルナと同じ。今回の作戦会議に参加してもらうことにしたのよ。あとで騎士警護役のメルイという人が来るから、今のうちに驚いておいてね」

「あちらに連絡がとれたのですか」

 ケーレスは手に持った大きめの紙を私の机に置いて胸をなで下ろしていた。

 何を言いたげな瞳を私に向ける。

「マティス家傘下の騎士なんですって。ハルナから初めて聞いたよ」

「……なるほど、ルルヤ殿も密かに動いてらしたのですか」

 うん、と肯定してケーレスを見た。明らかに疲れ顔で肩を落としている。

「ケーレス、休む? 顔色が悪いけれど」

 彼は首を振って、

「お気遣いありがとうございます。しかし会議が始まる時に……先に言わねばならないことがありますので」

 彼も、どこか疲れた様子でため息をついた。

 椅子を譲ろうと体を持ち上げたが手で制止されてやめる。

 この空間が静まる。我慢できなかったのはマルケルだ。

「で、結局、何人参加するんだよ?」

 とりあえず喋ろよ、と私に問いかける。

「えーと、私にレガ、マルケル、ケーレス、ルルヤ、ハルナとメルイ、エリン」

「は?」

「八人ね」

「は?」

 疑問の声が鋭くなってツカツカとマルケルが迫ってきた。

 あ、そうか。ルルヤのことを知らないんだっけ。

 私に掴みかかる前にレガが私をかばう。

「マルケルたちがいない間に帰ってこられたの」

 その一言でマルケルを沈める。

「今は、作戦に集中しましょう。ちゃんと機会はあるから」

 ケーレスも息を飲んでいたがレガの言葉を聞いて肩を落とした。

 今日の私たちは、とても忙しい。めまぐるしく変わる中、誰もが振り落とされないようにして平静を保とうとしている。

「日が沈んじゃう」

 部屋が薄暗くなり、私の言葉でレガがランタンをつけた。

「……わたくしの部屋とマルケルの部屋から灯りをとってまいります」

 私の部屋に備え付けられたランタンだけでは心許ない。

 そう言い残してレガは早足で歩いて行き、すぐに二つのランタンを持ってきた。机の端に一個ずつ置いて火を灯す。その頃には太陽が沈みきり、私たちは光りに照らされ、誰も言葉を発しなかった。

 次に扉を叩かれた時、戦える三人は、それぞれの武器に手をかけて扉を見る。

「……わたしです。メルイも一緒です」

 それは昼降りに聞くハルナの声だった。

 私は立ち上がって扉を開く。

 もちろん、開いた先には一礼をするハルナとメルイ、そして……。

「ハルナ……」

 森の方を向くとマント姿のルルヤが居た。

「お、じい、さま?」

 ハルナの声は擦れて、現実を確かめるべく、もう一度呼ぶ。

「……おじいさま」

「ハルナ」

 ランタンの炎が彼女の瞳にたまる水を輝かせる。口を何回か開いては閉じて、最後は唇を噛みしめた。

「……三人とも入って」

 ここは廊下だ。立ち止まったままの三人に目を配らせると頷いて素早く部屋に入る。

 全員が入ったのを確認して胸元を握った。

 こういう時の私と弟。

『ねえ、誰かいる?』

≪部屋にこもっている人しかいないよ≫

 ふう、とため息をついて扉を閉める。

『気になることがあったら聞いてね』

 胸の温かみから手を離して息を吸い込み、扉を背にして彼ら、彼女らを順繰りに見た。もう後戻りはできない。

「みんな、まずは私のことを聞いて、その後に順番に話しましょう」

 私が背をただせば、みなの背をただす。

「まずは、ご飯、食べよっか」

 メルイが古い地図を取り除いて、レガとハルナが机に食事を置いていく。

「大丈夫、私たちなら大丈夫だよ」

 水が注がれた茶碗を持ち、少しだけ掲げて祈る。

 賛同したみんなが同じように掲げ、祝宴の夜が始まろうとしていた。

 腹も膨れたところで、私はケール湖と関係、家の様子、ハルナと騎士団に噂を流したことを掻い摘まんで話すと補足する形でハルナが騎士団の中のことを話してくれた。

 大部分の騎士が下街に降りたこと、残りの団員は部屋に閉じこもっていること、それは使用人も一緒だと伝える。もちろん、食糧のことも。

 次は、とケーレスとマルケルを見た。

 二人は目線を大きな机に落として、

「これが調べてきた結果です」

 自分たちの地図を重ねた。

 関所と、何も描かれていない。

「ネモレの家は?」

 私の言葉に二人は首を振る。

「ルルヤは知らない?」

 尋ねる声にルルヤは首を振った。

 間ではメイルが古い地図と新しい地図を見比べながら整理している。

「申し訳ありません、しかし、収穫はありました」

 ケーレスは、じっと私を見てから話し出す。それは『使徒』のことだ。

「……あ」

 声が出ない。呆然とする私をマルケルは小突いてくれる。目が乾いていく、心に重い何かが、いや、締め付けられていく。

 何度か深呼吸をした。目を巡らせば、みんなが私を見ている。

「え、あ」

 せっかくマルケルが連れ戻してくれた感覚が消えていく。みなの顔から表情が消えた気がした。

――あの選択は間違っていた。

――エルピスは助けることができた。

――それを、私は殺した。

 とうとう目線が私の靴先を見る。カツカツと靴音をたてて近づいてきてくれたのはルルヤで、

「顔をお上げなさい」

 ランタンの炎が揺らめいた。静かな部屋の中、何度も聞いた凜々しく規律を重んじてきた彼の声が、私の頭を撫でる。

 胸元の飾りを握り締めながら顔を上げると、さっきと打って変わり、みなの表情は心配そうな顔だった。

 これでは、誰も私を責めたりしない。責めないからルルヤは言う。

「今は立たねばなりません」

 私は頷いた。エルピスの傷は一生消えない。この命が果てるまで抱きしめ、抱えていかないといけないのだ。

「じゃあ……ケーレス、マルケル、私は何をすればいいの?」

「そう、ですね。いつもとは違うこと、六人の賢者に知られない為には、前もって彼らに伝えておいた上で発言するとよいかと」

 もっとも。賢者たちには明日の宴まで、跡継ぎを連れて来てもらわないといけない。

「うん、発言と行動……もう否定できない所まで、噴水広場に着く直前に言う」

『協力者』、ケーレスは私たちに対する反抗勢力をこちらに引き込めないか考えているけれど、上手く行くだろうか、なにせ私はエルピスを殺したのだ。

 そのことを二人は言ってないだろう。

「とりあえず、それは私に任せてくれる?」

 ケーレスは頷いた。

「ルルヤは?」

 順に巡ってきた手番にルルヤは懐から本を出し、説明してくれる。出てきた名前に覚えがある。マルケルと読んだ手記の書き手、貴族のマルガ・ドゥリィ・ラスラ。ラスラ家、一代目から連綿と繋がってきた。

「みなの話を聞くからに、元々国内情勢は分かれていたと思っていいでしょう。しかし存在を知られれば消されてしまう、そんな世の中を五百年も過ごしてきた。この重さ、簡単に変えられるとは言えません」

 ルルヤは私を見る。

「うん、そう、五百年間、この国は閉鎖的に生き延びてきた。協力者たちも血を重ねて逃げ場を失って……」

 弟との繋がりを握り締める。

 私が気づかなければ一生、離ればなれ、傀儡のまま無為に過ごしただろう。

 みんなも重いものを抱えたまま動けずに、動けても消されてしまうはず、ならきっとこの機会は成すべくして起こったできごとなんだ。

 空気を吸い込んむ。

「私の計画は、宴の席で跡継ぎたちを人質として奪い、賢者たちと今後の在り方について取り引きをする」

 再度、地図に目を落としていたメルイさえ、私を見る。

「しかし、それで私の言いなりになるなんて思ってない。彼らに『今』を与えつつ実権は私に……返してもらう」

「……どこまで手にとるのですか」

 そう口にしたのはルルヤだ。きっと私を第一に考えてくれて一番に、この世界を変えたいと思ってくれている。

「贅沢三昧はしていいってのと医士や騎士、バーネットがやっていることは続けること、それを監視する人間を用意する。それはね、跡継ぎたち」

 私は笑う。

「彼らを、こちらに引き込みます」

 黙り込む。弟子である彼らを引き込むのであれば長期的に見て、話し、納得させないといけない。それを一晩でやると私は言った。

「はあ!? どうやって!?」

 流石に素っ頓狂な計画にマルケルが声を上げる。

「真実を伝えて見てもらう。今、この状況が全てを物語っているでしょう? 見せてあげればいい、理想していた『家』と慕っていた人間の裏側を。あの人たちは取り繕う暇もなく喋ってくれるよ。自分たちが良ければいいんだから」

 オーディから聞いた話を思い出す。恐らく、シスンとリナの親は殺されたと思っていい、他のセルディルたちについては不安が残るけれど、せっかく、あっちから用意してくれた舞台でグラスを傾けるだけなんてしない。

「一に人質を捕る。二に交渉をする。三は人質に『家』に住んでもらう、そして……魔法を使えるようにする」

 ぱっとルルヤの目が見開いた。

「出来ればガヴァネスを捕まえたいところなんだけど」

「それは心配しなくて大丈夫でしょう」

 彼から澱みもなく口に出された言葉に、私は「そう」とだけ返す。

「魔法は、この国を根底から覆す真実だよ。今まで感じ取ってきた空気を、心を塗りつぶす劇薬。人質には悪いけど」

 ガヴァネスが協力してくれるなら私以外の人たちにも覚えてもらわないと、そこからは慎重に根を張っていく。

「わかっけど、お前みたいに強くはないと思うぜ」

 隣にいるマルケルは眉をひそめて言う。確かに無理やり劇薬を飲み込んだ私はレガやマルケルたちがいなければ自我がなくなっていただろう。

「将来は私の部下になってもらうんだもの、そんなことで壊れるなら、そこまで

新しい人を連れてくればいい。逆に耐えられるのなら味方にできる」

「根拠は?」

「神が支えるから。有無も言わさず、私が話して動いて見せて証明する。マルケルが支えてくれたみたいに」

 にっこりと笑うとマルケルは顔を赤くして、そっぽを向いた。

「わたくしも入ってますよね、その中に」

 マルケルの代わりはレガだった。確認するように笑う。

「もちろん、ここにいるみんなは全員、私を支えてくれる人たち」

「質問がございます」

 黙って聞いていたメルイが手を上げる。

「順当に行けばと言うものの、私たちは少数。賢者たちの息がかかった者は多いでしょう。それをどうします?」

 私は頷く。

「ねえ、メルイ。なんで彼らはお互いのことを知らないのだと思う?」

「それは教え合わないから、だと」

「いいえ、興味がないから」

 ほう、とメルイが目を丸める。

「騎士団、使用人の行動、ガヴァネスのこと、ネモレの私邸が見つからない、ソヨトのことも含めて彼らは道を同じくしながら互いの状態を知らない、まあ、知っていても国民よりは良い思いをしている、くらいかしら」

 ヴォイスとバーネットが訪ねてきたことを軽く話す。

「連携がとれてないの。じゃあ、教えてあげればいい、貴方の味方は本当に味方であるか……色々ものを闇に葬ってきた彼らだもの、影を臭わせるだけでいい、こう言ってもいい」

 一拍おいて、私は言う。

「『この中に私の味方がいるの』」

 それだけで賢者は疑いだす。

 第一に、私だけで事を起こせたなんて思わないんじゃないかな、なんて思う。まだルルヤが私を手込めて行動を起こさせてる、と思うはず。

「そして、ルルヤ、お願いがあるわ。きっとガヴァネスがどうにかしてくれると思うのだけれど、宴の席で人質を捕り、交渉を持ちかけた時、彼らは反対する。押さえ込む為に弟を連れてきて欲しいの」

〝知っているぞ〟

「整えましょう」

「他のみんなは一対一で人質に刃物を向けてくれればいい。ネモレの孫はエリンが、バーネットの弟子はレガ、シルウァヌスのはハルナ、ヴォイスは弟子はマルケルが。いない二人、メイオールに対してはケーレス、ソヨトにはメルイ」

 できるかしら、と名指しした人たちを見る。

「不意打ち、ですか」

 呟いたのはケーレスだ。

「そう、一瞬でいい。私が六人の賢者たちを引き留めた瞬間に一気に攻め込む。全体に向けてはルルヤとガヴァネスで充分。ハルナ」

「はい」

「外に何人か騎士を置ける?」

「かしこまりました」

 ハルナは一礼して静まった。ちらりと何度もルルヤを気にしている。今、二人の間には溝ができているから早く話をさせてあげたい。

 そして、私は取り乱しもしないケーレスを見た。

 私はガヴァネスが生きていることを口にしたのだ。何かあると思ったけれど、意外にもケーレスは冷静に見える。

 目にはランタンの炎が映り込んでいたけれど、潤まず、ただただ地図を見て、私を見て、口を出して、それだけ。

「これが私の考え。どう?」

「異論はございません」

 黙って聞いていたエリンが言う。最初に出会った時とは打って変わり、その瞳は強く、光りを集め輝いていた。

「ほかは?」

 みんなは頷いた。

「では、解散しましょう」

 私の首飾りは温かい。

 宴に連れ出す、それを聞いてから、もっと熱くなった。

『明日、必ず一緒に暮らせるようにするから』

≪……≫

 返事はない。

 一人、一人と部屋から退出していく。最後にレガが一礼して、扉は閉じた。


・-・・・ -・-・ -・・-- -・---

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