祝宴のはじまり③
推敲してません
「ルルヤ……」
私の声は風と共に彼の耳に届いただろうか。こちらを向いて小さく微笑む初老の男性がいる。
「レガ、お前は攻撃をしなければと焦るとは前屈みになりやすい。足下の動きがわかりやすくなる」
「はあ、はあ、ルルヤ、さん」
なぜここに、と声がでない。ハルナのこと、今までのこと、頭がぐるぐる回る。けど一番は、じわりと視界がぼやけた。
「ル、ルヤ、ルルヤ、ルルヤ!」
ずっと待っていた。いつか帰ってくると信じながらも待っていた。少しだけ疑って心が折れそうになってもルルヤの言葉を信じて、ここまで来れた。
彼の腰に抱きつき、私は泣く。廊下で座り込むレガも何度も名を呼んで泣いているようだった。
「よくぞ、ここまで」
ルルヤは屈み私を抱きしめてくれて「頑張ったな」と言う。
「レガ」
彼が手を伸ばす先にはレガが居る。ずるりと服が擦れる音がして、私の隣にレガが来て、すっぽりと抱きしめられた。
「……っ、ルルヤさん、ルルヤさん!」
彼女の不安を受け止めて、その温かみに泣く。
「どうして」
未だに流れる涙が頬を伝うけれど視界は歪まない。髭を蓄えたルルヤは人を安心させる微笑みで私を見る。
「お話せねばならないことがたくさんあります。しかし……レガ、マルケルに会いましたよ」
涙を拭いていたレガが顔を上げた。
「家に戻る最中、ケーレスと共に居たところに鉢合わせました」
ルルヤは苦そうな顔をして「泣かれました」と口にする。それはそうだ、一番ルルヤを慕っていたのはマルケルなのだから。
「街で収集した情報と……こちらを」
懐を探り、ルルヤは私に銀製で表面は知らない鉱物が貼り付けられた楕円形の、装飾品らしきものを渡す。
表面と裏に彫り物がされて、表面は見たことのない花々が彫られ、裏側には水流、だろうか水が流れている彫り物だ。
「これは?」
「外の国ではカメオという装飾品です」
合点がいかなくてルルヤを見返すと、
「貴女と弟君のお父様とお母様から預かりました」
私は、言葉をなくした。
当たり前だったことが、ストンと私の心の中に現れる。
弟、弟、で一杯の私は『両親がいる』ことを忘れていた。
ううん、どこかで父と母を気にしないよう心の隅に追いやって弟と二人で生きていこう、と、だって〝生きている〟だなんて都合のいいことない。
なんでそう思っていたのだろう。
手のひらほどの装飾品を見る。これは誰が彫ったの? 誰が作ったの? 誰が私に、贈ってくれた、の?
「……話はケーレス様より聞きました。本当は彼に預けようとした、この心をお許し下さい」
「許すもなにもない! ルルヤが、ルルヤが生きてるってだけでいい、それだけでいいよ。会えて、嬉しい。ケーレスから聞かされても嬉しい。でも、こうやって会えただけで、嬉しいよお」
カメオを手にしながらルルヤの服を掴む。
「わたしもです。ケーレス様にもマルケルにもレガ、そして貴女にも会えたことが嬉しくて仕方がない」
「そ、そうだ。わたしたちハルナに会ったの、今から走って行けば会えるよ!」
ルルヤは首を振り、否定する。
「貴女はこれから何をするのですか?」
そう問われて固まる。ルルヤを送り出す事は簡単で、ルルヤがハルナに会うのは簡単で、でも誰かに見られるかもしれない。危険だ。
私は口を結ぶ。
「明日、賢者たちの権限の半分を取り上げ、ます。そして弟と暮らせるように、するの、そして――」
使徒と呼ばれてしまう、魔法を行使できる人を救う。
「油断してはなりません。そこに辿り着くには、まだ途方もない道があります」
私は頷く。神の残り香である私は、まだ人を従わせる力がある。でも〝私〟はまだ始まってもいない。
ルルヤの腕から離れて私は視線を真っ直ぐに執事へ向けた。
「みなで夜に落ち合いますが、ルルヤはどうする?」
「もちろん、同席致します」
「わかった。それまでガヴァネスという人を知っているよね?」
「はい」
「所在は?」
ルルヤは首を振る。
私は左腕を上げて蔵書庫を指さす。
「この先にネモレが使用している蔵書庫があります。彼女はそこに監禁されてる……ケーレスは彼女の弟子だった。私はケーレスにガヴァネスのことを伝えてません」
「なぜ……」
そう口にしたのはレガだった。ケーレスも仲間のうちなのに秘匿することなどないはずだ。
「なんと、なく。ガヴァネスがケーレスに会うと思うか、ケーレスがガヴァネスに会いたいと思うか、二人が向き合わないといけない。これは私にとってのことじゃないくて、二人の間にあるものだと、予感がする」
腕を下げて、背に陽を浴びた私の表情は読み取りづらいだろうに、ルルヤは頷いて、レガへ視線を向けて制した。
「わかりました。わたくしも、そのように」
「ルルヤ、夜までどうするの?」
それにルルヤは、少しだけ顔を硬くする。
「使徒が使っていた小屋に行きたいと思います」
今度は私が固まった。
「現在、あの小屋は使用しておりません。もし新しい子が来たならば夜と共に、わたしが連れて参ります。また、手がかりがないか」
「手がかり?」
表情を戻しつつ、ルルヤを見る。そうだ、あそこをしっかりと調べていない。あの小屋は、昔から使用されていたもの。どれぐらい昔かはわからない。あれ以来、誰も口にはしなかった。
「連れて来られた全ての人が敬虔なる方のみだったかわかりません」
「そう、よね。疑問に思ってもおかしくない場所にあるのだもの」
「何か残されているかもしれません」
うん、隠れるのに丁度いい。しかも家の裏手にあり、小屋以外の建物は何もないし、誰かが訪れる確率は低いだろう。
レガとルルヤは立ち上がり、顔を見合わせる。
「ここに集まるのは賢者たちが家を出た後、今の時点であの六人が、ここに止まる必要はないし、明日に向けて己の邸宅で準備をするはず」
ルルヤは頷いて私のあとを継ぐ。
「はい、通常であればメイオール様もシルウァヌス様もオネイロス側の邸宅に戻られます。バーネット様とヴォイス様は街へ。ネモレ様はヒュプノス側にある邸宅にて。そしてソヨト様ですが」
一瞬の間を置いてから言う。
「おそらく正門近くに設けた小さな家、かと」
「小さな家?」
ソヨトは賢者であれど出自は騎士団になる。
「騎士団の住まいはシルウァヌス様が仕切っておりますが、あの方は同じ賢者に対して対抗心、といいますか、あまり良くは思われておらず、ソヨト様は別の家に」
「……ここから近いの?」
私の疑問にルルヤは首を振る。
「わたしが知っている限り、あの方は家に戻ると朝の、仕事の時間にになるまで、お戻りになりません」
へえ、と思った。でも考える。
やっぱり、ソヨトが何を考えているかわからない。
「ルルヤ、先日、弟に聞いたの『賢者の中で魔法が使える人はいる?』と、そしたらネモレは確実。ヴォイスとソヨトが怪しいって教えてもらった」
彼は驚かない。やはり、ルルヤも、この国にいる人が潜在的に魔法が使えることを知っていたのかもしれない。うん、傍にガヴァネスとケーレスがいたのだから、知っていて当然だ。二人はルルヤに対しては違う態度をとっていた。
「ならば、気をつけるべき点はソヨト様ですね」
頷く。ケーレスとマルケルが調べてくれている今、また情報は更新されているかもしれない。確証のないことは言いたくないけれど。
でも、今、確認しなければならないことがある。
「さっきは聞けなかったけれど、ルルヤは使徒のことを知っていた?」
それにレガは俯いた。尊敬している人が悪行を見逃していたのかと。
「わたしは、賢者たちが何かをしている、のは知っていました」
「ルルヤ……」
「しかし、それ以上は追わなかった」
彼は瞳を閉じて、薄く開く。
私はルルヤが口を開く前に言う。
「それが、家族を護る為だったのね」
悔しそうに握る拳が震えている。
「貴女が思うほど、わたしは良い人間ではありません。ただの年老いた、経験だけがある人間です」
「ルルヤさん!」
レガが声をあげた。彼に恩がある彼女は、そうではない、と言いたいんだ。
「……追えば、わたしは、必ず剣を振るっていたことでしょう。それは大罪。彼らを殺した罪の意識ではなく、この国を混乱させることで家族や友人らを路頭に迷わせる……そして、わたしもおかしくなっていたことでしょう」
私は一歩進んで彼の手を取った。
「えへへ、一緒ね」
呟いた言葉にルルヤは目を開く。
「そんっ」
「だって、私は、その事実を知っておかしくなったもの。弟やマルケルやレガ、ケーレスがいなかったら、私は私をなくして国を滅ぼしていた」
聞いてない? とルルヤに聞く。
「やはり、貴女はケール湖に沈んだ方々と繋がっているのですね」
「うん」
私は笑う。あの渦巻いた呪い、囁かれる恨み、ケール湖は私に魔法の力を与えなかったけれど、その代わりに湖の澱みを心に植え付けていた。
それは、いつか自分たちを受け入れる器を探していたに違いない。
魔法という力に護られた神だと黒い影は近寄れないが、ただ神の片割れにすぎない私は、弟の光りを浴びつつも中身はなかった。
元々あるはずの潜在的な魔力。訓練をしていないが、私には扱えない。
この体に、彼女ら、彼らがいるかぎりは。
「よし、あとのことは夜に話そ。レガ、ルルヤにパンと水を持たせて、寝静まる夜に内緒話するんだもの、その時にお腹が鳴ったら大変だし」
にしし、と笑って彼らの笑いを誘う。
まだ何か言いたそうなルルヤは困った笑みを浮かべ、レガは一礼した後、準備の為に部屋から出て行った。
「……何も言わず、この家を去ったこと申し訳なく思っております」
「んー確かに、苦労したけど、それがよかったと思う。変わったでしょ」
自分を指さし、ルルヤを見上げる。
「ええ、とても」
私は父と母から贈られたカメオを撫でながら、目線で「これは?」と言う。
「出奔したのは、この家を混乱させること。元々六人の賢者は己の利益のみを考える俗物です。私が消えたことで六人は、これ以上に混乱し、わたしを探すことでしょう。そうすれば貴女が動きやすくなると考えました。もう一つは、貴女のご両親を探すことです」
「……なぜ?」
「健在であれば、この先、計画が崩れたとしても貴女をご両親の元へ送り届け、国外に逃がすことを覚悟を、しました」
それはハルナも危険にさらし、騎士団にいるマティス家傘下騎士たちにも危険が及ぶ。
「それでなくとも貴女たち二人を逃がしてくれる人を探しにいきました」
「……ルルヤ」
「これが、わたしの贖罪です。この悪習に抗うことができず、女神たちの死を止められず……見ぬ振りをし続けた。マルケルに事を教えつつ、わたしは苦しかった。彼にわたしと同じ挫折を味わわせ、諦めさせ、辛酸を嘗めさせる」
ルルヤの瞳は、遠くを、とても遠くを見ていた。
彼は、断じてこの国を受け入れた訳じゃない。きっと信じていた。
信じ努力し、その勤勉の先に辿り着いたのは変えられようもない真実で、そう彼一人では何もできない。どんなに繋がりを、糸を紡ごうとも賢者たちの力は強く、変えることができない、という事実だけがルルヤを苦しめ続ける。
「良い人間ではない、と言いましたね」
「そうね、ルルヤは良い人ではない。でも私にとって、良い人だよ」
私は、思い出す。彼に相談した日を。あの日、信じられるのはルルヤだけだと感じたのは、間違いない。私にとって「良い人」だ。
遠くを見ていたルルヤの瞳が私を見る。
「ねえ、私にとって良い人なの。だから、ずっと私の良い人でいてくれる?」
手を、握る。硬い手。ずっと剣を振るい、振るい、振るい、抗おうとしていたこの手は、心は嘘じゃない。
間違いでなければルルヤの瞳は揺蕩う。私を映した瞳は太陽に煌めき、少しの間だけ閉じ、開く時、ルルヤは私に跪く。
「貴女に、この命を捧げます」
「うん、あなたの命は私が奪います」
誓いの儀式、私の手を取り、ルルヤは自分の額に当てる。
「もう大丈夫だから」
ルルヤが背負ってきたものは私のものになった。
彼は、それを許さないかもしれないけど、彼が歩んできた年月の苦しみを私は壊す。
「そーだ! 私のお父さんとお母さんの話!」
突然の間の抜けた声にルルヤが「ははは」と笑った。
「下流の奥の方にお住まいでした」
「でも、なんで生きてるか生きてないかだなんて」
その言葉にルルヤは真剣な面持ちになる。
「先代、先々代とわたしが知る限り、神として召し上げられた後、謎の死を遂げています」
「……それは、河に流されて、よね」
ルルヤは目を丸くする。
私は困った顔になってしまう。だって、その結果は似ているもの。
「はい、あまり期待はしておりませんでしたが、貴女のお母様は銀の髪、お父様が薄紅の瞳、この国では珍しいお姿です……ルルヤ・ホル・マティスが探していると耳にしてくれたのか、ご両親から、わたしの元へおいで下さいました」
「隠れて、住んでいたの?」
その通りです、とルルヤは締めた。
「……先々代、先代のご家族が相次いで死んだことに疑問を持った人がいるのね」
ルルヤは、またも頷く。
「貴女のお祖母様にあたる方は人望のある方で下流の人々はお祖母様の豊富な知識に助けられていた、と。そして相次いだ死に疑念を抱いたらしく、区画全体で子どもを取り上げられた二人は出国したと口裏を合わせ、殺害を免れました」
「それは誰かが殺しにきたでいい?」
「はい、貴女たち二人が家に召し上げられた後、何度も騎士たちや見知らぬ人間がご両親を探していたとのことです」
「……お祖母様は?」
「ご両親と共に隠れて暮らしていたそうですが、数年前に」
「そう」
話を聞いていたら、とても会いたくなった。どんな人だったんだろう。
ルルヤみたいに物腰の柔らかい人? それとも知識が豊富なガヴァネスみたいな人? もう知ることはないけれど、少しだけ心が温かくなった。
カメオを抱きしめて、この気持ちを心に刻む。
「下流の区画の話や色々聞きたいけれど、それでどうしたの」
ルルヤの名前を出して私の両親を探しているなんて騎士団の耳にでも入ったら大変だ。その不安はルルヤに伝わったらしい。
「実験も兼ねていました。どれだけ早く追っ手がくるか、と。実際はご両親を会い話を聞き、こちらに戻ってくる最中でした」
「怠慢ね」
眉を寄せる。シルウァヌスは毛嫌いしていたとメルイに聞いたから、追っ手がすぐにでも向かうはずなのに、シルウァヌスは『家』にいなくなった、だけでよかったのだ。
「言葉も出ません。ご両親には貴女たちが無事なことをお伝えし、もしもの為の逃げる準備をお願いしました。その時に、こちらを貴女たちに、と」
私の手のひらからくらい、大きな装飾品は輝いて見える。銀の台座に白い石が取り付けられ、表に花々を裏に水流が彫られている。
「伝言があります」
『十二のお誕生日おめでとう。いつも、あなたたちのことを想っています』
「それ、だけ?」
ルルヤは笑う。
「わたしも家族を持つ身です。伝えたいことはごまんとあれど、実際に、口から溢れる言葉は少ないもの。こちらは貴女たちの十二の誕生日に贈る品だと仰っていましたよ」
それは、毎年、作ってくれてたいたと信じていい、かな。
抱きしめる。抱きしめて会いたいと思う。会えたら名前を教えてくれる?
「あ、あのね、ルルヤ……」
聞いていないか彼を見た。わかっていたように頷く。
「お二人は貴女たちの名前について、すぐにわかる、と仰いました」
首を傾げる。どういう意味? すぐにわかる? どうやって? 悩んでいる、私にルルヤは微笑む。
「不思議な方たちでした。まるで未来を見通しているかのようで、貴女がなさろうとしていることを驚きもせず、頷いてましたから。花々は、いつでも咲き誇るように、裏の清流はケール湖の加護があるように、と」
何度もカメオの裏と表を見ながら繊細な彫り物にため息が出る。
「見せてあげたい……」
弟に。お父さんとお母さんからの贈り物だよ、て。二人は元気で、ずっと傍にいてくれたんだって。ぎゅうと握る。どうか弟に届きますように。
「その日も近い、今は貴女が持っていて下さい」
うん、と頷く。抱きしめすぎたのか、ちょっと熱い。ん、ちょっとどころじゃない。すごく熱い。
「ル、ルルヤ、とても熱いんだけど、この石は熱くなるの!?」
「いいえ、そんなはずは」
こちらに伸びたルルヤの指先は、その熱を確認すると「一回、手を」離して、と言おうとした。
≪あ、さま?≫
「んっ!?」
「どうされました?」
≪あねさま?≫
「えっえっえっまってまって」
カメオから声が聞こえる。弟の声だ。
「ルルヤ、ルルヤ、聞こえる!?」
あわてふためく私を見てルルヤも困っている。
「弟の声がするの!」
私が言いたいことをくんだルルヤは「いいえ、わたしには」と言われて、さらに慌てる。
「なに、なぜ、えっと」
≪姉様の声が聞こえる≫
「わ、私だって聞こえる!」
これは……と横にいるルルヤは顎に手をあてて驚いているようだ。
≪あったかい、あったかいから、姉様かなって≫
そうか、この間の助けてくれた時と同じ。このカメオを通して弟の声が聞こえる。ように、なった?
「ルルヤ、えっとね、色々事情があるのだけれど、前にね、弟に……精神の世界って言えばいいのかな、助けてもらったことがあって」
どう説明すればいいんだろう。多分、ガヴァネスなら的確な言葉でルルヤに説明してくれるだろうに、私は上手く説明できない。
「マルケルより倒れられ目覚める為に弟君の力を、と聞いてはおりますが」
「それ! きっとそれ!」
あの一回で私と弟の間に何かできたんだ。それがお父さんとお母さんが作ったカメオを通して会話できている。
≪姉様? 姉様?≫
「うん、うん、聞こえてるよ。私にしか聞こえないみたいだけど」
これで、いつでも喋れるんだ。
「なるほど、弟君の魔法が貴女の中に残り、しかもお二人を想って作られた装飾品。どのような石を使用しているかわかりませんが、会話ができているのですね?」
「うん! うん!」
私のはしゃぎようにルルヤは笑う。彼の目には普通の十二歳の女の子に見えているのかもしれない。
≪姉様?≫
「あのね、あのね、これはお父さんとお母さんが私たちの為に作ってくれたカメオっていう飾りなんだって」
≪おとう、さん……おかあさん≫
「そう!」
弟は不思議そうだったけれど私は嬉しくて仕方がなかった。
「これでいつでも話せるね」
≪……うん、姉様と話せるね≫
ぎゅうともう一度、カメオを抱きしめる。そうだ、キュイモドスの人は潜在的に魔法が使えるのだから、想いの籠もった贈り物は魔法の飾りだ。きっとそう、お父さんとお母さんは、私たちのことを想って作ってくれたんだから。
隣のルルヤは安心した顔で私たちを見ている。
「そっちは平気? 誰か来た?」
≪マルケルが、来た≫
「そっか、今日の夜ね、明日のことを話すの。これで……持っていたら私の目を通して見えないかな、できる?」
≪待ってて……≫
前も私から見えてたって言っていたし、できると思うんだけど。
心躍りながら待っていると、
≪男の人、がいる。あと姉様の洋服、うんと、空の色?≫
「当たり! ねえ、ルルヤ、ルルヤがいることと私のドレスの色を当てた!」
私の喜びようにルルヤは笑う。
「これで何かあったら、すぐに駆けつけられるね!」
≪うん≫
なぜか弟の言葉が弱いけど、ちゃんと繋がりができてないのかな。もっと、私が想えば平気、かな?
あれやこれやとカメオを見ながら弟と話しているとレガが水とパンを持って戻ってきた。
「遅くなりました」
「レガ!」
朗報を伝えたい気持ちを一歩、足を踏む出したところで止まる。
そうだ、ルルヤは小屋に行かなくては。
「なにかあったのですか? レガ」
「それがメイオールに付き従っていた者たちが食糧を運んでいて……」
水とパンを抱えたレガは、ふうと呼吸すると不安げな顔をした。
「……何か賢者たちの中であったようですね」
「え?」
ルルヤを見上げる。レガがため息をつく。
「おそらく宴を催す相談の際、六人の間で何かあったのでしょう。メイオールたちだけでなく騎士団らしき人もいました」
「仲違いが本格的になったか。レガ、できるだけ、こちらに貯蓄できるよう手配できますか」
「はい、こちらに賛同している……いえ、メイオールを疎んでいる使用人たちに数日分の食糧を確保させてます」
ルルヤは頷いてレガの腕に抱えられていた食事を受け取り、服で顔を隠す。
「では、夜に」
慌ただしくなって見守ることしかできないが、ルルヤの微笑みに頷いてカヴァネスがいる蔵書庫に向かうルルヤを見送った。
「レガ」
私が呼ぶと彼女は顔を険しくさせて、悩んでいる。
「焦っちゃ駄目だよ」
はっ、とレガは私を見た。メイオールとシルウァヌスの行動に焦りを感じて、自分も何かしなければと考えたのだ。
「協力してくれてる使用人たちには、まだ伝えられない。ううん、こっちが有利になっても知られちゃ不味い」
賢者たちには『誰が味方で誰が敵』だと疑心暗鬼になってもらわねば。
私が、この家を掌握できたとしても使用人も騎士団員も、こちらから勧誘はしない。大いに疑問を持ってもらう。
どちらがいいか、どうしようか、この状態は何か。
その為の噂だ。そうか、噂だ。もう広まっているのだ。
メルイの手腕に舌を巻く。あ、メルイのことルルヤに伝え損ねた。
「とりあえず、どうしようか。夕食の準備する?」
私とレガとマルケルとケーレスの分、と私は言う。
あれ、ガヴァネスは平気……だな。あそこに何度か通ったけれどネモレには、一度も会わなかった。
まさか、次に下りるまでの食糧を一気に運び込んでいるのか?
わかんないことは、いいや。
「レガ? あ、そうだ。これ見て、お父さんとお母さんの誕生日の贈り物。ルルヤが持ち帰ってくれたの、それでね、これで弟と会話できるんだ」
カメオを見せると、レガは、ぱちくりと目を見開いたあと笑う。
「そうです、夕食の準備をしましょう。洗濯物は他の使用人に取りに行かせますので、わたくしの傍を離れないでくださいね」
まだ調理場と貯蔵庫に人はたくさんいるとのことで、私はレガが戻ってくるまでにルルヤと話したことを告げる。
「そう、ですか、そうなんですね。ありがとうございます」
礼を言われることは何一つないのだが、レガの表情はすっきりしているし、胸のつっかえた部分がなくなったんだ。
「うん、急に騒々しくなっちゃったけどマルケルとケーレス、大丈夫かなー」
ずっと立ちっぱなしだったのに気づいて、椅子をレガに、私はベッドに座って呟く。
「何を心配しるのですか?」
わたくしの弟ですよ? とレガは自信たっぷりに笑った。
ゆっくりと太陽が傾いていく。彼らが戻る前に一人の使用人が来て、できるだけの食糧を確保したと報告に来た。
レガと互いに頷いて「わたくしも料理をしているところを見たいわ」と、その使用人に付いていく。
調理場に私がいることで他の使用人の気まずい視線が、ままあったが平気平気。何も咎めたりしないって。
レガがテキパキと使用人たちの夕食を作り上げ、こそこそと「賢者たちが争って云々」と私に聞こえないよう噂を広める。
にこにこと箱の上で待つ私は何もしない。噂って何もしなくても流行るものだもの。レガは真面目な使用人という表の顔があるから、今ここにいる使用人たちは疑心を抱えたまま、自室で食べること、何があるかわからないから、今日は自室に籠もること、とレガの言葉を信じたらしく。
一人、また一人と自分の夕食と、明日の朝食らしき袋を抱え、私に一礼してから退出していった。
最後の使用人を見届けて、私は箱の上から下りる。
「では、参りましょう」
カートの上には簡素だけれど小鍋に入ったスープに、皿いっぱいのパン。人数用の食器類を乗せて、ギィと扉を開き、ゆっくりと音が出ないよう、閉じ込めるように閉めた。
・-・・・ -・-・ -・・-- -・---
プロット『12の時-5』
噴水広場での交流でルルヤと誰か二人が見守っている姿を見かける
声をかけられないので、わかるように手をふった。
この日は六人の賢者は宴を開くという
一般の国民と自分たちは同じはずなのに
宴の前に弟に会いにいく私
拒絶されるが古代語(もう日本語でいいです)を謳う
蔵書庫の書物にあった言葉だ
弟を説得し、必ず助けると残して私は会場に戻った
お手洗いとレガに合わせてもらう
シスン・セルディル・エレブ・リナに出会う
それぞれ六人の賢者と関わりがある四人は、賢者を持ち上げる言葉を口々に言う
私は、こうして国がつくられていったのだと嘆く
四人に反発、それぞれにダメ出しをしていく
リナは反抗的
私は四人で戻らないと不審に思われると告げて
宴の席に戻っていく




