仄暗い水の底から③
推敲してません
ぱんっと手を叩いて二人に笑う。
ここにケーレスはいていけないので退出を、レガには朝食の用意をさせた。
私はベッドの中で体を動かして、手と足の動きを確かめてからドレスの準備をする。
開けて、じっくり見た。他の、特にメイオールが覗いたら何着か減っていることに気づくか。しばし考え、やめた。彼女は面倒くさいことは、もうしない。
自分で着替えると言えば手伝わないし、食事もレガに、と言えば一回とも顔を見せない。誠実なにもないではないか。
ため息をついて、どの色にしようか手探りで出しては仕舞う。どれも年代物のような気もするし新品な気もする。
ネモレを呼びつけるならば清楚な服がいいだろう。
薄水色のドレスを手に伸ばし、体に合わせる。少し丈が長い。レースがついた首元や裾は愛らしいし、ゆったりと布が広がる手元あたりが気に入った。
着替えると思っていたより、ぴったりとしたサイズで長いように見えた丈も足首までだ。まるで服が自分に合わせてくれたことに笑う。
一回転、二回転と姿見の前で踊り、スカートが綺麗に広がるのを確認した。
見た目はいい。
いつもの定位置について食事を待っていると相も変わらず乱暴なノックで、返事を待たずにドアを開けられた。
「神様、朝食をお持ちいたしました」
メイオールは得意顔で言うけれど、今日まで食事を用意してくれていたのは、レガなのだ。呆れ顔を出さない為に、ふわりと笑う。
「メイオール! 少しは休めたかしら? でも、やっぱり、メイオールがいないと寂しくなったわ……わたくしは子どもね」
「いいえ、このメイオールはわかります。神は力と共に成長していらっしゃる。お元気な姿を見るたびに、そう、親から子が巣立つ、そのような気持ちになるのです。やはり、わたくしも神に会えない日は寂しく思うのですよ」
はは、寂しいなら、あのアホみたいな別邸を壊してやりたい。
演技くさい高い声が嫌で「レガ」と呼び、食事を机に置かせた。
質素だ。いや、スープにパン一つ。今日までの食事では考えられないレガの選択に目を見張る。ああ、なるほど。
「いただきます。今日もキュイモドスが平和でありますように」
「……神よ、そのお食事は?」
よくぞ聞いてくれたメイオール。
「レガね、国民は平和の為に今日も働いているのだから、一人でも多く幸せを願う為に食事の形を変えようって言ってくれたの。魔法だけじゃだめだもの」
メイオールから見れば以前より酷い食事に見えるだろう。
そりゃそうだ。もっともっと前に言えば粥の前は、これより豪華だったし、問題の粥の後は、さらに栄養がつきそうな食事だった。
「ふふふ、そうなのですか、そうなのですか」
嬉しそうだなあ、と見上げると、大笑いしたいんだろう口を押さえながらも、目は何でも信じてしまう愚かな小娘と物語っていた。
「ああ、神は、いつも素晴らしい」
わざとらしく口からあ胸に手を置き、瞳を輝かせるメイオールに吐き気がする。「レガ、貴女も、よい働きです」
それにレガは会釈だけ返す。
本当は会釈をするだけでも嫌だ。そう顔に書いてある。数日でわかってしまう私はおかしい。きっと、とっても何も知らないから、レガに教えてもらったからわかる。彼女を傷つけているようで悲しかった。
でも、レガを殺して私は愚かな小娘を演じる。決意した日の為に。
「ね、ねえ、メイオール」
どもりながら、じっとメイオールを見上げた。
「なんでしょう」
今まで信じていた笑顔がある。
「わたくしね、ネモレに会いたいの。久しぶりに顔を見たくて、どうかしら?」
「……」
「数日だけれど、わたくしの祈りが届いたか知りたいの。ネモレは講堂にいるのよね? 今から行くわ」
メイオールの返事を待たずに椅子から降りて部屋の扉に向かう。
「きっと毎日、国民に会っているネモレならわかるはずよ」
さて、レガはどう出てくれるかな。止めるか止めないか。どれが効果的でメイオールを困らせることができるだろう。
「か、レガ!」
自分が手を伸ばせば、私に届くくせにレガを呼ぶメイオールは何を考えているのやら。考えるだけで無駄か。自分の手は汚したくないものだ。
本来ならば素早いレガの手は、緩慢でわざと手を抜いているのがわかる。ルルヤの指導を受けてたというし、本来は私に追いつけるはず。
扉に手をかけて開け放つ。
今日は天気がいい。晴れ晴れとした水色の空が私を出迎えてくれる。
「メイオール! いいわよね! 我慢できないの!」
前よりお転婆風になるかな。レガが怒られそう。
「ずっとメイオールともネモレたちとも会ってなくて」
廊下に出たところでレガではなくメイオールが、私の手を掴んだ。
「い、いけません」
「なぜ?」
「……」
焦りの顔。上手く笑顔がつくれずに歪んでいる。
講堂にネモレはいないのか、そうならば賢者たちはお互いに個々と暮らしているというわけだ。それでなければ講堂に行ってはならない事情がある。さて、どちらだろう
緩い。
そう思う。平和ボケとまではいかないが、人を舐めすぎだ。
でも、舐めてくれたおかげで三日間は、色んな意味で安全だなのだから、この愚かさに感謝せねばなるまい。
「神、よ。なぜ、ネモレ殿、に?」
「……さっきも言ったわ」
こてん、と首を傾げる。
連携がとれていない。
「講堂にいないの? こんな朝からネモレはどこに行っているのかしら?」
「いえ、ネモレ殿はいらっしゃいますよ」
ああ、情報交換をしていないのか? 憶測でものは言えないけれど。
「それにね、ネモレにお願いがあるのよ」
目を白黒させて、いや黒しかない。メイオールは息を吸い、この状況をどう打破するか考えている。私を見ていないし右左と瞳は動き、まぶたがひくひくと動いている。
「……神よ、わたくしがネモレ様にお伺いしてまいります」
戸惑いと焦りの中で放たれたレガの一言と一歩にメイオールは体を強ばらせた。レガはメイオールの傘下じゃない。メイオール付きの使用人なら、こんなにも緊張しないはず。
「お待ちなさい、レガ」
メイオールは目を見開きながら腹の底から声を出す。
とどめをさそう。
「……メイオール! なんでわたくしはネモレに会えないの!? みなで何かしているの!?」
自我の目覚めは、彼らの平和へ響く。
渾身の泣き顔をメイオールに見せる。
彼女は肩で息をし、動悸を抑えているような、感情を押し殺している。
その瞳は焦りから怒りへの変わり、私を見る目は憎たらしいと語っていた。
「神、よ。わかりました。参りましょう」
語尾が震えているのを見ていると笑いがこみ上げてくる。まだダメ、私は何もしらない神様でいなければいけない。
いつも先頭を切るのは、私だけれどメイオールが先に駆け出す。そのあとを、私とレガが追い、彼女の顔を見ることはできなかった。
おかげで、こっそり、レガと目線を合わせ頷く。そしたらレガはスカートを持ち上げて太ももまで見せる。そこには何本かのナイフが仕込まれていた。
びくりと体が固まった私にレガは、その一瞬と小さなお辞儀で答える。
そうだ、レガもルルヤに師事した一人だ。戦う方面で仕込まれている可能性はある。ううん、レガもマルケルも、何かあった時の為に自身を護るぐらいの力を身につけているんだ。今の行動は何かあっても自分が護れるというレガの言葉。
にっこりと返事をしてからメイオールの背を追いかける。
その早足は明らかに私たちを置いていこうと……苛立ちが見えた。
講堂へはすぐだし、見えてきた建物にある窓から何人かの影が見える。
もうメイオールは走っているのと同じだ。早く自分が扉を開けなければ、そんなところだろう。
「今日は神がおいでです! みなさま!」
開け放たれた扉の先には予想外に六人の賢者全員が集まってた。
メイオールの焦燥につられ、五人は顔色を変える。
「わあ、みなが元気そうで、わたくし、よかったあ」
すっと顔を出して、それぞれの顔色を窺う。やはり驚愕の顔。
「か、神よ……」
口から言葉を出したのはネモレだった。
そして、それぞれが目配せしたのがわかる。不味いことを隠す連携は目を合わせてわかるなんて、とんだ悪党だ。
「どうなされたのです」
バーネットが私に聞いて、ヴォイスがメイオールを睨みつけている。
やはり、私が来ることは予想だにしないことなのだ。
「少しネモレに聞きたいことがあって」
「わたしに、ですか」
蓄えた髭を撫でながら震え声で返事が返ってくる。
「ええ、国民の様子はどうかしら? みなの顔が見えないものだから、祈っていたのよ、この数日間。だって魔法が使えるのは、わたくしだけでしょう? この祈りが届いているならネモレが知っていると思ったの」
「……」
各々から歯ぎしりの音が聞こえそうな苦渋の顔付きに鼻で笑いたくなる。
一応、ここに集まっているということは定例会みたいな情報交換か、私の運はよかったらしい。
「賢者のみなの顔が見られなくて寂しくもあったの、ふふ、わたくしは子どもね」 小さく笑い。嬉しい表現として手で口を隠す。瞳も笑わないとっと。
重い空気に屈辱の色。メイオールと同じく五人は、どう答えるか考えている。
しかし、一番に口を開くのはネモレだ。
「ここ数日、国民たちは心丈夫でございました」
ふむ。
「ねえ、ヴォイスから見てどうかしら?」
話題を振られるとは思わなかったヴォイスは、うっと顔を強ばらせた。
「た、確かにネモレ殿、の言う通り、です」
これでバーネットに話題を振ったらどうだろう。探りを入れられていると思われるだろうか、茂みは突かないでおこう。一番の目的は、
「そうなの! よかったあ。わたくしの祈りは、ここからでも届く……でも、わたくし、国民のみんなを一目見たいと思うの」
この言葉に激怒したのはシルウァヌスだ。
「神よ! 何故です! 貴女様さえいれば民は安泰! 何故!」
「ひっ! シルウァヌス!?」
何か不味いことでもあるの? それとも大事な『用事』でもあるのか」
「あ、あ、わた、わたくし、は」
怒りを私に向けてくれたのはありがたい。これは上手く行きそうだ。
「シルウァヌス殿! 何ということを!」
後ろに控えるレガが一歩、私の背に近づいた。それと同時にバーネットが声をあげてシルウァヌスを止める。
「あ、あ、シル、ウァヌス?」
酷く傷つきました。動揺しています。神様として生きて、初めて怒鳴られた。その衝撃はすさまじい、だろう。今の私には何とも思えないけれど。
「神よ、神、シルウァヌスは貴女様に危険を冒してまで街に行くことはないと」
「え……この国に危険なことなんて」
しまった、とバーネットの顔が歪む。
ここは平和で平等な神を頂くキュイモドス。危険? そんなを『神』が知るはずはない。そうか、前に使用人共が言っていた街での『祝い』か。私の名を使い大盤振る舞いをした。そんな催しが行われたすぐに私が街に下りるのは、おかしいから止めろ、とシルウァヌスは言いたい。
そして私に知られるのもいけない。
「確かに授業で、人の心が曇る時がある、て習ったわ。だから騎士団がいる、とそんなに、そんなに国民は酷い生活をしているの? さっきネモレが、祈りが届いていると言ったことは嘘だったの?」
戸惑い、悲しみ、不安、一歩下がってレガの背を預ける。煽りすぎてもいけないけれど、今のところシルウァヌスだけが怒りを表し、他は取り繕うと必死だ。
今まで黙っていたソヨトが微笑む。一番、厄介なのはコイツだ。
「神よ、お心を乱し、申し訳ございません。外から来た者が不埒なことをしたのです。それをシルウァヌス殿は不安に思ったのです。今は大丈夫ですよ」
「た、民たちに怪我は!?」
作り話だろうが、こう言うのが正解だ。いつでも民を一途に思う神。
「ありませんでした。バーネット殿が見つけシルウァヌス殿が国から追い出しました。国人に怪我はございません」
「……そう、なの。でも心配だわ」
先ほどまでソヨトも顔色が悪かったというのに、この回転の速さ。六人の中で一番に注意するのは、やはりソヨトだ。何を考え、執着し目的がわからない。
私はぐるりと賢者たちを見渡す。居心地の悪そうなシルウァヌスとバーネット。ネモレとヴォイスは次の言葉を考えているし、メイオールに至っては五人に任せるかのように部屋の端へと移動していて口を結んでいる。
反抗的な人間はいないと判断して、私は最初の目的を口にした。
「……ねえ、ネモレ。わたくし、明日に広場へ行きたいわ」
司祭殿は目を見開く。
「そんな危険なことがあったのでしょう? みな不安なはずだわ。でも、わたくしの祈りを、きっと伝えれば安心するはずよ。ネモレ、シルウァヌス、ソヨト、ヴォイス、バーネット、メイオール、わたくしの賢者たち。明日、わたくしを、城下街に連れて行って、くれるわよね?」
私の言葉が絶対ではない。異論があれば六人は口にするし丸め込もうとする。でも、この場で重ねた応酬で反対する者がいれば、私は口にしよう。
『どうして』『何かあるの?』『わたくしに教えて』『今からでも街へ行くわ』
ふう、と誰かが心を落ち着かせる為にため息をついた。
「神よ」
答えたのは、やはりネモレだ。
「そのお気持ち、ネモレは心を打たれました。明日にでも準備致しましょう」
一番に収まりがいい返事を貰い、私は、ほっとした顔をする。
自分たちが数日、姿を見せなかったこと、知らぬところで祈りを捧げていたことに、シルウァヌスに怒鳴られたこと、バーネットの失言にソヨトの隠秘たる言葉の数々。綺麗と純粋な扱い安い精神の人形を騙す手立て、秤は私を選んだ。
私腹を肥やす為に背に腹はかえられない、と。
これで私が納得するならいいんだろう。
まだ朝だ。これから相談し合い、街に下りて布令を出し、神とどう国民たちが触れ合うか決める、かな。
「本当に?」
明日の朝、ダメでした。とは言わせない。ダメと言われたら単身でも行くと駄々をこねよう。今までなかった反応に六人はどう答えるか、少しばかり気になるところだし、実験として効果的だ。
「はい、このネモレは嘘をつきません。皆々、宜しいか」
威圧の声に賢者たちは頷いた。
「ありがとう、ネモレ。好きよ」
余計な言葉をつけると六人は、びっくりとした顔になる。
好きだなんて一回も言ってないものね。
「間違ったかしら? 前に街へ下りた時に常日頃、感謝の意味で使うと子どもたちが口にしていたのだけれど、わたくし、違うのかしら?」
六人の顔色を窺うと苦虫を噛み潰した顔、ひくついた顔、嘘の笑みを浮かべたり、必死に繕っていた。
「ああ、そのようなお言葉を頂けるとはネモレは幸せ者ですね」
最年長は一瞬の顔色から通常通りの笑みで私の礼をする。
それにつられて、他の面々も頭を下げた。
「えっえっ、いいのよ、当たり前の、ことなのよね? なんか恥ずかしくなってきたわ。メイオール、わたくし、部屋に帰ります」
もじもじと、できるだけ頬を赤くさせる。もう少し演技の練習をしなきゃ。
ぴりっと私の頭の中に何かがよぎる。
あ、ダメ。これはダメ。待って。
――きのう、エルピスを、コイツらが――
バチンッ! と大きな音をたてて床の板が割れた。
「きゃあ!」と叫んだのはメイオールだ。
私は、音が聞こえた瞬間にレガに引き寄せられ、彼女の背を見て、どんな風に事の事態、他の面々の顔を見られず、ううん、これは私がやった。
「な、なあに?」
とりあえず声を出さなければ、
「床が、板が割れたようです」
答えてくれたのはレガだ。言葉を皮切りに賢者たちがぞわぞわと何か口論のような、口早に話していたけれど「神を部屋に」というネモレの言葉を聞いたらしいレガが、私を連れて講堂から出る。
扉の前で動けなくなった私の手をレガが何度か強く握り、はっと顔をあげて、窓から見えてもレガに背を押された神様を演じた。
部屋に戻り、私は椅子ではなくてベッドに飛び込む。
レガが静かに扉の前に立っている。
「私、違うよね、魔法、使えないんだし」
「わたくしには何とも」
もう私は気づいている。私の心は、体は、ケール湖に繋がっている。
そして積み重ねられた想いが、私の体を使って放たれているのだ。
大きく息をして上から下、つま先まで体の中身を整える。
これは『魔法』じゃない。『呪い』だ。
「……賢者たちは、この後、相談することでしょう。護衛にマルケルをつけます。流石に貴女様を殺害することはない、と思いますが」
「うん、わかった」
レガには役目がある。
扉を開ける音、それに、
「起きろよ」
マルケルの声が入れ替わりに聞こえ、私はベッドから体を起こす。
「それ」
彼が持っていたのは三冊の本だった。
カヴァネスに頼み込んで蔵書庫に入り、神の成り立ちと国について学ぶ
プロット『12の時-5』
他国の違いと国の仕組みがわかってきた私
噴水広場での交流でルルヤと誰か二人が見守っている姿を見かける
声をかけられないので、わかるように手をふった。
この日は六人の賢者は宴を開くという
一般の国民と自分たちは同じはずなのに
宴の前に弟に会いにいく私
拒絶されるが古代語(もう日本語でいいです)を謳う
蔵書庫の書物にあった言葉だ
弟を説得し、必ず助けると残して私は会場に戻った
お手洗いとレガに合わせてもらう
シスン・セルディル・エレブ・リナに出会う
それぞれ六人の賢者と関わりがある四人は、賢者を持ち上げる言葉を口々に言う
私は、こうして国がつくられていったのだと嘆く
四人に反発、それぞれにダメ出しをしていく
リナは反抗的
私は四人で戻らないと不審に思われると告げて
宴の席に戻っていく




