仄暗い水の底から①
推敲してません。
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小さな弟が見つからない。
あの子は、一番酷い目にあっているのを知っていたのに、叫ぶ弟の頬を叩くことで黙らせてしまった。
夕暮れは始まったばかり、早く見つけ、神の子の元に戻らなければ味方になった意味がない。
『必ず、戻ってきます』
そうルルヤさんに言われた。
二人で信じている。あの方は必ず事を成して戻ってくる。それが神を思っての行動なのが気に食わなかったけれども、今のあの子を見ていればわかる。
ルルヤさんは、あの子とあの子の弟の為に街へ下りたんだ。確実に、どうにかあの二人の運命を変える為に、そして、この国を壊す為に。
どういう方法で壊すかはわからない。しかし〝壊す〟とあの子、少女は言う。それがどういう形であれ〝壊す〟と。
父が言う。転換期は始まっている。
体を鍛えているというのに、弟の姿が見つけられない。物音をたてずに扉を開けては閉じて、開けては閉じて、息が上がってきた。
名前を叫びたいのを我慢して走る。
誰とも会わない。ああ、なんて気持ち悪い。ルルヤさんが居た時は、まだいい方だった。使用人の大半はルルヤさんに心を寄せていたし、悪意を持つ使用人は疎みながらも、しっかりと仕事をこなしていた。
それが何だ。いなくなった途端、悪意は正常な使用人さえ泥に浸からせ、崩壊するのは、あっという間だった。
使用人を仕切っていたメイオールがアレなのだから堕落させるのは安易であろう。自分も、手招きされて抗う理由が減っていった所に〝神の世話〟を見つけた。
同時に少女を試したのは、いの一番に調理室で縮こまった弟を見つけることができ、騒動を聞けたからである。
本当に変わったのであれば、あの気持ち悪いしゃべり方、行動が違うはずだと、わざとフォークを用意しないまま食事を運んだ。そして少女は目覚めたように、所作が変わっていた。
今でも覚えている。あの心臓を揺さぶられる違和感、微笑みの中にある鋭い瞳、試したのは自分なのに試されている感覚、あの目が忘れられない。
少女は心身ともに変わっていた。まるで姿はそのままで中身を入れ替えたようで、それはマルケルと同じ感想だった。
ルルヤさんを待つ、という少女に味方をすればするほど『家』も『国』も嫌悪が高まる。中心である少女は、もっと酷いことだろう。
顔の表情が定まらず、共にいればいるほど、あの薄い朱の瞳が次々と色を変えているようで、心の中では怖かった。
少女が一人でない気がする。
最初に具合が悪くなった時、死んだかに見えたと他の使用人が言っていた。
次に着替えもさせず放って置いたと聞いた時は爽快な気分と吐き気をもよおして、自分はなんでこんな所にいるのかと心底、後悔した。
しかし、ここにいることで両親は救われる。
父も母も悪い人ではない。隣人を思い、困る人を見れば率先して助けていた。その人徳もあって少ない供給の時は、人目を避けながら食料を分けて貰い、どうにか生きながらえた。そしてルルヤさんに『家』に来ないか、と誘われたのだ。
父とルルヤさんは話し合いの末、安定した食事と住まいを得られる、ここに、自分とマルケルを呼び、賢者たちに対しては『人質』という形にし、父に制裁を下した。
今は正常に食事や必要なものは供給されているだろう。
「マルケル……」
自分の弟は賢い。こちらに来てから密かに体を鍛え、ルルヤさんに剣術などを習っていた。自分もそうしなければ、と師事をし、この気持ち悪い家の中でも耐えられる時間を作り上げた。
「……マルケル」
はあ、と体を上下させて息を整える。
『何も知らない』
確かに、あの少女は何も知らない。知らないことが多すぎた。
それは周りの大人が学びを取り上げ、人形を作り上げた結果にしかすぎない。弟も理解しているはずだが、心が許せない。
気持ちを露した時、少し気分が晴れた気がした。だけれど、走り回る内に、自分は少女に枷をつけたのではないか、と思う。
あの小さな体に重しをしけたのではないか、と。
ぐるりと見渡す。そんなに大きな家でもないのに、なぜ見つからないのか、それとも自分が駆け回っているのを見て移動しているのか、小さく「マルケル」と呟いても大切な家族は姿を見せない。
もうすぐ夕暮れと夜がやってくる。
少女の企みを他から誤魔化す為に、部屋にいなければ……。
ふと、顔を上げた。木。木登りだ。中庭、宿舎の中庭、なら裏手。
「マルケル」
大きな枝に股がり、弟は泣き止んでいた。この子も後悔している。ちゃんと、弟は反省できる子なんだから。
「降りてきて、マルケル」
言うと弟は身軽に木から降りた。
「アイツは」
「部屋にいるはずよ」
配給が減ったのはマルケルの、せいだった。弟のせいではない、密告した大人が悪いが、マルケルは自分が他の子どもたちと遊んだことで〝こう〟なったと思ってしまっている。
そしてルルヤさんを心の拠り所として一番に救われていた。
「オレ、アイツに八つ当たりしてばっかだ」
しょうがない、とは言えない。もう変わろうとする少女を責めるのは筋違いだ。
心が追いつかないだけ。体が勝手に拒否してしまう。
「アイツが知らないって顔をするたびにイライラするんだ。当たり前なのに声が、どんどん出てくる。アイツのせいじゃないのに」
ちゃんとわかっている。弟は少女のことをわかっている。
「……マルケルは間違っていない。間違っていないから」
目を伏せ、地面ばかり見る弟を抱きしめた。
少女も自分の弟を抱きしめたいだろう。
「いつか、謝んねえと」
機会はやってくるはずだ。心が落ち着き、神が少女として生きる時に、自分たちの心は剥き出しの咆哮から解き放たれる。
「戻ろう。誰か部屋に来ていたら大変よ」
「ああ」
差し出した手をマルケルは握ってくれた。十二にしては皮膚が硬い。この手は何回も剣を握り、鍛えられた証だ。
誰もいない、気配もない廊下を歩き戻る。
しかし、部屋の主はいなかった。
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家の裏手から帰ってきた私に気づいたのはマルケルだった。
自分たちの心の思いを吐き出した姉弟は、何かが変わったのか、私を見つけた時の表情は驚愕していた。
それはそうだ。部屋にいるはずの私がいなかったのだから、焦りもする。
「お前、どこいって……」
汗をかいていたマルケルは、私を見て、動きが止まった。
「とに、とにかく部屋行くぞ」
手を引かれ、中央を通らずに大回りをしてヒュプノス側から家に入る。そして、すぐさま服を脱がされた。
抵抗されないことにマルケルは、また驚いたようで包帯にしていたドレスを脱がせた後、レガを呼びに部屋から出て行く。
自分の体が自分でないようだ。視界はぼやけているし、体の節々が痛い。どうやって山を降ったのか覚えていない。出会った少女の顔も思い出せず、ただただ『おまえのせいでしんでやる』
ずっと言葉が頭の中で浮かんでいる。
私に『殺す』選択を拒否し、『殺された』を選んだエルピスの復讐、呪いは、心の底を荒らす。
「……! これは」
「裏から帰ってきたんだよ、ずっとこんなんで」
「マルケル、とりあえず、この破けているドレスは燃やして」
二人の声が聞こえる。言わなければ、エルピスのことを、今にも倒れそうな私が報告しないと、もしかしたら今日も城下街で『神様』が見つかっているかもしれない。
「わかった」
「まって」
どうにか声を出した。
二人は勢いをなくし、私を見る。
口を開いてエルピスのことを言わなければならない。今にも飲み込まれそうな心、体が傾く前にケーレスとガヴァネルに伝えないといけないのだ。
「ここ、からヒュプノス側に行くと蔵書庫、がある。ガヴァネスがいる。ケーレスにも、伝えて……エルピスのこと、呪ってやる」
目線の先のマルケルが目を見開く。
「お前、誰だ」
「……『かみさま』」
「違う! ……ずっと違和感があったんだ。いつも何も考えてませんって顔して笑って『わたくし』とか言ってるヤツが、急に『私』になって口調も変わって態度も性格も、なんかコロコロコロコロ別人みたいに」
口が勝手に動く。レガも何であんなに驚いているんだろう。
私に近づくと肩を掴み「誰だ!」とマルケルは言う。さっきよりは優しく揺さぶられ、さっきとは、なんだっけ。
「わたしは、かみさま」
「違うって! この国を壊すんだろ!」
――壊すの、見失っては駄目。私の声を聞きなさい。
「そういってる、お前だよ! 多分だけど、そっちがお前なんだ!」
マルケルが叫んでいる。そうだ、壊さないと誰かが言っている。
「呪うとか、そういうのじゃなくて、壊すんだろ! そんで弟と暮らして、新しくするって言ってたじゃんか!」
この国を、壊して新しく、弟と……。
「こっち見ろって!」
視界が揺れる。頬が痛い。今日は、ずっと痛いことばっかだ。
「マルケル……レガ……話、を聞いて、もう落ちる」
「いけません!」
レガは扉近くで警戒しながら声を出す。
「……泣くなよお、ちゃんとオレと姉ちゃんいるじゃんか」
ケーレスもいる。ガヴァネスもいる。
大事な弟が私にはいる。
痛い頬に何かが流れた。それは私なのか誰かなのかわからない。もしかしたら、
エルピスかもしれない。
「明日でいいから、落ちるな! お前はお前だ!」
それ、ガヴァネスにも言われた。
「神様、止めるんだろ! 弟と暮らすんだろ!」
「……うん」
暮らしたい、弟と。それには賢者たちをどうにかしないといけない。味方を作り、国を壊すんだ。こんな腐った国を無くすんだ。
「壊すんだ、私の『神様』の為に」
糸が切れたように、私の体は重力に従ってマルケルの胸の中に飛び込む。手も足も動かない。それがわかっているみたいで、マルケルは私を持ち上げると寝台へと移る。
「レガ、着替え」
出て来た言葉に周囲を警戒していたレガが反応した。
「マルケル、外を」
「わかった」
姉弟が交代し、レガが私の体を受け止め服を脱がす。深緑のドレスが無残にも床に落ち、私はレガに抱きかかえられる形で薄着一枚のままベッドの中に入る。
この方が誰かが来た時に言い訳しやすい。具合が悪くなりました、と。
「マルケル、誰か来た?」
「足音しねえから平気だと思う」
二人の声が遠い。意識が遠のいていく。
「話せますか? 明日の方が」
レガが私の顔を覗き込んだ。綺麗な顔が汗をかき、焦燥感に満ちあふれている。「抜け出して、ごめん」
「そんなんいいから!」
「マルケル、静かにして!」
話さないと。そう、確認しないと。
「昨日、街から、誰か、連れて、こられ、た?」
それにレガがマルケルを見た。マルケルは横に首を振り、
「見ていません。確かに昨日、賢者たちは街へ行きました。わたくしも同行していますが、街の誰かを連れてきた様子はありません」
うん、と頷く。そうだ、連れて来られたなら、あの小屋にいるはずだ。
「よかった。つた、えて」
「先ほどのガヴァネスという方にですか」
「ケーレスにも、でもガヴァ……ネスのこと、は」
「ガヴァネス様がいることをケーレス様に伝えない」
それに頷く。どうにか言葉を拾うレガは真剣に聞いてくれる。
私は口を開く。二人は傷つくだろう。この世界を嫌っている二人は、さらに傷つき憎悪するだろう。
「ゆっくりでかまいませんから」
部屋を出て行った先のこと、メイオールの別邸の場所、分かれ道、小屋と使徒のこと、エルピスという少女のこと、そして、
「あの子を、助けないで」
重くなる瞳に従って目をつむる。レガとマルケルの声がする。
「助けちゃ、だめなの」
もう手遅れだ。これからガヴァネスを頼ろうともケーレスに頼ろうとも、何もかも腐った根っこを引き抜くことはできない。
「おねがい、ふたりに」
伝えて。この惨状を、忌まわしい悪習を。ごめんね、辛いことさせてごめんね。
とぷり、と水の中に意識が落ちる。
これは誰の記憶だろう。エルピスかな、落ちていく体は笑っていた。
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その子どもは確かな意思を持ち、その眼差しは誠実そのものだ。ルルヤを思い出す。
震える声で伝えられたこと〝使徒〟
ぼくの知る限り、そのような悪行、いや人の道を外れた行為を隠匿していたなど、現役であったなら魔法を駆使してネモレたちを殺していた。
熱くなる体、強ばる顔を理性で押し込む。
今、あの少女に語った通り、裸体となって蔵書庫から出てもいい。
そのくらいの感情が蠢いていた。
「きみは」
「オレはマルケルっていいます。アイツがガヴァネスに伝えろって」
「そうか」
急を要する。まだ猶予があると、あの子は思っていたのだろう。それが根底から覆された。
「ガヴァネス、さんは、このことを」
首を振る。
マルケルは唇を噛み、必死に耐えている。よく躾けられた子だ。
「……ルルヤさんを知っていますか」
少年から零れた言葉に驚いたものの、ぼくは返す。
「もちろん、ぼくが家庭教師時代にお世話になった」
「このこと、使徒のこと、ルルヤさんは知って、いると思いますか」
声を出すたびにマルケルの声は震えていた。彼も聞かされた事実に整理がついていない。語られたことを、ただ、ぼくに言いに来ただけだ。
それは、あの子の「助けて」と同じ。
「知っていたら、あの人は、きみが思っていることと同じことをしただろうね」
マルケルはルルヤ殿の弟子なのだろうか。体付きや手を見ると鍛えている。服装から騎士見習いとは違う。
「マルケル、話を戻してしまうが、最後、眠りにつく瞬間のあの子はいつもの、きみが感じる子だったかい?」
投げかけた言葉に、バッとマルケルは顔をあげる。
「やっぱり! やっぱり、ガヴァネスさんもそう見えるんだな! アイツ、たまにおかしくなるんだ、別人みたいに、この頃、色んな服を着出したりしてから、どんどん変に」
興奮しだした彼に手を掲げ、待ったをかける。
「……確証のないことは言いたくない。だが、マルケル、あの子が完全に違う人間になった時、ぼくに教えてくれ」
もう、本来の目的を忘れたあの子になれば何が起こるかわからない。なぜなら彼女の中身は違うものになっているからだ。そしたら背を押したぼくは責任をとる。
「わかった。なあ、アンタのことケーレスさんにも教えないってなんだ?」
「ケーレスは、ぼくが死んだと思って……それはあの子に言ってないはずだ」
本能的に察知したのか、ケーレスを信用できなかったのか。
「え」
「気にしないでくれ。少し待っていなさい」
立ち上がり、ぼくは本を探す。頼りない光を増やすために手を掲げて光らせる。それを見たのかマルケルは「なんだ」と言うのが聞こえた。
全て、国の成り立ちや他国の歴史についての本を数冊選ぶ。これ以上、あの子がここに来ることは危険だ。
「マルケル、これを」
「これは?」
「歴史の本だ。きみが隠し持っていれば賢者どもには気づかれないだろう。あの子が起きて、きみが傍にいる時だけ読むといい。あの子の部屋では、いつメイオールが調べるかわからないからね」
「わかった」
後悔も反省も自覚できる思慮深い子だ。言いつけを護ってくれるだろう。
「読み終わったら、またおいで。なぜ魔法が一般人にも行使できるようになるかはケーレスも知っている。そっちに聞きなさい」
ついつい、生徒の言い聞かす言葉になってしまう。あの子といいマルケルといい、この代は優秀な子がいるのだろう。それ故、エルピスという少女と同等の子が存在する可能性が高い。
早急に片を付けなければ。
「状況が動いたら、今後ぼくの所には、マルケル、きみがおいで。あの子には、今は動かず言葉で動き、そろそろ馬鹿のふりを再開させてくれ。この三日間、賢者たちは動きを見せなかったが噴水広場などの公務時近くは六人ともなにかと敏感になるからね」
「わかった」
マルケルは両手で本を持って頷いた。
まだ聞きたいことがあるだろうに、それを我慢して、ぼくをしっかりと見ている。そして悩む。
「マルケル、この蔵書庫の上を登った所に、弟くんがいるのは知っているかい」
「一応、聞いてる」
「あの子は、来られなくなる。いや、待てよ……マルケル、あの子は今、眠っているのだったかな」
「はい」
眠る前に別人になりかけたあの子の精神は酷く不安定なはずだ。眠り起きた時に〝乗っ取られて〟いたら意味がない。
もう夜だ。
「オレにできることならなんでもやります。夜目も利きます。だから、お願いします」
杞憂。彼を見ていると二文字が浮かぶ。
「試しだ。マルケル、上に言って弟くんにこう言いたまえ」
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オレは三つの分厚い、本というものを抱えながら坂道を登る。
この先にアイツの弟がいる。事情は聞いているし、オレのことを信じてくれるかわからない。でもガヴァネスさんの言うことができれば、アイツがおかしくならない、かもしれない。
宙に浮かんだものを掴むには、そこに届くまで踏み台を築き上げないといけない。飛び跳ねても人を踏み台にしたとして、そのモノは欲しかったモノとは違う形をしているかもしれない。
それは宙を見ては、それに必要な訓練を自覚し、それを反復することで目標というものは達成される。
ルルヤさんが、よく言っていたことだ。
オレが欲しかったモノは〝自由〟
手に入れる為には途方もない道程だと言われたけれど、やらずにはいれなかった。でないとオレは、ずっと流されたまま間違っているを言えないまま終わる。
例え、道半ばの望みでも抗えないまま終えるのは嫌だった。
この本というものが中々に重い。いい体力作りになりそうだなんて現実逃避してしまう。そんなことを考えながら走っていれば、弟がいる木の扉が見えた。
正面から左に目をやると、確かに牢窓がある。
そろそろと近づくと中に人の気配を感じ、オレは座り、声をかけた。
なんてカビ臭い場所だ。こんな所にコイツはいたのか。
「おい、アイツの弟、だな?」
気配が大きくなる。それは恐怖、威嚇、殺意に近い。誰だよ、長年、閉じ込められていたから大人しいとか言ったの。立派に人間やってるじゃんか。
コイツが本物の『神様』
「聞けよ、オレはアイツの、お前の姉ちゃんの仲間だ」
気配が弱まる。黙っている所をみると警戒は解かれていない。
「信じらんねえのはわかる。マルケルって言えばいいか? オレのこと聞いてるんだろ、多分。今、お前の姉ちゃんが大変なんだよ」
ザリッと擦れる音がした。
「そのまま聞け。お前の姉ちゃん、倒れたんだ。そんで起きた時、お前の姉ちゃんじゃなくなってる、可能性があるらしい」
ガヴァネスさんと話したことだ。もしかしたら大丈夫かもしれない。でも、しれないを解ければ、この不安も収まる。
「よくわかんねえかもしれないけど、ガヴァネスさんが言うには広場で魔法を使う要領で、お前の姉ちゃんが作った石の道を導に寝ているアイツの意識に潜り込んで引っ張れって、オレもよくわかんねえけど」
ザリ、ザリと音がする。月明かりで窓の下に誰かがいる。
「えっとな、アイツ夜でも来れるって言ったけど、もう無理なんだ」
「……うん、ねさ、は、けが、した」
「してねえよ。でも、意識っていうか、自分? てのが曖昧になってる……教えられただけだから、家族の、ちゃんとアイツを知ってるお前が寝てるアイツに接触すれば別人にならないかもしれないって」
石の道ってわかるか? と聞くと「うん」と返事がくる。
意外にしゃべれるのか? いや、今日までアイツが散々話しかけていたんだ。言葉を取り戻していてもおかしくない。
「オレもこれから帰るから、石とオレの気配を辿って魔法を飛ばしてくれ。ずっとお前とアイツで『神様』やってきたんだ」
できるだろ?
ジャラジャラと音をたてて気配は奥に引っ込んでいく。
オレは〝できる〟と判断して窓牢から離れると、振り向いて帰り道の闇を、じっと見た。
光る石とやらはアイツでないと反応しない、はずだった。
「……は?」
薄らと青白い光が地面を舐めるように右、左、右と線を作っている。
これが今代の神の力。
オレは走る。この導を辿れば最短で戻れる。一気に蔵書庫まで来ると左手に、ぼんやりとした光が見えた。
降りてきた道を見上げたら、その道の光は消えている。石を追っているのかオレを追っているのか。消える前に走る、走る、走って、びっくりするほど早く『家』に辿り着いた。
あっという間だ。何も気にしないで走りきってしまったが、警戒として周囲の気配を探るが、なんの気配もない。小さな鈴虫が鳴いているだけで人の気配もなかった。
そう思うと、ずっと閉じ込められてるって感じていたアイツは、どんな風に感じたんだろう。
オレは、ぶんぶんと顔を振って歩く。もうここまで来たら平気だ。
慎重に歩いて行けばアイツの部屋に明かりが灯っている。姉ちゃんがいるんだ。
いつも開けっ放しの窓から様子を窺う。うん、姉ちゃんしかいない。
「姉ちゃん」
「マルケル」
そっと扉を開ける。
「会えた?」
「うん」
弟のヤツはついてきただろうか。ベッドに眠るアイツの表情は変わらない。
姉ちゃんの顔は、少しやつれたように見える。この数日でオレたちの世界は大きく動いた。それは望んでいたことなのに、どこか他人事で薄ら寒い。
「早く、起きろよ」
小さく呟いて、怪しまれない為に本を抱えて部屋を後にした。
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プロット
カヴァネスに頼み込んで蔵書庫に入り、神の成り立ちと国について学ぶ
そこら辺はケーレスが詳しいと言われた
カヴァネスは「そろそろ馬鹿のふりをしとけ」と言われる
六人の賢者は己の痴態を知られれば、自分の財産の為に私を殺すという
替え玉をつくっても弟がいれば平気なのだ
どうにかしないと悩む私は、もっと味方をつくらなければいけないと思い始める
プロット『12の時-5』
他国の違いと国の仕組みがわかってきた私
噴水広場での交流でルルヤと誰か二人が見守っている姿を見かける
声をかけられないので、わかるように手をふった。
この日は六人の賢者は宴を開くという
一般の国民と自分たちは同じはずなのに
宴の前に弟に会いにいく私
拒絶されるが古代語(もう日本語でいいです)を謳う
蔵書庫の書物にあった言葉だ
弟を説得し、必ず助けると残して私は会場に戻った
お手洗いとレガに合わせてもらう
シスン・セルディル・エレブ・リナに出会う
それぞれ六人の賢者と関わりがある四人は、賢者を持ち上げる言葉を口々に言う
私は、こうして国がつくられていったのだと嘆く
四人に反発、それぞれにダメ出しをしていく
リナは反抗的
私は四人で戻らないと不審に思われると告げて
宴の席に戻っていく




