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カナリアの国⑤

推敲してません。プロットってなんですかね。

 緑がある道を歩く。隣には肌色の、ちゃんとした道があった。

 自分の歳と背に感謝をしたい。していたけれども家を出て数分は誰ともすれ違いもしない。遠くで声が聞こえた時は、とっさに身を潜めてやり過ごしたけれども、その声の主がこちらに来ることはなかった。

 確か家からオネイロス側へ真っ直ぐ行くと騎士の館に着く。

「……!」

 一本道が別れている。

 目の前の道は騎士の館に、右は何だろう。左もある。それ以外にも草を踏みならした跡があるし、想像していたよりオネイロス側は厄介かもしれない。

 今はわかるのは騎士シルウァヌスとメイオールが、こちらにいること、もし騎士たちとの関係を考えるのであれば上か下か……。

「はあ、遊びたかったのに、メイオール様の家、行きたかったなあ」

「今は駄目よお、あのお気に入りさんがいるもの」

 運良く洗濯番の二人が下の道、ゆるやかな坂を歩くのが見える。

〝お気に入りさん〟

――なんて、なんてことを!

 私は唇を噛みしめて、井戸は右側、メイオールの家もそちらなら遊ぶ人間は、そちらに行く、と頭の地図を更新して左を見た。

 オネイロス側だけに賢者の別宅があるとは思えない。

 使用人たちを見届けてから私は左の道を歩いた。弟に会いに行くみたいで別の意味で鼓動が鳴り響く。そして次には右と左に別れた路に出る。

 またか、と左右を見て道路をじっと見つめた。

 騎士たちは甲冑を着ているから、その重さで足跡がついていてもおかしくない。

 予想通り、右からの靴跡は大きく、そして凹み、何人もの足跡を見つけた。なら左を見ていると足跡がない。

「……右は騎士たち」

 左にあるのはなんだろう。他の賢者の家か? どちらにせよ、安全そうなのは左だった。右手の道についてはレガたちに詮索してもらうとして、私は左の道を歩く。

 何の足跡もないのだから、何もないかもしれない。足跡を残さない為に草の間を進み、できるだけ枝や草の根を踏まないようにする。めざとい人は気づいてしまうかもしれないし、こちらの道だけ使ってない、とは言い切れなかった。

 ふう、とため息をつく。どうも坂を登っているみたいで、感覚的には家の裏手の山、中腹より上だろうか、モーロス河の音は聞こえない。しかし着た道を引き返している感覚はあるし、もうそろそろモーロス河の音も聞こえてくるかもしれないと足を進めた。

 この先には何があるのだろう……。ここまでくると年老いたネモレの別宅があるとは思えない。バーネットもそうだ。ヴォイスなどもってのほかだし、今まで使ってこなかった足が悲鳴をあげそうになる。

「あ」

 モーロス河の水音が聞こえる。

 斜めに登り、ちょうど家の真後ろに来られたんだ。

 水を飲もうと足を速めると私の右手にちらりと何かが映り込む。

 木製の小屋。外に薪があり、屋根には煙突らしいものがある。

 河を求める心よりも速く身を伏せた。

 自分の隣を見れば、まだ成らされた道があるし、ここまで誰かがくるのはあり得ることで、少し油断してしまったことを心で叱る。

 小屋は、今いる場所より、もう少し登ったあたりにあった。本当に簡素な作りで人一人しか住めないんじゃないかと思うほど、ほどほどに古く、ほどほどに小さく何度か直されているみたいで、ところどころの木壁の色が違う。

 私は、そろりと草道を抜けて小屋へ向かった。その間に道らしきものが見えて、夢中で歩いていたせいで見落としていたのかと肩を落とす。

 人の気配はあるか? 誰かいるか? 使われているのか?

 そんなことを考えながら近づき、観察する。

 扉に小窓がついていて、他に窓はない。外からつける鍵もなく普通の小屋であることに私は、ぱちくりと目を瞬く。

「なんだろう」

 家の周りを一周してから扉に手をかける。

「どなた!?」

 ぐんっと内臓が押し上げられるかのように体が脈を打つ。

 下手をした、と逃げようと踵を返すと、

「待って! あなたも〝使徒〟なの!?」

 走りかけた体を止めたせいで後ろに倒れそうになるのを我慢した。そのせいで、ふわりとかぶっていた布が落ちる。

 心の中で舌打ちをした。

「かみ、さま……? 神様、ですよね!」

 ガコン、と何かが地に落ちた音が聞こえる。

 振り向いた先には少女が一人、満面の笑みで私を見ていた。

 麻色の髪に深い青の瞳、それに合わせた空色を濃くしたようなワンピース、体格からして私と同じか下、可憐な子が胸の前で手を組み合わせ、さらに瞳を輝かせる。

「なぜこちらに! 今日の夜だとお聞きしていたのですが!」

 興奮して止まらないのか、その大きい声を抑える為に私は彼女の口を塞いだ。

「んっ!」

「落ち着いて、ね」

 彼女の声からこぼれた、使徒、夜について聞かなければならない。私の心は冷めていたのか、私の瞳を見た彼女は、ゆっくりと息をしてから、こくりと頷いてくれた。

「ごめんなさい、大丈夫?」

「はい、神様」

 返事は返ってきたけれど、まだ興奮がおさまらないようで呼吸の間隔は短く、頬は上気したままだ。

「えっと、貴女の名前を聞いてもいいかしら」

「あっ、そ、そうですよね、わたし、エルピス、と申します」

「こんにちは、エルピス」

「はいっ!」

 エルピスの足下にはモーロスから汲んできたであろう桶と零れた水が地面を濡らしている。

 とりあえず貼り付けた『神様』の笑顔でエルピスに微笑み頭の中を回す。

 使徒と夜。

 私は間違えないように慎重に口にする。

「使徒、でなくてごめんなさい」

 それの言葉にエルピスの笑顔が消えて、顔の色がみるみる青ざめていく。

「いっいえ! 神様を使徒と間違えるなど申し訳ございませんっ!」

「エ、エルピス、声を、声を小さくして、わたくし、内緒で来ているの」

 自分の手で口を押さえ、エルピスは頭を勢いよく下げる。

「突然、来てごめんなさい、賢者たちには内緒なの、小屋の裏手でお話したいのだけれど」

 こくこく、と頷くエルピスを連れて薄暗い小屋の後ろに移動する。

「もう大丈夫よ」

 エルピスは安心して口の拘束を外し、そのまま胸を撫でた。

「ネモレ様には夕食後と言われていて、こんなに早くお目にかかれるなんて」

 鼓動を慈しむかのようにエルピスの肩が揺れ、潤んだ瞳が私を見る。

 どうしよう。彼女は使徒、そしてまるで今日の夜にでも会うと決められている言葉の数々に私はエルピスに見られないよう目を細めた。

「あの、神様、どうしてこちらに?」

「……恥ずかしいわ、エルピス、わたくしね……こうやって『家』の周りを探検するのが好きなの……木々たちの声や草花を見るのが好きで、たまに一人で、こんなことを、しているの」

 どう聞き出そうか。

「ふふ、神様も探検をなさるのですね」

 とても嬉しそうに私の言葉を肯定するエルピスを見て、私は心が重くなってきたのを感じた。

「さきほど、エルピスは私のことを〝使徒〟と口にしたけれど……ここに……他の方もいらっしゃるのかしら」

 間違えないように彼女の顔を窺いながら尋ねるとエルピスは少女らしい微笑みで言う。

「いえ、今は私だけです。前はピトスさんという男の人と一緒に暮らしていて、ピトスさんが先に、あのお元気ですか? わたし、いっぱいお世話になったんです」

 男性。彼女の物言いだと彼が私の傍にいるような口ぶりで、迷ったあげく嘘はつかないことにした。変に答えても、あとあと捻れるだけだ。

「まだ、お会いしたことはないわ。ネモレが知っていると思うのだけれど」

 それにエルピスは首を傾げる。

「ネモレ様は、使徒なるものは神様の傍に仕えると聞いていたのですが」

「……いつもネモレに任せっきりなものだから」

 納得がいったのか、いってないのか、エルピスは考え込んで、

「ピトスさん、ネモレ様と一緒なのかな」と呟く。その顔は少し不安の色を浮き出させた。

 こんな山奥で一人で住まわせているなんて尋常じゃない。使徒についてもっと聞かないといけない。その糸口を手探りで探す。

「エルピスは……使徒、なのよね」

「はい! わたしの力は弱いですが、神様のお役に立てればと両親と一緒にネモレ様にお話したら〝使徒〟という神様にお仕えする光栄な役があると導いてくださり、神様にお会いするまで、ここで修業をしておりました」

 エルピスは手を前にかざすと、風もないのに草が揺れる。

「神様と同じ魔法です! あ、ごめんなさい、神様のお力に比べて、ぜんぜんなのに」

 はしゃいじゃった……。と恥ずかしそうに俯く。

『魔法』が使える。この子は魔法が使えるんだ。ケーレスも使えたのだから不思議じゃない。でも、どうして使徒なんて言葉を使って彼女をここに住まわせているのか。

 ざわり、と肌が震える。魔法が使える人を〝使徒〟と呼び、私の力になる。

 それは『嘘』だ。どうする。私は一回足ともエルピスが言う使徒に会ったことがない。ずっと傍にいたのはメイオールと家庭教師のケーレスだけだ。

「今夜、なのね」

「はい! そうネモレ様は、昨日こちらにいらして明日……いえ、今日の夜に神様とお会いする予定です。でも、ふふ、神様の探検で見つかっちゃいました」

 どうしよう。どうしよう、どうしよう!

 エルピスははにかむ笑顔で私を見る。これは、この子は、殺されてしまう。

「……なんで、ネモレに魔法の力がある、と言ったの?」

 私の言葉に覆い被さったのは驚きとエルピスの純粋な声だ。

「当たり前です! ここは神様がいる、えっといらっしゃる国なのですから、神を想い、日々を感謝し、神からの施しで生きているんです。魔法が使えた日、すぐにネモネ様を尋ねました、だって神様をお支えする六人の賢者である司祭ネモレ様は、ほんの一握りですが、突然、魔法が使えるようになる特別な人がいる、といつも言ってました! その時はすぐにネモレ様にお伝えしなければいけないんです……えへへ、わたしが特別になれるなんて、神様にお仕えできるだなんて、両親も嬉しそうに見送ってくれました!」

 少女は手で頬を押さえて嬉しい、嬉しいと心の底から思い、言葉を紡いでいる。それが叶わないことを私は、知ってしまった。

 本当のことを言う? 助ける? だめ、どっちも、だめだ……。

 エルピスは、今日、死んでしまう。

 まだ猶予があれば、どうにかできたかもしれない。いいや、今の私じゃどうにもできない。小さい彼女を囲うことも、この国から逃がすこともできない。

 何よりエルピスは信じている。心の底から私に仕えることができるのだ、と。

「……神様?」

 目が熱い、頭が痛い、熱い水が頬を濡らす、溢れてくるのを止められない。

「神様! どうしたの、じゃない、どうなさったのですか!」

「エルピス」

 伸びてきた手は、おろおろと迷い、どうするか悩んでいた。

 もう、だめだ。ごめんなさい、エルピス、私はあなたに出会うべきじゃなかった。最後に未来を見せてしまった。

「ごめんなさい、エルピス、ごめん、ごめんね、エルピス」

「ど、どうし、あ、わたし、わたしなにか、えっと」

 止まらない。涙も熱くなる体も、耳の奥が痛い、我慢ができない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 私は伸ばされた手を握る。握っても結果は変わらない。握り締めて頭を下げ、額を擦りつけた。言葉は自然と喉から飛び出し、終わる気配がしない。

「か、神様! え、え、わたし、どうし、かみさま、どうしよう」

 同じくらいの歳で、多分、私たち双子より、ただただ遅く見つけられた魔法使い、いいや『神様』のエルピス。彼女が私たちより早く見つかっていれば彼女が神様になっていたかもしれない。

 魔法なんて呪い、神様という呪いがエルピスを殺してしまう。

――ああ、神様なんて馬鹿げてる。

「エルピス、エルピス……」

「はいっ、はい、神様、どう」

 顔を上げて彼女を見た。戸惑い、焦り、くるくると表情が変わり、両親を思い、この国を思い、信じていたものを私は壊す。

「ごめんなさい、エルピス」

「神様、なんで謝っているの? わたし、なにしちゃった?」

 目の前に普通の少女がいる。ただ少しだけ魔法が使えるだけの少女エルピス。

 私は、嘘をつけない。もう出会った時点で、話を聞いた時点で私がすることは、ただ一つしかない。

「私の周りに使徒なんていないの」

「え」

 エルピスは固まった。

「……おそらく、あなたの両親は殺されてる」

「え?」

「私はピトスを知らない」

「……」

 彼女の口が笑みのまま固まり、瞳は大きく見開かれていく。

「魔法は神様という存在以外、もってはいけないの」

「どう、して」

 手から伝わる振動が強くなっていく。

「魔法を使える神様は特別だから。この国は『唯一魔法が使える神様』の国」

 私の涙は止まった。

「神様以外が魔法を使えるなんてだめ」

 この国は、そういう風にできている。

 エルピスは「あ」と声を出した。

「父さん、母さん、は」

「あなたが魔法を使えるのを知っているから殺されてると思う」

「ぴっぴとすさん……」

 首を振った。

「よる……」

「あなたは、ネモレに殺され、いいえ六人の賢者に殺されてしまう」

 私の周りに魔法を使えると言う人間はいないの。

 ガヴァネスとケーレスが隠しているのが証拠だった。

「本当はね、探検じゃないの。私は、弟と暮らす為に悪行を働いてると聞いた賢者たちを調べてた」

 そして、私はエルピスと出会ってしまった。

「わたし、しぬ、ころさ、え、なんで」

 彼女は青ざめた顔の先、色をなくした顔がゆっくりと俯いていく。

 私の心は凪いでいた。

「死ぬんですか、わたし」

 次に見たエルピスの顔は歪みに歪み、痛いくらいに手を握られる。

「なんで! なんでですか! 神と一緒の魔法です! ただ魔法が! 使えるようになっただけで! 殺されるってなんなの!」

 少女は咆哮する。

「おかしい! ネモレ様の言ってたこと、嘘だっていうの!? ねえ! なんで! なんで!? 母さんも父さんも殺されてるって、なに!? なんなの! ねえ!」

 手を離され、肩を掴まれて揺さぶられる。今日で二回目だ。

「おかしいでしょ! ねえ! ねえ!」

 私は、どんな顔をしていただろう。エルピスは崩れ落ちた。

「……なんで」

「……エルピス」

「にげれないの?」

「エルピス、私のために死んで」

「なにそれ」

「私は、まだ六人の賢者の操り人形でいないといけないの。だから、あなたを逃がせない」

「は?」

「私が賢者たちに対して疑問を持ったのは一昨日から」

「あなたからネモレ様たちに言ってよ!」

「私は、この国を変える為に調べてた。そして偶然、あなたに会った。私は突如、魔法が使える人間を〝使徒〟として、ここに住まわせていたのを知らなかった」

 そして、殺されていることを知らなかった。

「ふざけないで! ふざけないでよ!」

「ふざけてないよ、ピトスも、前に住んでたかもしれない人も、前も前も、みんな、私やネモレたちを信じて『魔法が使えるようになった』と告げた人たちは死んでる。だって、ここは唯一魔法が使える神が治める国だから」

「……なんで……なんで、教えたのよお!」

 エルピスは私を引っ張り、地面へ引きずり倒した。馬乗りになって私の肩を掴む。

 彼女の目には銀色の髪が乱れ、冷たい顔をした自分が写っている。

「知ってたら! 知ってたら、こんなことしなかった!」

「エルピス、もう遅い。私のために死んで」

「ふざっ、ふざけんな! なんで死なないといけないの!」

 がつんと頭を打った。

「なんで……なんで……なんでえ……父さん、母さん」

 希望を持っていた顔を絶望に突き落とし、怒りで真っ赤に染まったエルピスの顔は別人のようだった。

「あか、ちゃんも、しんじゃった、の?」

 私の頬に水が落ちる。

「わたしの、かあさん、おなか」

 ああ、そうなんだ。

「そう」

「なんで、しなないと、いけないのぉ」

 エルピスは縮こまり、私の胸に顔を押しつけた。

「さっき言ったとおりだよ。教えたのはネモレたちに殺される時、私に会っただなんて言わせたくない為。そういえばモーロスから水、汲んでたね。突き落として殺そうかな」

 力がなくなったエルピスを押しのけて彼女の腕を握って立たせる。すんなりと立ったエルピスは呆然し、引っ張る私に一歩二歩三歩と続いて足を止めた。

「い、いやっいやいやいやああああ」

「叫んでも誰も来ないよ」

「死にたくない!」

「逃げれたとして、両親もいないのにどうするの」

「あっ、はぁっはぁっしにたくないよお」

 引っ張る私を拒み、必死にエルピスは足で踏みとどまる。

 涙で、ぐちゃぐちゃになった瞳は「たすけて」と言っていた。

 その瞳に、私は答えない。

「どう、どうにか」

「無理だって、さっきも言ったよね? ここにいても、逃げても……例えば私を殺してもエルピスは死ぬんだ」

 力が緩み、私は小屋の表に戻ると、そのままだった桶を手にとりエルピスをモーロス河に連れて行く。

「私は、死ぬ気はない。このおかしくて馬鹿でどうしようもない国を壊す。私は神様だから。できればエルピスには賢者たちに殺されてほしいけど、夜まで怖くて逃げちゃいそうだから私が殺すよ」

 ただ少しだけ魔法が使える少女は、私の言葉を聞いてうずくまったようで引っ張れない。

「どうにもならない?」

「どうにもならない」

「どうにかできないの?」

「どうもできないよ」

 エルピスの腕は離さない。

「こわい」

「……」

「いや」

「……」

「しにたくないよお」

 小さい嗚咽が響く。もうすぐ夜が近い。

 私はエルピスを立たせる為に引っ張る。エルピスは私を引っ張り「いやだ」と体で言う。

「だから、あやまってたの」

 嗚咽の中から振り絞られた言葉に、私は彼女の腕を思いっきり引っ張る。

「あやまってた、の? わたしを殺さないと、いけないから」

 私の心臓の音も、頭の中も、とても静かだ。

「違う、エルピスと会ったことで、神様の私はたくさんの人を殺してきたと知ったから。だから泣いて、泣いたあとにエルピスを見殺しにするって決めた」

「……神様、て、なに?」

 私は振り返った。

「……エルピスに会ってわかったよ。神様は、ただの道具。誰かが楽になる為だけ、言い訳ができるおもちゃだよ」

 エルピスは立ち上がると私に腕を引かれてモーロスまでやってきた。緩やかな河と言えどケール湖に近く、水の勢いは強い。

 私は手ごろな石を探す。水で死ぬのと頭を打って死ぬのと、どちらが早く死ねるだろうか、そんなことを考えて、あたりを見渡した。

「なにしてるの」

「エルピス、溺れて死ぬか頭打って気絶してから死ぬか、どっちがいい?」

「どっちもいやだよ」

「そうだよね。私、夜までには帰らないといけないから、私が選んでいいよね」

「やだ」

「じゃあ、どうするの? 逃げる? ネモレたちに私のこと言いに行く? どっちにしたって死ぬけど。家には私の仲間がいるし、復讐にはならないね」

「……」

 とても卑怯なことに、私はエルピスの顔を一度見たっきり見ないようにしていた。決心は揺るがない。けれども、彼女の顔を見る勇気がない。

「母さんたち、死んでるんだよね。ピトスさんも、ピトスさんが言ってた前の人も」

「うん」

 私が知ってるのはピトスという男性を見たことがないという死の決定。両親の死亡は魔法の有無を知ったことによる〝はず〟だから、本当は、違うかもしれない。

 そういずれにせよ、エルピスは死ぬしかない。

「にげたい」

「ここから? 頼れる人いるの?」

「わかんない」

「だったら、ここで死になよ。関所には警護隊いるし、山の中に逃げたって看守がいて剣でばっさりだよ」

 両手で持ち上げて、一気に頭を潰せそうな石を見つけ、私は桶を手放した。

「ていうか、私はエルピスを逃がさないから。もう会っちゃったし」

 私が殺そう。もう私の心は、それでいっぱいだった。私はエルピスよりも弟を選んで国を壊すことを選ぶ。私のせいでエルピスは死ぬ。

「……どこで、しぬの?」

「え」

 振り向いてしまい、エルピスの顔を見てしまった。泣き疲れて光をたたえない瞳、擦れた声と唇、乱れた髪は、最初に出会った顔の記憶が消える。

「どこでしぬの」

「知らない、言ったじゃん、今日はじめて知ったって」

「ピトスさんが連れて行かれた時、ケール湖で禊ぎをしてからだって聞こえた」

「じゃあ、ケール湖じゃない?」

 もう抵抗する気も失せたエルピスの腕を離した。エルピスは離してもだらりと腕を落とし日が急速に沈む中、佇んでいた。顔にかかる影が重く黒く色づいていく。

――ケール湖だ。

 ぴくりと私は石に伸ばした手を止める。

――ケール湖には私たちがいる。

 声が、聞こえた。

「あの、神様が死んだ時はケール湖に沈めるって本当かな」

――ええ。

「禊ぎとか、するとき、とか、ネモレは、そう言ってた、けど」

――エルピス。かわいそうな子。

 声が。

「なら、ケール湖で、死にたい。あそこはどうなってるの」

「どうって」

――湖の中心へ歩きなさい。

「ちゅう、しんにむかう、とちゅう、あしがつかなく、なって」

――苦しませない、わたしが苦しませない。

「いっしゅん、で」

 エルピスは私を、しっかりと見た。

「死ぬんだ」

 そして、小さく笑う。

「わたし、小屋に戻る」

 小さい口が動き、くるりと踵を返して小さな背が小屋に向かう。

「待ってよ! 私が」

「……」

 エルピスの口が動き、ぱくぱくとしてから私に問う。

「そういえば、神様の名前ってなに?」

「……名前なんか、ない」

――そう、それでいいわ、エルピス。

「はは、さようなら、人殺しの神様。わたしはあんたなんかに殺させない。わたしは賢者たちに殺されてやる。神様(おまえ)のせいで死んでやる」

 そう言ったエルピスの顔は歪みきり、歪んだ笑み、歪んだ言葉、人の命を軽くさせる神様、人を殺させる神様、色々浮かんでは消えていく言葉たちに声をつけられないまま、私はエルピスの背を見送るしかなかった。

 私は追いかけることもせず、エルピスを殺せないまま立ち尽くす。

「かえらなきゃ」

 桶が、からんと音をたてた。足先で蹴ってしまったらしい。

 葡萄酒色のドレスを破ってつくった布で頭を覆い、手足に巻いたドレスを見た。夜に溶ける色になり、夜の帳が下りる。

「かえらないと」

 みんな焦っているかもしれない。

「かえらないと」

 そう、私にはやらなきゃいけないことがあるんだから、エルピスのことはしょうがない、どうにもできないんだ。

 私が馬鹿で愚鈍で無知で今まで何も疑わず、椅子に座っているだけの何も見ていなかった人形で、きっと今この国で一番の異物であり悪、

「壊さなきゃ」

 全部。

 

プロット

メイオールが仕事でいない間、神は家を探索しはじめる

噂などに聞き耳をたて情報を収集しながら

六人の賢者がどういう生活をしているのかを知る

疑問は増えた私は、どうにか蔵書庫のように遠くへいけないかと模索する

レガとの出会い

協力の申し出に家から出る際はレガが取り計らってもらえることになった

なぜならメイオールは使用人という立場から外れ豪遊三昧をし、男共の侍らしていたからだ

そして神の使徒たる人たちがいることを知った


レガが階級が下の騎士団に掛け合ってメイオールが常に私を監視できないようにする

オネイロス側山中を探す私は小屋を見つける

小屋には少女がいた。魔法を顕現したことにより両親が家に差し出したのだ

本物の神をみる少女は喜び、城下街やルルヤの話を持ち出す

会いに来たのはお忍びだと伝えて六人が何をするか見守ることにした

次の日、少女はもういなくなっていた

レガから聞くと六人の賢者が少女をケール湖に連れて行ったらしい

間引きを見る私。ベッドにこもり、終わり

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