1:出会いは唐突である
B〇展開ではないのでご安心を。
今、僕、フェニオス(仮)・アルジェントの目の前が薄暗くなっている。
……理由?
それは、……とってもしっかりした胸板に、眼前をふさがれているからだ!!
事の起こりは何時もの昼下がり。麗らかな陽射しが春の訪れを告げている。
(……紫外線が増えてきてるかもしれないな)
手のひらを使って陽射しを遮りつつ顔を上げて、瞳に刺すような光の粒子とその元になっている太陽を確認する。直接見たら悪い事は分かっているので、直視は避けた。それでも眩しさにすぐ視線を落とした。自分の影がくっきりと足下に焼き付いている……。
ここは中央国の学び舎の一つ、中央学園南高等科。
東、西、南に配された学舎ごとにそれぞれ小中高一貫の学園が配されている。
北には中央国近衛学園があり、唯一王族など高貴たる方々の学び舎として名をはせ、庶民も通うこの学園より豪華な校舎が遥かに広い敷地に鎮座している……らしい。
「実質関係ない所なんて、興味ない」というのが本音なので、本当に近衛学園が大理石ふんだんに使われた白亜の学び舎かどうかなんて知ったことではなかった。
「ここのようなのんびりとできる学園が性に合っているってね」と独り言ちながら持ち込んだ実技書を広げながら伸びをした。
ちなみにフェニオス(仮)が今いる場所は学び舎の屋上である。
通常は立ち入り禁止区域だから校則違反であるものの、一昔さながらの不良がたむろするような世界でもないので、一人で物思いにふけったり、本を読んだりするのにいつも利用して居るとっておきの場所だ。
進学早々図書室のベランダの脇に小さな梯子代わりの取っ手が屋根上まで伸びているのを発見して、滅多に人が来ない事もあり(ベランダ下はすぐに森が広がっている)早速校則違反を慣行、結果今に至る。
「さてと」
フェニオス(仮)は持ってきた本を所定のページで開いて下に置くと、その前に自分も胡坐をかいて座りこむ。制服上着のポケットから小さな宝石を数個取り出した。
宝石と言っても、家の手伝いなどで貯めた資金で買えるのは、せいぜい半貴石の代物だ。
それでも吟味して選んだ品だし、贔屓のお店『ラッキー☆ストーン』の店主は信用できる目利きだ(店名については言及をさけるけど)。
負けてもらって何とか手に入れたライトグリーンの石を指先で摘まんで陽に当てる。
新緑の葉っぱ色の石がキラキラと煌めいて思わず微笑んでしまう。
「うまく行くといいけど……」
今から行おうとしているのは、魔術の一つ。
ようは魔力を物に付加させていざという時の助けにする為のものだ。
この世界ではどのような物にも付加魔術は適応できるが、いかせん相性がある。そして当然ながら誰にでも出来る芸当ではない。
フェニオス(仮)は宝石になら魔力付加を出来る宝石魔術の才能があった。ただし家族以外には内緒である。
魔術を使うにはそれなりの登録が必要となり、そういった専用の場所で学ぶことを義務付けられていた。
父親は薬草を使った薬屋を営んでいて、少しだけ魔力を持っている。それはちゃんと登録もしているし、薬作りに役立てられてもいる。だから魔力を持って生まれてもさして不思議ではなかったのだが……。
いかせん、事情が事情だ。
「この子に魔術を使わせたらいけないよ~。そんなことすると、……さっさと死んじゃうかも、しれないよ~」
光線の具合で七色に煌めく白銀の長い髪を揺らしながら。
自身は最高の魔法使いだと言い放つ不穏な軽い口調の男は。
虹色の虹彩を煌めかせながら、産まれたばかりの双子を抱える両親に、予言の一つのように告げたのだという。
「……あの野郎!」
フェニオス(仮)はふと、そんな男を思い出して苦虫をかみ潰したような表情を浮かべる。
そう。
子供の時からふらりと姿を現しては、「この方法を教えてあげよう~」と軽口で。
自分に魔術の基礎を教えていたくせに!!
つまり、フェニオス(仮)の魔術の師匠はこの自称最高の魔法使い、アルフ・メルン・ギドスなのだ。
「でも人前では絶対、ぜ~~ったい! 使える事を見せては、い・け・な・い・よ~~~」
そう言って「二人だけの、秘密」って指切りしたなぁ。
……なんであいつ、指切りげんまん知ってたんだ? 仲間か?
今世で変人に生れ変ったのだとしたら、ご愁傷様だ。
ため息をついてから、頭を軽く横に振って気合を入れなおすと、今しようとしていることに集中する。
この世界には見えるもの、見えざるものが同時に存在している。
見えるものは物質として触れるし、誰にでも手にすることが出来るのは当然だろう。
しかし見えざるものは、純粋なエネルギーであると言える。それはこの世界を覆いつくすほど存在しているにも関わらず、利用出来る方法は僅か。
それが魔術であり魔法である。
魔術と魔法の定義はぶっちゃけて言えば。
魔術とは───能力を持つものなら感じ取れる見えざる無限のエネルギー(僕は勝手に『マナ』と呼んでいるけれど)、それを何かしらの現象として利用する方法を術式として形に表したものを利用することの総称だ。
魔術にもいろいろな方向に枝分かれしている。少なくとも今僕がしようとしているのは基本的な魔術だということ。高等になるといくつもの変化を加えることの出来る術式にして、より緻密な制御や魔術道具や礼装などが必要になってくる。
ちなみに、魔法使いはサイキッカーと言ってもいいようなものだ。術式や道具など無くてもマナを使って現象を起こせる存在の事を言う。法則を自然と理解でき使いこなせるらしい。
白いあれが魔法使いというのも胡散臭いが、実際突然現れて消えるのは当たり前だし、何もない所から簡単に物を出せるなど御茶の子さいさいだったから……認めたくないけどな!
細かい系統の話は追々ということで。
フェニオス(仮)は深呼吸を数回繰り返し、自分の中にマナを取り込める状態に集中をしていく。
───意識を自分の胸の所に集める!
そうすると、瞑った瞳には淡い光の塊がドンドン大きくなって目の前に固まってくるのが見えてくる。
ここで、自分なりの方法で魔力に方向性を与える必要がある。
例えば光の力をまとめてライトのように使える懐中電灯代わりの付加宝石も作るとするなら、透明な水晶に集めた魔力を付加させる時「ライト」という言葉を発現のキーワードとして設定しつつ、太陽光のイメージ、月光のイメージ、蝋燭やランプのイメージ。そういった『ライト』という石に欲しい明かりのイメージを定着させなくてはいけないのだ。その為の集中。
石の色などのイメージも影響力を持つ。
今回フェニオス(仮)が付加しようとしているのは回復の魔力である。発動させると簡単な怪我なら治療できる宝石を持てるようになる。
「やっぱり発動の言葉は『ヒール』かな? 王道のファンタジー世界では一番ポピュラーだったし……」
人によっては色のイメージが違うとは思うが、フェニオス(仮)にとっては緑色系統が回復に繋がる色だった。健康を司る大天使がその色のエネルギーをまとっていると信じていた。
いずれはエメラルドを手に入れて最高の回復魔法を付けさせたいなぁと思っている。輝石の大きさも重要になるけれども。
マナの光が大分落ち着いてキラキラと一定の間隔で瞬いているように感じる。そろそろ大丈夫と確信して、両手の平に捧げるように黄緑色のペリドットの石を光に近づける。
頭の中に今度は先ほど参考にしていた本に記述されていた魔方陣を思い浮かべる。
これは先人が残してくれた定着に使える術式に形を与えた物なのだ。呪文などを唱えなくてもマナの方向性を1つに纏めるのを手助けしてくれる。忘れても本を見ればすむので大助かりだ。呪符にして持ち歩いても大丈夫だし、魔方陣を作ってくれた人様々だと本当に感謝しか浮かばない。
魔法陣を思い浮かべ続ける。すると技術書の中に描かれていた魔法陣が微かに光を帯び始め、集めたマナとペリドットを包み込むように広がり一定の大きさで止まると、マナの力に呼応するように瞬きだした。
気合を入れるようにクッと息を込める。
ペリドットの中に、傷をいやす薬のような暖かな癒しの想い、オーラを包み込むような感じでマナを変換し注ぎ込む。凝縮されていく緑の癒しの力をまとったマナが、数個のペリドットの中に吸い込まれそして溶け込んでいく……。
「ふぅ……」
フェニオス(仮)は軽く息を吐くと、次には達成感ににんまりと微笑む。
確認するために一個ずつ摘まんで目の前に掲げては、石の中をジッと凝視する。薄黄緑色の宝石の真ん中で、キラキラ渦巻くような光のうねりを見て取れた。これはちゃんとマナが石の中に付加出来た証拠でもある。もっとも、発動した時にちゃんと癒しとしての効果をどれだけ発揮出来るのかは、実際検証してみなければ分からないのだが。
こういう時、ちゃんと魔術学校に通って実地検証を繰り返せれば自分に自信も持てるし、どこまでの能力があるかも把握できたのに!?
白のあいつは適当にしか教えてくれなかったし、「いつかちゃんと、ね~」と言ってはぐらかしてばかりだったし。
せっかく出来た魔術石をすぐに使ってみたいと思うのは誰にでも分かる事だろう。でも慣れない魔術を使う事はかなりの疲労を伴う、案の定というかフェニオス(仮)も例文にもれず意識が少し朦朧としてきた。眩暈がしたので慌てて宝石を制服のポケットにしまう。
思った以上にだるくなってしまった体は、伸びをするようにダラリと前のめりになる。そういえば前の体は固くって前屈姿勢もあまり維持できなかったうえ、伸ばした両足にも頭がほとんど近づかない事を息子に馬鹿にされたものだ。
(若かった頃はちゃんとこんな風にできたんだよ)
そういえばこの年頃だったかぁ、まだもう少しだけ関節が柔かったのは……と感慨深げに思っていると、何やら校舎外下の方がざわついている。
過去から現実に意識を戻されたなぁと思いつつ、頭を上げようとしたけれど疲労がかなり回っているのかそれさえも面倒になる。起き上がるのを諦めていっそ寝転んでしまうと、フェニオス(仮)は聞き耳を立ててみた。
いつもは人もほとんど寄り付かない森側から数人の声が聞こえてくる。
「そっちにいないか?」
「いや、見当たらないぞ!」
「もし校舎敷地内に入ったら大変だ」
慌てた声で確認を取り合いながら枝や草をガサガサ振り分けた大きな音を立てている。森の中には無害な小型魔獣を飼っている場所があって、当番で餌やりなどもあったから、大方結界から逃がしてしまって慌てて戻しに来たのだろうと合点がいった。もっともそんな簡単に結界から魔獣が抜け出せるほどザルなわけないとも思うんだけど……。
当番は高等科の三年生が担当だから、自分より一つ先輩の失態となる。関わらない方が身のためだと感じてそのまま目を閉じた。まだ頭の奥がグルグルしている。早く治ってくれないと午後の授業に遅れてしまうなぁとフェニオス(仮)が思い始めた頃。
「本当に見たことない奴だったのか?」
「あぁ、いつもの奴らに混ざって餌食ってやがった」
「見た目すごい綺麗だったし小さかったから捕まえてやろうと思ったのに」
「すばしっこくて逃げられたんだ」
「足に怪我してたからそんな遠くには行ってないと思うんだけど」
…………。
それって、飼っている魔獣でない種類のが紛れ込んでいて、それを捕獲しようとして逃げられたってこと?
何より彼らは気が付いてないのかな?
結界が張られている場所にいつの間にか侵入していて、そこからまた簡単に抜け出せるほどの能力を、つまりは魔力を持ったモノが学園内に侵入していた事実。
────。
それって、やばくね?
フェニオス(仮)がいい加減起きようと横向きから仰向けになった瞬間!
瞼越しにも眩しい光を感じていた視界が徐々に薄暗くなり、ザッと軽く何かがすぐ傍に落ちたような音と気配が自分を覆った。驚いて瞳をパッチリと開いてみれば……。
どう見ても人の、しかも男性の胸板と思われるモノが、はだけた白いシャツの隙間から覗いているのが、視界いっぱいを覆っている事に。
フェニオス(仮)の思考は停止してしまったのだった……。
更新は今の所不定期です。すみません。