夢と詰み
『いい加減にしなさい利夫!』
久しぶりに見た夢は、母の夢だった。
俺が家出をした日の夢だった。
勝手に大学を辞めて家に籠って小説ばかり書いていた俺に対して、涙ながらに怒鳴った母の顔は今でも覚えている。
その言葉を皮切りに激しい言論となり、兄貴や親父も加わり、最終的には俺が殴られた。
その日の内にパソコンと僅かな所持金を持って実家から逃げ出すように出ていき、今の生活を続けている。
時折、仲の良い兄貴から両親の心境報告などが送られてくるが、俺は見てみぬふりをして無視し続けた。
今スマホがあったら「俺、今異世界にいるんだ」なんて言うことも報告できるのだが、こっちから連絡をとろうとは思っていない。
あんな別れ方をしたのだから、なかなか帰れないのが人の……いや、俺の悪いクセなのだろう。
心の内ではラノベ作家となり、有名になったら実家に戻ろうという古くさい考えを持っていたが、今のご時世、俺の作品は評価されることが少なくなっている。
僅かなブックマーク登録者数や閲覧数で大喜びしている間抜けには、とうてい叶うはずもない夢なのだ……
ゆっくりと目を覚ました俺は、あくびをしながら上体を起こす。
場所は……アパートの部屋ではなく、異世界の兵舎の部屋だった。
そして思う、俺は本当に異世界に来ちまったんだなと……
深くため息をついてベッドからおり、用を済ませるべく部屋を出る。
すると、ちょうど廊下を歩いていたミカと出くわした。
「あっ、おはようごさいます、せんぱい! 今日ははやいんっすね!」
「あぁ、昨日は早めに寝たからな」
ミカが明るい笑顔で挨拶をしたら、自然とこちらも元気が出てきた気がした。
ミカと挨拶してから便所へと向かい、スッキリしたところで空腹感を感じるようになった。
衛兵の食事スタイルとしては、基本的には外食が殆どだが、たまにミカが料理を振る舞ってくれるのだ。
だが今日はミカは料理をやる気がなかったらしく、先程の彼女の手に可愛らしいがま口の財布が握られていた。
俺は部屋に戻り、衛兵の服装に着替えてから荷物とサーベルを持って兵舎を出た。
先に外に出て朝市をうろうろしていたミカと、自然な形で共に行動する事にした。
「いや~、今日は若干朝市のテンションが低いっすね~」
「大方、昨日の話が噂として広がってんだろ。ゴシップが大好きな連中だからな」
「昨日の? ……ミミミミカは知らないっすよ!? 何も口にしてないっすよ!?」
この狼狽えようで怪しさ満載だが、忠犬のような性格のミカはそう簡単に約束を違えるようなことはしないと、誰よりもこの俺がわかっている。
……ただまぁ、この口調と天性のドジに関しては完全にノータッチだ。
『作者権限』の力で産み出したはいいが、こうなるとは思っても見なかったので、誰よりもこの俺が驚いている。
「安心しろ。お前がやってないことはわかっている。心配すんな」
「せんぱい……ありがとうっす! あっ、あれ食べましょうせんぱい!」
ショボくれていたミカだったが、ちょっと励ましたくらいで簡単に元気が出た。
ホント犬だな。
買い食いしながら朝食とパトロールをしていると、自然とギルドの通りに出た。
普段なら朝早くからダンジョンに潜ろうとする冒険者が、ギルド内で売られているポーション類や武器等を求めて、朝市並の賑わいを見せるのだが、今日は様子が違っていた。
その原因が、ギルド前に張られた掲示板の紙に書かれていた内容だ。
要約すると、『第5階層に変異種の大ムカデが発生。暫くの間、冒険者のダンジョン攻略を禁止する』とのことだ。
「ほぇ~、これじゃあ冒険者さんが稼げないっすね。とんだ大騒動になっちゃったっすね」
「あ、あぁ、そうだな……」
ノリで『作者権限』で産み出してしまったバケモノが、まさかこんな風に表沙汰になるとは思わなかった。
せいぜいラスボスポジションになれば良いなぁなんて思っていたが、とんだ形であらわになった。
(……待てよ? こいつを何とかしないと、シェルの物語が始まらないんじゃないか?)
……ヤベェ、積んだ。
何とかしないと……あっ、そうだ、『作者権限』で全部リセットするか!
そう思った俺はこっそりと物陰に隠れ、『作者権限』を発動させる。
すると、ウィンドウにメッセージが書かれていた。
『物語が正常にセーブされました。リセットを行う際、本日の午前0時からとなります。予めご了承下さい』
「なん……だと……」
早速やらかしてしまった……
『作者権限』がなんでもできると思い込んでしまった俺の落ち度だ……
だが、まだ諦めないぞ!
『突如として発生した変異種の大ムカデだったが、その命は唐突に終わりを告げ、息絶えたのだった。』
「これでどうだ!」
俺はエンターキーを押すと、ウィンドウが赤くなり、大きく『ERROR』というメッセージが表示された。
くそ、既存のキャラを急に殺すことは出来ないか……
「……マジでどうしよう」
俺は深くため息をついた。