かつての失敗とエリュナ
シェル・ブレイド。
俺の初期作品の『コルテスダンジョン』の主人公である。
彼の設定としては冒険者に憧れる村の青年で、性格は勇敢だが気弱。
剣の腕はそこそこ強く、魔法を覚えているが日常生活で使うような低級のものしか覚えていない、いわゆる普通の人だ。
そんな彼は村の皆の反対を押しきり、冒険者となるためにこの街にやって来て、三人の仲間と共にダンジョンを攻略していく、という物語だ。
(見た目も声も、俺がイメージしていたのと同じなのに、なんで名前が違うんだ?)
この作品で出会った彼は、自らを『シェル・ランバート』と名乗っていた。
もちろんランバートなんて言う名前は聞いたこともないし、後々の作品にも登場させていない。
随分と前の作品なので、多少の記憶違いがあると思うが、さすがに自分の思い描いたキャラクターの名前を間違えるほどバカではない。
(きっと何かの間違いだろう? 何だかモヤモヤするから『作者権限』で名前変更してみるか)
『作者権限』を発動させ、シェルの名前を変更しようとする。
しかし、エンターキーを押すと画面に大きく『ERROR』と表示され、発動しなかった。
(名前変更が出来ないのか? ……ちっ、しゃあねぇな)
俺は頭を乱暴に掻き扉を閉めた。
部屋に戻ろうとすると、スタコラとミカがやって来た。
「ただいま戻ったっす! 何だかせんぱいにペナルティ与えるって言ってたっす!」
「ペナルティ? ……あぁ、パトロールしてこいってか?」
「そうっす! 自分もせんぱいの監視で付いていくっす!」
やれやれ、ようやくここで休めると思ったが、すぐに仕事とは。
まぁ仕方ないし、まだまだ調べることもたくさんある。
「しゃあねぇな、ミカ行くぞ。途中で転ぶんじゃないぞ」
「子供扱いしないでほしいっす~!」
俺は一旦部屋に戻り、準備をしてからミカと共に兵舎を出た。
手抜きのモブキャラという点を除けば街は結構な賑わいを見せていた。
店で買い物する客がいたり、店先に並んでいるアイテムを吟味する冒険者もいたり、昼間っから飲んだくれている大人もいたり……まさにザ・異世界って感じの街並みだった。
(たまにちゃんと目があるキャラがいるが、どれも女性キャラだけだな。 ……そういや、当時の俺って女性キャラが多い方がいいんじゃないかって思ってたっけ?)
記憶を便りに女性キャラを見てみると、少なからず主人公のシェルが関わりのある店のキャラクターばかりだった。
ようやくちゃんとした男性キャラもいたが、武器屋のおっちゃんや酒場のマスターだったりと、主要人物だった。
(そういや、確かギルドに行ったシェルは、最初にギルドの前で先輩冒険者に絡まれる筈だが……)
これからの展開を思い出しながらギルドまでパトロールしていると、早速怒声が聞こえた。
「あぁ? 聞こえねぇなぁ? 今なんつった小僧!」
「だ、だから、弱い者いじめは止めろって言ったんだ!」
おっ、どうやら物語通りに話が進んでいるようだな。
俺とミカは急いでギルドに向かうと、シェルが怪我をしている冒険者の少女を庇っているところだった。
そしてシェルとその少女を囲むように立っている四人組の冒険者。
確か冒険者達の名前は……無かった筈だ。
普通のモブと同じキャラ、というかテンプレート要因で登場させただけのパッと出の噛ませ犬だ。
そんな彼らはシェルに対して敵意を向けていた。
「はわわわわっ! せせせせんぱい! どどどうしましょう!」
「落ち着けバカ娘。こういうときこそ目を詰むって深呼吸だ」
「し、深呼吸ですね! わかりました!」
パニクっていると『~っす!』って出ないんだなこいつ。
さてと、隣でミカが深呼吸している間に『作者権限』を発動させてっと。
本来ならシェルはここであの冒険者達から袋叩きにされ、後々『最弱のルーキー』という不名誉な通り名が出回ってしまう。
そうなった瞬間、もう後々の物語が行き詰まってしまう。
この作品が最後まで完結しなかった理由の一つだ。
だからこそ、そんな最悪の未来を阻止するために俺が動かなくてはならない。
この場をなんとか出来そうなのは……彼女かな?
本来の登場はまだ後だが、この際仕方ない。
『複数の冒険者相手に立ち回りをするシェル。そんな彼の前に一人の女性が現れた。彼女は『エリュナ・クローゼ』。人呼んで『風切り』と呼ばれた女剣士だ。』
ほい、これでエンターキーっと。
俺がキーを押すと、画面は消えた。
すると新たな声が上がった。
「貴様たち、そこで何をしている!」
「なっ!」
「や、やべぇ! 『風切り』だ!」
狼狽える四人組の冒険者の背後にあるギルドの中から、一人の女性が現れた。
どうやらあれがエリュナ・クローゼだろう。
青と白の軽装の鎧を身に纏い、腰に二本の剣を携えているエリュナがシェルと冒険者達の間に入ると、冒険者の方を向いた。
こちらからはエリュナ表情は見えないが、四人組の冒険者達は皆怯えた表情を浮かべていた。
「こ、これはエリュナ様。ど、どうなさいまい……」
「聞こえなかったか? 何をしていると」
四人組のリーダー格の男がエリュナの話しかけると、エリュナは目にも止まらぬ速さで腰の剣をリーダー格の男に突きつけた。
「いや、その、えっと……す、すみませんでした~!」
エリュナの威圧に負けたリーダー格の男が逃げ出すと、他の三人も後を追うように逃げていった。
「ふぅ、ただでさえうちの評判が悪いというのに……立てるか、君たち?」
「えっ? あっ、はい」
剣を鞘に納めたエリュナはシェルと少女に手を差し出した。
シェル達はその手を掴んで立ち上がると、ほぼ同時に礼を述べた。
「助けていただきありがとうございます!」
「エリュナ様、それにお兄さん。ありがとうございます!」
「いいってことです。お二人が無事ならそれ十分です」
二人の礼にやや嬉しそうにたじろぐエリュナ。
(あれ、おかしいな? イメージとしてはツンツン女王様だったのに……何かの間違いか? ……まぁいいか、なんとか切り抜けられた)
その後何かを話し合っていた三人はギルドへと入っていった。
「うん、これで収まったな。ミカ、もう深呼吸はいいぞ」
「すぅ~……はぁ~……よし行くっすよ! ってあれれ? もう終わったんすか?」
「おう、お前が深呼吸している間にな」
「なんと!」
ともあれ以前の俺の失敗の一つをなんとか解決した俺は、ミカと共にパトロールを再開した。