作者権限と後輩
コルテスダンジョン。
その昔、突如として出現したそのダンジョンは人々に恐怖と高揚を与えた。
いつしかそのダンジョンに挑むものが日に日に増えていき、現在でも数多くの冒険者がダンジョンへ挑んでいる。
この作品の主人公、シェル・ブレイドはダンジョンの冒険に心踊らせ、仲間たちと共に成長していく物語である。
しかし、この作品は途中で切り上げてしまい完結せずに終わってしまった、いわゆる最初の失敗作である。
(まさか、嘘だと思ってた異世界転移が本当にあったなんてな……ただ、なぜ俺の書いた作品の世界なんだ?)
俺は今、ダンジョンから地上へと上がっている最中だった。
カイル達『銀の左腕』のパーティーと途中まで一緒に行動していたが、彼らはまだ探索するようなので別行動することにした。
(てか、本当に無事に地上に戻れんのか? こちとらまともに喧嘩したことの無い一般人だぞ? 襲われたら一発でアウトだろ)
カイル達が言うには、ここはダンジョンの第5階層なのでモンスターが現れても比較的楽に倒せるらしい。
一応俺は衛兵ってことになっており、腰にサーベルとくさりかたびらを着ているが、あのムカデと出会ったら一貫の終わりだろ。
(それにしても、さっきの『作者権限』とかってやつ……なんだったんだ?)
この異世界……いや、作品に来て発現した『作者権限』という能力。
訳もわからずメモ帳がわりに使ってみたら『銀の左腕』のパーティーがピンチになってしまった。
この考察から、どうやら俺は直接この作品に干渉できるようだ。
ただ、たまたま偶然が重なっただけかと思われる部分があるので能力を改めて確認してみることにするか。
とはいえ下手なことを書いてしまうと、今度は俺が危険な目にあってしまう。
ここは慎重に……何て書こうか?
(何でもできそうな能力だが、下手したらこの作品の世界観を壊しかねない。ゴールも何もわからない以上変なことは書けないから……)
……うん、それならこれがいいかな。
後々の事を考えるとこう書いた方が都合が良いだろう。
「作者権限、発動」
俺はそう呟くと目の前に投影型のキーボードが現れ、慣れた手つきでキーボードを打ち込んだ。
『ダンジョン第5階層の階段前でブラドの後輩、ミカ・ダイヤが半泣きで待っていた。』
これでよし。
多少無理矢理なキャラクターの追加だが、後付け設定だと思えばいいし、あくまでも『作者権限』の能力の確認なので、出てこなくても問題はない。
……まぁ、俺の好みのタイプをイメージして書いてみたから、実際に起こってほしいという気持ちは強いが……
しばらく薄暗いダンジョンを歩いていると、誰かのすすり泣く声が聞こえた。
その声が聞こえる方に向かうと、両手でサーベルを持った衛兵がガタガタ震えながら辺りを警戒していた。
「せせせせせせんば~い! どどどこですか~! ミカはここにいるっす~!」
……どうやら『作者権限』の力は本物のようだな。
コルテスダンジョンの作品でもミカというキャラクターは登場させていない、いわゆるオリジナルキャラクターだ。
そんな彼女がサーベルを構えながらオロオロしており、何度も鼻を啜っていた。
「うぅぅ……せんぱぁい……どこ行っちゃったんすかぁ……」
(はぁ、何だか見ていて辛くなってきた。早く安心させてやろう)
俺は頭を掻きながらミカの前に出る。
俺の姿を見つけたミカはぐちゃぐちゃの顔をさらに涙でぐちゃぐちゃにしながら俺に向かって走ってきた。
「せんぱぁ~い!」
ミカは抱きついて涙で汚れた顔を俺に押し付けてきた。
「心配したんすよ、せんぱい! 昨日一緒に飲んでミカが酔いつぶれている間にどっかいっちゃうんすから、めちゃめちゃ心ぼそかったっすよ~!」
駄々をこねる子供のように泣きついてくるミカの頭を撫で、すまないとボツりと呟いた。
「わ、悪かったな。酔っ払ってここまで来ちまったようなんだ」
苦し紛れの言い訳を絞り出すように言うと、落ち着いたミカが俺の顔を見上げた。
「そうだったんですか……せんぱいは相変わらずですね。酔っ払ったら何するかわからないっすからね」
俺はそんな設定なのか……
とにかく誤魔化すことはできたようだ。
その後俺は、ようやく泣き止んだミカと共に地上へと向かって足を進めた。
その道中、衛兵としての役割を確認するのだが、俺はミカの上司……というか教育係ということになっているので、教育を兼ねて衛兵がなんたるかをミカに復唱させてみた。
「えっと、衛兵の主な仕事は、街の警護やトラブルの解決、税金の徴収や要人の警備、ダンジョンで倒れた冒険者の救助です」
へぇ、衛兵って色々な事をやるんだな。
そんな細かい設定をつけた覚えはないが、なかなかに大変な仕事だと理解する。
……まぁ、アルバイトリーダーと比べるとこっちな方がやりがいがあると思う。
「とはいえ、ダンジョンでの救助は結構大変で、下手すると衛兵までもやられてしまうっす。それゆえに衛兵になるにはそれなりの実力がないとできない職業っす! ミカ、衛兵になれて本当によかったっす!」
「そうだな。概ね合格だ」
ミカの頭をポンポンと撫でると、小動物のように気持ち良さそうに目を細めた。
しかし、文章で言うと数行でちらっとしか出てこないような衛兵に細かい設定が出ていたとはな。
新たなインスピレーションが浮かびそうだな。
第4階層、3階層と順調に戻っていくと、突如として俺達の前にゴブリンの群れが現れた。
(ここに来て戦闘イベントかよ……俺、戦えるかな……)
そんなことを思っていると、ミカが自信満々に胸を叩いた。
「ここはミカにどーんとお任せくださいっす!」
「危なくなったら手助けするからな」
「わっかりましたっす!」
ミカはそう言ってサーベルを構え、ゴブリンの群れに突撃した。
さてさて、どうなることやら……
数分後。
「せんぱぁい! 助けてほしいっす~!」
順調に倒していって、あと数匹と言うところでドジが発生し、ピンチになったミカ。
具体的に言うと、ゴブリンに装備を取られ犯されそうになっていた。
いわゆるゴブリン姦というやつだ。
俺としてはエロシーンに突入しても良いが、ミカは俺の理想の女性像なので、助けることにした。
『作者権限』を発動し、ゴブリンを退け……いや、ここはこれでやってみるか。
『ミカを助けるべくサーベルを構えたブラド。彼から放たれた剣撃により、ゴブリンは全滅した』
そうキーボードに打ち込んで、腰のサーベルを構える。
すると体が勝手に動きだしゴブリンどもの首を一瞬のうちに切り落としたのだ。
これには俺もビックリだ。
(『作者権限』って、俺にも影響を与えるのかよ……とんだチートだな)
かっこよくサーベルを鞘に納め、ミカを助けあげる。
「慢心した結果だな。最後まで気を抜くんじゃないぞ」
「は、はいっす! ミカ、ずっとせんぱいに付いていくっす!」
本当にいい後輩だな。