トグロとミカ
『作者権限』を発動した直後にトグロが現れた。
その事実に俺は驚きを隠せなかった。
「ぜ、全体! 戦闘開始っ!」
部隊の先頭でそのような号令が聞こえると、冒険者達はおどおどしながらもそれぞれ戦闘準備に取りかかる。
俺たちも念のため抜剣してトグロに備える。
(一体どういうことだ? トグロと出会うのは斥候部隊と合流の後のはずだが……)
俺は改めて『作者権限』を発動し文字を打ち込もうとした。
しかし、ウィンドウ画面にとある表記がされていた。
『個体名トグロの自立を確認しました。これ以降、個体名トグロに対しての『作者権限』は発動いたしません。ご了承下さい、血吸ブラド様』
トグロが……自立した?
それってつまり、進化して知能がついたってことか?
どうしてこうなったのか真意は分からないが、トグロはもう『作者権限』でどうこうできる存在ではなくなったことは確かだった。
(まさかこんな事になるとはな……自重した方がいいよな……)
「せんぱい! トグロが見えてきたっす! ボサッとしてるといけないっす!」
ミカの声ではっと我に帰り、サーベルを強く握る。
遠目からでもトグロの姿が明らかになってきた。
ただ大きいだけのムカデという言葉では足りないくらいのデカさで、もはや竜そのものだった。
足の一本一本が大木のように太く、黒光りする外殻は怪しくひかり、顎がまるでノコギリのようになっていた。
まさか破壊光線一つ与えただけでここまで成長するとは思わなかった。
今更ながらに自分の無計画さがこんなにも憎く思ったことはなかった。
トグロは体の節々からパキパキと音を鳴らしながらこちらの様子を見ていた。
これをチャンスと思った先頭集団は一斉にトグロに向かって攻撃を開始した。
格闘術、剣、魔法、飛び道具、あらゆる攻撃がトグロを襲うが、トグロはまるで何事もなかったように冒険者一人一人を見ていた。
その姿はまるで誰かを探しているようだった。
トグロが攻撃を気にせず冒険者達を見ていると、俺と目が合った。
その瞬間、俺はなにかを感じ取った。
敵対……と言うかは、尊敬の感じだった。
(なんなんだ、この感じは?)
トグロは今度は俺の隣にいるミカの方に目を向けると、雰囲気ががらりと変わった。
先程まで感じなかった殺気である。
直後、トグロは動き出した。
やや広めの通路の壁や天井を這いながら一直線に俺達の所へ向かってきた。
「せんぱい、戦闘許可を!」
「許可する! 全力でやれ!」
俺がそうミカに伝えると、ミカは真っ向からトグロに向かって走り出した。
ミカの戦闘スタイルとしてはどこかの流派の武術である。
曰く、その拳は岩をも砕き鋼を通す……らしい(本人談なので信憑性ゼロである)。
「たぁ!」
勢いの無さそうな掛け声と共にトグロの顔めがけて飛び蹴りを放つミカ。
トグロはそれを避けようともせず、真っ向から受け止めた。
激しい衝撃が辺りを走り、しばらくの間ミカとトグロは互いに押し合っていた。
競り合いに勝ったのは以外や以外、ミカだった。
飛び蹴りを放った足とは反対の足でトグロの顎を目掛けて蹴りあげたのだ。
「隙ありっすよ!」
顎を蹴りあげたことにより露になったトグロの裏側に向かって、某格闘ゲームで見たことがある百烈脚を放つミカ。
その姿に鼓舞されたのか、冒険者達も次々ミカの援護に入っていく。
そんな中、俺はとあることを思っていた。
(いや、足技だけじゃねえか! 何がその拳は岩をも砕ぐだよ!)
俺は静かにつっこんでいた。