プロローグ
朝5時にセットした目覚ましが鳴り、この俺『血吸ブラド』は目を覚ます。
もちろんこれは俺の作家としてのネームで、本名は山形利夫という。
趣味は妄想……じゃなくて構想を練ること、アニメやゲーム、ラノベ観賞とか……まぁ、よくあるオタッキーな趣味がほとんどだ。
俺は今26歳、仕事はコンビニのアルバイトリーダー、一般家庭の次男坊で、休みの日は一日中パソコンとにらめっこしながら小説の構想を練っている。
そんな俺の夢はラノベ作家になることだ。
小さい頃から物語を考えるのが好きで、学校の宿題で作文が出ると必ず、対して面白味のないファンタジー小説を書いたもんだ。
時は進んで20歳の大学生の頃、Webサイトで自作小説をアップできると知った時には半ば暴走状態で必死にキーボードを打ち込んだものだ。
きっと面白い小説ができるはずだ、話題が話題を呼び俺の名前が売れるだろう、アニメ化やゲーム化されちまうんじゃないかと、そんなことを思いながら書いていたもんだ。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
書いた作品はどれもこれも人気が伸びず、結局は途中で切り上げ、また新しい小説を書く。
またその新しい小説の人気が出なかったら、切り上げて新しい小説を書く、そんな悪循環が続いてしまった。
そんなことを続けてはや6年。
大学を途中で止めた俺はせこせこコンビニで働きながら生活している。
そんな俺だが、未だにラノベ作家になることを夢見て日々物語の構想を練っている。
今日も朝の日課であるランニングをしなければならないので、眠気で体がだるいが、布団から体を起こしすぐにジャージに着替え、アパートの近くの公園までランニングする。
先々月から体の肉付きがだらしなくなったのでこうして毎日ランニングをしているのだが、以外と面白い発想が思い浮かぶので今日もまた走っているのだ。
近くの公園にはひときは大きな池があり、その近くのベンチで道行く人達を見ながら小説の題材やストーリーの内容などを考えるのだ。
「ふぅ……今日は何だか纏まらないな」
今日は何だか思うようにストーリーの構成が定まらず、モヤモヤしていた。
ベンチから立ち上がり池の近くの柵に掴まって、池を見ていた。
すると後ろから犬に吠えられた。
驚きのあまり慌てて後ろを振り向くと、犬を多頭飼いしているおばさんが沢山の犬と共に散歩をしていた。
(朝からこの犬おばさんと出会うとは……今日はついてないな……)
前に一度だけ、このおばさんの犬に追いかけられそうになったのをきっかけに俺はこの人の犬が苦手になったのだ。
今日はその俺を追いかけそうになった犬がいたので、ますますついてない日だと確信した。
犬おばさんと軽くあいさつを交わし足早に立ち去ろうとしたら、俺を追いかけそうになった犬が急に吠えだし、俺に襲いかかった。
「うわっ!」
驚きのあまり反射的に後ろに勢いよく下がってしまい、柵にぶつかる。
するとぶつかった衝撃で柵が壊れてしまい、俺は後ろから池に落ちてしまった。
襲われそうになった驚きと、いきなり池に落ちたことによりパニックを起こした俺はがむしゃらに手足をもがいていると、手が池の底に付いた。
どうやら池はそれほど深くはないようだった。
その事を知った俺は頭を落ち着かせながらしっかりと池の底を確認して、水面から顔を出した。
「……ぷはぁ! ……はあ、はあ、はあ……」
水面から顔を出し辺りを見てみると、見知らぬ光景が目に飛び付いた。
そこは朝霧に包まれた公園ではなく、じめっとした寒気がする洞窟だった。
「な、なんだ……ここ?」
呼吸を整えた俺は池(?)から這い出て、改めて辺りを見回した。
(ここは、洞窟……みたいだな。それにうっすらとあちこちが光っている。あの光は人工的なものじゃないな……)
洞窟の至るところが青紫だったり、黄緑色に光っていて、洞窟の隅から隅まではっきりと認識できた。
(……もしかしてこれって、異世界転生……いや、俺は生きているから異世界転移か。それにしても、この歳で、この容姿て異世界に来るとはな)
内心ワクワクしながらも自分の状況を確認する。
確かこういう時って、とりあえず『ステータス』って言えばいいのか?
「す、ステータス……」
恥ずかしがりながらそう言ったが、ラノベや漫画で読んだようなウィンドウ画面は出てこなかった。
「なるほど、ステータスの無い世界ってことか……なんか残念だな……ん?」
俺がため息を吐くのと同時にどこからか人の声が聞こえてきた。
俺はひとまず岩影に隠れて声の主を探してみた。
「急げ! もうすぐで広いところに出られる!」
「わわっ! 近づいてきてます~! ダグリュールさん、もっと早く~!」
「アリシア! ちょっと黙っててくれ! もしくは自分で走れ!」
「こんなところで喧嘩しないでよ! 素敵な旦那様を見つけるまで死ねないんだからねアタシは!」
声と共に声の主が見えてきた。
やっぱりというか、冒険者のような格好をした4人組が急いでこちらにやって来た。
パーティーの構成としては、戦士系が2人に魔法使いと僧侶がそれぞれ1人づつのバランスの取れたパーティーだった。
(言葉が分かるということは彼らに話しかけても普通に会話ができるということだな。だけど何かに襲われている様子だし、ここはもう少し様子を見てみよう)
俺はそのまま岩影に隠れながら、ことの成り行きを見届けることにする。
徐々に4人を追いかけている存在が明らかとなった。
現実で見たら卒倒してしまいそうなほど大きなムカデが、多くの脚をまるで波うつかのように動かして4人を襲っていた。
「よし! ここまで来れば戦える! アリシア、ペネロペ! 俺とダグリュールに補助魔法を!」
「は、はい! 彼の者らに龍のごとき力を与えたまえ、『パワー』!」
「了解、リーダー! 彼の者らに韋駄天のごとき力を与えたまえ『スピード』!」
おお、魔法が使えるのかこの世界は!
……にしても、あの詠唱、どこかで聞き覚えがあるような……
そんなことを考えているとダグリュールの雄叫びと共に戦闘が始まった。
ダグリュールと呼ばれるはげ頭のごりマッチョの戦士は、自分の体位の大きさの斧を振りかぶりムカデへと走っていく。
もう一人の軽装の青年は、すばやい動きでムカデに向かっていき、脚の関節を狙って剣で切りつける。
ペネロペと呼ばれる魔女とアリシアと呼ばれた僧侶が2人の援護をしている。
(今のところは順調そうに戦っているな。だけどあのムカデ、全然びくともしねぇな)
ダグリュールの一撃も、軽装の青年の攻撃も、ペネロペの魔法も全然効いてないらしく、その体の大きさを利用した体当たりなどを繰り出していた。
(う~ん。なんかムカデの攻撃がワンパターンだな。こう、口から破壊光線なんか出せたらもうちょっと面白味が出るのにな……)
俺がそう考えた瞬間、頭のなかで何かが聞こえた。
『作者権限、発動』
それが聞こえた瞬間、俺の目の前に投影型のキーボードのようなものが現れた。
(なんだこれ? キーボード?)
訳が分からなかったが、とりあえず俺はキーボードを打ってみることにした。
『ワンパターンな攻撃を続けていたムカデだったが、突如としてとぐろを巻き、口から破壊光線を繰り出した。』
(……とまあ、こんな感じかな? なにが何だかよくわからんが、とりあえずメモ帳がわりに使ってみるか)
俺はキーボードを出したまま戦闘を見てみた。
すると突如としてムカデが長い体を蛇のようにひとまとめにしはじめた。
「隙アリだぜムカデ野郎!」
「待てダグリュール! 様子がおかしい! 下がるんだ!」
軽装の青年がそう言った直後、ムカデの口に光の玉が現れた。
それは徐々に大きくなり、ムカデの頭並みに大きくなった瞬間、激しい光を放ちながら放たれた。
「みんな避けろぉぉぉ!」
青年の声が破壊音で書き消された。
破壊音が収まった頃には、4人は地に伏せていた。
(……え? ほんとに破壊光線撃っちゃったのか? 嘘から出た真ってこの事なのか?)
俺がそう思っていると、地に伏せていた青年が言葉を振り絞るように呟いた。
「な、なぜ……大ムカデがこれほどの攻撃を……これが噂に聞く……変異種なのか?」
「わ、わっかんないわよ……ただひとつだけ、わかるとしたら……」
「あぁ、あの攻撃を、もう一度食らえば……完全に全滅だな」
「うぅ、イヤだ……死にたく、ありません……」
……なんかとんでもない事をしてしまった気がする。
面白半分でキーボードに打ち込んだら、冒険者のような人たちが全滅しかけているとは……
そういえば、作者権限とか言ってたな。
もしかすると、俺がキーボードに打ち込んだものが現実に反映されるんじゃないか?
もしそうなら、とりあえず彼らにとって都合がいいようにしてみるか。
『破壊光線を放ったムカデは、まるで勝ちどきをあげるかのように咆哮すると、どこかへと立ち去った。』
(これで行けるか?)
すると鼓膜が破れるんじゃないかと言うくらいの咆哮が洞窟をこだまし、ムカデがどこかへと立ち去った音が聞こえた。
「……俺の推測は正しかった、か……」
俺は岩影から出て4人の元へと向かった。
「大丈夫か?」
「うぅ……あ、あなたは? それに大ムカデは?」
「なに、ただの一般人だ。酒に酔った拍子にここに来ちまって一夜を明かした間抜けさ」
ひとまず怪しまれないように変な設定をすることにした。
「そ、そうですか……衛兵さんも大変ですね……いたたっ!」
……ん? 衛兵?
俺は自分の姿を見てみた。
明かに朝着ていたジャージではなく、くさりかたびらの鎧のようなものを着た兵士っぽい格好だった。
(……なんだこれ? いつ着替えたんだ?)
俺がそんなことを考えていると、アリシアがよろよろと立ち上がり全員に治癒の魔法を唱えた。
「い、今ケガを治します! 彼の者らに女神の癒しを与えたまえ『オールヒール』!」
暖かい光が冒険者たちを包み込み、目に見える傷をみるみるうちに治していった。
スゲェ、これが魔法か。
年甲斐もなくはしゃいじゃうな。
「ところでここはどこだか分かるか?」
「ここか? ここは王都が管理するダンジョンだよ。名前は『コルテスダンジョン』」
「コルテスダンジョン?」
……うん、その名前、確実に聞き覚えがある……というか、知っている。
それに、ダグリュール、アリシア、ペネロペという冒険者の名前も知っている。
……もしかするとこの世界は……いや、確定はまだ早い。
「あいさつが遅れたな。俺は……ブラドだ。失礼だが、君の名前は?」
「あ、あぁ、そう言えば言い忘れてたな。俺はカイル。カイル・クロス・アガトラーム。皆からはカイと呼ばれている」
……くっそいたい名前だが、俺ははっきりと覚えている。
カイル・クロス・アガトラーム。
主人公ではないものの、コルテスダンジョンで仲間たちと共に成長していく青年だ。
(はぁ、何てこった。この世界は……俺の書いた作品の世界ってことかよ)
この世界は、俺の書いた作品と同じ世界だったのだ。
だから魔法の詠唱も聞き覚えがあったのだ。
まさか、異世界転移した先が俺の書いた世界とか、どんな罰ゲームだよ。
それにこの作品は完結していない。
途中で止めた駄作だ。
何でこんなところに。
(……はぁ、考えても仕方ないな。ひとまずこの世界でどう生きるか考えなくちゃな)
俺は深くため息を吐いた。