第32話「さらわれたメアリ」
日曜日・・・いつもと変わらない1日・・・の、はずだが、「パラディンフォース」の事務所は違った。
「ダメだ!」
事務所の上にある住居スペースで、ルークはメアリを叱っていた。
「そ、そこをなんとか・・・!」
「ダメなものはダメだ!この前のテストの点、忘れたとは言わせんぞ!何点だ?」
「は、80点・・・?」
「50点だッ!!点数を盛るんじゃない!!」
「ヒィッ!!」
ルークは大声を上げた。
その様子をリンと、遊びに来ていたレオナが見ていた。
「御父様は、一体何に怒っているんですか?」
「テストの点が60点越えたら、お小遣いアップする約束したんだって。結果は無残だったけど。」
「ああ・・・」
リンの説明を聞き、レオナは苦笑いを浮かべた。
「そ、そこをなんとかお願いします!お小遣い上げて!じゃないと、来週発売のゲームが・・・!!」
メアリは両手を合わせて、深々と頭を下げて頼み込む。
「ダメなものはダメ!」
「ケチ!点数にばっかこだわっちゃってさ!パパは昔、テストの点数は何点だったの!?」
「0点だ!」
指を差して指摘してくるメアリに対し、ルークは胸を張って答えた。
「私より低いのに誇らしげに言うなーーっ!!」
「別に私は点数云々言ってるわけじゃない!私は!メアリには、私みたいな勉のない人間育って欲しくないんだ!それにな・・・『60点越えたら小遣い上げろ』って言ったのはお前だろッ!!」
「うっ・・・!も、もういいもん!ケチなパパなんて大嫌い!!」
メアリは自分が約束を守れなかったにも関わらず、怒り、そっぽを向いてしまった。
「なっ・・・!?そ、そうか!私もこんなワガママな娘はごめんだ!フンッ!」
ルークもワガママなメアリに怒り、背中を向け、顔を背けた。
「・・・何やってんだ?お前ら。」
そこに、窓から侵入してきたジャッジが現れた。
「あっ、ジャッジさん。」
「ジャッジ!来るのはいいが、裏口の玄関から入ってくれと何回も言っただろ!?」
「知ったことか。殺し屋が玄関から入ってどうすんだよ。で、何やってたんだ?」
ジャッジが尋ねると、メアリはジャッジの元へ駆け寄った。
「ジャッジおじさん!聞いてよ!実はかくかくしかじかで・・・・」
メアリはルークと喧嘩してしまった理由を説明した。
「・・・なんだ、お前金ねぇのか。仕方ねぇな・・・・オラ、小遣い。」
ジャッジはポケットから財布を取り出し、100ドル札を5枚出してメアリに手渡した。
「ええええええっ!!?い、いいの!?こんなに!?」
メアリは驚きで声を上げながらも、合計500ドルを受け取った。
「ああ。でも無駄使いすんなよ。無駄使いしたら、もうやらねぇからな。それと・・・レオナ!」
「わ、私?」
レオナはジャッジに呼ばれ、ジャッジの所まで駆け寄った。
「お前、確かバイトしながら生活してるんだよな。ホラ、お前にも。」
ジャッジは再度財布から500ドル取り出し、レオナに手渡した。
「わ、私にもいいんですか!?」
「ああ。今日はそれで美味いものでも喰いな。」
「ジャッジおじさん・・・!好き!」
メアリはジャッジの優しさに感動し、さらに喜びのあまり、ジャッジに抱きついた。
「!」
メアリに抱きつかれた瞬間、ジャッジの脳内に幼い女の子の顔がよぎった。
「・・・ケッ、金あげて『好き』って言われてもな。大体、俺は全身火傷してる化け物だぜ?」
ジャッジは一瞬動揺したが、すぐにいつもの調子に戻した。
「でも好き!どっかの人とは大違い~」
メアリはニヤリと笑いながら、ルークの方を流し見た。
「むっ・・・!」
「チッ、困った嬢ちゃんだ。」
『おい、そろそろメアリから離れろ・・・!』
すると、メフィストが突然メアリとジャッジの間にニュルリと割って入り、二人を引き離した。そして、ジャッジを鋭い目付きで睨みつけた。
「なんだ、ヤキモチか。」
『なっ!?』
「フフフッ・・・メフィスト~♪」
メアリはメフィストが自分を気にしてくれたことが嬉しくなり、今度はメフィストに抱きついた。
『コ、コラ!やめろバカ者!』
『ぐぬっ・・・!言ってないッ!!』
メアリとメフィストがじゃれ合っているのをよそに、ルークはジャッジの腕を掴んだ。
「おい!あんまりウチの娘を甘やかさないでくれ!」
「ケッ、だったらバイトでもさせな。」
ジャッジはそう言って手を振り払った。
「確かにそうよね。」
その時、リンが話に入ってきた。
「確か、ルークが前に働いていたところ、倒産したのよね?その時もメアリ、バイトしてなかったの?」
「ああ、してない。」
「なんで?バイト代の何割か生活費に当てたら助かるじゃない。」
「ダメだ。」
もっともらしいことを言ってきたリンに、ルークは待ったをかけた。
「もし、メアリをバイトに行かせたら・・・・悪い虫がついてしまうだろッッ!!!」
ルークは両手をわなわなと振るわせ、叫んだ。
「は?」
「あ?」
「学生がバイトをするとしたら夜ぐらいしかない・・・!バイトからの帰り道、もしメアリが変態に襲われたりしたらどうするんだ!?さらに!バイト中に、客からセクハラに遭ったりしたらどうするんだ!?ああ、ダメだ!バイトはダメだ!私のかわいい娘が・・・・!!」
ルークは震える両手で悲しそうに顔を押さえた。
「御父様、その気持ちわかります!」
レオナはグッと拳を握ってルークの意見に賛同した。レオナもメアリを大事に思う気持ちは同じだからだ。
「・・・はぁ、甘やかしてるのはどっちだかな。」
ジャッジはため息をつくと、コートの内ポケットから無線機を取り出した。
「おい、入って来ていいぞ。」
『ウィーッス。』
ジャッジは誰かと連絡を取った。ルーク達が首を傾げていると、ジャッジと同様、窓からグラサンをかけたアジア系の男が現れた。
「また窓から・・・!」
「いや、すいませんッス。俺、情報屋のシン・グウォンって言いますッス。」
「情報屋?というと・・・」
「そう。今回ここに来たのは、あんた達に奴らに関する情報を教えに来たんだ。この、シンからの情報でな。」
ジャッジがそう言うと、シンは懐から資料の入ったファイルを取り出し、ダイニングテーブルの上に置いた。
「こいつが資料だ。」
「メアリちゃんは、こっちでゲームでもやってなさい。大人の話に首突っ込むモンじゃないッスよ。」
「えーっ!って、あれ?私の名前知ってるの?」
メアリは、シンが自分の名前を知っていることに首を傾げた。
「もちろん知ってますッスよー。他のみなさんの身長やスリーサイズも全部知ってますッスよー。」
「えっ!?じゃ、じゃあ、私のスリーサイズも・・・?」
メアリは恥ずかしそうに顔を赤らめ、もじもじし始めた。
「ええっ、知ってますッス♪メアリちゃんは随分慎ましいサイズッスね。」
「う、うわ~・・・!男の人に知られてた・・・!」
シンの台詞を聞いた瞬間、メアリは顔を真っ赤にし、両手で顔を伏せてその場にしゃがみ込んだ。
「シンさん。」
その時、レオナがシンの背後に忍び寄り、耳打ちした。
「私にメアリのスリーサイズ教えてください!いい値で買うんで!」
「OK!俺、金は好きッスから♪」
二人はひそひそと話し、怪しい取引を成立させていた。
「何ひそひそ話してるの!感じ悪~い!」
メアリは両頬を膨らませ、不服そうな顔をして二人から顔を背けた。
「なんでもないよ~!メアリごめんね~!」
(あ~、怒った顔もかわいいなぁ~!)
レオナは口では謝っていながら、心の中ではメアリのかわいらしさに興奮していた。
「まず、王牙の経歴だが・・・」
ルーク達はメアリ達のやりとりを無視して話を進めていた。
「王牙。本名不明、イラク出身で、イラクの田舎町で生まれた。町の男のほとんどと関係を持っていたらしい女が母親で、その母親は公衆トイレで王牙を産み落とした。その後、用務員に保護され孤児院に入れられたが、10歳になった時、人に暴力を振るうようになり、孤児院の問題児になった。そして11歳の時、とうとう人を殺した。相手は正真正銘の、自分の母親・・・その後、王牙は軍人の叔父に引き取られ、軍人と同じ教育を施された。その後、彼は若くして前線の隊長を任命されるほどに成長した。」
ジャッジはまず、王牙の過去について資料に書かれていることを語り始めた。
「若くして隊長に・・・」
「王牙は持ち前の凶暴さと強さを武器に、次々と功績を上げた。さらに天性のカリスマ性も持ち合わせ、部下からも慕われた。20の時には彼を育てた叔父と同じくらいの地位に食らいつきそうになった。それを恐れた叔父は、王牙を乗せたヘリに小型爆弾を仕掛け、ヘリを爆破した。その後、行方知れずとなったが、5年後に叔父の前に現れ、5年の間に習得した”羅刹剛拳”で叔父を殺害。その後、自分の本名を捨て、"王牙"と名乗るようになった。」
「彼に、そんな過去が・・・・」
「次、カスパール。」
続いて、カスパールの資料を読み始めた。
「カスパール。5年前にスポンサーによって作られた、感情を持つ人型兵器。たった三日間でスポンサーに教えられた全ての知識を吸収し、ロボットは思えないほどの超人的な戦闘能力を得たらしい。奴の体には、スポンサーの実験の成果が詰まっているらしいが・・・・まだ情報が少ない。引き続き調査中だ。で、次は甲賀だが・・・・」
ふと、ジャッジは辺りを見回した。
「おい、ルイスはどうした?」
「あー・・・ルイスは今、ここを離れててな・・・しばらくしたら戻ってくると思うんだが・・・・」
ルイスがいないことを尋ねるジャッジに、ルークは苦笑いを浮かべて答えた。
「チッ、やる気のねぇ野郎だ。まぁいい。」
ジャッジは続いて甲賀の資料を読み始めた。
「甲賀・・・ニホンの奥地、"修羅の里"と呼ばれる忍者の里の忍びとして生まれた。先代の頭領を殺し、頭領の座を奪ったが、その後王牙と出会い、戦いに挑んだが敗れた。その際、甲賀は王牙の野望に惚れ、忠誠を誓うようになった。」
「驚いた・・・忍者って実在してたのね。漫画とかアニメだけの話かと思ってたわ。」
「数が少ないんだろうさ。戦国時代ってわけじゃねぇからな。・・・リン、次はお前に因縁のある奴だ。」
ジャッジの一言に、リンは眉をひそめた。そしてジャッジは続いて、宗方宗次の資料を読み始めた。
「宗方宗次・・・何十数年も前から人殺し稼業を生業とし、その剛腕から振り下ろされる一撃は大木5本を切り裂くと言われている。だが、宗次は人殺し稼業を初めて以来、腰にある刀は使わなくなった。代わりに使われるのは木の棒や鉄パイプといった粗末なものばかり。『無刀流』・・・それが宗次が編み出した我流剣術。刀を使わなくても人を斬り殺せる剣術。それを使って、5年前・・・リンの家族を殺した。」
「・・・そうよ。」
リンの拳が震えた。ジャッジからの情報を聞いて、リンはあの時のことを思い出していた。
「さて、次・・・は・・・・」
ジャッジは次の資料を見て黙り込んだ。そして、今度はジャッジの拳が震え、マスクの下で眉間に皺を寄せていた。
「ジャッジ?どうしたんだ?」
ルークはジャッジの様子を伺いながら、資料を手に取った。
「ゲイン・・・ああ、あのほっそい男のことか。」
ルークは資料を見ながら読み始めた。
「えーっと、ゲインはカナダの大富豪の家に生まれた。表向きは金持ちであること以外は普通の少年として生きてきたが、陰で虫を刃物で解体することを趣味としていた。それは年齢を重ねるごとにエスカレートしていった。虫の次は魚、その次はリスやハムスターといった小動物、次に猫や犬などのペット・・・そして15歳の時、ゲインはついに人間を解体したい思うようになった。最初に解体したのは初老の男。男はその時、孫が生まれたばかりで幸せの絶頂だった。それを知ったうえで、ゲインは喜んで男を殺した。」
「なによ、それ・・・・!最ッ低な奴ね!」
「その後も、ゲインは次々と殺人を繰り返した。殺した者はいずれも兄弟、親子、家庭を持つ者や恋人がいる者など、幸せそうな者ばかりだった。だがついに、ゲインは5年前に逮捕された。逮捕したのは・・・・ん?」
ルークは資料の途中に異様なものを見つけた。
『おい、どうした?』
メフィストはルークに尋ねた。すると、ルークは文の途中の部分を指差した。
「見てくれ、ここが黒く塗りつぶされているんだ。」
ルークが指差した場所を見てみると、確かに文章の途中が黒く塗りつぶされていた。まるで何かを隠すかのように。
「ホントね。『逮捕したのは』から『という刑事である』の間ね。名前隠してるみたい・・・・」
「しかし、誰が逮捕したんだ・・・?」
ルークが資料を睨んでいると、横からジャッジが手を伸ばし、資料を奪い取った。
「あっ!」
「もういいだろ。問題は、こいつらをどうやって倒すかだ。スポンサーに関してはまだ情報が入手できねぇし・・・・ある程度作戦は立てておかねぇとな。」
「あ、ああ・・・だが、それに関しては対策は作ってある。まだ試作段階だがな。」
「本当か?」
ルーク達が作戦会議をする中、その後ろでは・・・
「うわっ、また負けたー!メアリちゃん強いッスね~!」
メアリ、レオナ、シンの3人はテレビゲームの対戦ゲームで遊んでいた。
ルーク達の談笑が始まってから、メアリが10連勝を達成していた。
「フフーン♪ゲームなら大得意だもん!」
「でも成績はボロクソ・・・」
レオナの何気ない一言が、メアリに突き刺さった。
「うっ・・・そ、それはいいの!ほら、次はレオナの番!」
「はいはい。」
メアリはレオナにコントローラーを手渡し、相手を交代した。
「いや~、それにしても・・・二人見てると故郷に置いてきた妹と弟思い出すなぁ。」
シンはメアリとレオナを見ながらしみじみと呟いた。
「シンさん、兄弟いるの?」
「ええ、まぁ・・・妹がアミで、弟がデギョンって言うんスけど・・・ウチは貧乏で、両親もいないし、おまけに二人はまだ小さいから、俺がこうして情報屋として出稼ぎしないといけないんで・・・結構大変ッスよ。」
「そうですか・・・やっぱり会いたいですか?」
レオナが尋ねると、シンは腕を組んで唸った。
「うーん・・・まぁ、そりゃあ会いたいッスよ。早く大金稼いで、二人に会いてぇなぁ・・・」
「ねぇねぇ!ちなみに誰がどっちと似てる?その二人と私達!」
「そうだなぁ・・・・メアリちゃんが妹に似てて、レオナちゃんが・・・弟の方かなぁ?」
「えっ!?」
シンの一言に、レオナはショックを受けて大声を上げた。
「や、やっぱり私は・・・男だと思われてるのか・・・?」
レオナはショックのあまり、隅っこで体育座りをし、へこんだ。
「ま、まぁまぁ・・・レオナだってカワイイから!」
「ハハハ・・・ショック与えちゃったかぁ・・・まっ、こっちには好都合か。」
その時、シンの声が低くなった。
「えっ?何か言っ・・・?」
それを聞いたメアリは後ろを振り向いた。その瞬間、シンはいきなりメアリの腕を強く引っ張り、自分の方へ引き寄せ、腕を首にかけた。
「えっ?きゃあっ!!」
『!?』
メアリの悲鳴を聞き、全員がシンの方を向いた。
「メアリ!」
「シン!てめぇ、何やってんだ!」
シンの突然の行動に、ジャッジが珍しく声を荒げた。
「なんでしょうねぇ。」
「ひっ!」
シンはポケットから拳銃を取り出し、メアリの頭に銃口を向けた。
「余計なことはしない方がいいですよ。アンタ達が大好きなメアリちゃんの頭、吹き飛んじゃいますから。」
シンは銃口をメアリの頭に押しつけながら、ルーク達を脅した。
(あいつ・・・本気みたいだな。)
ジャッジはシンの語尾の「ッス」が消えたことから、ふざけ半分でやったことではないと察した。
「シン!君の目的はなんだ!?」
「仕事ですよ、仕事。王牙さんとスポンサーさんに仕事を頼まれましてね・・・・」
「チッ、あの二人か・・・!」
「だがどうしてだ!?君はジャッジの仲間じゃなかったのか!?」
ルークは疑問をぶつけた。すると、シンは低い声で笑い始めた。
「ハハッ・・・・甘いですねぇ、ルークさん。確かに俺とジャッジさんは、"仕事仲間"ではありますけど、アンタが思ってる、友達ごっこやってる"仲間"とは違うんで。これ、正真正銘仕事なんで。」
「そんな・・・!」
ルークはシンの言葉にショックを受けた。しかし、シンの言っていることももっともだった。
"仲間"と"仕事仲間"は全く別の物。ルークの言った"仲間"は友情間における仲間意識だが、"仕事仲間"はあくまで同じ仕事をしている故の仲間意識。違うのは当然といえる。
「娘さんはこちらで預かります。王牙さんの準備が整ったら、こちらから連絡します。その前に屋敷に殴り込んできたりしたら・・・娘さんがどうなるか、わかりますね?それじゃ。」
シンはそう言うと、窓を開けて飛び降りた。
「ま、待て!!」
ルークは飛び降りた二人を捕まえようと手を伸ばした。しかし、ルークの手はすり抜け、二人はそのまま落ちていった。ルークはその後を追いかけようと、下を覗いた。さが、既に姿はおらず、逃げられてしまった。
「クソ!逃げられた!」
『貴様ァッ!!これはどういうことだ!?』
メアリが連れ去れたのを見て、メフィストはジャッジの胸倉を掴んだ。
「・・・悪い。完全に俺のミスだ。アイツが敵側に寝返ることを想定に入れてなかった・・・」
『ふざけるなァ!!』
メフィストはメアリが攫われた状況にも関わらず冷静なジャッジに腹を立て、拳を握って殴りかかろうとした。
「やめろ!」
ルークはメフィストの腕をつかんで止めた。
「今はそんなことをやってる場合じゃないだろう!今は、連絡を待ってる間、どうやってメアリを助け出すかが大事だろ!」
『チッ、仕方ないか・・・・!メアリ・・・!!』
「こっちから下手に出たら、メアリが何されるかわからないものね・・・・」
「メアリ、怖がってるだろうな・・・・!必ず助けてやるぞ!メアリ!!」
「・・・ん・・・」
メアリは目が覚め、体を起こした。
「ん~~~、よく寝た・・・あれ?」
起きてすぐ背伸びをしたメアリは、あることに気がついた。
「ここ・・・どこ?」
メアリが目覚めたのは、まるで金持ちが住みそうな豪勢な部屋だった。ベッドも豪華で、枕も毛布もフカフカで温かい。
ベッドから降り、部屋のカーテンを開けると、朝日が既に昇っていた。
「あれ、朝だ・・・・あれ~?昨日どうしたんだっけ?・・・あっ!」
メアリは頭に指を当て、昨日のことを思い出した。
「そうだ!昨日はシンさんに連れてかれちゃって・・・その後、車で変な薬嗅がされたんだった!う、うわ~~!ど、どうしよ~~~!!このまま何か変なことされたら・・・・!」
メアリはスポンサーに変なことをされてしまう自分の姿を想像してしまい、全身から鳥肌が立った。
「は、早く逃げないと・・・!」
メアリは慌てて逃げようとした。その時、部屋のドアが開いた。
「あ、もう起きてたか。」
外から顔を出してきたのは、カスパールだった。
「あ、あなた、確か・・・」
「カスパールだ。」
カスパールは部屋に入り、朝食が乗ったキッチンワゴンを部屋の中に入れた。
「よく寝てたな。昨日は夜になる前なのに、ずっと寝てたぞ。腹が減っただろう。朝食だ。」
カスパールはテーブルクロスを敷いたテーブルに朝食を置いた。メニューはクロワッサンとパン・オ・ショコラにカフェオレ。フランス式のシンプルな朝食だ。
「わ~!フランス式の朝食~!」
メアリはおいしそうな朝食に目を輝かせたが、ハッと正気に戻り、首をぶんぶんと振った。
「・・・食べない!毒が入ってるかもしれないもん!」
「お前は人質だ。人質を殺すようなマネをするわけがないだろう。それに、これを作ったのはセシリアだ。セシリアがそんな事をすると思うか?」
「セシリアさんが・・・?」
メアリはセシリアが一生懸命朝食を作る姿を想像し、自分の思い上がりを恥じた。それと同時に腹が鳴った。
「・・・食べます。」
「よし。食べ終わったら、ワゴンに皿を乗せて廊下に置いておいてくれ。後で回収する。」
カスパールはそう言うと、部屋のドアを開けた。
「見張らないの?」
メアリはカスパールが自分を見張らないことを不審に思った。人質である以上、見張られるのは当然だと思っていたが、予想外にも見張らないことに驚いていた。
「お前は人質であると同時に客人だ。そんなマネはしない。」
カスパールはそう言って部屋を出て廊下の奥へ進んだ。その様子を、メアリはドアに隠れるように覗いた。
「じーっ・・・」
「・・・・」
少し歩いたところで、カスパールは足を止め、後ろを振り返った。
「・・・探検したいなら行っていいぞ。ただし、外に出るな。後、地下には絶対入るな。」
「やった!」
メアリは小さく呟くと部屋の中へ戻った。
朝食を食べ終えたメアリは、嬉々として屋敷内を探検・・・もといセシリアを探しに出た。
「フフフ・・・セシリアさんはどこかな~?いつ思い出しても、セシリアさん凄く綺麗だったなぁ・・・」
メアリは最初に屋敷を訪れた時にセシリアと最初に出会った時のことを思い出していた。
「髪の毛サラサラだし、肌も綺麗だし、胸も大きくてセクシーだし・・・一回甘えてみたいなぁ~・・・」
ブツブツと呟きながら歩いていると、メアリは何かとぶつかり、その場に倒れてしまう。
「イタタ・・・あっ!」
メアリの前に立っていたのは、リンの親の仇、宗方宗次だった。
(リ、リンお姉ちゃんの宿敵・・・!やばい、ぶつかっちゃった・・・!こ、殺される・・・!!)
「す、すいませんでした・・・・」
メアリはガタガタ震えながら宗次に謝った。
「・・・・」
謝るメアリを、宗次は見下すような視線で見つめたかと思うと、横を通り抜けて行ってしまった。
「た、助かった・・・?あー、怖かった・・・ん?」
安堵したメアリの視線の先に、ドアが開いている部屋が見えた。誰かいるのか、部屋から明かりが漏れている。
メアリは近づいて中を覗いた。中は台所で、甲賀がブツブツと呟きながら何かをこねている。
「全く・・・宗次殿は勝手だな。ここの冷蔵庫の一つを、自分の酒用に決めるなんて・・・!大体、調理場は俺の聖域でもあるのに・・・ん?」
甲賀は視線に気がつき、後ろを振り向いた。
「じーっ・・・」
メアリが扉に隠れるように覗き、見つめていた。
甲賀はそれを無視して作業を進めたが、ふと、視線が気になってしまい、再度振り向いた。
「・・・あれ?」
振り向いた時にはメアリはいなかった。
「ねーねー、何作ってるの?」
その時、メアリが横から声をかけてきた。
「ぬおっ!?い、いつの間に!?」
メアリが突然横から現れたことに、甲賀は声を上げて驚いた。メアリは甲賀が正面を向いた、わずかな隙を突いて気配を悟られることなく近づいたのだ。
甲賀にとって気配を悟ることは容易だったが、自分が感づくことができなかったことにも、甲賀は驚いていた。
(こいつ、いつの間に・・・!まさかこいつ、忍びか!?)
「ねーってば!何作ってるの?」
「・・・蕎麦だ。」
「あっ、前食べた奴?アレ美味しかった~!」
メアリは前に食べた蕎麦を褒めた。すると、甲賀は照れてそっぽを向いた。
「ま、まぁな。俺が作った奴だからな。」
「ところでさ、セシリアさん見なかった?」
「奥方様?・・・貴様、奥方様に何をする気だ?」
甲賀はギロリとメアリに睨みながら問いかけた。
「うーんとね、一回だけちょっと、甘えてみたいなぁ・・・なんて!甲賀も思わない!?年上のお姉さんに甘えてみたいって!!」
「えっ!!?お、俺ッ!?」
その時、甲賀の顔が真っ赤に染まった。
「い、いや!俺は王牙様の僕で、王牙様は俺の主!主の奥方様にそんな卑猥なことなど・・・!!」
甲賀は嘘をついていた。甲賀は忍者である以前に健全な男子、スタイルが抜群で、美人なセシリアを意識していないわけがなかった。
今、甲賀の頭の中で自らの煩悩と平常心が対峙している。それはさながら剣豪同士の戦いだった。
(落ち着け・・・!これはただの煩悩!煩悩など、簡単に打ち消せる!)
「私、卑猥なことなんて一言も言ってないけど・・・」
「う、うるさい!蕎麦に集中できん!」
メアリの一言で甲賀は焦って大声を出した。
そして甲賀は煩悩に耐えながら蕎麦生地をこねた。
「あれ?なんかこねるスピード早くない?」
「き、気のせいだ!!」
二人が話していたその時、二人は背後から近づく者に気がつかなかった。
「楽しそうだな。」
そこに現れたのは、王牙だった。
「ぴゃーっ!!」
「ひぇっ!!お、王牙様ァ!!」
二人は甲高い声を出して驚いた。
「甲賀、貴様・・・蕎麦にいつまで時間をかけている。」
「も、申し訳ございません!し、しばしお待ちを!!」
王牙に急かされ、甲賀はすぐさま蕎麦作りに集中した。
すると、王牙はギロリとメアリを睨んだ。
「ヒッ!」
「・・・怖がるな。何故お前は俺を怖がる?」
王牙はメアリに怖がられていることを多少なりとも気にしているようだった。
「え、えーっと・・・」
メアリは「答えたら殺される」という答えにたどり着き、何も答えられず、口ごもった。
(何も言えないよ~!!だって何言っても殺される気しかしないもの!!)
「おい。」
口ごもるメアリに、王牙は声をかけて少し近づいた。
「ひぃぃぃぃっ!!ごめんなさい!お願いだから殺さないでーーー!!」
メアリは命乞いをするように叫びながら、その場から逃げ出した。
「・・・・」
メアリに逃げられ、王牙は表情を変えなかったが、ショックは受けていた。
「・・・甲賀よ、俺は嫌われているのか?」
「わ、私には、わかりかねます・・・・」
「ゼェ・・・ハァ・・・こ、怖かった・・・・」
王牙から逃げ出したメアリは地下倉庫だった。無我夢中で逃げ、ここにたどり着いていた。
「やばいやばい!地下に行っちゃいけないんだった!早く出ないと・・・」
メアリはカスパールの言葉を思い出し、すぐさま地下倉庫から出ようとした。と、その時、ドンッ!という爆裂音が響いた。
「ひゃあっ!!な、なになに!?」
爆裂音に驚いたメアリは、急いで上へ上がり、窓から外の様子をうかがった。
外には警察と軍隊らしき制服を着た男達が列をなして並んでいた。その前には入口の門があり、間を挟むように王牙達が立っている。
「あーあ、屋根が・・・」
スポンサーは一言呟いた。後部列の男達の手にはバズーカ砲が握られている。
どうやら、威嚇射撃でバズーカを撃たれ、屋根の一部を壊されたようだ。
「今のはほんの警告だ!もしお前達が投降しないのなら、我々はお前達を射殺する!!」
隊長らしき男が王牙達を前に啖呵を切った。すると、王牙達は低い声で笑い始めた。
「笑わせる・・・」
「たかが軍隊と警察ごときが俺達相手に勝てると思っているとはな。」
「見くびられたものだ。」
「斬り甲斐のない・・・・」
「ケケケ・・・・」
「クッ・・・!総員、撃てぇっ!!」
隊長は号令を上げ、隊員と警官達は一声に銃を構え、発砲した。
「愚か者どもがァッ!!」
王牙は勢いよく拳を突き出し、空気の壁を殴った。空気の壁を殴ったことで衝撃波が発生し、飛んで来た銃弾を全て防いで見せた。
「バ、バカな・・・・!!」
「貴様らでは、俺の相手には成らん!カスパール、甲賀、宗次、ゲイン、片付けろ。」
「ああ。」
「御意。」
「よかろう・・・」
「ヒヒッ、了解~」
王牙の命令に従い、配下のカスパール達は隊員と警官達にゆっくりと近づいていく。
「そ、総員!王牙の配下に総攻撃だ!王牙は無理でも、配下なら倒せるはずだ!!」
『了解!』
隊員達は一斉にカスパール達に襲いかかった。
「こいつが一番弱そうだ!」
「こいつから叩け!」
隊員の内の何名かが、一番弱そうという理由で、ゲインを狙ってマシンガンを撃ち始めた。
「それはどうかな~?」
ゲインはニヤリと笑ったかと思うと、軽々と飛んでくる銃弾をよけて見せた。
「バ、バカな!銃弾をよけるなんて・・・!!」
「ヒヒッ、ざ~んねんでした~、ヒャハッ!!」
ゲインはナイフを取り出し、攻撃をよけながら隊員達に突き刺した。
「ぐっ・・・あっ・・・」
「ケケケケケケケッ!!楽~し~い~なぁ~!!」
ゲインは笑いながら、飛んでくる攻撃を軽々よけつつ隊員達を次々と突き刺し殺していった。
「お前ら相手には・・・・これでいい。」
同じく隊員達と対峙していた宗次は、足元にあった木の枝を手に取り、構えた。
「こいつ・・・!バカにしやがって!うおおおおおッ!!」
隊員の一人が無謀にも向かって行った。
「ま、待て!こいつは・・・!!」
同僚の静止も虚しく、宗次は木の枝を手に、隊員の腹目掛けて腕を振るった。
「なっ・・・!!」
木の枝が腹を撫でた瞬間、隊員の腹が裂け、血が噴き出した。
「がはっ!!」
隊員は血を吐いて倒れた。
「や、やはり、間違いない!こいつ、『無刀流の宗次』!!」
「・・・次。」
宗次は次の相手を求めるように、木の枝の先を指し示した。
「クソッ!こうなってはどうしようもない・・・!全員、撤退だ!!」
「逃がさんぞ!修羅忍法、影縛りの術!!」
甲賀は印を結んで呪文を唱えた。すると、逃げようとした隊員達の体が突然動かなくなった。
「こ、これは・・・!?」
「忍法影縛り・・・・その名の通り、貴様らの影を拘束し体をも拘束したのだ。カスパール殿!」
「了解!ミサイル発射!」
カスパールは背中のミサイルポッドを起動し、影を縛られている隊員に向かってミサイルを発射した。
「うわあああああああ!!」
ミサイルが直撃し、隊員達は断末魔を上げた。そして体は跡形もなく無くなった。
「終わったか。」
カスパール達の活躍で隊員達を一掃された。
「いや、まだ残っているぞ。」
宗次が静かに呟いた。
「ひっ・・・ひぃっ・・・!」
一人だけ、生き残りがいた。隊員の内の一人がなんとか逃げ延びていた。しかし、すっかり腰を抜かしてしまい、動けなくなっていた。
「一人か・・・殺しておくか。」
カスパールは生き残りを殺そうと、ビームブレードを起動する。
「待て。」
すると、王牙はカスパールを止め、生き残りの隊員に近づいた。
「・・・行け。」
「・・・えっ?」
王牙の一言に、隊員は戸惑った。
それに構わず、王牙は話を続けた。
「行け。そして生きろ。生きて、この俺に牙を向けばどうなるか・・・語り部となって多くの者に伝えよ!口伝、テレビ、インターネット、Twitter・・・なんでもいい。考えられる全ての手段を使って、この俺の恐ろしさを伝えよ!」
「・・・・」
隊員は王牙の話を聞いて、ただただポカンと口を開けていた。
「行けぇい!!」
「!!」
王牙の叫びに、隊員は我に返り、その場を立ち去った。
「・・・別に殺してもよかったんじゃないのか?」
「それでは不十分だ。人は恐怖によって動く。故に、俺の力を見せつける必要がある。今のはその足がかりだ。」
王牙がそう言うと、後ろにいたスポンサーはせせら笑った。
「なーるほど。人間ってのは、"恐怖"に関しちゃ敏感だ。じわじわと恐怖の意識を植え付けていけば、誰もが王牙のダンナを恐れるようになる・・・ってわけかい。」
「その通りだ。」
外で行われた圧倒的なまでの王牙達の超人ぶりを見て、メアリは震えていた。そして、メアリは思った。
みんな、こんな化け物と戦わなければいけないのか、と・・・・




