第31話「決められない覚悟」
「・・・もういっぺん言ってみて?」
「パラディンフォース」の事務所・・・その中で、リンはニコニコと笑顔を浮かべながら、床に正座しているルークを見下ろしている。
リンは笑ってはいるが、どことなく怒っているような、殺気立ったオーラを放っていた。
しかし、ルークはそれを恐れることなく、
「ルイスは、あの子は大切な人ができた。その人と共に生きることが大切だと思い、私は彼を大切な人の元へ送った。あっ、後ヒーロー活動もしばらく休ませた。」
ルークはルイスがナタリーの元へ行き、ヒーローとしての仕事をしばらく休むということを正直に言った。
すると、リンは何も言わずルークに近づき、その場に立たせた。
「・・・だから、それがわからんと言うんじゃぁあああああ!!」
「ぐほぁっ!!」
リンは思い切りルークを殴った。
「ロックが出て行ったのはまだわかるわ。アイツだって強くなりたいんだろうし?ルイスは・・・まぁ、好きな人と一緒にいたいって気持ちもわかるわ。でも、普通出てくか!?」
「ごふっ!!」
リンはルイスに対する文句を言いながら、今度はルークを思いきり蹴り飛ばした。
「アイツ・・・!散々あの忍者男を敵視してた癖に、女に釣られてしばらく休むってどういうことよぉぉぉぉ!!!」
「リ、リン!落ち着け!落ち着・・・ぐああああああああ・・・!!!」
10分後・・・・
「燃えた・・・真っ白に・・・・」
ルークは10分間リンに殴る蹴るの制裁という名の暴力を受け、真っ白に燃え尽き、椅子に座っていた。
『ルーク、それ、台詞の使い方が違う気がするぞ。』
メフィストは椅子に座って燃え尽きているルークにツッコミを入れた。
「はあ・・・はあ・・・全くどいつもこいつも・・・!」
リンは10分間も殴り続けて疲れていた。そこに、メアリが歩みよってきた。
「ロックも、ルイスも出て行ったんだね・・・・」
「・・・そうね。」
すると、メアリはリンの手を握った。
「お姉ちゃんは、行かないよね?リンお姉ちゃんは出て行ったりしないよね・・・?」
「・・・」
リンはほんの数秒、何も言えず黙り込んだが、リンの手を握り返した。
「大丈夫、私はどこにも行かないわ。」
「・・・うん!」
メアリはリンに笑顔を向け、ギュッとしがみついた。
しかし、散々文句を言って散々暴れたリンだったが、自分自身もここを出て行くか悩んではいた。
理由はロックと同じだった。強くなるため、倒さなければならない敵を倒すため――、その敵を倒すために強くならなければいけない。
だが、今の訓練だけでは足りない。リンはそう感じていた。もっと強さを高めるために、この場所を、居心地のいい、この場所を離れなければならない。だが、それはできなかった。
「・・・・」
「お姉ちゃん?」
「えっ?」
メアリの声で、考え込んでいたリンは我に帰った。
「どうしたの?ボーッとしてたよ?」
「ああ・・・ごめん、なんでもない。」
その後、ルーク達はいつも通りの生活をして自分達の部屋に戻り、床についた。
皆が寝静まった後、リンだけは起きていた。
「はぁ・・・」
リンはベッドに寝転がりながらため息をついた。
「どうすればいいんだろ・・・私・・・・」
リンはこの居心地のいい事務所兼自宅を出るべきか延々と悩み、ベッドの上で転がった。
その時、リンの携帯に着信が入った。
「誰よ・・・?ロバート?」
画面を確認すると、ロバートからの着信だった。リンはため息をつきつつ、電話に出た。
「もしもし?」
『あっ・・・リ、リンさん?起きてたんですね。』
「起きてたけど・・・で、要件は?」
リンは怒りが混じった声で要件を尋ねた。
『え、えーっと・・・・あー、その・・・明日、わ、私と・・・』
ロバートは緊張しているのか、モゴモゴと口ごもっている。
「き・こ・え・な・い!!」
『す、すいません!えっと・・・その、明日、私とデートしてください!』
「はぁ?」
ロバートの突然の誘いに、リンは声を上げた。
しかし、リンは誘いに乗り、翌日二人はデートをすることになった。
翌日・・・
「リンさん!お待たせしました!」
「ん、ちょうど時間通りね。」
リンとロバートはデートの待ち合わせ場所の公園にいた。
「で、どこ行くの?」
「えっ?」
「『えっ?』じゃないでしょ!アンタがデートしたいって言い出したんだから、エスコートしなさいよ!エスコート!」
リンは指を差し、ロバートをまくし立てた。
「ええっ・・・で、でも、僕、デートなんて始めてで・・・本は読んで来たんですが、どうすればいいかわからなくて・・・・」
ロバートはデートなどしたことがなく、どうしたらいいか戸惑った。そんなロバートを見て、リンはため息を上げた。
「しょうがないわね・・・私がエスコートして上げるから、ちゃんとついて来なさいよ!」
リンはそう言うと、ロバートの手を掴んだ。
「は、はい!」
こうして二人のデートは始まり、最初に訪れたのはオシャレな服が並ぶブティックだった。
「へぇ・・・オシャレな場所ですね。」
「前にルイスと来たことがあるの。一人でよく来るんだって。」
「へ、へぇ・・・そうなんですか・・・・」
(先に越されてたァ~~~~!!!)
ルイスに先にリンとデートされたと思い、ロバートは心の中で叫んだ。
「ほら、アンタの服選んであげる。アンタ、オシャレとかしなさそうだし。」
「は、はい・・・」
二人は互いに服を選び、購入した。
その後、次に二人が訪れたのはゲームセンターだった。
「ゲーセン?」
「そう。ここ、ロックのお気に入りの場所なんだって。なんかイライラすることがあると、ここのパンチングマシーンを殴ってるんだって。」
「ハハハッ・・・アイツらしいや。」
二人は中へ入り、さっそくロックお気に入りのパンチングマシーンを見つけた。
「あっ、これね。」
「じゃあ、僕から・・・」
ロバートは機械に金を投入し、ゲーム筐体の側にあるグローブをはめた。
『Round1、Ready・・・GO!!』
「せいっ!!」
空手家のロバートは正拳突きでパンチングマシーンを突く。
マシーンはパンチの衝撃を換算し、結果は360点だった。
「お~!やるじゃない!500点中360点なんて・・・流石空手家ね!」
リンはロバートが叩きだした点数に驚き、ロバートの背中を叩いた。
「い、いや~、ハハハ・・・あっ、リンさんもやります?」
「えっ?あんな点数出されたら、自信ないなぁ・・・」
「いいからいいから、せっかくですし・・・」
ロバートはそう言って、渋るリンにグローブを手渡した。
「じゃあ、一回だけね?」
リンはグローブをはめ、マシーンの前に立った。
『Round2、Ready・・・GO!!』
「ロック、ルイス・・・早く帰って来なさいよォォォォォォ!!!」
リンは怒りにまかせてマシーンを殴った。そして、出た点数は・・・なんと、満点の500点だった。
「ええええええっ!!?」
(じょ、女性の腕力に負けた・・・!!)
ロバートはリンに負け、ショックを受けていた。
「す、すげー!!パンチングマシーンで満点出したぞ!」
「何モンだこのねーちゃん!!」
ゲームセンターで遊んでいた客が野次馬になって集まっていた。
「このマシーンの今までの最高記録は、確か400点だったよな?」
「ああ、確か誰だっけ?ツンツン髪で、背が低めで、イライラするとよく来て、あのマシーンで遊ぶ奴。」
(そ、それってまさか・・・!ロック!?)
野次馬の言葉から、ロバートは400点を叩きだした男が、ロックだということに気づいた。
(と、年下にまで負けたァーーーー!!!)
年下にまで負け、さらにショックを受けた。
その後、二人はゲームセンターでひとしきり遊び、昼食に近くのファミレスに入った。
「いや~、遊んだ~!ゲーセンも結構楽しいわね!」
「そ、そうですね・・・ハハッ」
ロバートはパンチングマシーンの件を引きずり、まだ落ち込んでいた。
「ロバート、何食べるか決めた?」
「ま、まだ考え中です。・・・あの!」
ロバートは意を決し、リンに尋ねた。
「ん?」
リンはロバートに目線を写しながら、水を飲んだ。
「き、聞きたいことがあるんですけど・・・・リ、リンさんって、ルークさんのことが好きなんですか!?」
ロバートがリンに突然のことを尋ねた瞬間、リンは驚いて口から水を吹き出した。
吹き出した水はロバートにかかった。
「ゲホッ!ゲホッ!な、何言ってんのよアンタは!?」
「や、やっぱりそうなんですか!?」
「ち、違うわよ!私は、そんなんじゃ・・・・」
否定しようとしたリンは、笑ったルークの顔が頭に浮かび、それを思い出し、顔を赤く染めてテーブルに顔を伏せた。
「べ、別に好きなんかじゃないわよ!た、ただ・・・憧れてるだけ。」
「そ、そうだったんですか。最初、ルイスから聞いたんです。『もしかしたら、リンちゃんってルークおじさんのこと好きなのかも。』って・・・」
「あの・・・バカッ!!戻って来たら顔面ゆがめてやる・・・!!」
リンはテーブルに顔を伏せたまま拳をわなわなと振るわせた。
「てっきり、好きなのかなって思ってました・・・リンさん、ルークさんの隣にいるとちょっと嬉しそうな顔するから・・・見てて、嬉しそうだなって・・・」
ロバートの一言で、リンはさらに顔を赤く染めた。
「・・・そう思われてたんだ、私・・・」
「ま、まぁまぁ!と、とりあえず、ご飯食べましょ!ねっ!?」
二人はなんとも言えない空気を変えるため、料理を注文した。
料理を注文し、店員が立ち去った後、リンが口を開いた。
「私、それとなく聞いたの。」
「何をですか?」
「ルークに、『再婚しないの?』って。そしたら、『私はマリア以外の女性とは結婚しないし、抱く気もない。』だってさ。」
「す、すごい・・・」
ロバートは唖然としていた。ルークの誠実さと覚悟、何よりも、マリアに対する深い愛情に。
「今時、あんなに誠実な男なんてそういないわ。スケベな男なんてゴロゴロいるのに。それでね、後でメアリから聞いたの。マリアさんも気持ちは同じだって。『この人以外の人と結婚なんてしない。この人に先立たれても、私はこの人を一生愛し続ける。』って言ったんだって。」
リンから語られた、マリアの心情にまたもロバートは唖然としていた。
「その瞬間、私は・・・『この夫婦には勝てない』って思ったわ。割とマジで。」
「確かに・・・勝てない。僕も・・・っていうか、全人類のほとんどでも勝てないですよ!そんなの!」
「だよね。ハァ・・・みんな凄いわ・・・ロックもルイスも、やることやりたいこと即決して行動できるんだから。私は置いてきぼり・・・」
「リンさん・・・」
リンは両手で顔を伏せ、ため息をついた。
ロバートはそんなリンを見て、複雑な気持ちになった。ロバートはリンに好意を抱いていた。
故に、リンが悩んでいることに胸を痛めた。
しかし、自分では何も手助けできないのではないか、とロバートは迷ってもいた。
「お待たせしました~!」
ロバートが考えている間に、料理が運ばれてきた。
「ビーフハンバーグセットと、パスタのレディースセットでーす!」
店員は料理をテーブルに置いた。熱い鉄板の上でジュウジュウと音を立てているハンバーグに、量少なめのパスタにサラダ、スープ、デザートがついたレディースセット・・・どちらも食欲をそそられるが、今のロバートはそんな気分にはなれなかった。
「辛気くさい話になっちゃったね・・・ほら、食べよ!」
「はい・・・」
二人は料理を食べ始めた。リンは美味しそうに食べていたが、思い悩んでいたロバートは料理の味など頭に入らず、眈々と食べ進めている。
(どうすれば・・・どうすれば、リンさんを笑顔に、幸せにしてやれるんだろう・・・・)
料理を食べた後、二人をファミレスを後にした。
「あー、美味しかった~!悪いわね、奢ってもらっちゃって。」
「いいですよ、別に。デートですから、これぐらいは・・・」
その後、二人は街をブラブラと歩き回った。何をするでもなく、ただ街を見て回るだけ。
一通り歩いた後、ロバートはアパートにある自分の部屋へリンを案内した。
「どうぞ・・・」
ロバートは紅茶を床に置き、正座した。
「ありがと。」
リンは紅茶を一口飲み、部屋を見回した。
「この部屋、前に来た時は気づかなかったけど、随分日本的なのね。畳あるし。」
「買いました。」
「座布団もあるし。」
「それも買いました。」
「床に座ってご飯食べてる?」
「はい。父がずっと日本的な生活をしていたもので・・・その影響で・・・というか、リンさん正座大丈夫なんですね。前に来た時は気づきませんでしたけど。」
ロバートがそう言うと、リンは笑った。
「ハハッ、修行時代によく正座してたからね。慣れちゃった。」
二人はしばらく二人で何気ない会話を楽しんだ。途中、冷蔵庫にあった酒も飲み始め、二人はほろ酔いになった。
「ところで・・・リンさんって何歳でしたっけ?」
「うー・・・18歳・・・ひっく!」
酔った状態で、リンは楽しそうに言った。
「えっ!?じゃあヤバイじゃないですか!アメリカじゃ21歳からですよ!?」
「あぁ?別にいいっつの!ベトナムじゃ18歳からOKなんだから・・・!今日は飲んで忘れ・・・ひっく!」
酔った影響で、リンは男勝りな口調になっていた。
「あーあ、大丈夫かな・・・・」
「フー・・・女ってさ、色々めんどくさくね。」
リンは一呼吸置き、突然語り始めた。
「えっ?」
ロバートは声を上げたが、それに構わず、リンは自分の腕を見せた。
「ホラ、私の腕、細いでしょ?こんな腕じゃ、屈強な男なんて倒せやしない。あの宗方宗次だって・・・」
「宗方宗次・・・リンさんの家族を殺した・・・」
「そう。そして、あなたのお父さんの左足を奪った人でもあるわ。」
リンは言い終えるとともに、ため息をついた。
「ハァ・・・私、男に生まれたかった。男だったら、修行積んで屈強な体になって、復讐できるし、面倒なこと考えずに済むかもしれないしね・・・・」
「リンさん・・・」
リンの言葉に、ロバートの胸は苦しくなった。
(このままじゃリンさんは・・・!・・・ええい、ままよ!)
ロバートは覚悟を決め、リンを励まそうと、リンの両肩をつかんだ。
「リンさん!」
「えっ!?な、なに!?」
「『女だったらこうだ』、『男だったらああだ』なんて話はよく聞きますけど、そんなの関係ないです!どっちがいいか、なんて考えたって答えなんて出ません!考えるべきなのは、そんなのじゃなくて!どれだけ幸せになれたか、とか!どれだけ人を好きになれたか、でしょ!」
「ロバート・・・」
ロバートは必死に、自分が思いつく限りの言葉でリンを励ました。
それに対し、リンは聞き入っていた。ロバートの言葉ではなく、その必死さに。
「リンさんは変わらなくていい!リンさんはそのままで凄く綺麗だし、カ、カワイイし・・・!わ、私は・・・そ、そんなリンさんのことが、好きですッ!!!」
ロバートはアパート中に響きそうな大声で叫んだ。
『・・・・』
ロバートが叫んだ後、二人はしばし無言になった。
その瞬間、ロバートはハッと気がついた。
(い、今、僕、なんて言った!?こ・・・告白したのか!?うわぁぁぁぁぁぁ!!励まそうと思ったのに、なんで告白しちゃうんだよ、僕はァ・・・!!)
ロバートは自分の言ったことが恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染めた。そして、すぐリンに謝ろうと口を出す。
「リ、リンさん!ご、ごめんなさ・・・!」
ロバートが謝ろうとした時、リンはその口を塞ぐようにロバートの唇にキスをした。
「・・・!?」
ロバートは驚きながらも、初めてのキスの感触を味わった。
数秒後、二人の唇は離れ、二人は互いに顔を見合わせた。
「リ、リンさん・・・?どうして・・・?」
「・・・励ましてくれたお礼。でも・・・」
リンは恥ずかしそうに顔を赤く染め、そっぽを向いてしまった。
「今の、私のファーストキスだから・・・・あんまりこっち見ないで・・・」
「ッ!?」
恥ずかしがってそっぽを向くリンを見て、ロバートは心臓を射貫かれたかのような衝撃を受けた。
「後、笑ったら殺すから。」
「わ、笑いません!っていうか・・・リンさん、凄くカワイイです・・・!」
ロバートは見惚れた状態でリンの腕を掴み、そのまま無理矢理口元に再度キスをした。
「ちょっ・・・!?」
ロバートは1分近くキスをした後、リンを床に押し倒した。
「!」
そして、気がついた時には、リンは汗だくの状態で横たわっていた。
「す、すいません!調子に乗りました!!」
ロバートは慌ててリンに謝った。すると、リンはそっとロバートの手に触れた。
「大丈夫・・・大丈夫だから・・・続き、しない?」
「えっ!?」
リンの言葉に、ロバートの体は硬直し、胸の鼓動が高鳴った。
「・・・はい。」
ロバートは静かに答えた。
そして翌日の朝、二人は目を覚まし、裸の状態でベッドから上半身を起こしている。
『・・・・』
二人はそっぽを向きながら黙り込んだ。
床には脱ぎ捨てた服と片付け忘れた酒とコップ、ベッドの周りにはクシャクシャに丸まったティッシュが散乱している。
(やってしまったァ~~~~!!!)
二人は心の中で叫んだ。
(僕はなんてことを・・・!!他のみんなに言ったら、絶対からかわれそうだ・・・!!いや、ルークさんなら、もしかしたら祝福してくれる・・・?いや、それでもなんか勘違いされそう!!)
(私ってば・・・最低ッ!!なんであのまま本番に移行しちゃうのよ、私!せめて最初くらい・・・もっとロマンチックにやりたかった・・・!!)
二人は自分がしたことに後悔し、両手で顔を抑えた。しかし、ふと顔を見合わせると、
『あっ・・・』
二人は昨夜のことを思い出し、顔を真っ赤に染め、またそっぽを向いた。
(リンさん、意外と積極的だった・・・)
(ロバート、意外とデカい・・・)
「・・・とりあえず、着替えて・・・朝ご飯にする?」
「・・・そうしますか。」
二人は服に着替え、ロバートは昨日の酒とコップにゴミを片付け、リンは冷蔵庫にあるもので簡単な朝食を作り、二人で食べた。
食後、リンはロバートの部屋を出た。
「送りますか?」
「大丈夫。一人で行ける。あ、あのさ、昨日は・・・ありがと、励ましてくれて。」
リンは照れ笑いを浮かべながらロバートに礼を言った。
「い、いや、そんな・・・僕はそんな・・・」
「っていうか、ロバートって真面目な話するとき以外は、『僕』って言うのね。フフッ、格好つけちゃって。」
「い、いいじゃないですか。」
ロバートは照れて頭を掻いた。
「じゃ、またね。」
「はい。」
二人は別れをつげ、リンはアパートを後にした。事務所へ戻る道中、リンは足取りが軽くなっているのを感じた。
「~♪」
どうしてそうなったのかはわからなかったが、リンはそれが異様に心地よく感じ、鼻歌を歌いながら帰った。
そのころ、王牙の屋敷では・・・
「王牙のダンナァ、言われた通り集めといたぜ。」
屋敷の大広間にスポンサーと屈強な男5人が集まった。
「・・・来たか。」
男達を集めるように命令した王牙は大広間で仁王立ちしながら待っていた。
そんな王牙を、5人の男達はニヤニヤ笑いながら見ている。
「へへへっ・・・こいつを倒せば1億くれるって本当か?」
「簡単な話だぜ。」
「こんな木偶の坊、屁じゃねぇや!」
「1億はいただきだ!」
「やっちまおうぜ!」
5人の男達は格闘家ではあったがアマチュアだった。この場所に連れてこられたのは、「王牙を倒せば賞金1億ドルを1人ずつに与える」という理由によるものだった。だが、その実、言ってしまえば王牙の練習台である。
しかし、5人はそのことに気づいていない。それどころか王牙の強さに気づいておらず、見た目だけで判断している。
「いくぞぉ!!」
5人の内の1人、スキンヘッドで腹の出た長身の男が王牙に殴りかかった。だが、その瞬間、王牙の拳が男の顔面に飛んだ。
「・・・!!」
男は断末魔を上げる間もなく吹き飛ばされ、他の4人のところまで吹き飛ばされた。
「なっ・・・!?」
男の顔がまるでクレーターのようにへこんでいた。口も目も鼻も潰れている。
「あーあ、こりゃ手術してもダメかもな。はい、お次どうぞ~」
スポンサーは男達を促すように腕を王牙のいる方へ動かした。
「そ、それがなんだってんだ!」
2人目、今度は細身のアジア人が素早い動きで王牙の後ろへ回り込む。
「パワーがあっても、スピードには・・・!!」
その瞬間、王牙は後ろ回し蹴りを繰り出し、細身の男を蹴り飛ばした。男は壁まで吹き飛ばされ、めり込んだ。
「ストラーイク♪はい、次~・・・ん?」
スポンサーはまた男達を促そうとしたが、残りの3人は王牙の圧倒的強さに、意気消沈していた。
「どうした?1億だぜ?欲しくないのか?」
「う、うるせー!!こんな奴に勝てるわけねぇだろ!!」
「に、逃げろー!!」
「たわけが・・・」
逃げ出す残りの3人に、王牙は拳に力を込めた。
「プライドも貫けぬ、腑抜けどもがッ!!」
王牙はその叫びとともに拳を思い切り横へ振るった。すると、王牙が空気を殴ったと同時に衝撃波が発生し、3人を吹き飛ばした。
「うおおおおおっ!!?」
3人は衝撃波で吹き飛ばされた。そして、吹き飛ばされた先には、宗方宗次が自分の腰に差した刀に手をかけていた。
『!?』
三人は目の前にいる宗次に驚いた。それをよそに宗次は一気に刀を抜き、横に一閃した。
「がっ・・・!」
「ぐっ・・・!」
「あっ・・・!」
「三連三文字斬り・・・ッ!!」
宗次は刀を鞘に収めた。すると、3人の腹に三文字の切り口が入り、血が一気に噴き出した。
『がはっ!!』
3人はそのまま吹き飛ばされた勢いのまま床に倒れ、息絶えた。
「ヒューッ♪あの一瞬で3人の腹を三文字にかっさばくとは・・・やるねぇ。しかし、随分散らかったなぁ。」
屋敷の大広間は、5人の男の死体で汚れてしまった。
「甲賀!!カスパール!!」
王牙は叫び声を上げ、二人を呼んだ。すると、どこからともなく甲賀とカスパールが現れた。
「ここを掃除しておけ。」
「御意。」
「わかった。」
二人は命令に従い、5人の死体を片付け始めた。
「ダンナ、どうでした?手応えは・・・?」
「足りぬな。久々の闘気を使わぬ訓練だというのに、これでは相手にならん。このレベルなら後1万人用意しろ。」
「手厳しいねぇ・・・」
「それから、宗次!俺に助けはいらんぞ。俺一人でもこいつらを殺せた。次は邪魔するな。」
王牙は宗次に忠告し、そのままその場を立ち去ろうとした。
「待て。」
宗次は刀を抜き、王牙に剣先を差し向けた。
「宗次殿!?」
「何をしている!?」
宗次の突然の行動に、甲賀は背中の忍者刀に手をかけ、カスパールは両肩に搭載されたミニマシンガンを起動した。
もし、宗次が王牙を殺そうとした時の為だ。
「よせ、二人とも。」
王牙は静かに二人の行動を抑え、宗次の正面へ立った。
「宗次、何のつもりだ?」
「貴様は勘違いしている。我はお前の仲間ではない。我はお前の首をいつでも取れるように仲間になっているだけだ。」
宗次はそう言って刃を王牙の首筋に向けた。
「ならば、やってみろ。」
突然、王牙は宗次を挑発した。
「!?」
「王牙様!何を!?お止めください!」
甲賀は王牙を止めようと大声で呼びかけた。だが、王牙は無視して話を進めた。
「どうした?貴様の狙っている首は目の前だぞ?」
「・・・・」
宗次は刃を王牙の首筋に向けたまま、刀を両手に持った。
「やれぇいっ!!」
「!!」
王牙が叫ぶとともに、宗次は勢いよく刀を首目がけて振るった。その瞬間、「パキンッ!!」という音が大広間に鳴り響いた。
そして、大広間は静寂に包まれた。
「おー・・・・!」
スポンサーは驚きから声を上げ、拍手をした。
『・・・・!!!』
その時、宗次、甲賀、カスパールの3人は戦慄した。
王牙の首は切られていなかった。よけたのではない、防ぎ、刀をへし折ったのだ。現に、宗次の手には折れた刀が握られている。だが3人が戦慄したのはへし折る為に、刀を"噛みちぎった"ことだった。
「フン・・・!」
王牙は鼻息をならした。その歯には、へし折った刀の先が咥えられていた。
そう、王牙は宗次が攻撃してきた瞬間、刀の先を噛み、そのまま刀の軌道の勢いとともにへし折ったのだ。
「ぺっ!」
王牙は咥えた刀を捨てた。
「良い腕だ・・・・だが、覚えておけ。いくら剣の良かろうが、切れないものがある。それが俺の首だッ!!!」
王牙はそう言うと、背中を向けて大広間を後にした。スポンサーも後に続き、大広間を後にした。
「・・・・!!」
宗次は呆気に取られたまま動けなかった。宗次だけでなく、甲賀とカスパールも同様だった。そして、戦慄とともに恐怖も感じていた。
(な、なんて力だ・・・・!!)
(以前の王牙様は、こんな芸当できなかったはず・・・・!!)
(ま、まさか、日々成長しているというのか・・・!?)
3人の体は震え、宗次と甲賀に至っては全身から汗が吹き出した。
それは恐怖によるものだった。暗闇を怖がる子どもが感じるものにも近い・・・未知なるものに対する恐れだった。王牙は今まで本気で戦っていない。否、本気で戦える相手がいなかった。故に、その実力は未知数。故に、もし本気を出した時への恐怖が3人を包んでいた。
そして、3人は思った。
このままいけば、誰もあの男を止められなくなる、と・・・・




