異空間の果てに
神崎が見つけたというドアの方に向かう。乱闘に紛れたおかげで、俺たちの方を気にかけるものはいなかった。強いて言えばあの賭け子だが、まあ神崎が気絶させたのだから、当分は問題ないだろう。
別にそんな悪そうな人じゃなかったんだがな。
ここは善悪関係なくということで。
それにしても、随分とくたびれた倉庫だ。ところどころ朽ちかけている。地震が来たら倒壊してもおかしくないぞ。想像するだに、恐ろしいが。
不吉な考えが頭をよぎり、背筋がぞくりと這った。
これ以上はやめておこう。
「こっちだ、黒崎」
何かが積まれた二、三メートルはあろうかという荷台の先を抜けると、そこには確かに鉄のドアがあった。刃物が何かで切り刻まれた跡があった。
こんなにすんなりと見つかるのは少し不思議なんだが。だいたい可動式の本棚や暖炉、カーペットとかそういったもので隠されてたりするもんだ。小説の見すぎか?
「この先になにがあったんだ?」
「それは知らん。私は怖いので、お前に行ってもらおうかと」
「ふざけんなよ! こんな子供に行かせる気か!」
「何を言う! 中身は私と変わらんだろうがっ!」
「今は子どもなんですぅー! わかったら、さっさと先陣切れよ!」
「私だってこう見えても、すごいビビりなんだぞ!」
自分で言うのかよ。
というか、こんなしょうもないやり取りしている場合じゃない。
「わかった。じゃあ、二人で開ければ問題ないだろ」
「そ、それなら、文句はあるまい」
腕を組んだ神崎が偉そうに同意する。力を合わせて二人で扉を押した。すると、スイッチが起動するような、カチッという機械音が鳴った。
押したことで少しずれた扉がその隙間にはまっていく。
ゴゴゴゴゴッーーーとゆっくりと動き、最後にはがちゃんと収まった音がした。
「おおお~」
「妙にここだけハイテクだな。建物はこれを隠すカモフラージュか?」
こういうちょっとした仕掛けがあると心が躍る。男心をくすぐるというかなんというか。
だが、開かれた扉の先にあったのは一寸先も見えないほどの闇だった。まったく光がない。ただ空気が流れているのか、ヒューという小高い音が聞こえるだけだった。
ごくりとのどが鳴る。その何もないはずの空間に威圧され、緊張がぬぐえない。それは神崎も同じなのか、どこか神妙な面持ちで見つめていた。
「なあ、これって……」
「ああ、行くしかなさそうだな」
「だよなぁ」
この先に何があるのかまったく見当もつかないが、飛び込むしか他に方法はなさそうだ。
覚悟を決めて、俺たちはその闇に一歩踏み込んだ。
**
視界に再び光が戻ってきたときには、目の前に神崎の顔があった。そいつは俺の顔をじっと見つめて、整った顔でこう言った。
「気がついたか?」
「え、ブサイク?」
「開口一番失礼な奴だな!」
俺の下敷きになっていた神崎から離れて起き上がる。パンパンと服についた砂埃を払う。
「それにしてもここはどこなんだ?」
「わからん。だが、あの暗闇の先だ、ということだ」
「今度はやけに広い場所だなぁ」
倉庫にこんな場所があったとは思えない程、着いた場所はしっかりしていた。しっかりしていたというのは、人が暮らせるという意味でだ。椅子と机がある。ソファやテレビ、ティーセットなんて洒落たものまで置いてあった。
二人で物色しながら部屋を探索する。
まさか異空間に飛んだとかな……。敵の能力でどこか遠い遠い僻地に飛ばされた、とか……? 冗談じゃないぞ、どうやって帰るんだよ。
「黒崎、こっちだ」
またしても何かを見つけた神崎が俺を呼んだ。だが、その声音はさっきとは違って、どこか急ぐようなものだった。警戒を解かず、腰に手をかけたままの神崎を避けて先に進む。
「なにかあったの……か」
うそ、だろ。
俺の視界に飛び込んできたのは、倒れた人間だった。怪我をしているのか、服には血が飛び散った跡がある。それに切り傷もひどく、服も破れかかっていた。
「なにがあったんだよ……」
そして、近くに寄ってみて初めてわかる。
その倒れていた人間が。和葉さんだったことに。
「和葉さん!!」
「!?」
思わず叫んだ。俺の言葉で神崎も正体に気づいたのか、蒼白した表情で駆け寄ってきた。
「和葉様!! ご無事ですか!?」
和葉さんを支えようとしていた俺を突き飛ばし、神崎は和葉さんに手を伸ばした。うつ伏せだったのを起こし、脈を図る。どうやら命に別状はないようだった。だが、ひどい負傷状態だ。ここで戦闘でもしていたのか?
「う、ん……ん」
「和葉様!」
傷が痛むのか、一つ唸った。かずかに目を開けて、俺たちの方を見る。
「どうして、ここに……?」
「和葉さんこそ、なんでこんなところで闘ってんだよ! たった一人で乗り込んで……」
「そう、ね……」
息も途切れ途切れだ。疲弊しているのがわかる。こんなになるまで敵と闘っていたというのか?
「可愛い翔くんの、ためだもの……」
「俺の、ため……?」
「お姉ちゃん、頑張らなきゃ……」
日本刀を突き立て、無理やりにでも立ち上がる。元気を装っているが、ふらつきが目立つ。これはダメだろ。俺が支えながら、どうにか和葉さんが立ちあがった時だった。
「いやあー、兄弟愛っていうんスか? 美しいくらい反吐が出るッスねー」
ぱちぱちと嫌味たらしく拍手をしながら、そんな声が聞こえてくる。
「誰だっ!」
神崎が俺と和葉さんをかばうように、刀を抜いて牽制しようとする。
「誰って、あんたらこそ誰なんスか? オレちんとのバトルの邪魔しないでほしいッスなあ」
陰から出てきた男はへらへらとした薄笑いを浮かべて、俺たちを眺める。
どこかで見たような黒いフード付きの上着。聞いたことのある特徴的な語尾。
あの時の、俺にドリンクを渡してきた男だった。