遮断された海上戦
倉庫から学園内を突き抜け、整備された一本道をひたすら走っていた。かれこれ十分くらいだろうか。最初のころは、決闘祭を観に集まっていた集団がちらほらと見えたものだが、少し中心から離れただけで人影は消えた。
ぶるぶると唸りをあげるチャーターの振動は俺たちを休ませることなく、揺らし続ける。
「まだ着かないのか?」
俺は運転している神月に向かって話しかける。一刻でも早く到着したいという焦りが俺の口調を荒々しくさせる。自分でも怒りを感じているが押さえられない。向ける矛先が間違っているのもわかってはいるが、それは無意識のうちに言葉に出ていた。
「今のスピードが限界だ。これ以上出せば、ヒートしてエンストするだろう」
「くそ、急がなきゃってのに……」
「それにな……」
急に真剣な表情を浮かべた神月に不審感を覚えた。
「交通速度や信号を守らないといけないんだ。違反しては免許停止になる」
「そんなこと言ってる場合かよッ!?」
「いや、しかし和葉様に知られたら何と言われるか……」
「緊急時だったって許してくれるだろ!」
「む。ほんとにか?」
もしかしてコイツ、スピード制限を建前に自分の免許を守りたいだけなんじゃねぇか? そんな理由で遅くなって、和葉さんの救助が間に合わなかったら元も子もない。
それにコイツの免許がはく奪されたところで、俺にはなんの痛手もない。もし見つかって罰則を喰らうなら、俺は知らぬ顔をすればいいしな。だから俺は神月に催促する。
「和葉さんをうまく助ければそれで口実ができるんだから、問題ねぇだろ」
「ふ、ふむ……。い、いや――」
「それにバレなければ大丈夫なんだよ」
考える隙を与えずに俺は顔を近づける。言い聞かせるように、言葉を区切ってはっきりと発音してやった。
「そ、そうか! 生徒会や警備隊にバレなければ私の免許も大丈夫なのか!」
「ふっ、ちょろい」
俺の言葉を繰り返すように納得した神月に、俺は思わずほくそ笑んだ。
「よし、やれ」
「任せろ、黒崎。制限解除だ」
手元のレバーを引くと、ガコンと何かが外れる音がした。どうやら制御装置を外す機能もあったらしい。初めからやれ、とはツッコみたかったが、結果的に良しとしよう。
ぎゅっとハンドルを握りしめた神月は、「よし」と一言合図したかと思うと、足元のペダルを勢いよく踏み込んだ。チャーターが一気に加速する。目の前にある速度計の針が激しく動いていくのが見えた。
「うおおおお!?」
「よし、これなら早く着くぞ!」
あまりの勢いにシートへと背を叩きつけられながら、加速していく風景に俺は少し興奮した。
**
やけに静かだ。
目的地に到着して一番初めにそう感じた。
もはや使われていない倉庫場だからこの感想は当たり前なのだが、今に限ってはおかしい。そう、敵の本拠地だぞ? どこかで戦闘が起きていても不思議じゃない。
だというのに、物音ひとつどころか人の気配すら感じられない。
いったいどういうことなんだ?
神月も同じ疑問を抱いたのか、チャーターから飛び降りるとすぐに荷台から一本の剣を取り出し、腰に携帯して武装していた。見ると、他の二人も銃やら武器を背負っていた。
俺もチャーターから降りて辺りを見まわしてみる。海にコンクリートを流して造られたような場所に、五メートルはあろうか、見上げるほど大きな倉庫がいくつも並んでいる。そのどれもが錆つき朽ち果てていた。中にはまだ使えそうなものもあったが、正直使わない方がいいと言える。
やっぱり静かだ……。
親衛隊の三人と別れて手掛かりを探ってみるも、人影は見つからなかった。向こうからやってきた神月も俺と顔を合わせると、首を横に振った。
「試しにどっかの倉庫内を探してみるか?」
手っ取り早く和葉さんを探し出せる方法があればいいんだが、現状としては手あたり次第に探す方法しか思いつかない。というか、六魔のやつらが来ているはずだから、大輝たちと合流できればいいんだが……。
「そうだな。効率が悪いが、こうなれば探してみるほかあるまい」
神月は少し考えた後で、そう賛同した。せめてもの効率をあげようということで、とりあえず二組に分かれることにした。俺と神月、メガネくんとブタ丸くんのペアだ。
正直この組み合わせで助かった。今の俺では十分に闘えないので、おそらくかなり強い神月と組める方がありがたい。なによりピンチになった時に助けてくれそうだ。いや、わかんないけど。
「とりあえず、チャーターを停めた場所を中心としよう。海側を十二時の方向にして考えてくれ。三時の方向を私と弟くんで、九時の方向を二人が捜してくれ。何かあったらすぐに連絡を」
全員集まったところで、改めて神月は説明する。ちゃんと俺を弟と呼んだことに、少しほっとした。
敬礼したメガネくんとブタ丸くんは張り切って走り出していく。その背中を見送った後で、俺は神月に話しかけた。
「そんでどっから探すよ?」
手前のその倉庫からか? と聞いたが、神月は慎重に返してきた。
「残念ながらその必要はないみたいだ」
「は?」
じっと俺を睨むような視線。おい、いったいどういう……。
「さっさと出て来い。そこに居るのはわかっているぞ。私たちを泳がせて、どういうつもりだ?」
いや、その正義感溢れる視線は俺の後方へと注がれていた。
「へっへっへっ……。なあんでバレたんだろうなあ。ちゃんと、能力は起動してたはずなんだが」
その薄気味悪い笑いが背中側から聞こえて、慌てて振り返る。
そこには少しボロボロになった、それでも制服の原型はある服を着た男が倉庫の扉に寄りかかっていた。少し怠そうな感じで、背筋が曲がっていて腕もだらんとしている。黒みがかった金髪。耳にはピアスをつけ、いかにもヤンキーといった格好だった。
「音と気配を消す能力だな?」
神月が冷たい声音でそう宣言する。それに対し、男子生徒はにやりと笑うと、やつれた表情を浮かべた。
「いんやあ……俺のは『認知』だ。周りから存在を隠せる、バリアみたいなものを作れる」
男は否定したが、おおよその内容は神月の言った通り、音と気配を遮断することで認知させないということだろう。まさか俺たちが来ても敵が認識できなかったのは、この謎バリアがあったせいか。そうなると、その謎バリアはこの倉庫場全体を包んでいるってわけか? とんでもなく範囲でかいぞ!?
広範囲にわたり、複数人に効果を与える能力。相当なキャパシティーを持つ能力者のはずだ。
「しかしぃ、ガキをよこすとか六魔は舐めてるのか?」
神月に向けられていた視線は俺へと下がっていた。不敵な笑みに警戒心を抱かざるを得ない。
「下がっていろ、黒崎。ここは俺が応戦する」
「へっ、どこの誰だよ、三下が」
吐き捨てるようなセリフと共に、男が構える。手にはきらりと光るナイフを持っていた。
「水無親衛隊隊長、神月護。今より参戦する」
なんとも格好いいセリフと共に、神月が腰の剣を抜いた。