吉報と凶報②
蓮華からの吉報とによって、次の試合への奮起が高まる。だけどそれに反比例するように、もう一つあるという悪い知らせに対する不安が俺の心の中で少しずつ大きくなっていく。
いったいなんなんだよ。なんかこうして考えているだけで気分が悪くなってくる。
今考えられる最悪の状況は、俺に呪いをかけた犯人の行方が完全にわからなくなってしまうことだ。だけど、和葉さんはすでにつかんだと言っていた。完璧主義なあの人が一度手にしたものを逃すはずがない。
たとえ犯人の手掛かりがなくなったとしても、絶対に何とかするはずだ。
いやこれは和葉さんに対する信頼やうぬぼれとかじゃない。俺が試合に出ていく前に交わした言葉だ。
ヤクソクしたのだ。お姉さんがなんとかしてあげる、と――。『任せて』と口に出した言葉に関して、和葉は絶対に成し遂げる。俺と交わしたヤクソクを絶対に破らない。
だから、俺は和葉に絶対的な信頼を持っているのだ。彼女もしかりだが。
とすれば、なにか別の要件でまずいことが起きているということなのか。そういえば、六魔や『幽霊の心臓』の件はどうなった?
大輝には試合の事だけを考えるように言われていたが、裏では何か起きていたんじゃないのか? 俺が知らない間に奴らが動いていたとしたら、この決闘祭の水面下で何かが進んでいたとしたら、どうなる?
情報が欲しい。何がどう変化したのか。
いや、それよりも今は俺の呪いを解く方を優先すべきなんだろうが……。それでもそのあとの動きを事前に考えておきたかった。
ひとしきり悩んでうぅむと唸ってしまう。
その様子を見て俺に考えるだけの時間を待っていてくれたのか、蓮華さんはじっと俺の顔を見ていた。目が合うと、唇の端を少しだけ持ち上げて笑みを作った。
「考えはまとまった?」
「まぁな。正直考えたところで……って話だが。待たせて悪かった。もう一つの報告の方も聞いてもいいか?」
「心の準備はできたってこと?」
「ぐっ……それは、まぁ。そうでもないけど」
もうすでに刻一刻と状況は変わっているはずだ。いつまでもここでじっとしているわけにもいかない。呪いをかけられた当人が何もしないでどうする。いつだって気持ちの整理もつかないまま、突っ走て来たじゃないか。今だって同じのはずだ!
「考えるより体を動かさないとな」
「怪我は完治してないけどね」
俺の言葉の上げ足を取るように、ふふっと声に出して蓮華さんは笑った。だけどそんなに不快な感じはしない。どこか俺を心配しているようで、そんなニュアンスが含まれるような言い方だった。
「じゃあ悪い方の知らせね」
「お、おう」
「実は君に呪いをかけた犯人なんだけどね」
いや、まさか本当に足取りがわからなくなっているのか?
ごくりとのどが鳴った。
「副会長が追っかけてるそうだね。それで大きな戦闘になっているらしい。今決闘祭の裏で状況が大きく変化しているよ。六魔の大半が大会に出ていたこともあって、生徒会の方に敵の攻撃が当たっているそうだ」
俺が想定していた以上の事態だった。
知らないうちに戦況が完全に悪化している。まさか俺たちが表で闘っているときに限って……。いや、俺たちが表で闘っていたからこそ、裏で警戒していたところに敵が攻撃してきたということなのか?
くそ、こうしちゃいられない。すぐにでも加勢に行きたい。
「状況はどっちが優勢なんだ?」
「えっと……」
蓮華さんの気まずそうな顔に、俺はなぜか嫌な予感がした。この予想だけは絶対に当たってほしくない。考えられる限りで最悪のことだからだ。和葉ならやりかねない。あの人は……。
「副会長が一人で敵陣に乗り込んでいった、らしい」
「……」
最悪だ。こんな時ばかり予想が的中しやがってッ……! まったく何を考えているんだ和葉さんは。この大事な時に一人で敵と戦って何かあったらどうするんだよ。
「その情報は確かなのか?」
「雨坂くんが六魔の会議を通してそう連絡をくれたよ。又聞きになってしまうけど、正確だと言っていいと思う」
大輝ならこんな嘘をつかない。今だっておそらく六魔の方で動いているはずだ。
今は合流して情報の確認と、その戦線へ行くことが優先だ。
大会の方は如月に任せっぱなしになってしまうが、こればっかりはしょうがない。迷惑承知だが、あとでしっかり謝罪しないとな。
「すぐに向かう」
「怪我は完治していないということだけを忘れないでくれ、黒崎くん。あまり治癒系の能力者がこういうことを勧めてはいけないのだけど、くれぐれも無茶はしないでくれ」
止めてないだけありがたいってもんだ。
倦怠感を振り払って俺はベッドから起き上がって、部屋を飛び出した。