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第四回戦 記憶の解放


          **


 会場は歓声に包まれて止むことを知らない。立ち上がって声援を送る者。興奮しているのか、まるで怒鳴り散らすように野次を飛ばす者もいる。


 その中で冷静に俯瞰している者もいた。


「翔くん……」


 両手を組み重ねて額へ合わせる。修道女が祈るようなポーズで、ただひたすらにその光景を心配そうな顔を眺めている。


「あいつ、まさかっ……!?」


 その隣では何かを察したのか、勢い良く立ち上がって様子を窺う大輝の姿があった。


「やっぱり暴走してるんじゃねかッ! 今すぐ止めに行かねぇと」


 騒ぎ立てる観客の中を静かにすり抜けて行こうとする大輝の腕が突然ぎゅっとつかまれる。


「何するんだよ、副会長!! あいつ、異能をコントロールできねぇんだぞ。このまま放っておいたら、ガチで死人が出てもおかしくないッ」


 つかむ手を無理やりほどこうとして激しく抵抗するも、なおしっかりと握ってくる和葉の手にははっきりとした意志が込められていた。


「なにを……」


「翔くんを信じてあげて」


「は……?」


 困惑する大輝に再度同じ言葉がかけられた。


「翔くんなら、絶対大丈夫だから」


 絶対という言葉が深く発せられる。その言葉の重みは確かに感じられるが、大輝は納得できないでいた。


「何を根拠に……。練習試合の時に起こった暴走を忘れたのか? 俺と如月だけじゃなく、あんたもその場にいたじゃねぇか」


「それでも――。信じてあげて」


 何度も同じ言葉を繰り返す和葉の目には、翔太との今まで培ってきた確かな信頼という二文字が浮かんでいた。圧を受けているわけではないのに、なぜか視線を合わせていた大輝は少したじろいだ。


 そして捕まれている腕をちらりと見てから視線をさまよわせたかと思うと、返す言葉が見つからないのか、口をもごもごとさせるもどこか諦めた顔でふぅと軽く息を吐いた。


「次は俺の判断で動くからな。親友じゃなく、これは六魔としての仕事だ」


 大輝は真剣な表情を浮かべて、和葉の手をそっと振り払った。


 和葉の言葉を信じるとは口にしないものの、椅子に座りなおすことでその同意を示して見せた。


「きっと大丈夫だから……」


 和葉はそっとつぶやく。


 その様子をちらりと横目で見つめる大輝。何が、とは言わない。


 万が一の時に暴走した翔太を押さえるのが条件で、あいつを試合に参加させたのは自分だ。この決闘で何か起きてしまったら、自分に責任が来るのは当たり前としても、その前に翔太を傷つけたくはなかった。


 暴走した状態を覚えていないあいつに、人を殺したなんて事実を突きつけるなんて嫌じゃないか。


 そんなことになってはいけない。させてはいけない。


 その前に俺が絶対に止めてやる。


 そんな闘志を抱えながらも、大輝は奥歯をぐっと噛みしめたまま試合を眺め続けたのだった。


              **


 俺の体を拘束する氷鎖は、異能『凍結(ミューデル)』で出来ているその特性上、肉体そのものを凍り付かせていく。


 物理的に動けなくするだけじゃなく、体温を奪うことで段々と俺の肉体は抵抗する動きさえも鈍っていく。どうにも力が入らず、鎖を壊すこともできない。冷え切った体はますます鉄のように固まっていった。


「あんた……本当に黒崎なの?」


 如月は今にも限界そうな表情で、生み出した鎖に力を送り続けていた。


「お前こそ、何をして……」


 休んでいたはずの如月がどうして俺に異能を使っているんだ? これ以上異能を発動させたら、どうなるかわかっているはずだろ。あとに戻れないこともわかっているはずだろ……。


 それなのにどうして……。


 いや、それ以前に俺が何をしているんだ? さっきまで双子に攻められて劣勢に立っていたはずなのに、いつのまにか双子は俺たちから遠くの方で倒れている。


 状況打破を願った記憶まではあるが、それから今までの記憶がない。


 何が起こったっていうんだ……。


「あんた、その武器……」


 如月に言われて初めて、俺が武器を持っていることに気づく。それはさっきまで生成していた聖剣ではなく、明らかに形の違うものだった。黄金色に光る巨大なハンマーがそこにあった。


「これは、確か」


 いつの間に生成したんだという疑問は、この武器に見覚えがあるという事実に飲み込まれた。


 前に大輝や和葉さんと練習試合を行った時に俺が生み出した武器だ。確かに俺自身が生成したものだが、それで闘ったという記憶はない。今回と同じように、記憶がないのだ。


 いや、逆か……。


 大輝に聞いた話だ。絶対に忘れないように心の中に留めていたことだ。


 『皇金の鉄槌(ミョルミール)』を使用して、俺が暴走したということ。覚醒した異能の代償として俺の人格はもうひとりのオレに奪われたこと。


 もう一人のオレと言われても自覚がない以上はどうやったってその事実を受け止めることができないでいたが、今この状況、記憶がなかった数分間に誕生した惨劇を前にして、俺はその存在を確かに感じた。


「これは俺が……?」


「やっぱり暴走してたのね……」


 如月はようやく氷鎖を解いて、安心したようにほっと溜息を吐いた。


 俺を拘束していた鎖ははじけ飛ぶように、もとにあった空気中に霧散していった。


「あれっ……」


 だらんとして全身に力が入らずに膝から崩れ落ちてしまう。これが、代償……なのか?


「異能を解放したら肉体に圧倒的な負荷がかかるのよ。それが今一度に押し寄せてきたって感じかしら」


 如月の方は容体が落ち着いてきたのか、きちんと座りなおして深呼吸を重ねていた。


「お前はもう大丈夫なのかよ? さっきまでへばってて、それに俺を止めるために……」


「今のあんたよりは動けるわよ」


 俺が最後まで言い切る前に、如月は言葉を重ねた。




 








 

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