第四回戦 すべてを変えるために
背後から受けたナイフによる傷はますます熱を帯びて、血をとめどなく噴き出し続けている。
「そろそろ決着をつけましょうか」
「変態先輩」
双子のディスリに軽口を返す余裕もなく、俺はただただ深く呼吸を重ねることで自分の脈動のリズムを整えていた。興奮して血の流れが速くなればなるほど、傷口から血が出て行ってしまう。
止血する道具を生成するという判断ができないほどに、まともな思考ができなかった。
とにかく冷静でいなければ――。
そんな考えだけが頭を支配していた。
「はぁ、はぁ……」
呼吸の乱れは武術の乱れにも通じるくらいだ。落ち着いて状況を……っ!
「ここから先は……あたしがあいて、よ……」
膝に手をつきながらふらふらと立ち上がる如月が視界に入る。
「おいっ、無理を……」
「無理をしているのはどっちよ……。あたしだって休んでいるわけには……!」
俺が双子と闘っていた数分間の間、じっとしていたといっても所詮は短い時間に過ぎない。異能を限界まで使った場合は充分な休養を取らないと、後に回復できないまでのダメージが人体に蓄積されてしまう!!
「弱っている先輩を叩き落とすのは心苦しいですが」
「これも試合なので仕方ないですよね」
双子はじりじりと如月の方へと詰め寄っていく。
「残りの体力を全部使えば問題ないって話よ……」
如月とはすでに会話が成り立っていなかった。
まるで独り言のように呟いている。俺の声が届いていないのか、すでに『凍結』を構築し始めており、如月の周囲には空気中の水分が凝縮されてできた氷の礫がいくつも浮かんでいた。
呼吸も乱れている。無理やり能力を振り絞っている状態がわかる。
このままじゃ再起不能になってもおかしくないぞっ!!
全力で異能を発動しているのが双子たちにも伝わったのか、その不穏な空気を察してすぐに体勢を変えた。一度如月の『凍結』にやられているだけあって、相当警戒しているのか、少し離れた位置から様子を窺っている。
「はぁぁーーーっっ!! ……ぐっ」
深く息を吐いたせいで痛みを感じたのか、如月はせき込んでしまい練っていた能力は薄れてしまった。
そして、その好機を双子は見逃さなかった。
「「今ですっ!!」」
ナイフを構えた陽と、爆弾を抱えた優が如月へと飛び込んでいく。
これは、やばいっ!! 止めなければっ!
そう思っても体が動かない。必死に手を伸ばせど届くはずもなく、ただ無意味に俺の手は延びていくばかりだった。
何もできないのか、俺はっ!! なんでも自在に創れる能力があっても、仲間一人助けてあげることもできないのかっ! こんな役に立たない能力が誰を救えるっていうんだ!
そう思った瞬間、
「ならば手を貸してやる」
そんな声が脳内に流れてきた。
誰だ……? いや、誰だっていい! この状況を……如月を救えるならば、力を貸してほしい!
声に出したつもりはないはずなのに、答えが返される。
「よかろう。代償は高くつくぞ」
代償なんざ知ったことか。今だけは気にしている場合じゃないだろ! 打開策が思いつかないなら、神に頼るのもやぶさかでもないだろっ!!
「強く念じろ。それで全て変わる」
何を念じればいいのか。考えることもなく、俺はただ頭に浮かんだことを念じた。
この状況を打開できるほどの力が欲しい――。勝ちたいのだ、と――。
「貴様が欲したものをくれてやる。代償はいただくぞ」
そんな声が聞こえた次の瞬間、俺の体は動き出した。だが、どうやって動いたのかもどこに向かっているのかもわからないほどに意識は暗闇の中にいた。
腕や足を動かしている感覚はまるでないのに、なぜか俺の右手にいつか生成した『皇金の鉄槌』が握られていることだけがはっきりわかった。
黄金色に光る巨大なハンマーを双子の方へ振り回す。
「いつの間にっ!?」
「これは……!?」
俺の接近に気づいていなかったのか、二人とも派手な爆風で吹き飛ばされる。
もっともっともっともっと吹き飛ばしたい。
そんな欲動に狩られ、勢いよく走り出した俺は二人へさらなる鉄槌を振り下ろした。勢いをつけるほど攻撃力が増すこの武器は、女の四肢を砕くには充分すぎたらしい。
飛ばされた一人の内、悲痛なまでに甲高い悲鳴をあげて肉体の痛みを喚き散らした。どうやら足の骨でも砕けたのか、その場から動くこともできずに足を押さえてうずくまっている。
ははっ、タノシイジャネェカ……。
ただただ邪魔なモノを壊すだけダ。
コの状況をダカイスルために……。カツためニ……。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
誰かが叫ぶ声が頭に響いてくる。だが、それがどうしたっていうんだ……?
すぐにでもその声ごとぶち壊して……。ん? 追撃を放つつもりが、体が動かない……だと!?
よく見ると俺の体は鎖のようなものに拘束されていた。動かそうとしてもしっかりと固定されているために、腕がまったく動かなかった。
なんだこの氷の鎖は。いったいどこに繋がって……。
鎖を辿っていくと、その先にいたのは如月だった。苦痛そうな表情を浮かべながらも、俺へと延ばされた手から氷の鎖を放っているのが見える。
そこでようやく意識がはっきりしてきたのだった。