第四回戦 危機一髪
如月が放った『氷壁爆矢』によって、双子はかなりのダメージを負ったはずだ。
俺の攻撃によって吹っ飛んでいった陽はまだ倒れたままで、腕から血を流しているせいでその周りに血の海ができていた。姉の優もなんとか氷の残骸をどかして顔を出しているが、その表情も苦痛そのものといったようで、疲労が読み取れる。
ふらふらと歩きながらもなんとか妹の方へと歩いていき、倒れている陽を引き起こした。
「まだいける?」
「だいじょーぶ……」
この試合においては闘う意志がある限り、どれほど負傷していても外部から規制されることはない。
先ほどの攻撃で瀕死になっていても俺たちの勝ちにならなかったのは、司会が双子の続行を認可していたのだろう。だからこそ倒すのではなく、場外に相手を出さなくてはならないのだ。
まだ双子たちが闘えるというのなら、まずい状況になってくる。
最大限の異能を使い果たして動けない如月を抱えながら、俺が二人を相手どらなくてはならない。
「くそっ……」
「ねぇ……」
何か策を練ろうと考えている所に、消え入りそうな弱弱しい声が聞こえてくる。
如月が声をかけたと気づくのに数秒かかってしまい、慌てて聖剣を消した俺は近づいた。
「あたしに、作戦があるの……。あんたが時間を稼いでくれるだけでいいわ……」
「え、もう少し大きい声でたのむ! 俺がどうすればいいんだ?」
限界まで如月の口元まで耳を近づけた。触れるか触れないかって距離だったが、今は気にしている場合じゃないっ!
「あ、あたしは残りの体力で自衛に入るから守らなくていいわ。ただ、体力が回復するまで時間を稼いでほしいの。む、無理はしなくていいから……」
「了解した。時間を稼げばいいんだろ?」
如月ははぁはぁと息が上がりながらも、なんとか言葉を無理やり吐き出した。少し体を支えてやる。どうやら体温が上がっているのか、結構体が火照っていた。
「無理をするのはどっちだよ……」
ぐっと力を込めて、前に抱えてやる。如月の手を俺の首へと回し、そのまま立ち上がった。
「ちょ、ちょ、……あ」
「おい、動くな。運ぶだけだから」
「……うん」
いわゆるお姫様抱っこってやつか? 初めてやったけど、案外簡単にできた。如月の体が軽かったおかげかもしれないけど。
そのまま双子から距離を取るようにステージの端っこまで運んで、静かに下ろしてやる。
「ここで休んでろよ。その間に俺ができるところまでやってやる」
「あ、ありがと……」
「まぁすぐにやられて戻ってくるかもしれないけどな……」
「最後までかっこつけなさいよ……」
なぜか如月は、はぁとやけに重苦しい溜息を吐いた。なんか俺が変なこと言ったか? まぁいいや。
とにかく勝つためにはこの作戦しかない。如月の体力が回復するまで俺が双子を引き留めておく。なんなら倒したっていいくらいだ。
「まだまだ試合には付き合ってもらいますよ」
「変態先輩」
「いいかげん、その名前から離れてくれないかな!」
再び戦闘の準備を取って、俺たちの方に詰め寄ってきた双子に罵倒される。
あいにく罵詈雑言で喜ぶ趣味はないので、俺にとっては効果はない。……が、地味に傷つく。
「如月先輩には休むすきは与えませんよ」
「変態先輩をすぐに葬ってあげます」
「葬るとか怖いこと言うなよ!」
なんか敵のペースに乗せられている気もするけど、この際こいつらに罵倒を控えるように言っても無駄なのか? こうやって会話しているだけでも時間稼ぎにはなっているわけだから、俺としてはありがたいんだが……。
如月の手前は闘うと宣言したが、実際のところ俺もかなりの体力を消耗しているわけだ。『具現化』で武器を生成して保有しているだけでも、少しずつは減っていく。
出したり消したりを頻繁にできればいい、とは思うんだが、なかなかそれも難しいところでもあった。
「わたしたちの真骨頂を見せてあげます」
「覚悟してください」
宣言したのもつかの間。
視界にいきなり陽が飛び込んでくる。ナイフを携えて。
「ぐっ……!」
バックステップで斜めに振られるナイフを交わす。続けざまに上から、横からと刃物は飛んできた。
「甘いぞ!」
武術に関しては俺の方が格段に上だ。
「きゃっ!?」
体力のあるうちに攻めておいた方がいいと判断した俺は攻めに打って出た。
「視線と殺意がバレバレだ」
まずはナイフの突きを体を逸らして交わす。伸びきった陽の腕をつかんで引っ張ることで、バランスを崩した相手の足を払う。あとは勢いのまま引っ張った方へ体を流してやる。
陽は受け身を取ることもできずに、そのままずさぁと倒れてしまった。
相手の攻撃を利用する武術だ。コツさえわかってしまえば簡単にできる。
「よくもっ!」
今度は優が仕掛けてくる。異能『空嘘』で増やした小型爆弾が俺の向かって飛んでくる。
だが、所詮は幻影なはず!
そう思って、俺は逆に突っ込むことにした。
「な……!?」
その行動が予想外だったのか、優は動揺して本命の爆弾が明後日の方向へと放り投げてしまった。
慌てて回避をしようとしたが、俺の拳がすでに捉えていた。が、俺の拳は優の体を突き抜けてしまった。
くそ、これは幻影だったか! いったいどこに……。
「誰も正々堂々とやるなんて」
「言ってませんよ」
背後から声がする。振り向くと、如月の方に走っていく双子が見えた。
「しまったっ! あいつの方を狙ってきたか!」
弱っていて動けない如月を攻撃されて場外に出されたら元も子もない。だが、今ここから全力で走っても間に合うか……。いや、動かなくてはいけないだろ!
如月を助けるためにも足を動かす。たとえ、あいつがガードできると言っていても、異能が使えない最悪な状況を想定せざる負えない!!
「やめろぉぉぉぉ――!!」
優が小型爆弾を投げつける。如月はかわすだけの体力がまだ戻っていないのか、その場から離れようとしない。くそ、このままでは!
「油断大敵ですよ」
「甘いのは先輩でしたね」
双子が俺の方に振り向く。
「ぐっ……はっ!?」
一瞬にして背中に痛みが走る。な、なにが……? いや、この痛みはまさか。
腰のあたりにナイフが突き立てられていた。如月の方に気を取られていて、陽の接近に気が付かなかった。その油断をつかれて、攻撃をもらったわけか!
「ゲホッ……」
背中から深く突き刺さったナイフによって内臓が傷つけられたのか、思わず吐血してしまう。尋常じゃないくらいに、傷部分が熱を持っているのがわかる。
耐えきれなくてその場に膝をついてしまった。
「如月先輩に誘導させた作戦です~」
「不意打ち作戦が決まりましたね」
双子は手を合わせて喜んでいる。くそ、まさかこんなだまし討ちでやられるとは……。
「黒崎ぃっ……!?」
「ごほっごほっ……」
刺さっていたナイフを抜き取って投げ捨てる。手を当てるが、出血は止まるはずがなかった。
口から垂れている血を手の甲で拭う。かなりのダメージを負ってしまったか。
「はぁ、はぁ……」
息をするのがこんなに苦しいとは……。どうにかして立ち上がらなければ! このままだと追撃されて終わりじゃないか。
「く、そ……」
だが血が出すぎているのか、頭がふらふらとして意識がはっきりとしない。
俺の周りには血の海ができていた。こ、こんなに出血していたのかよ。
精一杯の力を込めた握りこぶしで地面を押すようにして、地面から立ち上がろうとするもうまくいかない。
「さぁ」
「「覚悟はできましたか?」」
声高らかにそんな双子の声が聞こえた。