第四回戦 対面戦闘
対策らしい対策も持たないまま、先に試合会場へと歩いて行った如月を追いかける。
観客の歓声と司会のコールが聞こえてくる。その声は振動となって、俺の体の奥深くまでじわじわとしみ込んでくる。プレッシャーに近い、そういったものがずっしりと心に乗っかってくる。
一歩一歩動かしていた足が急に重く感じ、なんだか歩くのさえ億劫になっていた。
「ほら、さっさと行くわよ」
「ほいほい」
如月の頼もしい背中を眺めながら、だんだんと光が差し込んでくる方へ向かっていく。華奢な体つきで筋肉が多いわけでもないのに、どうしてこんなに強そうに見えるのか。
こいつは背中に何かを背負っているようにも感じる。六魔としての強さ、とはまた別の……。
「なぁ、この試合に勝てたらさ……」
「なによ。勝つなんて当たり前のことなんだから、もしもの話なんてしないでくれる?」
口調からも緊張のきの字も感じられないほどに、しっかりとした態度と精神を持っている。如月は本番に強いタイプなんだろうな。例えば俺の茶化した言動でも、はっきり受け止めてくれそうな雰囲気がある。
だから、ちょっとした悪戯のつもりで言っただけだった。
「俺と学園祭を回ろうぜ」
「そうね…………え、ええっ!?」
なぜか不意打ちを喰らったかのように、突然驚いて俺の方を見る。整った顔立ちが崩れるのを隠そうともせずに、頬を紅く染めた如月は口をパクパクと金魚のように動かしながら、俺の方を見ていた。
「そ、そ、それって……つまり、つまりは」
「なんだ? 試合を頑張ったご褒美に遊ぶくらいはいいだろ?」
からかい半分本音半分といったところだ。
如月は言いたい言葉をはっきり口にできないのか、どもりながらも短く束ねられた髪の毛の先を指でくりくりといじり続ける。
「あ、あたしと……で、で、でー」
「大輝や和葉さんも一緒に回れると楽しいかもなぁ」
「……! なによその目線は」
ちらちらと如月の反応を窺うように目線を送っていたら、逆に恨めしそうなそれが返されたのだった。
そして短い溜息を吐き、それと同時に俺に背を向けた如月は再び歩き出した。
「もういいわよ! さっさと試合に行くから!」
「あ、おい、待ってて! ちゃんと二人で……」
俺の言葉は最後まで伝わることはなく、女の子らしい背中を追いかけながら試合会場へ駆け出して行った。
**
空気が拍手で振動する。
俺たちが入場したせいか。はたまた先に待っていた双子を祝福していたのか。
「さぁ、両チームの入場が整いました! 今回の大会において、一番注目が集まっている試合でしょう。六魔の第四位の如月沙綾・黒崎翔太選手と、六魔の第五位の桜城優・第六位の桜城陽選手の対決です! 学園最強の異能使いが見せる白熱すること間違いなしの闘いです。絶対に見逃すなよぉ!」
司会の説明によって、会場の熱がよりいっそう加速していく。
「あたしは後輩だからって手加減はしないわよ」
向かい合う双子に対して、如月は挑戦的な声を上げて威圧する。それに対して、双子の反応は
「腑抜けた如月先輩に」
「負けるはずないもの」
「そんな弱そうな男連れて」
「勝てると思ってるんですか?」
一人がしゃっべっているのではないかと勘違いするほどに、声の高さやトーンが同じ状態で交互に喋っていた。容姿も生き写しかと思うくらいにそっくりだった。
同じ黒髪に、同じくらいの長さに切りそろえられた前髪。
可愛らしい小顔に、ぱっちりと開かれた目。
身長も同じくらいで、体つきや発育も似たように小さい。こうスレンダーというか……。
「そっちの男から」
「エッチな視線を感じます」
「「いやらしい」」
なんか風評被害を受けてしまった。
「おい、まて。偏見はやめろ! ってか、如月もそんな目で俺を見るな!」
変態は死ね、と言わんばかりの蔑んだ目で五歩くらい退いていったぞ。
「というか、後輩にそんな視線を向けるなんてどうかしてるわ」
俺はそんなつもりはなかったと言おうとしたのだが、双子に先を越されてさらなる追い打ちをかけられてしまう。
「へー、先輩だったですね」
「ただの外道だと思ってました」
「「「きもい」です」」
尊厳なんてもう消し飛んでました……。如月もなぜか双子サイドに立っており、完全に女子三人対俺みたいな構図になっている。声をそろえて如月まで馬鹿にする始末。
おいおい、始まる前からこんなの負けるじゃねぇかよ!
「でも、一応呼ぶときに困るかもしれないので」
「変態先輩と呼称させていただきます」
不名誉な名称をいただいたところで、再び如月が俺の傍に戻ってきた。
「さ、うなだれていないで、さっさと勝つわよ」
「お前がとどめ刺したんだよ!」
ツッコミで返してみるも、そのあとはスルーされてしまった。
「じゃあそろそろ」
「始めましょうか、先輩方」
双子が構える。
俺たちも向かい合って、構えた。如月は体を斜めに構えて異能を展開するポーズを、俺は腰を落として握りこぶしを前に突き出す。
戦闘の合図となる鐘の音が鳴り響き、試合の幕が開かれた。