大きな大きな借り
俺をショタ化させた犯人の異能を調べ終わった和葉さんが再び俺たちのもとにやってきて、俺は二人に場所を変えることを提案した。
ここには俺が元に戻る方法がないからだ。
「おい、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか」
「黙ってついてこいって」
愚痴を垂れながらも、素直に俺の後をついてくる大輝に声をかける。
「ねぇ、翔くん。私にも教えてくれないのぉ? その解決策っていうのはなんなの?」
次の試合を見るために集まりつつあった人々の間をすり抜けて、俺たちは人気のない方へと歩いていく。
俺の隣に立ち、手を握りながら歩幅を合わせて歩いてくれている和葉さんもどうやら解決方法というのに心当たりがないらしく、終始疑問を顔に浮かべていた。
喧噪を抜けると、辺りはシーンと張りつめたような感じに包まれる。
そりゃそうだ。ここから先はもう一般人が侵入することは禁止されているから、いるのは大会に出場する戦闘科の学園生たちしかいない。あとは関係者か。
そういや、数時間前にもここを通ったな。
そんなことを考えながら、先へ先へと歩いていく。子供の体長もあって歩幅が狭いせいか、道のりがひどく遠く感じた。
やがて一室へとたどり着く。
その部屋に書かれていた文字を見て、二人は驚いたような表情を見せた。
「「ここって……」」
異能者用治療兼医務室――。
そう、試合が終わって治療を求める学園生が来る場所だ。
「ここの医療を借りるんだよ」
そう言って、俺はドアノブに手をかけた。
**
「いらっしゃ……あら、ここは子供が入っていい場所じゃないよ?」
俺たちを出迎えたのは、暇そうに回転椅子の上でクルクルと回っていた蓮華さんだった。
治癒系統の異能を持つ彼女はここで、怪我をした学園生を治療しているのだった。
「あー、俺たちはちょっと……」
「手を貸してほしいの!」
大輝が言葉を濁した一方で、和葉さんはド直球に要件を伝える。
六魔と生徒会に所属する高名な二人が一度に押しかけてきたということもあって、蓮華さんもただ事じゃないと判断したのか、俺の方をちらりとみて言った。
「この子供に用があるんだね?」
回っていた椅子の回転を止めて、きちんと座りなおす。
俺と目が合うとはっとした表情を浮かべると、すぐに揃えられた資料の山から一枚の紙を取り出して、なにやら俺の顔と視線をいったりきたりさせる。
なんだろう、何かを見比べてる……のか?
しばらくすると、蓮華さんはふふっと小さな笑い声を出した。
「いやぁ、参ったねぇ。人が小さくなるなんてのはどんな魔法をかければできるんだい?」
その一言で俺はすぐに察した。
蓮華さんはどうやらショタ化した俺が黒崎翔太だとわかったらしい。そして異能の影響で小さくなったという事実にも気づいたみたいだ。
「体を小さくする異能を受けたみたいなの……」
和葉さんは俺の肩に手を乗せながら、補足説明をしていく。
「それでちびっこ君いわく、ここに来れば解決方法があると踏んだんだが……」
大輝はまだ俺の意図を理解していないのか、部屋の周りを見渡して何かないかと探しているようだった。
いや、もしかすると、蓮華さんのことを知らないのかもしれない……。
状況を伝えたことで、俺は蓮華さんにもその意図が伝わったと判断して彼女に頭を下げた。
「俺が小さくなっている状態を、蓮華さんの『原生』で元の状態に戻せないか?」
触れたものをもとある状態にするという特殊能力。
彼女の能力ならば、俺が受けたショタ化の呪いも解くことができるんじゃないかと思ったのだ。
実際にやってみなければわからないが、それでも可能性はあると信じて俺はここまでやってきた。
人体の怪我を直せるのならば、どうか体をもとある状態にも戻してほしい……。
「できなかったらあきらめはつく! 頼む、お願いだ!」
「いいよ~」
返ってきたのは見事なまでに軽い返事だった。
「できるかはわからないけどね。まぁ蓮華さんに任せなさいな」
そう言って蓮華さんは呆然と突っ立っている俺たちをよそに、一人着々と準備を進めていく。
「じゃあ、黒崎くんはここに座ってて」
そう言って、蓮華さんは向かいの椅子に座ると、両手を前に突き出すように俺の体に当てる。
あれ、これなんか既視感がある気が……。
蓮華さんの呪文を聞きながら、目の前の大きな両手から黄緑色の光があふれだし、その光が俺の体へと伝わってくるのを眺める。
温かい光が全身を覆っていく心地いい感覚に、つい意識を手放して眠ってしまいそうになるのをこらえながら、俺は全身が変化していくのを体感していた。
なんと説明すべきだろうか。こう、少しずつ身長が伸びていくのが意識レベルでわかるというか。まぁ言葉にするなら、まさにそんな感じだった。
ふと、目の前で異能を行使している蓮華さんの表情が視界に止まってしまった。
少し汗をかいていて、苦痛なのか顔を歪めていたのだ。
まさか特異な異能だから、使うのにも代償が大きいのか? 無理をさせてしまっているのかもしれない。だけど今更やめてほしいっていうのも、おさまりがつかない……。
どうか頑張ってくれ!
そんな祈りにも近い応援を彼女に送りながら、俺は治癒を受け続けた。
そして、
「はい、おしまい……」
その掛け声とともに俺の体を包んでいた光はどこかへと霧散していった。
「「「おお!!」」」
三人の声が重なる。
「戻った、のか?」
「すごいわ!」
これほど自分の体が恋しかったことはない。
見える世界もいつも通りだ。握りしめた手の間隔も、地を踏んで立つ足の歩幅も、全ていつも通り。
「ありがとう、蓮華さん!」
彼女の手を全力で握って、何度も頭を下げた。
「もしかしたら成功しないかと思ったけどね……。でもその場しのぎかもしれないよ?」
ん、どういうことだ? その場しのぎって……。
「能力者の意識がはっきりしているうちは、根底までその呪いを解き切れていないということだよ」
「つまり、もう一度ショタに戻るってことか……?」
「その通りさ」
まじかよ、『原生』よりも呪いの方が強いってのか。
「だが、次の試合で闘えるなら問題はないんだろ?」
俺と蓮華さんの会話に大輝が割って入る。
「だが、戻ったら意味がないんじゃ――」
「だがら、試合の後で犯人をぶちのめしに行けばいいだろ?」
ゴツンと両手の拳をぶつけて、にやりと笑う大輝。
なるほど、そういう感じか。
「じゃあ次は試合に行くか!」
「お、やる気満々だな!」
「頑張ってね、翔くん」
二人のエールを受けて、俺の体にますます闘う意志がみなぎってくる。
だが、これもすべて彼女のおかげだ。
「本当にありがとう、蓮華さん!」
「この貸しは試合で楽しませてもらうとするよ。期待してるからね」
「任せろ!」
最後に恩人へ感謝を述べた俺は、二人とともに試合会場へと向かった。
そろそろ大きな戦闘シーンを書くつもりです。