探偵の推理
『俺が小さくなった』という事実に気づいてしばらく呆然としてしまう。
よく考えてもみろよ。自分が起きたら体が小さくなってました、なんてさ。どこかの名探偵かよっ!ってツッコみたくなるじゃんか。いや、しないけどさ。
「ほんとに翔くんなのねぇ……」
和葉さんも未だに半信半疑なのか、俺の体のあちこちをペタペタと触ってくる。あっ、そこは、ダメっ!
俺自身も状況を確認するために『具現化』を発現させて、手鏡を一つ生成する。異能が使えるかの確認を込めて、その手鏡で自分の容姿を見ていた。そこに映っていたのは紛れもない子ども。どこからどう見ても小学生くらいの男の子にしか見えなかった。
「うーん、翔くんが可愛くなった……。わりとあり。でも大会に支障が——」
ぶつぶつと後ろから独り言が聞こえてくる。
ここで後ろと表現したのは、正確に言えば俺が和葉さんの前にいるからである。というのも、なぜか和葉さんは俺のことを抱っこ状態で膝に座らせているからであり——マジでぎゅってされて身動き取れない。
そんな俺たちの後ろには、和葉さんの後についてきた例の親衛隊たちが控えていた。俺に向かってじっと圧を送り続けているのが伝わってくる。一人一人が屈強な体つきをしており、ガードに関しては一流だとかなんだとか。しかもその手には警棒に見える武器らしきものがしっかり握られていた。
いや、これは不可抗力だから。
そんな睨みを利かせても和葉さんをどうにかしない限りはこの状況を変えられないぞ?
おい、待て。早まるな、落ち着け? とりあえずその持っている武器を置け。置いてくださいお願いします。
俺から望んでこうなっているわけじゃないって言い訳させてくれ。和葉さんからだからな!? 俺がしてくださいって頼んだわけじゃないからな!
「なぁ、そろそろ……」
「ええ~こんなに可愛いのにぃ? もう少しだけお願ぁい」
「……あっ」
いやね、確かにね。こういう風にされると仕方ないでしょ? 体は小さくなっても心は元のままだからね、俺も健全な青少年ですからね仕方ないんですよ。うん。
年上のお姉さんにぎゅってされたらわかるから。甘えたくなるから。
まぁ冗談はこのくらいにしておいて。
本気で考えると、この状況がどれだけやばいのか。それを認識したとき冷や汗が止まらなかった。
俺が黒崎翔太だという証明はできるから大会に出場するのは問題ないはずだが、この状態で出て果たして勝てるのかっていう話だ。異能の量は半減、子ども状態では武術の威力もスズメのさえずり程度だろう。
そんなんじゃ確実に負ける。如月に頭が上がらなくなってしまう。
「やばいよな……」
声に出てしまう。無意識のうちに感じている重みが言葉にこれでもかとのしかかってくる。その独り言が聞こえたのか、和葉さんは俺の言葉を復唱する。
「翔くんは、困ってる……?」
心配しているのか、後ろから俺の顔を覗き込みながら両手を俺の体に回してくる。まるで不安ごと俺を包み込むかのように。
「……。やばいとは思ってる」
「なら、私がなんとかしてあげる」
「……?」
ニコッと実に晴れやかな笑顔を向けてくる。そして俺の体を抱きかかえて、隣に座らせた。俺の頬を柔らかくてすべすべした手で添えるようにしてつかむと、目線を合わせた。
そして再びほほ笑むと、いつか見たことのある笑顔で、昔何度も見た笑顔で、
「お姉さんに任せて!」
和葉さんは嬉しそうに言った。
**
そこから和葉さんの行動は早かった。生徒会ならではの手段と人脈をフルに利用して、ずっと連絡がなかった大輝と合流することに成功した。
ずっと六魔の仕事をしていたらしく、俺への連絡は忘れていたんだと。おい、忘れていたってなんだよ。
まぁこの際は仕方ないって、自分で折り合いをつけていた。
そして俺の現状を話すと、すぐに大輝は理解してくれた。やっぱり頭の回転はすごく早いんだよな。これだから頼りになる。チャラいけど。
「小さくなったのは睡眠中ってのは間違いないなら、その眠る前の記憶は思い出せないのか?」
「なんかぼぉっーとしていたことは覚えているんだがなぁ」
「体が小さくなるってのは異常現象だが、この学園においてはそれも日常の一部だ。おおかた能力者の仕業で間違いない。さっき副会長に頼んで、体を小さくする能力ってのをデータで洗ってもらってる」
「それで入れ違いで……」
数分俺がベンチで待っていると、消えた和葉さんの代わりに大輝がやってきたのである。初見では驚いた様子を見せていた大輝だったが、事前に和葉さんから話を聞いていたのか、「翔太が小さくなったから、ショタか」などと一人で理解を示した。
腹を抱えて笑うなど非常に不愉快なことをしてくれたがな。
これだけ俺のことを気にかけてくれて、なんとか手伝ってくれているのはありがたいことなんだけださ。
「そういえば……」
「どした」
ふと俺が眠る前にしていた記憶について浮かんだことを口にする。
「無料でドリンク配ってたからそれをもらった気がする」
「は? 何の話だ?」
「いや、だから、大会に出てる生徒に無料で販売してる……」
「そんな話聞いていないぞ。つか、販売するのだって許可証ないとできないし、それを携帯してない売れないぞ」
あれ、どういうことだ。確かにあの男子生徒は観客にも販売していたはず。正規じゃなかったのか?
「こういうカードを売る前に客に見せなきゃいけないんだが」
そういって大輝は胸ポケットから名刺より少し大きいサイズのカードを俺に見せた。生徒会限定のハンコが押されている箇所に指をさす。
これは見た記憶がない。っていうか、今初めて見たぞ。そのことを大輝に伝えると、
「それじゃあそいつは許可を得ていない奴だ。てか、そんな奴のドリンクなんか飲んだのかよ!」
「いやだって、戦闘科の生徒は無料だって……。そういえば俺の学園証を見せたら変な態度を見せたな」
「明らかにおかしいってわかるだろ! ってか、学園証をみせたのか!?」
「お、おう」
いきなり俺の襟首をつかみかかってくる大輝にびっくりして後ずさりしてしまう。試合を見てたのか俺のことを知っていた奴だったなぁ、と一言加えておく。
「そいつは他の生徒たちにも販売していたのか……?」
「そうだよ」
口調と態度が荒かった大輝は急に静かに問いかけてきたので、微妙に怖さを感じる。激昂するより静かな怒りの方が怖いんだ。そう思った。
「クソッ! 完全に会場はノーマークだった。てっきり人のいない方を攻めるかと思っていたんだが、読みが外れたか……」
「おい、つまりどういう……」
大輝が何を言っているのかわからず、聞き返す。俺の言葉に大輝ははっと気づいたのか、一呼吸してから質問に答えた。
「すまん、説明を省いたな。つまりはお前が出会ったソイツが犯人ってこった。能力についてはまだわからんが、呪詛的な何かに近いだろう。そのドリンクに異能を混ぜた可能性が高い。それと」
一度に全部話してきたので、俺が待ったをかけるとそこで言葉を切ってくれた。
少しだけ時間をもらって頭の中で整理する。あの男子生徒が俺にショタ化の異能をかけた。それはわかった。だが、それの動機がわからない。俺のことを知っていて近づいたといっても、あのドリンクは俺から頼んだものだ。
「それとお前個人を狙った可能性が高い。なぜなら奴らが——」
「待て待て! 俺を狙った、だと? でもあれは俺からドリンクを頼んだわけで」
「偶然、か。ほんとにそう思うのか?」
大輝が俺の言葉にかぶせてその言葉を口にした。
確かに今考えれば不思議な点はたくさんあったかもしれないが、偶然じゃないなんてことあるのか?
「異能を行使すれば偶然を装うことなんて造作もない。お前に接触する目的で、この会場で販売していたのかもな。奴らならそれも簡単だろう」
ん、奴ら? 大輝の言葉にどこかひっかかる。あの男子生徒個人に対してどうして複数形の呼称を使うんだろうか。
俺の中でどんどん疑問が湧いてくる。まだつながらない点が多すぎる。