指輪と剣と崖の下
リーナス王国とやらに向かおうと思い、北も南もわからないまま歩ていると魔物に遭遇した。犬型の魔物だ。いや、オオカミ型か。一応、見たところ一頭だな。はぐれオオカミか。
不死であるとは言え、武器がない。魔法も使えない。どうすればいいのか。
だが、魔物はそんな俺が思考を進める前に、戦闘を開始した。
そのまま直進してくるかと思ったが、すさまじい跳躍力で、木々を足場にして立体的に動き、俺をかく乱する。いや、直線的にきても俺はどうしようもできないし、大丈夫だと思うんだがなどと思っていると、左側面からすさまじい衝撃が来る。体当たりか?俺は右側に吹き飛ばされる。
立ち上がり、元居た場所に目をやると、魔物が得意げに俺の腕を咥えている。
気づけば、左腕がない。
畜生!また、このパターンか。痛いんだぞ!すごく痛いんだぞ!…とそこでオオカミが加えていた腕がフッと消えて、俺の手が再生する。時間逆行だな。
魔物が「あれ?」っていう顔をする。
魔物はこちらをにらみ。再度攻撃態勢を取り、動く。今度は真っ直ぐ。超高速で。
俺はとっさに、昔読んだ漫画を思い出す。〇スター〇ートンだ。あの漫画では、軍用犬との戦い方が説明されていたはず。確か……と、もちろんそんな悠長に思い出している暇はない。すでに魔物は眼前にまで詰め寄っていた。今度は肩に噛みつき、肉をかみちぎる。
「痛ってえええええええええええええええ」
俺の声に驚き、魔物は距離を取る。その位置から、こちらを睨んでいた魔物だがまた「あれ?」って顔をする。また、時間逆行が発動したからだ。魔物がちょっと落ち込んで、少し耳が垂れて、尻尾がしょぼーんってなっている。あれ?ちょっとかわいいな。というか、あれは魔物っていうよりもはや犬だな。
噛みつかれた後、時間逆行で俺は回復。犬の方はせっかく取った肉を取られる。そんなことを数度繰り返しているうちに、犬がどんどんやる気をなくしていくのが分かった。
どんどん、耳が垂れ、尻尾が下がっていくのだ。
最後は、こっちに「そっかーお前は食えないやつなのかーそっかー」みたいな目を向けて森の奥へと消えていった。
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ただただ、歩いた。何時間も。
しかしこの不死はすごいな。いや、あの犬を追い払えたのもすごいが、もう何時間も歩いているのに疲れないし、お腹も空かないのもすごい。一定時間たつと、時間逆行で元に戻るから、疲れも空腹もなくなるのだ。おそらく、眠気も回復してしまうのだろう。
にしても……、同じところをぐるぐる回っている気がする。気のせいかもしれないが、ここ通らなかったっけ?そう思いながらぐるぐる迷っていると、いつの間にか夜になっていた。夜の森とか怖い。死なないけど。
何となく空を見上げる。そこには、月があった。満月だ。森の木々を抜けて、月明かりが俺を射す。すると、右手に着けられていた指輪が光り始めた。その光から何か文書のようなものが浮かび上がる。日本語だ。
〚リア•ファルと契約しますか。契約をした場合、契約者が一定範囲内にいる限り契約者の運命力が大幅に上昇します。〛
リア•ファルってなんだ?……ってこの指輪か。そういえば、いつの間にか指輪してたな。こっちに転移した時にはもうあったからウサギがくれたのか。あんな連れない態度だったけど、一応便利アイテム的なものをくれていたみたいだな。
「うん、契約する」
すると、契約書に中に俺の名前が書きこまれる。
〚契約は完了しました。では、運命を指し示します〛
さっきの契約書とは別の文書が浮かび上がりそう告げると、石が強く光り始める。おばあちゃんから教えてもらった秘密のおまじないをうっかり唱えたときの〇行石くらい光って、森の奥の一点を指し示す。
「向こうに行けってことかな」
光が指し示す方向に進む。10分くらい歩いただろうか。そこには、一体の死体があった。白骨化してないし、魔獣に食べられた痕もないってことは、殺されて間もないってことか。近づいて恐る恐る触れてみると、もう息はないが少し体温が残っていた。やはり、それほど時間がたっていないようだ。
だが、光が指し示しているのは、死体そのものでなく、死体の横にある一本の剣だ。また、指輪から文書が浮かび上がる。
〚騎士団長の剣(風):騎士団長が王国より与えられた剣。魔道具であり、「風」と唱えれば、風の魔法が発動する。魔石を埋め込めこんだ魔法力不要型の魔道具であるため、魔力がなくても使えるが、使用回数に制限(10回)がある。使用回数は、魔術師に魔力を補充してもらうことで回復できる。〛
おお、今の俺に打ってつけじゃないか。剣を拾う。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ちょうどいいタイミングで、叫び声が聞こえる。イベント発生ってやつだな。
声が聞こえたほうに走る。
そこにいたのは、いかにも王女風の少女と護衛の騎士だ。護衛の騎士は…女だな。近衛兵だろうか。その二人を5人の兵士風の男たちが囲んでいる。
合わせて7人。2体5だな。いや、おそらく王女は戦闘できないだろうから、1対5か。しかも、王女をまもりながら。7人は崖の近くのちょっと開けた場所にいて、森の中にいる俺は死角だ。
どう考えても助ける流れだろ。どっちしろ、俺は死なないしな。俺が参加して2対5。なんとかなるだろ。
なぜだか、急に勇気が湧いてくる。これも、この指輪の力だろうか。戦うと決めると、剣の柄にはまっている魔石が光りだす。魔石の中には5本の線が見える。なんだ、この線は?
とにかく勢いに任せて飛び出す。距離にして10mほどか。一人が気づき、こちらにめがけてものすごい速さで近づいてくる。
「◎△×◎△$×¥#」
近づいてきた男が何かを叫んでいるが、俺には理解できない。そっか、こっち世界の言葉は分からないのか。
「でも、そんなの関係ねぇええええ。風」
男が上空に吹き飛ぶ。上空に飛んで、そのまま俺の後ろの森の奥に消えていった。
まずは一人か。ふと目をやると、魔石の線が4本になっている。あれ?これって残り弾数か?すでの元の持ち主が何回か使っていたのか。となると、後4発。人数分だ。一度も外せない。
俺は、さらに残りの4人に向かって詰め寄る。
「×¥◎△#◎△$×!!!!」
「◎△×◎△$×¥#?!!!」
囲んでいた兵士も、王女たちも大パニックだ。
「レ…」
そのスキにと、もう一度、俺の口が呪文を唱えようとする。だが、兵士の一人がいかにも返し技を使いますよ、という構えでニヤリと笑った。「しまった!」とおもったが、俺の口はそのまま呪文を唱えてしまう。
「風」
が、風が発生しない。みると、さっきほど魔石が光っていない。ああ、クールタイムがあるのか。
攻撃が来ると思ったのだが、向こうも風が発生すると思っていたのか。「あれ?風使わないの」みたいな顔になっている。しかも、さっきの返し技の構えを解いている。そのタイミングで、魔石がまた強く光る。クールタイムは終わりってことだな。
「風」
すっかり油断して構えを解いた兵士に風が直撃する。今度は上空ではなくて、兵士が背にしてた崖に向かって飛んでいく。手足をジタバタとさせたが、そのまま崖へと落ちていった。あれ?もしかして死んだかな。だが、そういうことを悩むのは後だ。
あと、3人。と思ったが、俺が作ったスキを突き女騎士が一人を一突きで倒していた。結構強いんだな。ということは後は2対2。どうにかなりそうだな。
女騎士と目が合う。「頼んだぞ」みたいな感じの顔でうなずく。俺もうなずき返す。なんだこれ。かっこええ。
クールタイムがまた終わる。おれは準備万端だが、向こうもさっき崖に落ちていった兵士と同じ構えを取っている。あれは、剣道でいうところの霞の構えってやつだな。切っ先をこちらに向けて顔のあたりで水平に構えるやつだ。う~ん、こっちも準備万端か。
「風」
何の考えもなしに風を発生される。どっちにしろ不死だし。ちょっとどうやってこの技に対応するのか見て見たいという気持ちもあった。まあ、他にできることないし。
兵士はその構えのまま、剣を振り下ろす。すると、風が霧散した。あれは、ひょっとして魔力とかを切る技かな。風切った兵士は、こちらに向かって足を踏みきったっと思ったのも不可の間、ふっと消える。
ああ、これ知ってる。雑魚が「な?!早い!!」とか言ってやられちゃうやつだ。
先ほどまで5mくらいは離れていた兵士が1mくらいまで一瞬で詰め寄る。
「な?!早い!!」
そのまま俺は、胸を貫かれる。兵士は勝者の笑みを浮かべる。一方、俺は口から血を出していかにも殺された雑魚って感じだ。そして、俺を貫いた剣を引き抜き、踵を返しもう一人の兵士の方へ向かおうとする。が、そこで、時間逆行が発動。俺は完全回復する。
クールタイムが終わり、兵士がちょうどいい位置まで戻るのを待つ。
「風」
完全に油断していた兵士は後ろから直撃を受け、そのまま崖に落ちる。卑怯とは言うまい。勝負とは非情なものだから…なんてね。
女騎士と最後の兵士はほぼ互角の様だった。だが、他の兵士の敗北で、兵士の心が完全に乱れていた。その気持ちの分、女騎士の方が上回り、最後は高速の居合で兵士を仕留めた。
女騎士が近づいてくる。表情には感謝が見える。
「◎△×¥#×◎△$」
何言ってんのかわかんないけど。とにかく笑顔でうなずく。英語の授業でネイティブの先生が話しかけてきたときと同じ対応だ。大丈夫。笑顔は世界の共通語だ。
と、その時、また指輪が光り始める。急に光り始めた指輪に女騎士が警戒心をあらわにし、構える。いやいや、大丈夫ですよという表情とジェスチャーをしながら、指輪をはずして女騎士に見せる。女騎士はそれを手に取ると、「ん?まあ、大丈夫そうだな」みたいな顔をした。うんうん。言葉は分からずとも気持ちは通じ合える。
が、そのとき、指輪がまた一点を指し示した。森の奥だ。
光が指し示した先から、男が飛び出す。ああ、さっき最初に倒した奴だ。起きたのか。男は剣をこちらに向けて口を開く。
「風」
今度呪文を唱えたのは俺じゃない。兵士だ。なんだ、あの兵士も同じような剣を持ってたのか。
風の魔法がこちらの方に飛んでくるが分かった。俺は女騎士をかばうようにして、女騎士の前に立つ。その瞬間、ふわりと体重がきえたような感覚をあって、足が地上から離れているのが分かった。俺は上空に吹き飛ばされ、そのまま崖下へと真っ逆さまだ。
遠目に、女騎士がまた居合で兵士を倒しているのが見えた気がした。
俺は崖下の暗闇へと消えていった。