(4)「本当の友達」とは
読み上げたところで、朱音はハッとして元のグループを見た。
「違うから! こんな内容、送ってない!」
「でも、最近は鷹月さんと一緒にいるじゃん」
「それは、李子があのあと携帯を一緒に探してくれて、仲良くなって……」
彼女たちはそれ以上は追求しなかった。かわりに別の男子生徒が携帯を持ってくる。
『こんばんは、満永朱音です。
実は萩原くんのこと、
前からいいなって思ってて。
よければ月曜日の朝、
北坂駅で待ち合わせしない?』
「俺、今日待っちゃったんだよね。でも満永、全然来なくて……。これも満永じゃないんだ?」
「違うよ! 確かに使ってるのは北坂だけど」
この高校に通う生徒は、朱音たちが使う北坂駅と、李子たちが使う南坂駅のどちらかを利用している。この日、朱音は李子を迎えに南坂駅に向かったため、北坂駅に着いたのはいつもより早い時間だった。
「何かごめん」
「いや、満永が送ったわけじゃないみたいだし、いいよ別に」
この二人以外にも「満永朱音」からメールが送られてきたのは十人近くいた。
新しく携帯を買った時に、アドレス変更の連絡をみんなにしたかったのだが、携帯を失くしたままのため、朱音がアドレスを知っているのは、紙媒体で持っている李子のアドレスのみだった。
朱音はもう一度メールの画面を見て、何も言わずに返した。
チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってくると、それぞれが慌てて席に着いた。朝のショートルームが終わると、李子は早速朱音に声をかけた。
「朱音ちゃん、今日の放課後どこか行かない? カフェとか」
「え、何で?」
「何でって……ちょっと朱音ちゃんに聞きたいことがあって」
何で、と問われると思っていなかった李子は戸惑った。それでも李子は引き下がらない。ただ心配そうな顔で朱音を見つめるだけ。朱音は李子の意外な一面に驚いたが、しつこく言わないあたりが李子らしいと思った。
我慢競べのような雰囲気に、先に音を上げたのは朱音だ。このまま突っぱねようと思っていたのに。
「分かったよ、降参。南坂駅のカフェに行こう」
そう言って、朱音は笑顔を作ってみせた。こんな時でも李子の使う駅の近くで考えてくれる朱音の優しさに、李子は心が温かくなった。
「じゃあ、放課後ね!」
あの日とは違う、少し青みがかった夕日が二人を見つめていた。
カフェまでの道のりを、お互いに目を合わせることはなく、ギクシャクした会話を続けながら歩く。
朱音が案内してくれたカフェに入ると、李子と朱音はソファに向かい合って座った。表通りからは外れていて、あまり人が来ないのか店内は空いている。それを想定しているのか、店内もゆったりとしている。李子たちのほかには、子どもを連れた母親と、大学生くらいのカップル、そして若い男性だけだ。
「素敵な雰囲気のお店だね」
李子は店内を見回しながら言った。インテリアやちょっとした装飾も凝っている。
「うん。私カフェ巡りが趣味でさ。こっちの駅に用があった時、時間潰してたら見つけたんだ」
何度か一人で来ると言う朱音のオススメを参考にして、李子はアイスグリーンティーを、朱音はアイスレモンティーを注文した。
「それで、聞きたいことって?」
李子は朱音を見たが、彼女はこちらを見ていない。やはりお節介だったのだろうかという不安が、李子の頭をよぎった。
「その……ね、今日のメールのことなんだけど」
緊張で自然と声が小さくなる。これが正しいのかも、朱音の力になれているのかも分からない。ただただ不安が増すだけだ。でも、しないで後悔するよりは、して後悔したい。
李子は朱音が何かに気づいていて、それを李子に隠しているのではないか、と単刀直入に尋ねた。途端に彼女は表情を曇らせる。
「何かって何? 隠し事の一つや二つ、当たり前じゃん。じゃあ李子は私に対して、隠し事は何一つしてないの?」
それは……と李子が口に出す前に朱音が続ける。
「大体これは私の問題だし、李子には関係ないでしょ? ほっといてくれていーよ」
静かな店内には、それほど大きくない朱音の声もよく響く。李子は背中越しに視線を感じた。
「お待たせいたしました。アイスグリーンティーとアイスレモンティーです」
二十代後半くらいの落ち着いた女性が、飲み物を運んできた。彼女の顔からは、うるさいとか迷惑だといった様子は感じられない。
李子は朱音より先に飲み物に口をつけた。緑茶と抹茶の中間、少しの濁り具合が絶妙な、冷たい緑茶が喉を潤す。
「私ね、嬉しかったの」
朱音と初めて話した日のことを思い浮かべる。人見知りしてしまう李子に、朱音は呼び捨てで呼んでくれたり、一緒にお昼を食べてくれたり、家に招待もしてくれた。
「でも一番嬉しかったのは、話しかけたら話してくれる、嬉しいって朱音ちゃんに言ってもらえたこと。そんなこと今まで言われたことなくって。暗いとか、話しかけてもつまんないって言われてたから。だから私、朱音ちゃんの力になりたいって思った」
李子が一番伝えたいと思った気持ちだ。
「一人で抱え込まないでほしい。私には朱音ちゃんがそうしてるように見えた。そりゃ、私なんかじゃ頼りないとは思うけど、でも」
「頼りなくなんかないよ」
朱音はレモンティーを手に持ちながら、俯いたままだ。
「誰も、仲良くしてた子でさえ、一緒に探してくれなくて。李子に声をかけられた時、正直びっくりしたよ、一度も話したことないのに手伝ってくれるなんて」
レモンティーをストローでかき混ぜて口にする。朱音の大好きな味が、口の中に染み渡った。
「私さ、友達はすぐにできるんだけど、関係を修復するよりも、切り離しちゃうんだよね。じゃいっか、みたいな」
朱音は自分の過去の友達関係を李子に話した。彼女の話は李子には予想外だった。
朱音が李子に話したくなかったのは、巻き込みたくなかったからだ。それなのに李子は――。
「迷惑なんかじゃないよ!」
李子にしては一際大きな声だったけど、今度は背中の視線を気にしなかった。
「話だけでも聞きたいし、力になれることがあったら言って。迷惑だなんて思ってない」
――やっと、やっとだ。時間にしてみれば同じ日の出来事なのに、李子にとってはとても長い間、朱音と気まずいままだったような気がする。でもやっとお互いの気持ちが繋がった。
「李子、あのね、気になることがあって。聞いてほしいの」
初めて関係を修復できた。気持ちが温かくなって、朱音は思わず笑みをこぼした。そして、あのメールは誰かが単に朱音のフリをしているのではなく、朱音が失くしたと思った携帯電話が使われている可能性が高いことを、李子に打ち明けた。
「送られたメールの送信アドレスを見たの。間違いなく私の前の携帯のアドレスだった」
誰かがすでに使っているアドレスと同じものを使うことはできない。前の携帯を解約したのは昨日の夕方だ。李子の携帯に朱音から連絡が来たのも、確かに昨日の夜になってからだった。そして問題のメールが送られたのは、金曜日の夜。
「それでね、考えたんだけど……携帯、失くしたんじゃなくて、盗まれたのかも」
偶然ではなく必然だった――朱音の推察どおりだったとして、問題は誰が、なぜやっているのかということだ。それは朱音自身も分からなかった。
「まあ、どうせもう解約しちゃったから、あの携帯でできることもそんなにないと思うんだけどね」
朱音はそう言うが、自分の携帯が他人の手にあるというのは、それだけで落ち着かない。
二人は明日から、探りを入れてみることにした。
話がまとまったところで、二人はお会計をして店を出た。扉を閉めると「close」の文字が目に入った。
「あの、ここって何時までだったんですか?」
「閉店時間は特に決めてないの」
朱音が尋ねると女性はにっこり笑って答えたが、李子はブラックボードに小さく五時までと書かれているのを見つけた。
「すみません、五時までだったんですね」
気づいちゃったか、と今度は男性が近づいてきた。
「その時間は目安だよ。区切りがよさそうなところで閉めてるだけ。今回は、君たちが話しているところを、ほかの人に邪魔されたくないなあ、と思ってね」
店をあとにした二人は、南坂駅の改札へ向かった。
「朱音ちゃん、送ってくれてありがとう」
「ううん、お礼を言わなきゃいけないのはこっちだよ。……ありがとう、李子」
微笑み合い、二人は手を振って別れた。李子は振り返った。
「朱音!」
名前の持ち主は勢いよくこちらを見ると、とっても驚いた顔をしている。ガッツポーズをした李子に、朱音も同じくガッツポーズで応えた。
二人を結ぶ切れかけた糸。その横に新しい糸が生まれた。こうやって何本も何本も積み重ねて、強い絆になっていくのだろう。