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(3)「友達」とは

 満永朱音、十六歳。好きなものは犬と美味しい食べ物で、嫌いなものはオバケ。苦手なことも特になく、やれば大抵のことはこなせる自信がある。

 小さい頃から明るく社交的な性格で、誰とでもすぐに仲良くなれた。思ったことは口にするタイプで、よくいじめっ子の悪ガキを退治したものだ。しかし、その対象が女の子になってくると、順風満帆な日常に亀裂が入った。

「ねえ朱音ちゃん。私と里香りかね、最近(とも)ちゃんのこといやだなって思ってて。だから今日から三人で話そ?」

 朱音はこういうのを許すことができない。二人は勝手にすればいいし、自分の行動範囲を強要されることに我慢ならなかった。

「私は関係ないから好きにしなよ」

 二人の目つきが変わったのが分かった。

 小学校卒業までは穏やかに過ごしたものの、それは中学で途切れた。目立つ女子生徒三人組から自分たちのグループに誘われた頃、朱音が同じグループの子の悪口を言っているという噂が流れた。

 自分の潔白を訴えても、朱音でないのなら誰なのかと問われる始末。そんなのこっちが知りたいくらいだ。オマケに同じグループの子たちがトイレで会話しているのを聞いてしまった。朱音が目立つグループに行きたいから自ら噂を流している、と。

 怒りさえ湧いてこない。自分のイメージを下げる噂を、自分が流してどうするというのだろう。

 次の日から、朱音は一人で過ごすことにした。案外気楽なもので、もがいていた海の中から抜け出せた感覚だった。もちろん信頼していた友達が自分を信じてくれず、噂を信じたことによるショックはあるが。

 しかしそれも高校に入って李子と出会うまでの話だった。大人しい李子がまさか自分のためにあんなことするなんて。面白い子に出会えたなあと心底思った。



「鷹月さんだっけ? まさか一緒に探してくれるとは思わなかった。ありがとう」

 オレンジ色に染まる階段を上り始めたところで、朱音が話しかけてきた。

「あ、いえ……」

 先ほどは勢いで言ってしまったが、ろくに話したことのないクラスメイトと二人きりというこの時間は、李子にとっては苦痛だった。行事などでの最低限の会話以外で、誰かとゆっくり話をするのは久しぶりだ。

「鷹月さんて大人しいよね。誰かと話してるとこ、あんま見たことないかも」

 朱音は李子に対しても、とてもストレートだった。

「私、人見知りで」

「そうなんだ。でも話しかけたら話してくれるってことだね! 嬉しい」

 そんな風に考えたことはなく、言われたのも初めてだった。けれどこの言葉は、李子の気持ちを少し軽くしてくれた。

 ぽつりぽつりと話していると、化学室に着いた。しかし、ここで思わぬ失態に気づく。朱音がドアに手をかけると、鍵が掛かっていた。

「あー! 職員室から鍵借りるの忘れた!」

 両手で頭を抱える朱音が面白くて、気づかないうちに、李子の口元はほころんでいた。それを見た朱音は、目を見開いて笑った。

「笑ってるとこ、初めて見た~」

 二人は職員室に行って事情を話し、化学室と音楽室の鍵を借りた。しかしどちらの部屋にも、朱音の携帯電話は見当たらなかった。

 鍵を返して教室に戻り、二人は門のところで別れた。李子と朱音が使う駅は、それぞれ正反対の方向にある。また明日ね、と別れを告げ、駅に向かって歩き始めた時だった。

「李子!」

 唐突に名前で呼ばれ、李子は勢いよく振り返った。少し離れた位置にいる朱音は、片手を大きく振っている。

「明日! お昼一緒に食べない?」

「うん!」

 高校で初めてできた友達は、李子とは真逆の性格の女の子だった。



 李子と朱音は教室移動も一緒にするようになり、週末には遊びに行く約束もした。新しい携帯電話の購入はまだなので、購入次第連絡を取れるようにと、李子のアドレスを紙に書いて渡した。

 朱音はどうやら相当な犬好きのようで、新しい携帯にも犬のストラップをつける予定らしい。

「朱音ちゃん、犬好きなの?」

「ああ、うち犬飼ってるんだよね~。パピヨンとミニチュアダックス。今度、見に来る?」

「行きたい! 私、実は猫派なんだけど、犬も大好き」

 朱音は思わず吹き出してしまった。犬好きで犬を飼っている人に、ストレートに猫派だとカミングアウト。その上で犬も大好きなんて。

「ホント李子って面白い」

 お腹を抱えて笑っている朱音を不思議に思ったが、李子は嫌な気持ちはしなかった。

 お昼休みは約束どおり、二人で一緒にお昼を食べた。

 朱音の携帯がなくなった次の日の朝、朱音が教室に入った瞬間に微妙な空気になったが、さすが朱音だ。持ち前の明るさを活かして、一人一人に柔軟に対応している。朱音に正面から文句を言ったサッカー部の男子とも和解し、教室にはいつもの雰囲気が戻っていた。

 しかし週明けに、クラスメイトから奇妙な報告を受けることになった。

 朱音は李子が使う駅に来てくれて、二人で学校へ向かっていた。土曜日は朱音が飼っている二匹の犬を連れて、近くの公園で遊んだ。その話をしながら教室に入ると、急に静まり返った。

「な、何?」

 二人がおずおずと席に着くと、朱音の元に一人の女子生徒が近づいてきた。

「一応確認なんだけど……これって、朱音ちゃん?」

 朱音は彼女が差し出した携帯を受け取る。李子も荷物を置き、朱音と画面を覗き込んだ。メールの内容を朱音が読み上げた。

『こんばんは。急にごめんね。

 実は、これまでの関係をリセットしたくて。

 新しい関係を作ろうと思います。

 よろしくね!』

「何これ……」

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