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一章   奇妙な依頼   (1)暗号

 今日も昨日と変わらない。朝起きて、与えられたことをこなすだけの日々で、周囲の関心の対象は「仕事をする俺」のみ。断ち切りたい――この全てを。

 天気はいくらか回復しているが、心のほうは到底晴れそうになかった。



 李子は便箋に書かれた文字をまじまじと見つめた。何度見ても怪しさしか感じられない。

 肝心の何を盗めばいいのかがはっきりしていない上に、奇妙な点はもう一つあった。そもそもフルムーンへの依頼は、メールでのやり取りが基本だ。それ以外の方法でやり取りしたことは一度もない。

 それなのに、なぜフルムーンへの依頼が李子の自宅に届いたのか。

 可能性は二つ考えられる。

 一つは、目的が「フルムーンに依頼をすること」以外である可能性。直接会ったことのある依頼者に家を突き止められた――つまりフルムーンを尾行していた場合や、サイトからハッキングなどをして突き止められた場合が考えられる。この場合、お前の正体は分かっている、と暗に示すことがこの手紙の意味で、このあとに別のアクションを取る可能性がある。

 もう一つの可能性は、フルムーンに依頼したいにもかかわらず、何らかの理由でメールという手段が取れない。しかし、これもまた何らかの理由でフルムーンの正体を知っている場合だ。できればこちらであってほしい。

 依頼を受けるべきではない。誰もが当然のように判断するだろう。それなのに李子は迷っていた。この手紙からは、不思議と危険な雰囲気は感じられない。それよりも重要なのは、どこか聞き覚えがあるようなセリフだということ。そのことが李子を突き動かした。

 夕方のアルバイトまで時間があるので、高校生の時からの唯一の友達で、李子にとっては親友とも言える満永みつなが朱音あかねに相談してみることにした。

「それは……危ないと思うのが普通だよね?」

 李子の話を聞いた朱音の、開口一番はこれだった。

 高校卒業後、李子は短大に進んだが、朱音は四年生の大学に進学した。今は大学三年生で授業も減ってきているため、こうして平日の昼間でも会うことができている。こげ茶色のショートボブに華奢なゴールドのアクセサリー。大人っぽい朱音の顔立ちにぴったりだ。

 今日は李子の最寄り駅で待ち合わせて、李子の希望でカラオケルームに入った。特に何か歌うでもなく、例の相談をするためだ。

 朱音に手紙一式を見せながら説明すると、帰ってきたのは先ほどの言葉。

「だよね、やっぱり怪しいよね」

「当たり前でしょ。まさか受けるつもりだったんじゃないよね?」

 さすが朱音。李子とのことはお見通しだ。

 受けるつもりだったと言うと、朱音の声はさらにいぶかしげになる。

「どうして? 今までこんなことなかったから、どう判断していいのか分からないのかもしれないけど……家を知られているんだよ?」

 朱音は諭すように李子に話しかけた。

 李子自身も、なぜこんなに気になるのか分からない。けれど不思議と惹きつけられている自分がいる。

「なんか、どこか懐かしいような気もするんだけど……」

 何だったかは思い出せない。

「ねーえ、これ、相談?」

 先ほどとは一転、朱音はにこにこ微笑んでいる。李子の雰囲気から、これは「どうすればいいか」の相談ではないことが何となく伝わってきたようだ。朱音は仕方ないなあ、と言いながら、脚を組み替える。

「もし何かあったら、すぐに言ってね?」

「朱音……ありがとう」

 朱音は観念したように首を横に振った。李子は変なところで頑固なのだ。

 二人は改めて手紙を見た。ピンク色の封筒に「怪盗フルムーン様」の文字。送り主の名前はなく、中には便箋が二枚入っている。一枚目には「私の×××、盗んでください」とあり、二枚目には依頼を受ける場合の指示と、どこかの住所が書かれている。ここから割と近い。

 朱音と別れたあとにこの住所により、指示に従うつもりだったことを話すと、朱音も同行すると言った。

「李子のしたいようにしな。ただし、危ないと感じたらすぐに相談するように!」

 本当は止めたいと、朱音は内心思っていた。何かあってからでは遅いのだ。けれど李子は、なぜだか分からないが、依頼を受けたがっている。怪盗フルムーンの相棒として、李子を支えたいと思ったのも自分だ。

 それなら責任を持とう。彼女に何かあったら全力で助ける。朱音はしっかり胸に刻み込んだ。

 優しく微笑む朱音の決意など露知らず、李子は朱音に感謝した。



 見慣れない景色を眺めながら、李子たちは住所を打ち込んだスマートフォンのマップと見比べて進む。

 二枚目の手紙にはこう書かれている。


『もしお受けいただけるのなら、下記の場所までいらしてください。

 その際、受けていただける胸を記入した紙をお持ちください。』


 住宅地を抜け、目的の場所に辿り着いた――空き地だ。短い雑草が生え、ところどころに茶色い地面が見えている、しかし、そんな場所には不自然な物がそこにはあった。

「いかにも、って感じだね」

 そう言うと朱音は、それに向かって歩いて行った。李子も続く。

 それ(・・)とはピンク色の可愛いポストだ。柵の上にロープで固定されている。その中に紙を入れれば、依頼を受けたことになるのだろうと李子は推察して、「ご依頼承ります」と書いた手紙をポストに入れようとした。

「何これ、どうなってるの」

 正面にあるつまみを引っ張ろうとしたのだが、本来なら手前に引っ張れば上に開くはずのそれは、ビクともしない。反対側も同じだ。つまみはついているのに、開く気配はない。

「李子、これ見て!」

 興奮した朱音の声のほうを見てみると、いつの間にか彼女は空き地を囲む灰色のブロックべいを見ながら手招きしている。

「もしかして、これじゃない?」

 そこにあったのは、恐らく……暗号と呼ばれるものだ。石か何かで削って白くなっている。

 朱音が再びポストの元へ行き、底に側面と底を閉じているダイヤル式のロックがテープで止められているのを見つけた。どうりでパッと見ても気づかないわけだ。

 つまりこれを解かないと、依頼を受けられないということか。

 しかし、このあとはアルバイトなので、今日のうちに済ませることは難しそうだ。李子はスマートフォンのカメラで暗号を撮影し、時間をかけて考えることにした。

「朱音、付き合ってくれたのにごめんね」

「いーよ。解けたら教えて。私、この手のものはさっぱりだからさ」

 ここまでついてきてくれた朱音に感謝して二人は別れた。朱音は駅へ戻り、李子はアルバイト先へ向かった。



 李子は、勤務中はとにかく暗号のことで頭がいっぱいだった。

 アルバイトを終えて家に帰ると、ベッドの上でスマートフォンの画像を表示させた。灰色のブロックには数字がランダムに――規則性があるのかもしれないけれど――並び、その下に三日月が描かれている。


――――――――――

5、8、17、3、22、11、26、1、20、16、9、15、6、4、2、10、23、7、13、19、21、18、24、14、25、12

――――――――――


 この情報から四桁の数字を導かなければならない。李子も朱音と同様、暗号なんて未知の世界だ。考えるのは明日にしようと思い、今日のところは睡魔に身をゆだねることにした。

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