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回生のカルテジス  作者: 立草岩央
第一章-与えられし命,居場所なき理想-
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-6-




エス達が役所で話し合っていた頃,バベルの町外れにある森では,一際大きな地鳴りが響いていた。

何かを叩きつけるかのような音の直後,一部の森から土煙が噴き上がる。

木々が揺れ,多くの鳥類が鳴き声を上げて飛び立っていく。

それが自然の力ではないことは,局所的すぎる範囲であること,音の間隔が非常に不規則であることで容易に推測できる。

そしてその中心には,息を荒くしたハバグサ・マコトが立っていた。


「クソッ! 何で,ここでも,僕の話を誰も聞いてくれないんだ!」


濃密な砂埃の中で咳き込む様子を一切見せず,マコトは苛立たしく歯ぎしりする。

彼の脳裏では,先ほどの光景が何度も繰り返されていた。

ナイフで脅され,返り討ちにしただけで悪者扱いにされたこと。

周囲が見せる敵意の視線が,彼を激情へと駆り立てていた。

何故なら,彼の中では何も悪いことはしていない,したつもりはないからだ。


「やっと普通に,平穏に過ごせると思ったのに……!」


マコトの大声は周囲の騒音に混じり,消えていく。

その言葉の通り,彼もこの世界の人間ではない。

空一面が広がる盃の間,そこで神を名乗る骸骨から力を与えられ,異世界に強制転移されたのだ。

お前は死んだと告げられたマコトは,当初非常に混乱したが,新世界で報われた人生を送ってほしいと聞いた時,歓喜の声を上げた。

これが神の思し召しなのだと,今まで耐えてきた苦痛の見返りなのだと信じて疑わなかった。

事実,彼に与えられた力は,彼自身すらも未だ全容が把握しきれていない程の絶大な力が秘められている。

加えて,驚くほどに向上した身体能力も兼ね備えていた。

指先一つで周囲が変わる影響力には,まるで人としての枠を超えたような全能感があった。

これだけの力があれば,何も怖がることはない。

誰もが自分を平等に扱ってくれると,そう思っていた。


しかし,実際は違った。

気弱そうな風貌が周りを引き寄せるのだろうか。

何処へ向かっても,彼は一方的に横暴な人々に絡まれていった。

そのため,一方的に危害を加えに来た者達を,これまでとは違う方法で一方的に報復した。

マコトが頭にきているのは周囲の誤解だけではない。

これだけの力を有したというのに,力の差も分からずに絡んでくる人々がいるという事実があったからだ。


「はぁ,はぁ……僕はゴミじゃない……ゴミなんかじゃない……! どうして,分からないんだ!?」


視界が晴れてきた土煙の中,マコトが放った言葉の先には熊のような動物がいた。

全長3mはある巨大な獣で,この世界でも稀に見る大きさだ。

普通の人々ならば,逃げ惑うほどの威圧感がある。

しかし,既にそれは全身を粉々に砕かれて絶命している。

先程の地鳴りは,マコトが獣を仕留めた際に起きた余波だったのだ。


先に襲い掛かって来たのは,やはり獣の方だった。

今までと何も変わらず,強者と思い込んだ弱者がその命を奪おうと彼に迫った。

その瞬間,マコトはバベルの町での恨みも込めて全てを発散した。

必要以上に甚振り,嬲り,言葉も交わせない動物の命を,赤子の手を捻る感覚で奪った。

確かに気は晴れる。

溜め込んでいた感情も徐々に消えていく。

しかし,その優越感と怒りに身を任せた結果,森の一部を破壊したことに気付かなかった。

冷静さを取り戻したマコトは,辺りを見渡して自分のしでかしたことに目を剥く。


やり過ぎた。

木々はなぎ倒され,地面は草すら残らない荒地となっている。

森の一部とはいえ,その有様はあまりに無残なものだった。

静寂に包まれ孤独感に苛まれたマコトは,それを打ち消すように深呼吸を何度も繰り返す。


「ごめ……! こ,これも全部お前が悪いんだ! デウスだって,やるなって言っていたけど,お前が虐めるから! 僕は悪くない! く,クソッ!」


視線を鋭くして訴えるも獣からの返答はない。

何も返ってこない状況に逆撫でされ,彼は頭を抱える。

苦しむような声を出し,呼吸は再び荒くなっていく。


「あ,そうか」


しかし一転,妙案が思いついたと言わんばかりにマコトが表情を変える。

二面性を感じさせる変化のまま,死亡した獣を指差す。


「分かったぞ。僕は無駄なことはしない主義なんだ。お前だって,可哀そうな奴だからな。ゴミ箱に捨てたりなんかしない。お腹も減ったしね」


前振りもなくマコトが足踏みをすると,次の瞬間には彼を中心として地面に罅が入っていく。

光を放つ罅が,地鳴りで消滅した森の残骸に行き渡る。

すると光に包まれた地から,草木の芽が生え始める。

時を駆けるように,荒れ果てた大地が瞬く間に再生していく。

十数秒後には風が吹き抜け,いつもと変わりのない森が続いていた。


「はい,終わり。次はお前」


満足そうなマコトは,続けざまに死亡したままの獣に向けて指を動かす。

指の動きに合わせて獣が宙を舞い,球体上にかき混ぜられていく。

それだけではなく,周囲に生っていた木の実が獣と一緒に合わさり,形を変えていく。

色も焦げ付き始め,焼いたような香りと音が発せられる。

指の動きを止め球体が回転力を失うと,そこから焼かれた獣の肉と添えられた前菜が現れる。

獣を利用した料理を作っていたのだ。

宙から落下した料理を受け止めるため,彼の左手には白い食器が現れ,右手にはナイフとフォークが握られる。

いつの間にか生み出していたテーブルと椅子に腰かけたマコトは,料理と食器を置いて手を合わせた。


「いただきます」


緑一面の森の中,マコトは食事を始める。

適当に生み出したように見える料理は,全て彼の好みに調整されている。

食中りなどの危険性を考慮しないのも,それだけこの力が万能だからだ。

次いで洗浄された水がコップ一杯に注がれ,それを飲み干したマコトは,力が効かなかったエスを思い出す。


「そうだ。きっとあれは何かの間違い,調子が悪かっただけだ。あいつに会ったら,今度こそ思い知らせてやる」


今まで全て思い通りにさせてきた力が,あの男には通用しなかった。

一体どんな手品を使ったのかは分からないが,自分の力が失われた訳ではない。

森の再生と調理の力も問題なく発動している。

次は絶対に失敗しない。

肉と野菜を口一杯に頬張り,マコトは再起を決意する。


「ごちそうさま。ん? なんだ?」


そうして数十分後。

生み出した料理を食べ終えた直後,彼は異様な気配に気付く。

今までに感じたことのない,既視感のような錯覚が沸きあがる。

反射的に残った食器を全て消滅させたマコトは,地を蹴って森を飛び越える。

視界が開けた空中で滞空し,気配の正体を目視する。


「この感じ,さっきの町の方向だ」


感情的に飛び出したバベルの町から一筋の煙が上がっている。

黒く染まった煙は,ただの狼煙にしては大きすぎる。

ドーム状に張り巡らされていた透明な金属も,煙を逃すために開放されている。

違和感の正体が何故煙なのかは分からなかったが,あれが異変の正体なのだと彼は断定する。


「まぁ,どうせ行くつもりだったし,手伝いに行こう。俺はもう,ゴミじゃないんだ」


行くかどうか一瞬迷ったが,不可能なことはないという自信からマコトは飛び立った。

風よりも早く飛び,小さく見えていたバベルの町が全容を現す。

音も静寂から打って変わり,危険を知らせる鐘の音と人々の声が交差し始める。

人の目にも止まらぬ速さで飛び続け,マコトは煙の元までたどり着く。

そこでは,先程彼を捕らえようとしていた自警団らしき人々が,せわしなく動いていた。


「消火は引き続き行え! ただし,住民の避難を最優先に!」

「火が強すぎます! このままで隣家まで燃え移るのも,時間の問題です!」

「クソッ! 地下の水だけでは足りない! 水持ちも集めるんだ!」


とある家の屋根に降り立ったマコトは,眼前で燃え上がる炎を見下ろした。

大通りに面した店から炎が立ち昇っている。

材木と岩を焼け焦がす音が聞こえ,店の出入り口だけでなく窓や煙突からも炎と煙が噴き出している。

今の所はこの店一軒のみ燃え盛っているが,自警団が言うように消火が上手くいかなければ,他の家々へ被害が移るだろう。

確かに火事としてはかなりのものだが,マコトにとっては拍子抜けの光景だった。


「なんだ,ただの火事か。もっと大事かと思ったのに」


町の人々は遠巻きから火事の様子を見守っているが,深刻そうな様子はない。

あの店に取り残された者はいないという証拠だ。

連中が焦りながら動き回る様子は見ていて痛快だったが,このまま放置するというのも気分が悪い。

溜息をついたマコトは屋根から飛び降り,火事の現場へと歩き出した。


「ここの家主は!?」

「いません。聞くと,釣り上げた魚を自慢しに外出しているとか」

「魚? まあいい,誰もいないのなら消火に専念できる……」


消火を試みる人達の元に,調子良く近づいていく。

彼の目に浮かんでいるのは,現場を鎮火させて称賛を受けている自分の姿だった。

誰の力も借りずに自分の力だけで他人を助ける。

今まで出来なかったことを,簡単にやってのける。

そうすれば,きっと皆が自分を認めてくれる筈だ。

待ち受ける筈の光景にマコトがうっすらと笑うと,その姿を目にした自警団の男が驚きの声を上げた。


「お,お前は!」


男の声で周囲の視線がマコトに集中し,皆の動きが一瞬で停止する。

あれだけ騒がしかった場が,炎の音を残して消え失せる。

視線の群れに震えた彼は,全員に伝わるよう話し始めた。


「分かってる。助けてほしいんだろう? 折角だから助けてあげるさ。何て言ったって,俺は何でもできるからな」


答えを聞くよりも先に,自信満々といった様子でマコトが炎を消そうと右手を伸ばす。

それを見た人々が,小さな悲鳴を上げて後ずさる。

周りの異様な反応に彼は未だ気付いていなかったが,自警団の内の一人が決定的なことを告げた。


「ま,まさか,この火事はお前がやったのか!?」

「は……?」


聞き間違いかと思い,マコトは男達の方を向く。

しかし,彼らの表情は固いまま眼前の脅威を警戒し続けている。

マコトは知らなかった。

彼の言葉は酷く訛っており,この世界の人々に殆ど通じていなかったこと。

その事実を彼自身が知らず,自分勝手に振舞っていたこと。

出火原因が分からない火事に笑いながら現れるという,間の悪さがあったこと。

それらが複雑に絡み合った結果,状況は予想もしていない方向へ転がり込んでいく。


「なんてことを! 傷害だけじゃなくて,放火までするなんて!」

「い,いや,何,何を言って……」


誰かがそう言ったと同時に,場の空気は一転する。

原因の分からなかった火事への怒りが,一斉にマコトに向けられていく。


「危ない! 皆,この人から離れて!」

「こんなことまでして,一体何が目的なんだ!?」

「ちょ,ちょっと待ってよ……。俺はただ,皆を助けようと……」

「ち,近寄るな! この転移者め!」


伸ばしていた手は空を切り,徐々に震えだす。

望んだものとは程遠い視線と非難めいた言葉が注がれ,眩暈を起こしていく。

記憶から消したはずの何かが蘇っていき,マコトは思わず頭を抱える。

表情には固まった笑顔が張り付いたままだった。


「おかしい。おかしいな。違う。こんなのは,違う。俺が欲しかった言葉は,そんなものじゃない。なんで,いつもこんな……止めろよ……止めて……」

「消火以外で手の空いている奴は隊列を組め! こいつを牽制する! 捕まえられると思うな! できるだけ引き付けるんだ!」


自警団の面々が野次馬を逃がしながら,臨戦態勢を整える。

中には冷や汗を流す者もいるようだ。

彼らもマコトに対して攻撃を仕掛けることがいかに危険か理解しているようだったが,この状況では市民を守ることが優先される。

全員の考えが一致した時,以前エスを捕らえようとしたリーダー格の男が動き出す。

手にした警棒を地に擦らせながら,そのままかき上げる。

警棒に触れていた道路が茨のように変異し,マコトに向かっていく。

変異した土の茨は彼の真横をかすめ取る。

それは,わざと外すように狙った威嚇攻撃だった。

話の通じないマコトの目的が放火であると予測を立て,可能な限り狙いを自警団に向けさせたかったのだろう。

しかしマコトは彼らの意図を理解できていなかった。

ただ真横に生えた茨を見つめ,自分がこの世界に攻撃されたことを知った。


「何でだよ……。やっぱり,ここでも,僕はゴミなのか……? ゴミは,何処まで行ってもゴミだって……? 何でもできるのに,強くなったのに……? 今度は,何をして遊ぶの? 何を,なにを……!」


頭を掻きむしるマコトには,既に目の前の光景が見えていない。

見えるのは蘇る過去。

あの時の記憶と,あの時の痛みがフラッシュバックし心を壊していく。

望んでいたものは手に入らない。

何処へ行っても,理想の居場所はない。

緩んでいた頬が剥がれ落ちるように歪むと,彼は空に向けて大声を上げた。


「何をしているんだァァァァッ! うわあああァァァァッ!」


強風が吹き荒れる。

岩の茨は脆く崩れ去り,家々が崩壊の音を生む。

炎の上がっていた家屋も一瞬の内に鎮火し,体勢を崩す者まで現れる。

思わず目を瞑るほどの風速の中,自警団の人々はゆっくりと瞼を開ける。

そこには膝をつき,両眼を見開いたまま正気を失ったマコトの姿があった。


「ごめんなさい! 勝手なことをしてごめんなさい! 言うことを聞かなくてごめんなさい! 虐められてごめんなさい! だから,ぶたないで! ぶたないで!」

「全員,町の出口に向かって距離を取れ! 絶対に近づくな!」


最早戦いは避けられない。

リーダーが警告するが,それと同時に突然風が静止する。

まるで嵐など最初から存在しなかったように,全ての音が消え一瞬で静まり返る。

何が起きたのか。

皆が状況を把握する前に,息を荒くしたマコトの周りに幾つもの小さな光が現れた。


「なんだ!? あの光は!?」

「痛いよ! 引っ張らないで! お願い! 家に入れて! 冷たい! 息ができない! もうお風呂には行きたくない!」


彼の絶叫が引き金となって,生み出された無数の光が放出される。

光に明確な狙いはない。

ただ一筋の光線となって間近にいた自警団に襲い掛かる。


「この光から離れろ! 巻き込まれるぞ!」

「おい,ドッチボールやろうぜ! 三対一だ!」


光自体の速さは反応できないほどではない。

初撃だけならば辛うじて見切りは可能だ。

しかし,的を外れた光線は向きを変え,何処までも追跡する。

始めは回避できていた者達も次第に避けきれなくなり,その餌食となっていく。

光線は易々と人々の足や腕を貫き,血を舞わせた。


「嫌だ! ボールは嫌だ! 痛いのは嫌だ!」


四方八方から悲鳴が響く。

光線は的を貫いても消えることはない。

まるで脆弱な相手に何度も球を投げつけるように,執拗に,執念深く,何処までも追い続ける。

相手が逃げようが倒れ伏そうが関係はない。

一人また一人と光に撃たれていき,その場に倒れていく者の身体にも無慈悲に光の弾丸が叩き込まれる。

そんな惨状の中,マコトは地に這いつくばったまま,まるで自分がその光を受けているかのように苦しみだす。

自警団の目論見を外れ,支離滅裂な言葉を吐きながら,一歩もその場から動こうとしない。


「隊長! このままじゃ……!」

「クソッ! こうなったら,一か八か奴を叩く! あの光に狙われていない者は直ぐにここ場を離脱,町全体に避難勧告を出せ!」

「ここを放棄する気ですか!? 無茶です!」

「無茶をしなければ,俺達だけじゃない,この町が全滅する!」


ここで抑えなければ,大量の死人が出ることを悟ったのだろう。

リーダーは傍にいた仲間達を先導し,マコトに向かって駆けだす。

今の彼は頭を地に擦り続けるだけで,身を守る素振りはない。

光の群れさえ切り抜ければ手は届くと信じ,皆が警棒を握りなおす。


その動きに反応して,周囲で舞っていた光が一斉に向きを変えて襲い掛かる。

不規則な軌道を取りながら,敵となる障害を的確に削り取ろうとする。

しかし,自警団の者達も無抵抗にやられるだけではない。

単独行動を止め,互いに死角を潰しながら回避に徹し,徐々に距離を詰めていく。

それでも各自が少しずつ傷を負っていく中,仲間との協力で唯一潜り抜けたリーダーが,力の届く範囲までマコトに迫る。

得体の知れない転移者は,目の前で獣のような唸り声をあげている。

リーダーは恐怖を抑え込むように歯を食いしばり,警棒を利用して岩の茨を生み出した。

茨は人一人を縛る程度の大きさだったが,彼にとってはそれが全力だった。

手加減をしている余裕はなく,今度こそマコトを捕らえようと茨で彼を覆いつくす。

しかしその直後,それは無残に砕け散った。


「なっ……!?」

「僕は! 僕は頑張っています! なのに,教科書が! 教科書が読めません! どうすれば! どうすれば,いいのでしょうか!?」


いつの間にかマコトを守るように,新たな光が生成されていた。

破壊された茨の衝撃によってリーダーは簡単に吹き飛ばされる。

予断を許さないように,茨を破壊した光が迫る。

寸前の所で届かなかった動揺がチーム全体に伝播し,周りの者も光に貫かれていく。

肩から地に落ちたリーダーは苦悶の表情をしながらも立ち上がり,前方で負傷し倒れる仲間を担ぎ上げながら,石造りの道を変形させる。

土持ちの中でも強い力を持つ彼は,人を覆う壁を造ることで光を遮ろうとしたのだ。

しかし,光の群れは壁を透過して容赦なくその身体を貫く。

壁には傷一つ付かず,内側を返り血で染めていく。

貫かれた自身の身体を見たリーダーは,遂に膝を屈する。

そして,この光が獲物以外のもの全てをすり抜ける必中の力であると理解する。


「ぐ,うっ! ば,化け物……!」

「隊長ッ!」

「どうして!? どうして君はそんなに馬鹿なんだッ!?」


何十という光の群れが降り注ぐ。

最早障害物など意味をなさない。

避けきれないと悟ったリーダーは,負傷した仲間を庇うように目を瞑った。


瞬間,低い振動音と共に光がかき消される。

今までどうあっても消えることのなかった光の群れが,次々と消滅していく。

今度は何が起きたというのか。

状況を理解できない人々の元に,空から人が落ちてくる。

マコト達の間に割って入るように着地したのは,騒ぎを聞きつけやって来たエスだった。

転移者の疑いがある記憶喪失者が,右手を翳しながら透明な波動で光を打ち消していく。

新たに現れた転移者の存在に,皆が怯え言葉を失う。

しかし,エスは人々に危害を加えようとはしなかった。

辺りの惨状を見て顔を顰めながら,悠然とした態度で眼前の脅威と対峙する。

途端,支離滅裂だったマコトの唸り声が止まった。


「マコト,止めるんだ!」

「あ,うぁ?」


ゆっくりとマコトが顔を上げる。

何も見えていなかった狂った瞳が,エスを認識した。







「始まったか。時期尚早ではあるが,問題はない」


バベルの町で起きている騒動の一部始終を,デウスは盃の間から透視していた。

人々が傷つき倒れている中,玉座に深く座り焦燥する様子もない。

転移者同士が戦うことを望んでいたかのように,ひたすら静観している。


「さぁ戦え,呪われた者達よ。お前たちが望む,神へ至るために」


空が異様な音を立ててうねり,雲はゆっくりと流れていく。

宙に浮かぶ幾つもの盃を前に,骸骨の目の奥が赤く光った。




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