クリスマスの夜に
12月25日
外は冷たい風が吹き、雪の結晶が舞い上がる。
色とりどりのイルミネーションがあらゆる建物に飾り付けられ、幻想的な風景を街道行く恋人達に見せている。
街角からは、クリスマスソングが鳴り響き、子供を連れた家族連れが楽しそうにはしゃいでいる。
今日はクリスマス。
1年で最も街が賑わう時期とは裏腹に、ある男はつまらなそうに家の中でゴロゴロしていた。
男の名前は三太。とはいえクリスマスのサンタクロースとはなんら関係は無い。
結婚はしておらず、彼女もいない。最近別れたばかりなのだ。
定職に就かずフラフラとその日暮らし。
今は、故郷を飛び出し、都会の街中で一人暮らしをしている。
過ごすべき彼女も家族もいない男にとって、クリスマスなど祝う気にもならない。
この日は彼女がいない友人を誘おうかとも考えたが、男同士で寂しさを紛らすのもなんだか虚しい気がしてやめた。
男は家のソファでゴロゴロしながら退屈さを持て余していた。
外は、雪が降っていて寒いし、何より彼女と別れたばかりの彼にとって、イチャつくカップルを見ながら、街をぶらつくのは気持ちのいいものでは無い。
テレビをつけ、しばらく観ていたが、どの番組もクリスマス特集ばかりだ。来年のために見ておいてもよかったかもしれないが、彼にはそんな遠い先など考えもしない。
「つまんね〜な〜。なんかいいことないかな」
三太はテレビを消し天井をボーっと眺めながら、何をしようか考えたが、なかなかいい案が浮かばない。
誰か知り合いの女の子から連絡がないかな〜と淡い期待を持ち、携帯を見つめるも、普段女性とあまり接点がない彼にはそう都合よく連絡が来るはずもない。
携帯のメールや着信履歴に変化はなかった。
「くそ〜。クリスマスなんか仏教徒の俺には関係ないぜ」とつぶやいてみるが、寂しさはちっとも薄れない。
むしろ、強がったせいで余計に寂しさがこみ上げて来る。
彼はクリスマスにいい思い出はなかった。
男は寂しさで涙が出てきた。
寒い冬は無償に人肌恋しくなってくる。
誰でもいい誰か側にいて欲しかった。
しかし、この寂しさは性欲が起因しているのではない。
ついには、頭にできている古傷も痛み出してきた。
まだ、過去の傷が癒えてなかったようだ。
「誰か、そばにいて・・・・・」
涙が頬を伝わった。
ひとしきり泣き終わると、落ち着きを取り戻した。
すると玄関のチャイムが部屋に鳴り響いた。
壁に掛けてある時計を見ると時計の針は10時を過ぎていた。
「こんな時間に誰だ?」
三太自身友達の数が少なく、家を訪ねてくる友人は思い当たらない。
重い足取りで玄関に向かい覗き穴を覗きこむ。
扉の向こうには中年の恰幅のよいサンタクロースが袋を持って立っていた。
「ん?……さては新種の訪問販売だな。体良く追い払ってやろう」
扉にチェーンをかけ、鍵を開ける。
扉の隙間から外を覗きこむと、さっきまでいた中年のオッサンがいなくなっていた。
「なんだ??新種の訪問販売かと思ったら、新種のイタズラか」
変わった人間もいるもんだと思いながらも鍵をかけ、部屋に戻る。
目の前の光景を見て三太は肝を冷やした。
すると自分の部屋のソファに先ほどのサンタがくつろいでいるではないか。
三太は驚きのあまり腰を抜かした。
「誰だ⁈お前!どうやって入った?」
「おやおや?まだ知らない奴がいたのか?サンタクロースだ。」
サンタクロースだと?
今さら子供だって信用しない。
「ふ、ふざけるな」
なんだこのふてぶてしい不法侵入者は?
「わざわざ名乗ったのに信用してないとはな。よほど疑り深いんだな」
「お、お前どうやって入ってきたんだ?」
「ほほ、サンタクロースだったら多少の隙間さえあれば、どんなところにも出現可能なのだよ。この家は煙突がないからドアから入ってきた」
「サンタクロースだが知らないが、勝手に家に入ってきやがって。警察呼ぶぞ!」
「ふむ、せっかくクリスマスにサンタクロースが来たのに喜ぶどころか、警察を呼ぶとはな。よろしい。呼んで来なさい。しかし、わしとて大人しく捕まらないがね。」
三太は携帯を握り、本当に警察を呼ぼうとした。
しかし……なんと言えばいいのだろう?
クリスマスにサンタクロースが家に上がって来たと言えば良いのだろうか?
いや、それでは、馬鹿にされ相手にされないのがオチだろう。
では、知らない男が勝手に家に居座っていると言うか?
しかし、まだ何もされていない。
それに通報している間に逃げられたら、俺がイタズラ電話したように思われる。
三太が色々思案していると、サンタが口を開いた。
「色々考えているところ申し訳ないが、わしも忙しくてな。用がないのなら帰らしてもらうよ」
「いや、俺は別にあんたを呼んでないのだが……」
「呼んだだろう。”誰か”って泣きながら」
「いや……誰かって言ったけど、できるなら元カノとかの方が……」
「ワガママな奴め、クリスマスに本物のサンタが自宅訪問なんて、宝くじが当たるよりラッキーなことなんだぞ。お前はラッキーボーイなんだぞ。」
そうゆうことなら、宝くじが当たって欲しかったが、そんなに贅沢は言うまい。
いやいや、ちょっと待て!危うく口車に乗せられそうになった。
だいたい、こいつは本当にサンタクロースなのか?
「ところで……あなたは何が出来るんですか?」
いささか無礼な言い方になったが、とりあえずサンタクロースである真偽を確かめなければならない。
「窓の外を見てみ」
言われるがまま、カーテンを開け外を見た。
三太は目を疑った。雪の舞う寒空の下、数匹の真っ赤なお鼻でベージュ色の体毛、大きな角が生えた動物が宙に浮いている。その後ろにはこのサンタが乗ってきたであろうソリと山積みになったプレゼントがあった。
ワイヤーで吊っているのかとも思ったが、吊るすような場所もない。
もう信じるしかないようだ。
サンタは三太が信じたと分かると本題を切り出した。
「本来なら子供達にプレゼントしてあげておるから、持ってきたオモチャなどお前に不必要だろう。だから、かわりに願い事を1つ叶えてやる。しかし、人の迷惑になることと、あの世の人間を呼び戻すことは禁止だ。これはサンタの法律で禁止されていることなんだ。」
つまり犯罪行為と死んだ人間を生き返させることは禁止というわけだ。
「それはすごい!!……けど願い事を叶えたら何か見返りにしなきゃいけないってことはないのか?」
「わしは悪魔じゃないんだ。魂をよこせなどと見返りは求めたりはせんよ」
三太は、この千載一遇のチャンスをどう使うか悩んだ。
確かにサンタの言う通りなら宝くじが当たるより何倍もの価値があるように思えてきた。
どうせダメ元ではないか。
絶世の美女
莫大な富
不老不死
歴史に名を轟かせるような偉大な功績
欲しいものは何だろう?
ずっと昔から願ってきたことは何だろう?
あれこれ考えた。
今日ほど頭をフル回転させ考えたことは未だかつて無いのではないだろうか。
しかし、いまひとつピンとこない。
絶世の美女を手に入れても、お金の無い自分の元からすぐに去っていってしまうだろうし。
莫大な富を得ても、周囲に怪しまれ、警察につかまったり、下手したら悪の組織に狙われ犯罪に巻き込まれ命を落とすかもしれない。
不老不死の身体でも、こんな変化の無い生活を続けるのにも飽きそうだ。
偉大な功績ではお腹は膨れない。
結局、何か1つだけ叶ったところでいまいち幸せになれないような気がする。
三太は悩んだ。
「早く決めてくれんかね」
「ま、待ってくれ」
こんなチャンスを前に慎重になるのは当たり前だ。
サンタクロースには悪いがゆっくり考えさせてもらう。
しかし、なかなかいい案は浮かんでこない。
三太が自宅訪問して願い事をかなえてくれるなんて千載一遇のチャンス無駄に出来ない。
その時、三太の頭に願いとは別のことが思い浮かんだ。
「あの~すいません。ちょっとだけ聞きたいんですが、確かに俺は誰か来て欲しいと思ったけど、何故俺のとこに来てくれたんです??他にもたくさんサンタさんに来てもらいたい家はたくさんあるだろう?」
サンタは、真面目に答えた。
「実はな、お前さんの両親に頼まれたんだよ」
何言ってるだ??
人違いじゃないのだろうか??
ありえない。
三太は瞬時にそう思った。
三太の両親はもうこの世にいないのだ。
三太が幼い頃に交通事故で亡くなったからだ。
もうずいぶん昔のはなしだ。
前日に降った雪によって路面が凍結しており、三太達が乗った車がスリップし対向車線にいた大型トラックに衝突したのだ。
この事故で、運転席と助手席に座っていた両親は搬送先の病院で亡くなり、後ろに座っていた三太は、軽傷ですんだ。
両親が死んだ後は、近くに住んでいた叔父の家にお世話になった。
叔父はいい人だったが、それでも両親の愛情に飢える日が続いた。
事故から20年ほど経った今でも、あの瞬間は、たまにフラッシュバックしている。
「両親に頼まれたっていうのは本当ですか?俺の両親はもう既に亡くなっているんですよ?」
「本当だとも。忘れもしない。あれは20年前の今日だったな。わしが例年通り、クリスマスプレゼントを配っていると真下の道路で交通事故が起こってな。すぐ駆けつけたんだが、君の両親は残念ながら助かる状況じゃなかったんだ」
「あの時、あなたもいたのか」
事故の情景が脳裏によみがえる。
「必死にわしに訴えていた。”息子に誕生日プレゼントを買いに行かなきゃ”と息も絶え絶えに言っていたよ。自分の怪我などお構いなしにね」
そうだ。
あの日はクリスマスの夜に、両親と一緒にクリスマスプレゼントを買い行っていた。
事故の直後、俺は気を失っていて、目を覚ました時には両親は亡くなっていた。
両親の最後の言葉、必死に思い出そうとしてもダメだった。
けど……。
「それが……両親が残した最後の言葉だったんですか?」
「そうじゃ……君の両親は最後までそう言っていたよ。それとわしに三太のクリスマスを祝ってほしいと心で願っていた」
我慢できなかった。
三太は泣いた。
父は、男は人前で泣いちゃダメだぞ!とよく言っていた。
事故後、決して人前で泣かないと決めたのに。
けど、三太は涙を止めれなかった。
今まで1人で抱えてきた思いが一気に溢れてきた。
三太は泣き続けた。
サンタはずっと肩に手を置き、そばにいてくれた。
「お忙しいのに長時間恥ずかしところ見せてしまい、申し訳ありませんでした。」
泣き止み、瞼を真っ赤に腫らした三太は言う。
「いいんじゃよ。君のとこには来るのが遅くなってしまった。こちらこそ申し訳ない。ところで、願い事は決まったか?」
「はい……あなたのお手伝いをさせてくれませんか?」
「ほお……どうしてサンタクロースの手伝いを?」
「私は今まで、クリスマスが嫌いでした。いい思い出がない。しかし、今日あなたは私に素敵なプレゼントをしてくれました。両親の最後の言葉です。これほど救われた言葉はありません。きっと、親がいない子供は世界中にたくさんいる。1人で寂しくクリスマスを過ごしている子供も大人も沢山いる。俺はその人達に何かしてあげたい」
「後悔しないんだな?」
「最高のクリスマスです」
こうして三太はサンクロースのの助手になった。
今年、クリスマスを1人で過ごすあなたへ。
二人組の赤い服を着たサンタクロースがその夜、雪の降る街を通り抜けた。