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洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
序章:洋上の科学都市
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序章:洋上の科学都市

          ◇  ◇  ◇


 海の上に都市がある。

 いや、正確に表現すると、それは船上都市だ。


 全長約九〇〇メートル・全幅約二〇〇メートルの、巨人が造ったかのような、バカバカしく巨大な船。

 宛ら、海竜を彷彿とさせる巨大船は、しかも、一つだけではなかった。


 九つだ。


 九艘の船が組み合わさり、都市を形成しているのである。

 洋上の都市は、フランスの港に立ち寄っていた。それだけで、どこからか街が一つやって来て、合併したのかと思える、広大なスケールの光景だ。


 九艘の船は、どれもこれも規格外のサイズだが、その形状は異なっていた。

 中央部に、二〇階建てのビルに相当する、超大型クルーズ船が二艘。その側面から前方に掛けて、矢印を描くように五艘の船がある。

 五艘の船、通称〝学級区画がっきゅうくかく〟は、空母の上にビル群を並べたような、文字通りの船上都市だった。


 九つの最後尾。右側は貨物船で、左側は最高権力者の住居である。

 それら九艘を繋ぐのは、〝カーボンナノチューブ〟で作られたケーブルを、何重にも編み込んだ網。

 形状変化に対応できる、特殊な組合せの足場を敷いた、〝牽引橋けんいんきょう〟と呼ばれる大型の帯だった。


 各々の船の材質は、〝CFRP〟と言う複合材だ。

〝炭素繊維〟に樹脂をしみこませ、加熱・加圧して固めたこの材料は、軽量でありながら耐久性が高く、しかも腐食しにくい。近年、航空業界でも引っ張りだこの、夢の素材だった。


 だがしかし、いくらCFRPを使用しても、超大型船を九艘繋ぎ、その上に街を造ろうなどとの発想は、夢のまた夢だ。

 そもそもにおいて、そんなバカデカい船を造ることは不可能であり、たとえ完成したとしても、まともに操縦することなどできる筈がない。否、なかった。


 何故、過去形にしたかと尋ねられたら、可能だったからだと答えよう。

 常識を凌駕するサイズの、船の製造。そして、九艘連結船の操縦と言う素人発想の夢物語は、可能だったのだ。


 洋上の都市は、名を〝錬金領土れんきんりょうど〟と言う。

錬金術れんきんじゅつ〟が造り出し、錬金術で稼働する、錬金術の都市。


「ようやく、この港を訪れたね。これで何とか入国できるよ」


 錬金領土は日本の一部だ。だが、その扱いは〝ミニ国家〟に近い。

 最高権力者は〝学校長〟と呼ばれ、主な存立基盤は科学技術の一言に尽きる。

 錬金術による産業と、貿易により成り立っているのだ。


 港を眺める女の台詞は、そんな錬金領土の特徴を端的に表している。恐らく彼女は、この船上都市が、貿易のために訪れるのを、待ち望んでいたのだろう。


 彼女は欧風の美女だ。


 ファッションモデルだと紹介しても疑問がないほど、長くしなやかな手足と、スラリとした長身。

 痩せ形にも関わらず胸部が豊かで、十代後半と思わしき顔立ちなのに、どこか大人びた雰囲気を醸し出している。

 群青のロングストレートには枝毛一つなく、清流を纏っているようだった。

 デニムのショートパンツに、白いタンクトップ。青のサバイバルジャケットに、茶のブーツと言う活発そうな出で立ちで、女は水色の虹彩に錬金領土を映し出す。


「キミが何を考えているのかは未だに謎のままだけど、ワタシはキミを止めるぞ、バハムート?」


 その瞳に燻りはない。


「何故ならば、ワタシはキミの友なのだから」


          ◇  ◇  ◇


「畜生、畜生! 畜生!! 何でバレたんだ!!」


 夜間。大西洋を行く船の中。

 省エネとして、間接照明だけを光源とする暗い廊下に、騒々しい声が響く。


 ここは、錬金領土〝四番船〟。住民が居住地とする、〝居住区画〟と称される大型クルーズ船の七階。――デッキ7だ。

 その廊下を疾走する、二つの人影があった。


「インサイド・キャビン狙いなんだぞ? オレたちは! 実際、鍵は時代遅れのピンタンブラー錠で、解錠し放題。防犯カメラだって備えていない、脆弱なセキュリティーの筈だ!」


 話を聴く限り、彼らは窃盗犯らしい。


 四番船の住居は、クルーズ船らしく〝キャビン〟と呼ばれている。

 キャビンには、大きく分けて二つのタイプがあった。

〝インサイド・キャビン〟と〝アウトサイド・キャビン〟だ。

 インサイド・キャビンは船の内側。アウトサイド・キャビンは外側のキャビンのことを指して呼び、アウトサイドの方は窓付き。部屋によってはベランダも付随しており、人気の高い住居である。


 一方のインサイド・キャビンは、家賃こそ安いが、窓なし防犯設備なしと、貧しい人向けの設計となっていた。

 二人の連続窃盗犯は、そこを狙ったのだろう。

 確かに、単価は低いが、攻略はしやすい。姑息というかみみっちいというか、まあ、賢いとは言えるだろうか?


 だが、それでも、彼らが全力疾走しているということは、


「来たぞ! 急げ! もっと早くだ!!」


 そう言うことだ。

 彼らを追う者がいる。言わずもがな、捕まえる方の、だ。

 その、追う方もまた二人組で、しかし、明らかな違いが二つ即答できる。


「はあ……、全くどこまで逃げやがんだ。怠ぃな」


 一つ。明らかに、緊張感が乏しいこと。

 背丈がやや高めの青年は、眠たげな目でジョギングペースを保ちつつ、ぼやいた。

 一目で怠惰だと断言できる青年は、白のワイシャツに、スネが見える程度の半ズボンを身に着け、足下のサンダルをペッタラペッタラ鳴らしながら、追走する。


「仕事なんだから、もう少し気合入れようよ、道兄みちにい。ほら、依頼人の皆さんに失礼だよ?」


 二つ目の違いは、相方が異性であることだ。

 怠惰そうな青年を〝道兄〟と呼称した少女は、青年と同じく、茶色いセミショートのボーイッシュヘアで、瞳の色もお揃いの黒。


 ただし、纏う雰囲気は寧ろ活発に近く、少年っぽい。


 デニムジャケットを羽織った小柄な痩身も、失礼な話、女の子ぽくない。平たく言えば、薄い。起伏がない。ツルペタストン。

 擁護しておくと、守りたくなる小動物的な可愛らしさを持った、妹属性が相応しい少女だ。


 彼女は、スポーツブランドのスニーカーで床を踏み締め、赤いチェック柄スカートを翻しながら駆けていく。

 黒のニーソックスと、細く、だが、程良く鍛えられた脚がどこか扇情的で、やはり彼女も女の子なのだと納得できた。


「自作のカメラをみんなに配っといて正解だったね? お陰で、ボクたちも直ぐに駆け付けられたよ?」


 インサイド・キャビンに防犯カメラは付いていない。だから、彼ら〝鳴宮兄妹なるみやきょうだい〟は、その状況を逆手に取ったようだ。


 つまり、始めから、犯人の狙いが限定されていたため、彼らの被害者を含めた各々の住民に、カメラを配ったらしい。

 自作のカメラと言っても、引き出しの中に眠っていた引退済みのスマートフォン辺りを、改造したのだろう。

 素体を依頼人から提供して貰えば、弄くるだけで完成する。手間は掛かるが、資金は掛からない。


「まあ、お前の言う通りかもな、たける


 二人が窃盗犯を追い、階段を下ると、ちょうど逃走者は、デッキ6の外部へと向かうところだった。


「あ? 牽引橋から、〝三番船〟へ? 学級区画へ逃げるつもりか?」


 学級区画は、船上のビル群である。

 ところすましと建物が密集した、かなり都会めいた景観は、比喩表現するならば〝ビルの森〟だ。

 どうやら、逃げる二人組は、ビルとビルの間を縫うように走ることで、鳴宮兄妹を巻こうと思っているらしかった。


 だが、道兄こと鳴宮道真なるみやみちざねは不敵に笑って、


「んだよ。分かってねぇのな。どうして俺たちが、こんな余裕ぶっこいてジョギングしてるかってことに。――武」

「うん。ボクの〝電気信号〟で、防犯カメラに侵入ハッキング済みだよ、道兄。映像、そっちに送るね?」

「よし。良い子だ」


 えへへへ、と褒められた飼い犬のような表情を浮かべる、武の頭を撫でながら、道真は取り出したスマートフォンを眺める。

 その液晶画面には、背後を振り返りながら走る、二人の男が映っていた。


          ◇  ◇  ◇


 錬金領土〝一番船〟は、物理学を専攻する学級区画だ。

三胴型トリマラン〟を模した錬金領土の、言うなれば切っ先。つまり先頭にあたる。


 その端っぱしまで、道真は来ていた。

 目前には、漆黒よりも黒い夜の海と、追い詰められた二人組の窃盗犯がいる。

 背の高い灰色頭の男と、彼よりは背の低い灰色ロングヘアの少年は、同じように荒い息をついていた。

 先ほどから全力疾走で、三つの船を移動してきたのだから、当然ではあるが。


「ようやく、怠い鬼ごっこも終わりだな。あんたたちも流石に、夜間に海水浴する勇気はないだろう? 出航してから、三日経ってんだ。陸地に辿り着ける保証もない」


 対称的に、余裕綽々と話すこちら側に、


「待て。取引をしないか?」


 背が高い方が問い掛けてきた。


「あんたたちに、今日の取り分全部譲る。代わりに、この場は去ってほしい」


 なるほど。見逃してほしいとそういう訳か。取り分が全部帰ってくるのなら、本日の被害は(ゼロ)となる。

 思って、道真は即答した。


「却下だ。んな、万引き犯みたいな言い訳通用するか。大体、今日、あんたたちを取り逃がしたら、また追いかけっこしなくちゃならねえ。それに、ウチは信頼第一なんだ。下手に信条曲げて客が減ったら、死活問題なんだよ」

「……これは、あんたたちを思ってのことだけどな」


 即断で突っぱねると、男が嘆息する。


「乗ってくれりゃあ、荒事も起こさなくて済むんだから」


 言う男の前に、背が低い長髪の方が、一歩を踏んで歩み出た。

 長髪の少年は膝を軽く曲げ、腰元に重心を固定し、やや前屈した体勢となり、両の腕でファイティングポーズを取る。


 直後。その指先に、氷柱が育つのを高速再生するような変化が起きた。つまりは、どこからともなく透明な鉤爪が生まれたのだ。


「構造変化系の〝錬金術〟? それで、合い鍵を作ったんだね? やっぱり、キミもボクと同じ〝ホムンクルス〟だったんだ」

「そうさ。オレたちは〝炭素〟の構造を操る。今のは、大気中の二酸化炭素や、オレ自身の体内から炭素を集めて〝結晶化〟させたのさ」


 武の疑問に、ホムンクルスの少年が答える。


「ダイヤモンドがどれだけ硬くて、どれだけ鋭いか、説明しなくても分かるよね? 痛い目見たくなかったら、取引を受けてくれないかな?」


 装飾品として希少な人工ダイヤモンドだが、この錬金領土では珍しくも何ともない代物だ。

 まあ、ダイヤモンドカッターや研磨剤としては優秀だが、ここでは〝レアメタル〟よりも安価な扱いとなっていた。

 ここが錬金領土でなかったら、彼らは窃盗犯などではなく、億万長者になっていただろう。悲しい話だ。

 それを踏まえた上で、道真は繰り返す。


「却下だ」

 と。


「融通が利かねえ奴だな……。良いだろう! そこまで、ガチンコしたいなら――」

「いや、そんな怠い真似はしねえさ」

「は?」


 道真はニヤニヤ笑いを浮かべながら、手に持っていたスマートフォン。その液晶画面を見せて問う。


「さて、問題。これは何でしょう?」

「……スマホだろ? 何の変哲もない」

「そう。誰かが別の誰かと連絡を取るために使う、便利なアイテム。GPS機能と通話機能が付いていて、何時でもどこでも声と居場所を伝えられるもんだよな?」


 二人の窃盗犯には見えている筈だ。その液晶画面に、通話を示す画面が表示されていること。そして、スピーカー機能がONになっていることが。


「はっ! それで〝司法部〟の誰かさんを呼ぶつもりかよ? 上等じゃねえか! そいつが、ここまで来るより先に……」

「そいつ、じゃなくて、そいつら、だよ?」


 武が状況を捕捉する。なかなかの賢妹っぷりだ。褒めて使わす。

 言ってる間に、いくつもの明かりが灯った。

 一番船の先端に、何組もの司法部部員が集ったのだ。


「な、なななな……?」


 流石の戦力差に、窃盗犯二人が青ざめる。

 そんな彼らを相手として、道真は勝ち誇るように懇切丁寧に説明した。


「武は、錬金領土のネットワークを管理する〝システムギルド〟の一員でな、一対多通信なんてお手のものなんだよ。ご愁傷様だな」


 つまり、今までのやり取りは、錬金領土の民間司法団体、〝司法部〟の全部員に、筒抜けだったという笑えない話。


「協力感謝する。……いや、正直な話、協力されたのかしているのか、良く分からんが……」

「良いじゃねえの。あんたたちは、職務を全うできる。俺たちは、依頼を完遂できる」


 苦笑い気味の部員の一人に、笑いかけた。


「利害の一致ってやつさ。一石二鳥でお得だろ?」

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